いろいろな仕事を渡り歩き、今はインフラ系エンジニアをやっている。いろんな業種からの視点も交えてコラムを綴らせていただきます。

紙でできた巨塔(3)……久しぶりに人間にあった気がする

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 ドキュメントを書くといっても、まずは手順が大事だ。基本は情報収集からか。下手に勘違いでもしたら目も当てられない。まずは共有フォルダに保存されているファイルを片っ端から確認していった。とりあえずプロジェクトも序盤だ。量的にはどうにかなりそうな感じはしていた。

 集中していると時間の流れは速い。そうこうしている内に、定時が過ぎてメンバーが帰りだしてきた。人数がどんどん減っていき、21時を過ぎた時には北斗野1人になっていた。ひたすらドキュメントを読んではいるが、一向に内容が纏まらない。どうやら前回のプロジェクトが失敗しており、その仕切り直しが今回のプロジェクトのようだ。その経緯を把握するために、前回のプロジェクトに携わっていた人の助言が欲しいところだ。

 闘いは始まったばかりだ。弱音を吐く暇なんてない。北斗野は必死にファイルを閲覧する。しかし、どれもジグソーパズルのバラバラになったピースのように、うまく繋がる気配すらなかった。そもそも、いい加減なドキュメントを元に精度の高いドキュメントを書けるはずもない。それこそピースの欠けたジグソーパズルを完成させるようなものだ。

 前回のプロジェクトのいきさつ、失敗要因、まずはそこの情報から集めなくてはならない。思ったより調べなければならない情報が多いことに気付いた。この膨大なファイルサーバのどこにそれが保存されているというのだ。アクセスすらできないかもしれない。

 北斗野は途方に暮れた。ふと時計を見るともう夜中の2時だ。悩んでも仕方がない。今日は近くのネットカフェで休息でも取るとしよう。オフィスの電気を消しビルを出た。たまたま近くにネットカフェポパイの神田店があった。受付を済ませ、北斗野はフラットシートに横になった。緊張の糸が吹っ切れて、泥のように深い眠りに落ちていった。

 水に沈んだ木片がふと水面に浮かび上がる。そんな感覚で北斗野は目覚めた。よく寝ていた。室内なので日の高さで時間は分からないが、朝は来ているのは確かなようだ。充電し忘れたスマートフォンのロックを解除しようとした時、時刻を見てハッとした。

「もう、昼の11時ではないか!!」

 北斗野は飛び跳ねるようにフラットシートから立ち上がり、会計を済ませて会社に向かった。十階のオフィスのノブを握り、ドキッとした。鍵がかかっていない?昨日出る時にかけ忘れたか?恐る恐るノブをひねって扉を開けると、自分の席の隣りで1人、ノートパソコンの画面に見入っていた。

「久しぶりだな。ケン。」

その声に聞き覚えがある。以前、苦楽を共にした漢、南野だった。

 あれはいつだっただろうか。おおよそ終わるめどがまったくつかず、夜中まで残業をしていた。途方に暮れる北斗野の隣りで黙々とキーボードをたたいている漢がいた。放心状態になった北斗野に声をかけた。

「疲れているようだな。」

 それが南野との初めて交わした言葉だった。なんとなく自分に似て、どこか不器用な漢だった。しかし、技術に対する情熱で通じ合うことができた。専門分野は違っていたが、話していて楽しかった。コードが読めるようになったのも彼のおかげかもしれない。

「久しぶりだな、南野。でもなんでここにいる?今日、土曜日だろ。」

「フッ、部長に休日出勤の申請をしたのさ。一応、他の名目だがな……。お前だけカッコいい真似させるわけにいかないからな。どうせお前、前プロジェクトの事、何も知らないんだろ?説明してやるよ。」

