いろいろな仕事を渡り歩き、今はインフラ系エンジニアをやっている。いろんな業種からの視点も交えてコラムを綴らせていただきます。

定時ジャストに退社する重要性

»

時間をめぐる嘘

日本人ほど時間にルーズな人種はいないと思う。なにかとガチガチにプランニングする割に抜けが多い。例えば、「仕事は九時から」と伝えたとしよう。外国であれば「九時にみんなが集まっている」という状態をさすことが多いようだ。日本では「九時に仕事ができる万全の体制を整えておく」ことになる。一見、意識が高く素晴らしいことのようだが、準備工数の計算を抜かしている。

本来であれば「八時半集合の上、九時に万全の状態を整える」が正解だ。三十分の準備工数を雰囲気で誤魔化している。最近、@ITでSIerの契約トラブルの記事がウケているようだ。小さな誤魔化しを繰り返すことで、大きな誤魔化しも平気になると、ああいう事をやってしまうのだろう。要件定義にしても同様だ。小手先のテクニックを磨くより、まずは時間に対する誤魔化しを止めた方が効果が高いと思う。

それでもプロジェクトが上手くいくならいいじゃないか。という意見もあると思う。もちろん、本来必要な工数より多くの工数を割り当てているので、当然プロジェクトはうまくいく。しかし、どれだけやればプロジェクトが成功するか、正確な数字は出なくなる。これは思うより危険なことだ。曖昧に割り増しして働いた時間が計算されていないかだら。

時間外の仕事が増えるほど、事をなすのに必要な時間が計算できなくなってしまう。「いや、自分に割り振られた義務を完遂することが仕事だろう」というかもしれない。ごもっとっもだ。しかし、働いた時間を働いていないと偽っていることについてはどうだろう。嘘をついているのだ。納得がいこうといくまいと、私がここで何を語ろうと関係なく、嘘は嘘としての結果を結ぶ。

時間を守る意志の強さ

定時で帰るというのは、思いのほか強い意志の力が必要だ。定時、その時間までに仕事を片付けるという強い意志が無ければ定時までに仕事など片付かない。また、仕事が済んだかどうか決断をするにも勇気が要る。とりあえず遅くまで残ってやっていれば「できるベストを尽くしました!」と言い訳ができる。保険と言えば聞こえはいいが、自分の不安に勝てなかったとも言える。

私が以前働いていた職場に、自分の仕事が済んだらサッサと帰る人がいた。ちなみにその人はすごく仕事ができた。何をしたら仕事が終わりというのを、はっきり意識して仕事をしていたからだ。計画を立てる上でゴールを設定することの重要性が説かれるが、実際に行動に移したらこんな感じなのだろう。その人は、仕事ができたかどうかを責任を持って自分で判断していた。

プロジェクトで計画を立てる時は必ず納期がある。普段の仕事の納期は、本来であれば定時だ。普段から定時で帰れるように仕事をできないということは、毎日納期を守れていないと言うこともできる。もちろん、定時内で済まない想定で納期が設定されているなら、プロジェクト自体で問題がある。現実はそんなに簡単ではないが、あるべき論で語ればこうなる。

元々、定時で収まらないようなスケジュールで組まれた仕事は、どうあがいてもどこかに歪みがでる。この歪みを、自身の健康で埋め合わせるのだけは止めて欲しい。意志の強化、本当の意味での効率というのを見つめるために定時に帰るという納期を自分に設定してみてはどうだろう。ダラダラ仕事をやるより力がつくと思う。私は、実際に力をつけた人を目の当たりにしている。

定時の意味合い

どこぞのソースかは忘れたが、定時とは人間が働ける限界の時間が基準らしい。私はこの説を支持している。ちゃんと仕事をしたら、だいたいこのくらいの時間でしんどくなってくる。まぁ、歳をとったからかもしれない。全盛期の若人ではなく、ちょっとくたびれたおっさん基準だ。同年代くらいのおっさんと話を聞いていると、やはり真面目に仕事をしたら定時くらいで体力が底をつくようだ。

二十代だったら徹夜くらい屁とも思わないだろう。しかし、体力任せに仕事をすると三十過ぎてからがつらい。四十代で腰が痛くなったりする。八時間という時間は、一時的にできる最大時間ではなくて、継続的にパフォーマンスを維持できる最大時間のようだ。残業しまくっている日本人より、定時ぴっちりに帰る欧米人の方が効率が良いのはそのためだと考える。

