いろいろな仕事を渡り歩き、今はインフラ系エンジニアをやっている。いろんな業種からの視点も交えてコラムを綴らせていただきます。

ハッシュタグ「#SESクソ体験」にもの申す

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クソクソうるせぇ

どうも。いままで散々「クソ」を連発しておいて「どの口がそれを言うか」という一言を書いてしまった。そもそも何の話かというと、Twitterで盛り上がってたハッシュタグの話だ。内容はというと、日本のSES(システムエンジニアリングサービス)の歪んだ実情を、現場の人、もしくはそれに携わった人達が赤々と語っていくというものだ。

基本、こういうネタはウケる。また、これだけの呟きが集まるというのも、日本のIT業界の闇の深さを感じさせる。肩書きは火消しエンジニアだが、実のところ私が働いているのもSESだ。書き込みに「それ本当かよ」みたいなものが散見されるが、実際に私が体験した事例も多々あった。誇張しているようで、実は誇張していなかったりするのが本当に怖い。

この「#SESクソ体験」のハッシュタグを初めは笑いながら見ていたが、ちょっと違和感を感じた。愚痴の掃きだめになっていないか?という疑問が沸いた。私がコラムニストを止めた理由の一つにこれがある。愚痴を語って共感や賛同を得ても、結局のところ何も変わらない。その場はスカッとするかもしれないが、心に溜まった黒いものをそのままにしているので、精神衛生上あまりよくない。

大部分の人は、クソと叫んでその場でスカッとしたら終わりだ。その先が無い。結局、そこいらのおばちゃんがちょいと高めのレストランで繰り広げる、ドス黒い井戸端会議とあまり変わらない。多少の息抜きなら致し方ないかもしれないが、ヒートアップするのは違うと思う。SESで実際に働いていている人は、ヒートアップするほど明日の業務への不満が募ることだろう。

クソしたら拭け

しんどい思いを語れば、「うあー、それ酷いな」とか「お疲れさまでした」と最初は同情や共感が得られる。だが、語り続けると、悪い一面に思考が固定されて柔軟な発想ができなくなる。酷いのは事実だが、物事の悪い面ばかり見る習慣が付くと、物事の悪い面しか見なくなる。しかも、感情を背景にすると主観で視点が固まりやすい。

これは、想像するより大きな損失だ。端的に言うと、ネガティブでその場の衝動に駆られやすくなる。悪い面ばかり見ていれば発想はネガティブになり、主観に偏ると感情的になりやすくなるからだ。例えば、SESで質の悪い営業をする人や理不尽な指示を出す客、無茶ばかり強いるマネージャにはこういう傾向が強いと思う。

SESが酷いのは分かる。だが、愚痴るだけでは何も身につかない。何も身に付かないまま仕事を任されてしまうと、自分がやられた同じことを人にやってしまう。この状況を客観的に見ると、似たもの同士が集まって悲惨な環境を作ったのだと説明できてしまう。思考を放棄しているという点で、理不尽を受ける側もする側も共通しているということだ。

どこかでネガティブな発想を止めるアプローチをする必要がある。そして、感情から理不尽を引き離して落ち着く必要がある。クソをしたときも尻に付いたクソは拭く。理不尽を言葉にしてこぼしてしまうのは仕方ない。しかし、どこかの時点できちんとブレーキをかけよう。理不尽をいくら語っても、解決する問題は何も無い。

だったらどうしろと言う人へ

「否定するなら対応策出せよ」というのが現代社会の流れだ。それに合わせて一応の回答は用意してある。三年かけて人の長所を見つけたり、物事の良い面を見つける訓練をしよう。それが答えだ。長い時間をかけてでも自分の考え方を変えていかなければ、発想が変わらない。発想が変わらなければ行動が変わらない。だから、導き出される結果が変わらない。

99%が間違えていても、1%正しいなら、その1%は正しいと言葉にしよう。それが、物事を正確に見ることではないだろうか。90%が間違えていると分かった段階で、あとの10%を勝手に間違えと決めつけていないだろうか?勝手に割合の大きい方に塗りつぶして白黒付けたがるのが現代人の発想だ。それは正しく物事を見ているとは言えない。

事実、SESでも1%の正しさはある。無茶や理不尽にあふれていても、途中参入はしやすい。無茶や理不尽を乗り越えれば、スキルを身につけて転職という手段も取れる。そういう意見を書いたら、少数ながらも賛同する人はいた。それが1%の正しさだ。その1%を理由にSESを肯定する気は無い。だが、その1%の事実から何かを学ぶことはできるはずだ。

