Windows Serverを中心に、ITプロ向け教育コースを担当

新3K

»

 月刊「Windows Server World」の連載コラム「IT嫌いはまだ早い」の編集前原稿です。もし、このコラムを読んで面白いと思ったら、ぜひバックナンバー(2007年8月号)をお求めください。もっと面白いはずです。なお、本文中の情報は原則として連載当時のものですのでご了承ください。

■□■

 IT業界の人気が低迷している。しかし、IT業界は本当に面白いし意義のある分野である。世界を動かすのはITであると言ってよい。多くの人が「IT業界は厳しい」と言いながら、他業種に転職しない所以である。

●新3K

 IT業界は「新3K」なのだという。元祖3Kとは、主に建築現場などで働く職種を指す言葉で「きつい・汚い・危険」の意味である。

 「新3K」は、IT業界を指す言葉で「きつい・帰れない・給料が安い」の意味だという(*1)。IT業界のエンジニアが自嘲的に言ったようだが、最近は言葉が1人歩きしてしまい、IT業界に就職を希望する学生も大幅に減少中だそうだ。

 確かに、IT業界はきつい面がある。プログラム開発に必要な技術は高度になっているが、納期は短くなり、単価は下がっている。ソフトウェア開発の効率は以前よりは向上しているものの、劇的な効果が得られるには至っていない。また、IT部門が運用しているシステムが急に停止したら責任を問われるが、正常に動作しているときは誰も感謝してくれない。「ITは重要ではない」という論文まで登場し、タイトルを文字どおりに受け取る人も多いようだ(*2)。3Kの上、会社にとっての価値もないなら、就職先として有望とは思えないのは当然である。

 しかし考えてみて欲しい。「ITが重要ではない」の根拠は、ITが一般的になり、誰もが利用できるインフラになったからだというが、本当にそうだろうか。ITの導入でまだまだ改善できる部分があるはずだ。ITのうち、ネットワークやOSといった要素技術は簡単に入手できるようになったが、誰でも簡単に企業の業務改善ができるほど簡単に利用できるようにはなっていない。

●なぜ新3Kか?

 それにしても、IT業界はなぜ新3Kなのだろう。筆者は2つの問題があると考える。

 1つは、仕事の進め方(プロセス)が近代化されていない点である。プロジェクト計画の見積もりが甘く、スケジュールを超過しているのに予算が限られる。結果として、残業が発生するが残業代を払うための収入が得られない。これが3Kの原因の1つだ。

 ただし、これについては国際的な流れの中で改善されてゆく(改善せざるを得ない)だろう。残念ながら、その過程で多くの企業がつぶれたり、吸収されたりするかもしれない。そうなっても食いっぱぐれがないように、自分の技術レベルを向上させる努力は忘れないで欲しい。筆者も多くの企業の統廃合を見てきたが、高い技術を持つ人は転職に困らない。同じ会社でも、中心となる事業が変わることも多い。会社はつぶれなくても部署がなくなるかもしれない。

 もう1つはITの本質的な問題だ。ITは2つの文化を結びつけるのが仕事であり、ITエンジニアは両方の文化に精通しなければならない。2つの文化とは、ITとビジネスである。言うまでもなくコンピュータはITそのものである。しかし、顧客はビジネスしか知らない(知りたくない)。ITエンジニアは、この両方を身につけて、ある種の通訳として機能する必要がある。そのため、会計や物流の知識も必要になる。これは困難な仕事だが、チャレンジする価値のある仕事である。幸い、ビジネスを学ぶための時間も正規の労働時間としてみなすべきだという考え方も増えてきている。長い目で見れば改善されていくはずだ。

●ITエンジニアになるには

 多くのITエンジニアは、大学でIT技術を学んでいない。少なくとも日本ではそうだ。その理由の1つに、大学でのIT教育が実践的ではないという点がある。もちろん、大学で学んだIT技術が役に立たないわけではない。しかし、大学で学ぶIT技術は基礎的なことが多い(*3)。そして、あまりにも基本的な技術は、現場ですぐに役立つものではない。最初の仕事は単純な作業が多いからだ。

 それでも、基礎技術がしっかりしていれば、新しい技術を学びやすいし、トラブルシューティングにも役立つ。大学でITを学ばなかった技術者は、初級から中級へステップアップする過程で基礎技術を修得する必要があるだろう。実際に、多くの人が独学で基礎技術を修得している。

 もう1点、IT技術を学ぶより、ビジネスを学ぶ方が難しい点も見逃せない。IT技術は年々自動化が進み、あまり深く勉強しなくても(初級エンジニアとして必要な作業に限れば)一とおりのことはできてしまう。しかし、ビジネスはそうではない。会計の基礎は当然として、さらに会社ごと、あるいは業種ごとに違う業務プロセスを理解しなければならない。法律が変わって業務プロセスが変わることもある。

 初級エンジニアが直接顧客と対話することは少ないかもしれないが、仕様書を理解するには業務プロセスの知識は不可欠である。「ITエンジニアは技術のことだけを考えていればよい」という思い込みにより、ビジネスの勉強を後回しにしている人もいるが、それは間違っている。

 自動車の設計者は、納品先の会社のビジネスに詳しくなる必要はない。もちろん、どういう使われ方をするかという知識は必要だろう。長距離輸送用トラックとタクシーでは求められる性能が違う。しかし、運送会社やタクシー会社のビジネスの仕組みまで勉強する必要はない(*4)。自動車会社は、トラックの運転手の勤怠管理と、タクシーの運転手の勤怠管理の違いまで知る必要はないのだ。

