常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 副業地獄】第一話 納期前に異世界にでも転生出来たらどんだけ都合がいいんだかの件

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 3月31日。

「安田、まだ有馬とは連絡が着かないのか?」

 福島課長は安田桜子に問い掛けた。

「......はい」

 スマホ片手に桜子は小さく頷いた。

「分かった。俺からも電話してみる」

 そう言い残すと福島課長はタバコを口にくわえながら端末室から出て行った。

(福島課長も相当焦ってるな)

 彼は彼で彼女の前では上司として落ち着きを装ってはいるが......。
 やはり心の中は穏やかでないはずだ。
 何たって、本番移行当日に主要メンバーと連絡が着かないのだから。
 桜子は虚空を見つめ、こう思った。

(有馬君、今、どこにいるの?)

 彼女は純粋に、有馬雄一の身を案じていた。

(そうだ!)

 桜子はスマホの電話帳を検索する。
 ダイヤルしたのは雄一の実家。

<はい>

 電話に出たのは同居する雄一の母親。
 彼女とは一度だけ会ったことがある。

(確か私が総務だった頃、出社拒否したあいつを連れ出そうとした時だった......)

 出社拒否の理由も情けないもので、キャバ嬢だった頃の由紀乃に振られたというものだった。
 もしや、今回も女がらみなのか......。
 そんな疑念が桜子の脳裏をよぎった。

「もしもし、私、雄一君の上司の安田といいます」
<ああ! その節はお世話になりました>

 雄一の母親、京子は桜子のことを覚えていた。

<......すいません。私も雄一には何度も電話してるんですがつながらんのですよ>
「いつから帰ってないんですか?」
<昨日の朝、普通に家を出てから今日まで......>

 雄一は昨日の朝、ステイヤーシステムに出社していた。
 午前中は、今日の本番移行作業について桜子と最終打ち合わせをした。
 午後は、手順書の最終チェックと移行スクリプトの準備と配置。
 そして、彼は用事があると言って定時に退社した。

<まったく、しょうがない息子です>
「いえいえ、私達も彼に仕事をさせ過ぎたんです。すいません......」
<安田さん>
「はい」
<ふつつかな息子ですが、よろしくお願いいたします>

 最後は何か別のことを任されたような気がするが、そこには突っ込まない様にした。

「ちくしょー、有馬の奴、何やってやがんだ!」

 中山の叫びが、コンビニくらいの広さの端末室に響く。
 彼は雄一と同期で、セントライト化粧品のプロジェクトと掛け持ちでこのプロジェクトの支援をしていた。

「中山さん、まあまあそう怒りなさんな」

 そうやって先輩に声を掛けているのは、まだ入社して半年の森だった。
 彼は世間がイメージする間違ったオタク像を、そのまま具現化した様な容姿をした男だった。
 つまりは、寝ぐせ頭に瓶底メガネ、そして巨大なリュックを背負い色白く太っていた。
 彼は漫画やアニメやフィギュア好きのサブカルオタクだった。
 もちろん、それらの情報を得るためにコンピュータの方も扱いが得意だった。
 それが採用の決め手となり、プロジェクトでもプログラマとして活躍していた。

「安田さん」

 桜子は声を掛けられ、振り返った。
 そこには差し入れのリポビタンDの箱を持った顧客担当者が立っていた。

「ありがとうございます」
「頑張ってください。ところで......有馬さんは?」
「ちょっと、遅れてるみたいで......」

 桜子は時計を見ながらそう言った。

「そうですか......どちらにしても、定刻通りお願いしますね」
「はい」

 時計の針は8時50分を指していた。
 移行作業開始まであと10分。
 去年の11月から始まったサードステージ食品工業の生産管理システムのリプレース。
 ステイヤーシステムの規模にしては大型な請負案件。
 その総仕上げが、今日の移行作業だった。
 顧客が入居するビルの4階にある端末室。
 向かい合った二つの長机。
 そこにはデータセンターにある本番サーバに乗り込むことが出来る端末が5台ずつ配置されている。
 自社、協力会社の面々が作業者、チェッカーとしてペアになりそれぞれの端末に向かっていた。
 桜子はホワイトボードの前に立った。
 そこに張り出されたWBSはその日の作業の過密さを物語っていた。
 アプリケーションサーバ9台、バッチサーバ2台に搭載されたサービスの停止。
 現行データベースから、新データベースへのデータ移行。
 接続先の変更。
 アプリケーションサーバ9台、バッチサーバ2台に搭載されたサービスの起動。
 他社連携の確認。
 顧客動作確認後のリリース判断。
 タイムリミットの17時までにそれらを完了させなければならない。
 WBSを眺め、気持ちを整える。

(大丈夫。何度も移行作業は経験して来た。問題があるとするなら、こちらでコントロールが及ばない他社連携あたりか......)