中には毎日十二時間働き詰めでちょうど良いという人いる。実際に何人か一緒に働いた人がそうだった。その一人は社長をやっていたし、別の人は私の直属の上司。そういえばエンジニアライフの編集者さんもそういうタイプだと言っていたのを覚えている。ただそういう人はあくまで一握りだ。相当優秀だとか、人並外れたモチベーションの持ち主だったり、まねをしようと思ってできるものではない。

定時でさっさと帰るというのは、仕事で最大のパフォーマンスが発揮できる状態を維持するためだと私は考える。毎日22時まで平気で働けたとしても、家に帰ってから他の事をする気力が残っていなかったりする。一部の人を除いて、定時出社、定時退社で働くのが一番無難だ。誰しも定時までというのでなく、定時を基準にそれぞれに無理が発生しない働き方ができるのが理想だ。

定時帰りはみんなが好きな事ができるための規約

定時にさっさと仕事を終わらせるのは、みんなが自分の取り組みたい事に取り組むための約束事だと思う。仕事が好きなら、帰ってからの時間を仕事のための調べごとや勉強に割り当てて欲しい。お金が欲しいなら別のバイトをすればいい。もちろん休みたいなら休めばいいし、家族と過ごす時間が大事と思うなら家族と過ごす時間に充てればいい。

定時退社はそれぞれの自由を保障するための決めごとだ。もちろん、長く働きたい人も相応の理由ありきだ。働く自由も尊重するように配慮されるべきだ。同時に長く働く人の健康も配慮すべきだ。働く時間を短く収めたい人と、長時間働き人のパワーバランスを保つために機能して欲しい。働き方に多様性を確保しないと、介護や子育て等のイベントが発生した時に詰みやすくなる。今の日本を見ればご理解頂けるだろう。

どちらかと言えば、定時退社は休みたい人よりも働くのが好きな人にとって重要だ。働くのが好きな人は、放っておくと際限なく働く。一見良い事のように見えるが、こういう人が逆に仕事を壊す。人にも同じ事を要求して無駄に拘束時間を増やしたり、背伸びをしすぎる事で大きな弊害を生む。こういう人は誰かがブレーキをかけて調整する必要がある。

簡単な話で、終わり時間の約束事が無いとみんなが好き勝手やって仕事に収拾がつかなくなる。エスカレートする人はきちんとブレーキをかけてやらないとダンピングみたいな働き方が止まらなくなる。定時退社は、一つの会社での努力目標というより、きちんと国で決めるべきものだと思う。そして何より、個人個人が自分を大切にして欲しい。働き過ぎる人にはブレーキを、休みたい人に休息を。定時退社にはこの二つの側面があることは認識して欲しい。

-- 編集者さんへ --

仕事もいいけどちゃんと休んでますか?まだ夜は冷える季節なので、お身体にはお気をつけください。あと、お肉もいいけどちゃんと野菜も食べよう!

Comment(2)

コメント

編集者

最後にメッセージがきてびっくりドンキー!


お気遣いありがとうございます。
焼き肉はサンパブ(野菜たっぷり)を食べるようにしますね

被害者

私は(も)基本的に定時のチャイムを聞いたところで帰りの支度を始め、ほぼ5分後には出口に向かっています。その理由の一つが駅まで時間がかかるということがあります。会社から駅まで、ストレートに行けば、歩いて10分ほどかかるのですが、帰りの時間帯はこうは行きません。最大の原因は私の会社は若い女性の比率が高いということです。若い女性は一人で歩いていても時速3kmくらいの歩き方です。しかし、複数の女性が横に並んで歩くと2.5kmまで落ちます。そして、横に並んでいるため追い越すのにもタイミングが難しくなります。本当にムカついた時は並んでる二人の間に無理やり割り込んで...とか考える人もいらっしゃるかもしれませんが、会社での私の立場からこのような振る舞いはできないのが実情です。幸い、女性はチャイムが鳴ってから駅に向かうまでに30分以上かかっていますので、道に女性が溢れる前に駅に向かうようにしています。さて、この歩く速度が落ちることを忘年会の際に、この事実を女性たちにやんわりと伝えてみたことがあります。「なぜ、2人連れだとさらに歩くのが遅くなるのか?」その答えは驚愕でした。「だって、早く歩くと余裕がない→貧乏人って思われて村八じゃないですかぁ」笑って答えたこの女性に、「後ろを歩く人の貴重な時間を浪費しているっていう自覚はないのか!」って酔ったふりして問いただしたところ、「他人のことなんかど〜でもいいです。同僚の女性達からの村八に比べたら。」

コメントを投稿する