Windows Serverを中心に、ITプロ向け教育コースを担当

報告書の書き方

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月刊「Windows Server World」の連載コラム「IT嫌いはまだ早い」の編集前原稿です。もし、このコラムを読んで面白いと思ったら、ぜひバックナンバー(2009年7月号)をお求めください。もっと面白いはずです。

なお、本文中の情報は原則として連載当時のものですのでご了承ください。

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仕事を進める上で案外多いのが文書の作成だ。提案書や報告書など、ビジネスパーソンはあらゆる場面で文書を作成しなければいけない。今回は、ビジネスにふさわしい文書の書き方について考える。

●どんな文書が必要か

最も簡単な文書は、出張申請や旅費精算である。フォーマットが決まっているし、自分の意見を書く欄もない。せいぜい出張目的くらいだ。それも「XX社のサポートのため」くらいの簡単なもので済ませられる場合が大半だ。会社によってはオンライン申請システムが構築されていることもある。

ただし、簡単と言っても油断はできない。表計算ソフトの普及により単純な計算ミスは減ったが、出張手当の支払いルールを間違えたり、必要な書類の添付を忘れたりすることはよくある。筆者も未だにミスをする。

入社して、自分の意見を記述する最初の機会は報告書の作成だろう。新入社員研修でも受講レポートの提出が義務付けられている場合が多い。

 その後も社会人として生きていく上で、作成の機会が最も多いのが各種の報告書だ。お客様に対する謝罪も一種の報告書だし、お礼状も報告書と考えた方が良い。単に「ありがとう」と言われるより、どのような結果になって、どんな成果が得られたのかを具体的に書いた方が気持ちを伝えやすい。気持ちを伝えることは難しいが(あるいは不可能だが)事実を伝えることは簡単だ。

そこで、今回は報告書に絞ってポイントを列挙してみる。

●結論から書く

新人研修で習ったはずだ。ビジネス文書は結論から書く。結論というのは「期待されている報告」である。文書でなくても結果から言うように注意したい。

たとえば風邪を引いて会社を休むとする。この場合の結論は「会社を1日休みたい(明日は出社する)」だ。どんな症状が出ているかは、休むことが妥当かどうかを上司が判断するために必要なので2番目に言う。なぜ風邪を引いたのかは再発防止に役立つが、今すぐ必要なことではないので3番目に言うか、あるいは出社後に報告すればよい。自分が今どんな気持ちでいるのかを自分から説明する必要はない(聞かれたら答えよう)。

上司はあなたの身体を心配しているのではない。あなたの労働力がどれくらいの期間、損なわれるのかを気にしているのだ(そう考えるべきだ)。実際は身体の心配もするのが普通だが、仕事に関しては自分の感情を強く表現しない方が良い。気の利いた上司なら、出社後に状況を尋ねてくるだろう。

●ストーリーを考える

報告書には決まったフォーマットがない。そこで最初にストーリーを考える。ストーリーと言っても物語を作るわけではない。一般的な報告書は以下のような順序で構成される。これに肉付けをしていくわけだ。

  1. 目標は何だったか
  2. その目標は達成されたか
  3. 達成されたのは何が原因か
  4. 達成できなかったのは何が原因か
  5. 問題があった場合、解決のために自分はどんな努力をしたか
  6. 解決できなかった問題は、どうすれば解決できるか
  7. そのためには何をしてほしいか

ポイントは「自分は何をしたのか」「何をしてほしいのか」だ。単に問題点を指摘するだけでは社会人として失格だ。与えられた条件の中で、自分がどれだけ力を尽くしたのかをアピールしよう。別に自慢するわけではない。事実を書けばよい。力不足な点は素直に助力を求めよう。

●根拠を書く

報告書には感想を記載することも多い。自分の意志を表現したいこともある。しかし感情を示す言葉や主観的な言葉はなるべく使わないように注意しよう。楽しい、嬉しい、悲しい、何かをしたい、こういう言葉を使う場合は、なぜそう思ったのか、その根拠を付け加えると説得力が増す。

たとえば、新人研修の受講報告書を考えてみよう。長くなるので目標と目標の達成度だけを書いてみる。なお顧客に提出する文書は「ですます」が多く、社内文書は「である」が多いようだ。

【悪い例】

今回の研修ではWindowsの管理ツールの使い方を修得することを目標とした。研修は面白く役に立った。もっと知識を付けるために、これからも頑張って勉強したい。

この例では、目標が達成されたのかを判断できない。何が面白かったのか、何の役に立つのかが分からないからだ。役に立ったのに「もっと知識を付ける」必要があるのがなぜかも分からない。頑張って勉強するというのは具体的に何を実行するのかも分からない。わずか2行の中に疑問点が4つも出てくるようでは良い報告書とは言えない。

【良い例】

今回の研修ではWindowsの管理ツールの使い方を修得することを目標とした。講師の助けを借りずにすべての演習問題を完了することができたため、目標は達成できたと考える。ただし、管理ツールの使い方にはまだ慣れず、試行錯誤する場面も多くあった。そのため、予定された演習時間を超過することが多かった。今後は、短時間で操作が完了できるように社内に構築されたテスト環境で経験を積みたい。

講師は、実際のシステム管理に必要な機能を重点的に解説したため、興味を持って聞くことができた。今後の業務に役立つことを期待している。

できたこととできなかったことが明確になっており、今後の学習方針も記されている。また、感想にも根拠が記載されているため受講時の状況が頭に浮かぶ。良い報告書は、その場にいなかった人にも正しく雰囲気を伝えることができる。

