ソフトウェア・エンジニアの語る、虚々実々の物語

そのボタンを押すな!

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 人間は誰でも「逃げ出したい時」っていうのがあるようです。仕事が辛かったり、人間関係に悩んだり、どうしようもなく苦しかったり……。今回のお話は、ちょっと特殊な手で苦役から逃避していた人の顛末です。

 日頃仲良くしてもらっている技術営業の方からお聞きした話です。相当に昔の話だそうですが、彼(技術営業さん)の忘れられない思い出(?)だそうです。彼のことを、ここではM氏と呼ばせていただきます。

 M氏が若い頃の仕事というのは、お客さんの現場での現地対応でした。

 どこそこで機械が止まったと言えば、駆けつけて調整し、また別の場所でプリンタが詰まったと言えば、駆けつけて修理する。落雷で機械が壊れたと連絡を受ければ、トラックに機械を積みこんで、これまた現地に駆けつける。

 今になってみれば、過去を振り返って、辛かったことすべてを笑い話にできると言っていました。そんなM氏でも、あまり笑えない出来事があったそうです。

 問題の現場は、とある事業所の機械室。所狭しとサーバや計測器が並んでいます。空調が行き届いているため、内部での作業はそれほど大変ではないのですが、万が一にも止まったりしたら、大変なことになるため、作業はいつも慎重に進めていたそうです。

 それまで、ほとんどトラブルも無い現場だったのですが、ある時からトラブルが頻発するようになりました。夜中に突然サーバの電源が止まってしまうのです。

 現場に駆けつけたM氏は、緊急対応します。しかし、どれだけ調査しても異常無し。そこで、ハードウェアのトラブルを疑い、筐体を交換することにしました。バックアップを取ったり、環境を戻したり、それはそれは手間のかかる作業です。

 しかし、交換後もたびたび問題は発生しました。彼がマシンの調整をして帰った日のその夜に、またもトラブル発生。

 夜中なのに駆けつけます。お客さんは非常に不機嫌。それもそうでしょう。ちゃんと調整して戻ったのに、すぐにトラブルが再発したのですから。

 調整しても、すぐにトラブルが再発するという現象は、それから何度も続きました。さすがにお客さんもカンカンです。「上司を呼んでこい!」、と怒り出す始末。

 困ったM氏は、現場の担当者(機械室管理者)に相談します。

M氏:「どう考えても変です。こんなこと有りえない!」

管理者:「…って言われてもねぇ。実際に止まるんだし。トラブルが発生してるのは事実でしょ」

M氏:「し…しかし。いくら調査しても、自然に止まったとは思えないんです。」

管理者:「うーん。じゃあ、なぜ止まるの?」

 M氏は、言葉に詰まります。それもそのはず、次の一言を言っていいものかどうか、彼もかなり考えていたのですから。M氏は意を決して言います。

M氏:「つまりですね…。誰かが…故意に、”止めて”ます。」

管理者:「えええええ!」

M氏:「だって変でしょ。私が張り込んでいる時はまったく正常なんです。何日も徹夜をしましたよ。でも、トラブルは”必ず”私が帰った後に起こるんです。」

管理者:「つまり、なに?我社の誰かが、自分で機械を止めている?と言いたいのか?」

 現場の管理者も、ちょっと面食らって聞き返します。

M氏:「直感だけで物を言っているわけではありません。機械のログも全部調査しました。その他の機械のログも全部ね。で、行き着いた結論が、その推測です。」

管理者:「おいおい、俺がそんなことをそのままを上司に言えると思うかい?」

M氏:「いえ、今すぐに言わなくていいです。証拠を押さえるまでは…ね。」

 その後の行動は、今の時代では許されるものかどうかわかりません。M氏は、現場の管理者を説得して、何と! 隠しカメラを現場に設置したのです。最近は、重要な部屋には監視カメラくらい付いているかもしれませんが、当時、そんなものが付いている部屋はあまりありませんでした。良い時代(?)だったんですねぇ。

 B級ドラマみたいな展開ですが、M氏にとっては、辞職をも覚悟した、最後の作戦だったとのこと。

 で、結末はどうなったかって? M氏の思惑はみごとに外れ……ではなく大当たりだったのです。ある日の夜中に、1人の作業員が機械室に入ってきました。そして、サーバの電源ボタンを、プチン……と押していたのです。

 サーバダウンの連絡を受けて、現地に向かったM氏は、サーバ復旧よりも前に、例の管理者と一緒に隠しカメラの映像を確認しました。そこには、まさに「故意」にサーバを止める作業員の手が写っていたのです。

M氏は言いました。

M氏:「…。私、帰っても良いですよね…」

監視者:「…。どうぞ…」

 M氏も、犯人のその後については知らないそうです。相手の会社から、謝罪の連絡だけはあったようですが。

 そんな話をしながら、M氏は言いました。

M氏:「あの犯人は、そんなに仕事をするのが嫌になっていたのかな。」

私:「うーん。だからって、いま聞いた行為は犯罪ですよね」

M氏:「まあね…。でもさ、自分の仕事がめちゃくちゃ辛くて、どうしようもなくて、それなのに誰も助けてくれなかったりしたら……“止めちゃおうか”って思うこと…無い?」

私:「ううぬ…。痛いところを突きますね」

M氏:「ほう? 思うこと……あるのね?(笑)」

私:「う、うう。違います!無いです!」

 絶対に思わない、とは断言できませんが、何かしでかしてしまうその前に、誰かに助けを求められること、それが大事なのかもしれません。

Comment(2)

コメント

ardbeg32

某社の汎用機には引っ張ると緊急停止する赤いボタンがあって、これみよがしに本体の目立つところについているんですよね(緊急時に使用するのだから見えないとことに設置しても仕方ないのですが)。
36協定のある現在ありえませんが、全生活の3/4の時間をその汎用機の部屋で過ごしていた日々は、その赤いボタンの誘惑に耐え忍ぶ日々でもありました。

虚数(i)

ardbeg32さん、コメントありがとうございます。

> 36協定のある現在ありえませんが

そうですね。
今でこそですが、当時なんて、、、悲惨を絵に描いたような現場がそこら中にありましたからね。

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