普通のエンジニアが、ドラえもんを生み出す(かも知れない)
先日、NHKの『仕事の流儀』で藤子F不二雄が取り上げられていた。その中で、「漫画家は普通の人であれ」という彼の信条が紹介された。
自分と読者との間に共通点があればあるだけ共感を得られるのだからと。
■普通の感覚が、ヒット作を生む
これはすべてのものづくりをする人間に当てはまることだろう。
こんなものがあったらいいな、こんなことができたらいいな、というアイデアは新商品開発のスタートとなるとても重要なものだ。そして、そこがもしも普通の感覚からズレていたなら、話にもならない。
普通の感覚が大切なのは、次から次へと出てくるスタートアップ企業のメンバーを見ればよくわかる。
成功する前の彼らは、ごく普通の若者であることが多い。彼らの普通の感覚こそが、世界中の多数派である普通の人々に受け入れられるわけだ。
■普通の感覚が、進歩を促す
これは企画段階だけの話ではない。
モノづくりのすべてのフェーズで、われわれはいつも「こんなものがあったらいいな、こんなことができたらいいな」と考えている。それが、作業の改善にもつながり、テクノロジーの進化にもつながる。
今の時代、オリジナリティとかユニークとかオンリーワンとか、特別であることが価値のあることという風潮がある。
それを奇抜なこと、道を外れること、常識を否定することと勘違いしている人のなんと多いことか。
しかし、そうではない。普通の感覚こそが重要なのだ。
■願望は、知識の断片と化学反応を起こす
もちろん、普通の感覚だけでは足りない。もうひとつ重要な素材がある。
藤子F不二雄は、古典落語から様々なジャンルの映画、科学技術雑誌など、多種多様な資料を集めてそれらすべてに目を通していた。
そういった知識の断片の組み合わせと、「あったらいい、できたらいい」といった願望との絶妙なブレンドが、ドラえもんという名のカクテルを生んだということなのだろう。
普通の感覚で思い描く願望と、幅広い知識。このふたつの融合が、広く世界に受け入れられるモノを作り出すのだ。
■世界に愛される普通のエンジニアを目指そう
漫画の中で、ドラえもんはのび太の願望を叶えるために色々なツールを与える。
その願望は普通の感覚を持った藤子F不二雄の願望であり、のび太はいじめられっ子だった彼自身だという。
ということは、のび太の机の引き出しは、実は彼の持つ情報の引き出しそのものだったのかも知れない。そこからやって来たドラえもんは、まさしく彼の願望と知識の化合物ではなかったか。
だからエンジニアも普通の人であれ。
そういうエンジニアが、ドラえもんのように世界中に愛されるサービスを生み出す(かも知れない)。