文章の量が3倍以上になっているため、情報量が増えるのは当然だと思う方もいるだろう。それはその通りで、量を減らすのは次の課題になる。しかし最初の段階では気にしなくても良い。感想や判断の根拠となる事実の記録は、多少長くても冗長な印象は受けない。

●事実を書く

新入社員だけでなく、中堅社員にも適切な報告書が書けない人は多い。これは日本の作文教育が感想文に偏りすぎていたせいではないかと推測している。作文の時間に「思ったことを書きなさい」と言われた人は多いだろう。

筆者は遠足についての感想文に「朝起きて、歯を磨いて……、ということは書かなくて構いません」と言われたことを鮮明に覚えている。しかし遠足の朝は何時にどんなふうに起きたかというのは非常に重要な情報のはずだ。いつもより早く起きた、前夜なかなか寝られなかったので寝過ごした、いつもと同じ時間に起きた、いずれの場合であっても本人の気持ちを知る上で重要な手がかりとなる。単に「楽しみにしていました」では分からない心の動きが、事実を書くことでよく分かってくる。

報告書に感想を書く場合は事実を通して表現するのが鉄則だ。事実を書くことは、感想を正確に伝える唯一の方法だと覚えておいて欲しい。

あなたが意中の人を初めてデートに誘ったとする。別れ際に「今日は楽しかった、ありがとう」と言われたら信用できるだろうか。筆者は信用しない。根拠がないからだ。同じ感想でも、何がどんなふうに楽しかったかを言われれば信用できる。報告書も同じことだ。思ったことを書く場合は、常に根拠となる事実を示すことを忘れないで欲しい。

感情は偽れるが、事実は偽れない

■□■Web版のためのあとがき■□■

「報告書は具体的に」というのが鉄則であるが、その「具体的」が具体的に何を意味するのか分からないと言われることがある。

「具体的」とは、「固有名詞」と「数字」が含まれるという意味だ。

「朝早く起きました」ではなく「朝6時に起きました」、「遅刻しました」ではなく「5分遅れて到着しました」、「よく理解できました」ではなく「合格点が60点の確認テストで95点を取りました」、「サーバーがトラブルを起こし」ではなく「ホスト名mail.atmarkit.co.jpを持つサーバーのSMTPが停止」である。

人名など、状況によっては報告書に記載すべきではない項目もあるあるが、「固有名詞」と「数字」があれば具体的だということは覚えておいて損はない。

Comment(3)

コメント

mapawata

結論の前に前提・原因が報告として必要なのではないでしょうか?
言葉尻の些細なところ気にする僕は病気なのでしょうか? それとも, 大人なら柔軟に解釈すべき部類のものなのでしょうか?

というにはコラムの一部が理解できません。

というのは, ストーリーで示されている「目標は何だったか」は結論ではなく, その次の「その目標は達成されたか」が結論だと思うのですが, そうすると, 「結論から書く」, というルールに, このストーリーは違反しています。

また, 風邪をひいたから休む, という報告は一般にされるかと思いますが, そのときに, 休みます。風邪をひいたからです。となるのはおかしいと思います。

コメントも誰かに伝えるという意味では報告の一種かと思い, 頑張って結論から書いてみました。

報告書の本質は, 相手にわかりやすく伝えることではないか, と思っています。
そのための技法として結論を最初"の方"に持ってくる, というのは多くの場合で有効だったのでしょう。しかし, 時と場合によっては, 後ろにあることもあるのではないでしょうか?

今, まさに報告書の書き方で悩んでおり, 悩みすぎて「結論から書く」という言葉の解釈まで検討しているところ, 本コラムを拝読した次第で, 少々意地悪なコメントをさせていただきました。

hoge

報告書の書き方で悩んでおられるとのこと、確かに苦労されているのだろうということが良くわかる文章ですね。「コメントも誰かに伝えるという意味では〜頑張って結論から書いてみました。」と書かれているわりには、のっけから意味のわからない文章が続いたからです。

第一に、「というには〜」の文章の意味がわかりません。
「報告書というには、あまりに文章が稚拙であった」というような用例の「というには」なのかなと思ったのですが、そうだとしても意味が読みとれなかったので、意味のわからない文章と判断しました。

第二に「というのは、ストーリーで〜」の部分です。「というのは」という書き方は通常理由を述べるときに使うはずなのに、理由ではなく「あなたが事実と考えていることの指摘」で終わっていて、いかにも先頭から書きなぐって推敲もされなかった文章という感じがあふれているからです。

通常なら「というのは、提示されたルールとストーリーに矛盾があるからです。ストーリーで示されている「目標は何だったか」は結論ではなく, その次の「その目標は達成されたか」が結論ではないでしょうか。」と記載すべきではないでしょうか。

また、私は、結論の前に前提や原因を報告するのはかなりの上級者でないと難しいという認識を持っています。風邪をひいたから休むという件では、前提・原因も簡潔で済んでいますが、実際には「実はおとといくらいから頭痛がして、食欲もなくて、そのときは体温は37度5分くらいで済んでいたのですが、それに加えて昨日の雨の日に傘を忘れたので濡れて帰って、朝起きて熱を計ったら38度を越えていて、...」と延々と前提・原因を述べている人の方が多いですね。

piyo

こういうのって慣れてくると最初から綺麗な文章が書けるものなのでしょうか。
私は頭の中をそのまま書き殴ってから、推敲するという2つのステップを踏まないと分かりやすい文章を作れません。

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