ソフトウェア・エンジニアの語る、虚々実々の物語

カイシャの怪談 (壱の章)

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 カイシャってところは、世にも不思議な出来事がいろいろと起きます。

 まだ、社会人になっていない方々には分からないとは思いますが、世にも奇妙なことが起こる所なんですよ、カイシャってもんは。

 私事で恐縮ですが、社会人になって二十数年経ちます。自分で言うのもなんですが、よく続いてきたよなぁって思いますね、カイシャ人間を。

 私は子供の頃、私を可愛がってくれた祖母に、

 「男っていうのはね、社会に出ると“7人の敵”がいるんだよ」

と聞かされて育ちました。

 子供の頃のことですから、私は意味を正確に理解していなかったと思います。それでも結構な衝撃でしたね。正直に言って。だって“敵”と言えば、当時の子供向け漫画やアニメを想像しても、かなり手ごわい奴が出てくるわけで。

 で、実際はどうだったかって言うと……。

 敵ではなくて、“妖怪”でしたね、はい、はっきり。

 というわけで、ここからは、私が出会った奇妙な妖怪についてご紹介していきたいと思います。

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妖怪ファイル:1
「3分記憶」(Not 3分クッキング)

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 人間は記憶することができる生物だと思います。私だって多少の物忘れはあるにせよ、重要な物事はちゃんと記憶しておきます。でも……でもですよ、妖怪なら、記憶なんてしなくてもいい場合があるようです。

上司A氏:「iさん、昨日頼んだものできた?」

 いつものように、カタカタとパソコンのキーボードを叩いていたところ、上司のA氏から声をかけられました。私は振り向きながら、

i:「え? 何の件ですか?」

と話を伺いました。本当に見当がつかないんですから。

A:「え? 困るなあ、昨日のあれだよ」

i:「いやぁ……、そう言われても」

A:「おいおい、忘れちゃったのかい? 頼んだだろう。来月リリースする機能の要件定義書だよ」

i:「へ? あれは、一昨日に提出してますけど?」

A:「え!?……」

 今度はA氏が固まります。脳内を高速で検索している様子。っていうか、CPU暴走? タスク落ち?

 少しして、やっとフリーズから解放されたのか、正気に戻ってきました。そして、

A:「あ~、いやぁ~、そうだったかな。ごめんごめん。勘違いかな」

 いやいや、勘違いっていうのは、記憶違いのことでしょ? そもそも“まったく記憶にない”ってのとは違うと思いますけど。

 人間は物事を記憶するときに、その時の感情も一緒に記憶する生物だと聞いたことがあります。だから、ある物事を嫌なでき事と一緒に記憶しようとしたら、嫌なでき事を抹消しようと脳みそが働いてしまい、記憶すべき物事も一緒に消し去るのだとか……。

 上記の説の真偽は定かでないですが、うなずける内容ですね。A氏にとって「仕事=嫌なこと」って訳で、即効で消去したい内容なんでしょう。 

 人間シュレッダー……。そんな呼び名がついてしまいそうです。

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妖怪ファイル:2
「できない爺」

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 子泣きじじいは、ゲゲゲファミリーの中でも私のお気に入りです。

 泣くだけしかできないと思っていましたが、りっぱな道化でもあったのですね。彼がいるだけで場が和むじゃないですか。

 でも、ここに出てくる「できない爺」は、とにかく場の空気を破壊します。いるだけでそこの場が「腐海」になるんですね。腐海に身を浸すと、みんな腐ってしまいます。恐ろしいことですね。

 できない爺のB氏は、いつも「できない」ことを探し回ります。どんな提案に対しても「できないよ、そんなの」と言います。必ず。

 99%完璧でも、残りの1%に不備があれば、そこを的確に突きます。不備を嗅ぎとる能力はピカイチなんですが、その後がいただけません。その1%をとんでもなく拡張し、あたかも「不備」だけしか残っていないように吹聴するのです。