 桜子は他のプロジェクトと掛け持ちで、そのプロジェクトにインフラリーダーとして参画していた。
 雄一はプロジェクトの中心メンバーでありプロジェクトマネージャーだった。
 かつ本番当日である今日、彼は全体の旗振りつまり、コントロールタワーとして重要な役を担っていた
 そんな彼がいない。

「中山君!」
「はい!」

 桜子に呼ばれた中山が立ち上がる。
 桜子はWBSを指差しながら、彼にこう指示した。

「君は私が担当する作業をやって下さい」
「え? でも、俺はリハーサルで安田さんの作業をやってないですよ」

 中山が目を丸くし反論する。

「大丈夫。手順書通りやれば出来ます」

 桜子は既にある決心を固めていた。
 移行作業に携わるメンバーが二人のやり取りを不安そうに見ている。
 雄一は最後の最後で失踪した。
 桜子は悔しかったけどそう思わざるを得ない。
 思い当たる節はある。
 ここ一ヶ月の彼の横顔はどこか疲れていたし、声を掛けても上の空な時があった。
 プロジェクト自体は上手くいっていたが、やはり見えないストレスを彼は抱えていたのだろうか。
 桜子は先輩として、それを見抜けなかった自分にも悔しかった。
 確かに納期厳守のエンジニアという仕事は正直辛い。
 彼がミスした時、私は彼を叱り飛ばした。
 彼が泣き言を言った時、私は彼を叱り飛ばした。
 彼が買って来たからあげクンを私は勝手に一つ取った。

 だけど......、プロジェクトを投げ出すなんて、エンジニアとしてあるまじき行為だ。

 その時だった。
 胸ポケットのスマホが振動する。
 ディスプレイには待ち人の名が。

「有馬君!」
<......すいません。安田さん>
「今どこにいるの!?」
<それは......>

 弱弱しい声が桜子の耳朶を打つ。

「有馬君。怒らないから戻って来て!」
<今は......まだ......>

 通話が切れた。
 急いで掛けなおす。

<お掛けになった電話は現在電源が入っていないか電波の届かない場所に......>

 桜子の脳裏に一瞬、ある映像がよぎる。
 それは、雄一がどこか遠くの寂しい海辺でさまよっている姿だった。
 どうか自殺だけはしないで欲しい。
 ただ......戻って来てほしい。
 出来る事なら今すぐ、ここを飛び出してその手を掴みに行きたい。
 作業開始まで後、一分。
 雄一が現れないことに対して、不安になった参加メンバーがざわつき出した。
 扉が開く。
 福島課長が戻って来た。
 桜子と目が合う。
 お互い頷き合う。
 桜子は全ての感傷を捨てた。
 今は目の前の仕事をこなす。
 仕事の鬼になる。
 桜子はメンバーに向き直った。
 長い黒髪がはためき、切れ長の目が光る。
 そして、こう宣言した。

「皆さん。今日は私、安田が全体の指揮を執ります」

 皆、頷く。
 やっと方向性が決まったことで、周囲の雰囲気が安堵をまとう。

「作業にあたり不審な点があればすぐに手を上げてください! 自らの判断で先に進めないこと! 勝手に進めて何か起きてもこちらでは責任を取りません」

 その言葉で、雰囲気が一気に引き締まった。
 桜子は全体を見渡し、笑顔を作った。

「その代わり、こちらにエスカレーションした問題は私が責任をもって対処法を伝えます。それで何かあれば私のせいにして下さい。自分で責任を持たないために、私に全ての責任を擦り付けてください」

 話は一ヶ月前に遡る。

 勿忘草高校3年1組 同窓会
 
 壇上にはそう書かれた看板が掲げられていた。

(まったく、同窓会なんて......)