●IT部門だけが会社の全体を理解できる

 現在、ある程度の規模以上の会社に勤めている人で、自社のお金と物の流れを完全に理解している人はどれくらいいるだろう。従業員が数十人程度の会社であっても、多くの取引先があり、複数の事業を担当している。ほとんどの社員は、自分の担当業務しか分かっていない。

 ITは、お金や物の流れを含むあらゆる情報を管理することで会社の経営を助ける。事業部門ごとの最適化は、部門担当者の力でもできるかもしれないが、会社全体の最適化は、全社の情報を把握しているIT部門の仕事である。いや、IT部門にしかできない仕事だ。

 資本主義経済では、会社の活動は社会活動全体に大きな影響を及ぼす。企業活動が活発にならなければ個人の収入は伸びないし、税収も伸びない。つまり、IT部門の仕事は社会全体の動きを知ることにもつながる。そもそも、現代の経済活動はITそのものである。銀行だって、日々の取引のほとんどは情報が交換されるだけで、現金はあまり動かない。

 ある金融系企業で新入社員がこう言ったという。

金融というのは世界全体に影響のある仕事です。
世界規模で物事を考えられるような職業に誇りを持って就職しました。

 IT業界に就職を考えている人の中には、単にコンピュータが好き、興味があるという程度の人も多いだろう。それだけで十分な動機であるが、できればこう言えるようになって欲しい。

ITというのは、企業活動全体に貢献できます。
結果として社会全体に貢献できる仕事に誇りを持って就職しました。

(*1)「給料が安い」が「K」だったら、「給料が高い」は何と言うのだろう。

(*2)ニコラス・G・カー著「ITにお金を使うのは、もうおやめなさい」(ランダムハウス講談社)。「ITはすでに一般化しており、それだけで企業の優位性を保つことはできない」としている。ただし「ITが不要」とは言っていない。また本書の主張には異論も多い。

(*3)インドなどでは実践的なことも教えているらしい。日本でもいずれそうなるだろう。

(*4)間違っていれば、ぜひ指摘して欲しい。

■□■Web版のためのあとがき■□■

 IT業界の「3K」というのもずいぶん浸透してきた。ただ「給与が安い」がKというのはちょっと苦しい。「給与が高い」かもしれないからだ。ところでこの言葉、本来はITエンジニア仲間の会話に登場するブラックジョークである。ブラックジョークというのは、公の場で話すべきものではない。

 にもかかわらず、マイクロソフト株式会社の社長は、2006年のTechEd横浜の基調講演で「IT業界の3K」について発表した(この時は「きつい」「厳しい」「帰れない」)。まあ、これは「3K打破のためにマイクロソフトは頑張ります」という流れなので、まだ許容できる。しかし、IT企業の人事部長が、入社面接に来た学生に言うのはどうだろう。それだけ覚悟を持って入社しなさいということなのであろうが、そこまで言う必要はないと思う。事実を隠すのは良くないが、いたずらにマイナスイメージを与えるのも良くない。少なくとも人事部長が言う台詞ではない。

 そもそも、IT業界の平均残業時間が他業種よりも多いという根拠はないし、平均給与は他業種よりも高い。やりがいを持つ人の割合も平均以上なのである。つまり「新3K」は事実無根のデマということになる。

 本文で書いたように、IT部門は全社最適の提案ができる唯一の部署である。確かにきつい仕事だが、それだけではない。1970年代の高度成長期、世界中飛び回っていた商社マン(当時、キャリアを積んだ女性は少なかった)は、紛争地域にまで進出しており「きつい」「危険」「帰れない」の3Kだった。何しろ、アパルトヘイトまっただ中の南アフリカ共和国で、有色人種の日本人が商談をまとめ「名誉白人」となったくらいだ(倫理的な問題は別の話だ)。

 しかし3Kではあっても、商社マンは当時のあこがれの職業で、「商社マンの嫁」は「玉の輿」とほぼ同義であった(繰り返すが、当時はキャリアを積んだ女性は少なかった)。

 商社マンが高度成長期の日本を支えたように、ITエンジニアは21世紀の日本を支える存在である。自信を持ってほしい。

 ところで、最近は「商社マン」というと、仕事のために私生活を犠牲にしているイメージがある。現代では、こうした勤務習慣は受け入れられないし、当時でも批判はあった。しかし、それでも「仕事よりも趣味優先」という価値観はなかったようだ。たとえば植木等主演の映画シリーズ「無責任男」では、お調子者の主人公が極端に手を抜いた仕事をしつつ、何となく大きな商談をまとめてしまうというのがパターンだったように記憶している。結果を見ると、植木等は手を抜いているのではなく、効率のよい仕事をしていたと言える。

Comment(2)

コメント

さいとー

最後のKは、「結婚できない」にしてみてはどうだろうか?

(株)ポチ

思うに、「きつい」に集約されてると思いますね。

「きつい・汚い・危険」の場合は、きつい、かつ汚い、かつ危険と3つ異なる意味になりますが、「きつい・帰れない・給料が安い」はきつい、から帰れない、わりに給料が安いという感じにとれます。

「きつい」「厳しい」「帰れない」なんてのも全く一緒、というより全部同義じゃない。

給与が安い、にしろ「きつい」わりに「安い」というように、給与だけで見たら別に
社会全体の平均と比べてもそんなに安くないにも関わらず、「きつい」が先行しているが
ために、相対的なイメージで捉えられているのでしょう。

ということで、いわば「きつい」の1kなのでは、と。

コメントを投稿する