 南野はトラックパットをすっとなぞり、エンターキーを叩く。プロジェクトのデータを保存した一覧と、必要なファイルの一覧がテキストファイルにまとめられていた。

「Excelにファイルの保存先だけメモしておけばいいのさ。列の頭に"dir /b"を入れてやるだけで、必要なファイルの一覧がいつでも出せる。まぁ、これがプロの小枝というやつだな。」

ボケに抜かりがない。それを言うなら小技だろ。そんなところが南野らしい。北斗野は必要なファイルの一覧を並び替えてファイルに目を通していった。なるほど。内容がつながっていく。

 欠けていたピースは揃った。これでなんとか一つ筋が通りそうだ。前プロジェクトのドキュメントを読み解いていったが、失敗した明確な理由は明らかにされていなかった。建前的には、システムのリソース不足、ソースコードのチューニングが必要という事になっていた。

 しかし、実際は設定データをまとめたリストすらなかった。そのために、設定ミスや想定違いが多発して収集がつかなくなってしまったようだ。残されたExcel方眼紙には、修正が追い付かなかったであろう印刷範囲のズレや意味不明な文言が多く残ったままになっていた。

「またこのパターンか」

「あぁ、読みもしないドキュメントを作ることに気を取られ、本当に必要なプロセスがごっそり抜けたパターンだ」

 エンジニアというのは、技術には非常に精通している。しかし、ドキュメントの作成に長けているかと言えば、そうとも限らない。これはプロジェクト マネージャーもしかりだ。しかも、ドキュメント作成が重要なミッションの1つであるにかかわらず、Officeの使い方を勉強する者は誰もいない。

 ITのプロだから、そのくら い何もしなくても使える。そんな事を思っているのだろうか。そんな甘い考えのままでプロジェクトマネージャなんてやるから、世の中は炎上案件であふれてい るのかもしれない。技術に明るいだけではプロジェクトは成功しない。北斗野と南野はその事を熟知していた。

「お前のことを亀井部長に話したら、露骨に睨まれたよ。あれ、絶対目をつけられたわ。どちらにしても任期満了で今月でおさらばするつもりだよ。この現場。」

「最後だとしても、まさか助け舟をだしてくれるとはな。」

 南野の説明は分かりやすかった。そして、久々に会った思い出話にも花が咲いた。こいつと一緒なら頑張れるんじゃないか? という変な自信すら湧いてくる。一通りの説明が終わったのは18時。窓から見る夕日がきれいだった。

「じゃぁな。頑張れよ!」

南野は荷物をまとめてオフィスを出て行った。

 だいぶ整理がついた。今からまとめていけばぎりぎり間に合うかもしれない。そんな希望を抱いていたその時。北斗野はオフィスに起きた異変に気付い た。何か異様に暑いぞ……。気が付けば、動いていたはずのエアコンが急に静かになっっていた。このクソ暑い真夏の夜にエアコン無しだと!

--続く--

Comment(2)

コメント

sa

> エンジニアというのは、技術には非常に精通している。
> しかし、ドキュメントの作成に長けているかと言えば、そうとも限らない。

その通りですね。
わたしもです。

意識しているのは「10年後に読んでも分かる資料作り」なのですが、
なかなか難しいです。
うまくできたドキュメントもあるけれど、そのままソックリ次に活かすことはできないので毎回悩んでます。
で、いつも「ドキュメント得意な人いない?」って周りに聞いてます。

あと「Office のショートカット」好きです。
「Alt + ↓」とか「Ctrl + D」とか「Shift + Space(半角)」とか、
Office のヘルプにのってるけどみんな見ないよね。

昔、マウスを使わずに1日過ごせるかをやってみたことありました。

Anubis

>saさん

>意識しているのは「10年後に読んでも分かる資料作り」なのですが、

これに凄く共感できます。
実現は難しいですが、是非達成したい目標みたいに思えます。

「Office のショートカット」って、操作効率上げるのに役に立ちますよね。
ExcelのF2を使いこなしてる人って、なかなかいないように思えます。

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