いろいろな仕事を渡り歩き、今はインフラ系エンジニアをやっている。いろんな業種からの視点も交えてコラムを綴らせていただきます。

改めて説く精神論

»

■エンジニアは精神論が嫌いだ

 現代人は精神論に対して無知過ぎるのかもしれない。ビジネスともなれば、精神論云々より合理性が問われる。仕組み的な部分で合理性を追求するのが、エンジニアの仕事です。実際にエンジニアと話すと、やれ仕組みが云々、効率が云々という話が中心になります。

 エンジニアの間で精神論といえば、「気合でコードを書けば納期に間に合う!」とか、「根性で頑張れば品質が上がる!」といった、そういうイメージが強いような気がします。なので、精神論が嫌われることに納得はいきます。

■精神論の根拠

 「気合でコードを書けば納期に間に合う!」とか、「根性で頑張れば品質が上がる!」というのは、本当に間違いだろうか。私は、前提条件が揃えば真実だと思います。ただし、これを語る者が、どれだけ気合というものを思索しただろうか。どれだけ根性というものを思索しただろうか。これについてはどうでしょうか。

 一般的に、現代人は精神についてはほとんど考えることはありません。理論を問えば大学生レベルの答えが返ってくるが、精神を問えば幼稚園レベルの答えしか返ってきません。大概、思考のソースは漫画や映画である事が多いです。普段から精神なんて考えないので、どうしても強いインパクトを感じたものを基準にかんがえてしまいます。

 身の回りで、精神についてきちんと整理された情報ソースがどれだけあるでしょうか。ただ感情的なものや、根拠に乏しいものがほとんどです。情報ソースが貧弱で思索がなされていないとなれば、当然レベルは低いです。巷で聞く精神論の大半が、論にすらなっていないのが実情です。

■考える方向性を変える

 根性や気合という言葉が嫌いな人に一つ問いたいことがあります。もし、自然と気合が入る情況になったら、根性が湧き出るような状況になったら、仕事の結果に結びつくでしょうか。私は結びつくと思います。

 本当の精神論というのは理論的です。物理的、論理的な条件が揃ったら、他に差が出る要素は精神的なものしかありません。物理的、論理的な条件をすっ飛ばして精神論を語るから、話がおかしくなります。OSのインストールもできない人が、クラスタリングを語るようなものです。

■意識的に考えてみよう

 きっとこのコラムを読んでる人で、精神が無い人はいないでしょう。人がいる限り、必ずそこに精神という対象が存在します。メールしかしない人だとしても、相手は人間です。例外にはなりません。生きていく以上、どうしても精神や感情と関わっていかなくてはなりません。どうしても関わっていかなくてはならないのであれば、感情に任せて乱暴に考えるより、理論立てて整理していく方が賢いです。

 エンジニアリングとは違う概念が多いので、最初はしっくりこないかもしれません。しかし、本当に結果を出そうと思えば、避けては通れないものだと考えています。結果を出すためには、状況や理論など様々な条件をそろえていく必要があります。その条件に、必ず一つは精神的なものが含まれているはずです。そこをクリアするためには、精神論が必須になります。

 追求してみると、思っているのとずいぶん違ったものだったりもします。たまには精神論を追求してみてはどうでしょうか。

Comment(0)

コメント

コメントを投稿する