SESを全面否定するのはいいが、何か肯定できるものはあるか?仮にSESを排除することに成功したとして、その先どうするというのだ。批判に終始すると、どうしても考えが浅くなってしまう。必要なのは、白黒つけることじゃない。正しく物事を見極めるフラットな思考だ。物事が正しくみえれば、勝手に解決策は見えてくるはずだ。

そもそも今SESにいる人はどうすればいい

詐欺師と一緒に暮らして、善良に幸せな生活を送るにはどうしたらいいか。というのが「#SESクソ体験」のハッシュタグをみて頭に浮かんだ。詐欺師と関係の無い人であれば、詐欺師の罪を立証して牢屋に入れれば、後はハッピーという単純な話で済む。だが、詐欺師に生活を支えられている人はどうすればいいのだろうか。相当なジレンマを抱えて生活をしていくことになるだろう。

SESに関わっている人のでも、こういうジレンマを抱えた人は相当数いると思う。歪みが大きい分、何らかのきっかけでドミノ倒しのように変わっていくかもしれない。また、SESで取り仕切っている人でも、自分たちのあり方に疑問を持っている人も多数いる。よく観察すると、意外と良心は潜んでいる。ここでも釘を刺しておくが、人の良心は信じるがSESのあり方は肯定しない。

結局、SESという仕組みが解体されたとしても、世の中が良くなるとも限らない。そもそも、代わりになる考えがなければ、そのままIT業界が外国に乗っ取られて崩壊というのもあり得る。また、私たちが自分の利益しか考えない人ような人でしかなければ、SESに代わるクソな仕組みを構築して、状況は平行線をたどることだろう。自分たちが幸せになるかどうかは、どういう発想をするかにかかっている。

逆の立場として、楽して稼ぎたいと思ったら私もSES会社の社長をやると思う。自分には楽だしノーリスクだからだ。ただ、実際にやってしまうかどうかは、それぞれが何を考えているかで決まる。SESの抱える問題というのは、単に利己的な人が多かったから、そういう搾取のような仕組みができたというだけだ。現代人は目を逸らしたがるが、これからはメンタルについて考えていかなくてはならない時代になっていくのではないだろうか。

Comment(3)

コメント

ジャッカル

またAnubis様のコラムが読めてとても嬉しいです。

今回のコラムの背景となった一連のツイート、拝見しておりました。どんな時も、物事を客観的に、様々な側面から紐解く。そうした冷静でいることの大切さをAnubis様から日々教わっております。さすが、冥界の神様であらせられます。

次回も楽しみにしております。またぜひよろしくお願い致します。

元気次第

白黒の判断は、どうしようもない事が多いです。
灰色(しきい値)を自分で判断し続け、
「暗黒面」から離れる努力を続けたい、と私は思っています。
更新、うれしかったです。

fuku0185

Twitterアカウント(@fuku0185)で「#SESクソ体験」の
ツイートしていました。
本コラムを拝読し、「愚痴の掃きだめになっていないか?」
との箇所について思うところがあり、コメントさせていただきます。


私の経験の範囲ですが、
「愚痴の掃きだめ」を超えた「身の危険を感じる」
「誰の指示が正しいのか」「誰を信用すればいいのか」という、
仕事の成果というより信頼関係の構築という文脈で
SESを代表とした多重下請け構造は無くすべきだと考えています。


しんどい思いをすることを避けるつもりはないのです。
死に物狂いで仕事をするべき時期があるのは自覚しています。
問題は、「この仕事の金銭的価値を、本当に本気で搾取している
聞いたことがない会社の会ったことがない営業担当者は誰だ?」
と思い悩み、体とメンタルが潰されているITエンジニアがいるのです。

しかも「今以上仕事が続けられないので退職させてほしい」と言うと
「損害賠償するぞ。こんな辞め方が許されると思うな」と
本気で言われる怖さ。
これは愚痴やぼやきのレベルではありません。

多重下請け構造は、仕事でも労働でもありません。
ある種の苦役や拷問の一種ですらあります。

ちなみに今は、メンタルが潰れたことと家事都合があり、
半ば切り捨てられるようにして、仕事を辞めました。

こういう労働者を「自己責任だ。」と
判断しない世の中になることを期待します。

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