 「計画どおりに行くわけないよ。できないね」 

 「そんな予算で通るわけないよ。できないね」

 「まだテストできる段階かい? 無理無理。できないね」

 「(以降、無限ループ)」

 いつもこんな調子です。そのうちに、誰も背負ってくれなくなります。子泣きじじいを背負った方がまだ“軽い”でしょう。

 「できないセンサー」を搭載した高性能妖怪。でも、その高性能な能力は「できない」部分を発見するためだけに費やされ、決して生産的なことには使われません。

 うむ、実にもったいない。もったいないお化けが出てきそうです。

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妖怪ファイル:3
「二の足踏み」

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 こんなのを妖怪にしていいものかどうか悩みましたが、取りあえず実用性皆無の妖怪ということにしておきましょう。

 この妖怪は必ず「二の足を踏み」ます。ここ一番! って時にはなおさらです。

  二の足を繰り出す技はピカイチなので、誰もそれに気づきません。気づいたときには「二の足」が繰り出されているのです。

 分かった時にはすでに手遅れ。鉄壁なロック状態。二の足踏んだまま固まっています。はるか永劫の昔ならば、そんな妖怪がそこら辺に転がっていても、みんなで無視すれば良かったのでしょうが。

 今は人手も少ないので、猫の手でも借りてきて仕事をしています(本当の猫では無理なことは自明の理ですが)。でも、もしかしたら猫の方が役に立つかもしれません。二の足踏まれたって、役に立たないですからね。

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妖怪ファイル:4
「吸魂鬼」

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 最大最凶の妖怪かもしれません。プロジェクトメンバーの魂をすべて吸いとってしまうのです。

 このタイプはなぜだか上位職種に多いようです。昔は人望も厚かったであろう、妖怪の成れの果てなのでしょうか。

 この妖怪は、プロジェクトメンバーの魂を吸いとってしまいます。魂を吸い取られたメンバーたちは、生ける屍と化して、プロジェクト内を徘徊し始めます。

 プロジェクト迷走の初期段階です。そうこうするうちに、生ける屍になったメンバーが、他のメンバーを襲い始めます。バイオハザードですね。つまりは。

 そうしてめでたく(?)プロジェクトは生ける屍の徘徊するロスト・ワールドになります。この呪縛は非常に強く、ときどきプロジェクトの中の誰かが正常に戻っても、すぐに吸魂鬼に嗅ぎつけられて、また屍に逆戻りです。

 吸魂鬼は、魂を奪い、魂を破壊し、魂を腐らせます。

 「なにをサボってるんだ」

 「やる気あるのか!」

 「こんなこともできないの?」

 「もういい、やらないでいてくれたほうが助かる」

 「頭使って仕事してるのか?」

 「(罵詈雑言モード突入)」

 プロジェクトはこうして腐敗臭を放つようになります。地獄が1つ完成した、って感じですかね。

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妖怪ファイル:5
「蕎麦屋」

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 だいたい想像がつく妖怪ですよね。

 ええ、蕎麦屋の出前、からのパクリです。返事だけはやたらと良いです。でも、返事だけなんですけどね。

 この妖怪は非常に声が大きいのが特徴です。この声に圧倒されて、仕事を依頼した方が引いてしまうことが特徴ですかね。声はデカいが、仕事は小さい(っていうか、やらない)。

 仕事の進捗を確認すると、

 「あ。いまやってます」

 「いま手をつけたところです」

 「大体できてますって、心配しないでください」

 「ほぼ完成してますから」

と言います。

 返事だけで、物事があたかも進んでいるかのように相手に思わせる能力が、この妖怪にはあるようです。

 納期間近になって、レビューによって膨大が不備が発覚しても、まったく意に介した様子はありません。また、最初からやり直し。

 町の蕎麦屋ならば、いつかは蕎麦を持ってきてくれますが、この妖怪は最終的に何もできなくて終わるのが能力。

 不思議ですねぇ。ま、この能力が妖怪を妖怪たらしめている所以なのでしょうが。

 まだまだ妖怪たちはたくさんいるのですが、別な妖怪はまたの機会にご紹介しましょう。

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