 ホテルのワンフロアを借り切った会費一万円の立食形式のパーティ。
 一万円もあれば、ドラムスティックが5セットは買える。
 この会の参加に対して、雄一は乗り気じゃなかった。

「いやぁ、ほんと海外への出張続きで日本食何て久しぶりだよ」
「へぇ、北斗商事って東証一部じゃん、すげー。俺なんてただの何でも屋、御用聞きだよ」
「え? 何それ?」
「ま、コンサルみたいなもんだよ。木村山総研って会社」
「何だよ、有名どこじゃねぇか。もしかしてうちと関係あるかも」
「ま、うちの業界としては今後......」

 そんなやりとりを、雄一はすねながら冷めた目で見ていた。

(けっ、入社3、4年の連中が、うちの業界とか笑わせる)

 良く聞けば、どいつもこいつも先輩社員の後ろにくっついて指示通りに動いてるだけの様だ。
 彼自身、同窓会は勝者の自慢大会だと思っている。
 彼ら彼女らは今の自分の地位をひけらかしたいがために、この会に参加しているのだ。
 だから参加者はクラス全体40人の内、13人しかいない。
 現時点で、雄一は自分が敗者だとは思わないが勝者だとも思っていない。
 そんな雄一にとってこの場が心地良い訳が無い。
 そんな彼が一体何で、わざわざ同窓会に参加しているのか?
 それには理由があった。
 周囲を見渡し、それを探す。

「おい、有馬、お前はまだバンドやってんのかよ」

 リア充団の一人が声を掛けて来る。
 こぎれいなスーツの胸には弁護士バッチがこれ見よがしに光り輝いていた。

「やってるよ」

 素っ気なさを前面に出し、答える。

「プロになるって言ってたよな、お前。CD出したんなら今度聴かせてくれよ。買ってやるから」

 上から目線なのが腹が立つ。

「ちげーよ! 有馬は真面目に働いてるんだよな」

 リア充団の中から声が上がる。
 海外出張を自慢していた商社殿が脂でテカらせた赤ら顔で近づいてくる。
 かなり酒に酔っている様だ。

「こんな髪型の奴が、バンドなんてやってねーよ。やっぱバンドだけじゃ食えなかったって訳か。おい、有馬は何処の会社に入ったんだよ?」

 学生時代、長髪だった髪は今では坊主頭を経て普通になっていた。
 それにしても、酔っぱらってるとはいえその物言いに腹が立つ。

「ステイヤーシステム」

 周りがシンとなった。

「そっ、そうなんだー」

 気まずそうに声を発する者もいた。

「かっこいい名前だね」

 誰もが知る化粧品会社の研究職に就いたという女子の嘘くさい声が聞こえる。
 頼むからフォローになってないフォローはやめてくれ。
 惨めさが増す。
 中小零細と、一流企業。
 リア充団は、地位の違いにどう対処していいか分からない様だ。
 場がしらけて行くのが分かる。
 
(だから俺に話し掛けて来るな)

「ちなみに、何の会社だそれ」

 空気が読めない酔っ払いが、酒臭い呼気を漂わせながら訊いてくる。

「情報システムの会社だよ。俺はそこでシステムエンジニアをやってる」
「へー。じゃさ、今度、俺の会社のシステムも何とかしてくれよ。雇ってるSEがバグばっか作り込んで使いづらくてしょうがないんだよ。友達価格で頼むわ」

 お前みたいな役職無しのペーペーが、RFP出して発注何て出せる訳ねぇだろ。
 しかも友達価格って何だよ。
 エンジニアリングを安く見るんじゃねぇ。
 それに、エンジニアだって好きでバグだしてる訳じゃねぇぞ。
 雄一は胸の中で毒づいた。
 やっぱり来るんじゃなかった。
 そう思った時、

「有馬君。有馬雄一君だよね!」

 そう声を掛けられた雄一は振り返った。

「ふうちゃん!」

 目の前には栗色の髪をポニーテールにした小さな顔の女がいた。
 大きな目に上向きの小さな鼻、ぷっくりとしたピンク色の唇が印象的だった。

(やっべぇ......。もっと可愛くなってる)

 それは雄一が高校の頃、密かに想いを寄せていた相手、そして今日の目的、最上風花。

つづく

Comment(6)

コメント

VBA使い

「雄一君の上司の安田です。」
→いつの間に上司になったんだ・・・

坊主頭を経て
→痛い目見ろ!編の最後ですね。

foo

しばらくぶりの新シリーズ開幕か。
しょっぱなから雄一が失踪という大騒ぎだが、果たしてこんなことになった原因やいかに。
この締め方だと、やっぱり桜子の言う通り女絡みっぽい予感もするが……?

桜子さんが一番

波乱の幕開け

湯二

VBA使いさん。

コメントありがとうございます。

久しぶり何で、過去の話を読み返してます。
だいたい週一回ペースにしたいけど、仕事が忙しい時は隔週になるかもです。

湯二

fooさん。

コメントありがとうございます。

だいぶ間隔があきましたが、再開です。
そこは期待を裏切らない感じで行きたいと思います。

湯二

桜子さんが一番さん。

コメントありがとうございます。

いきなりのスタートですが、よろしくお願いいたします。

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