Windows Serverを中心に、ITプロ向け教育コースを担当

ITエンジニアの労働環境

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 月刊「Windows Server World」の連載コラム「IT嫌いはまだ早い」の編集前原稿です。もし、このコラムを読んで面白いと思ったら、ぜひバックナンバー(2006年10月号)をお求めください。もっと面白いはずです。

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 労働環境の改善といえば、昔は労働組合の仕事だった。確かに有給休暇の徹底や不当解雇の回避など、成果はあったのだろうと思う。しかし、最近では弊害の方が大きいような気もしてきた。今月は労働組合を含めた労働環境の話である。

 「なぜ、それほど一所懸命働くのか」。昔、友人と議論したことがある。結論は「仕事が楽しいから」だった。楽しいからつい働きすぎてしまうのだが、それによって失われるものも多い。仕事には締め切りがあるし、一定の品質も求められる。これはけっこうなストレスにもなる。ただし、締め切りもないし品質の要求もないとすると、あまり面白くないような気もするので、バランスが難しい。

●ITエンジニアの時給はマクドのバイトより安い?

 ITエンジニアの労働環境は、一般的に言って悪いらしい。筆者は他の業界を知らないが、「時給換算だとマクドナルドのアルバイトより安い」という声はよく聞く(本当はIT業界の平均賃金は全業種平均を上回る)。年俸制や裁量労働制が増え、残業代が支給されない会社が増えてきたためだろう。

 実際には、年俸制でも、年俸に含まれていない残業代は支払わなければならない。裁量労働制であっても、休日出勤や深夜残業の割り増しは必要だ。逆に裁量労働制だと、勤務時間が自由になるはずだが、それほど自由ではないところも多い。もっとも、この辺の問題は、年俸制・裁量労働制固有の問題で、IT業界に限らない。

 経営者と労働者を比べた場合、力関係としては労働者が圧倒的に不利である。そのため、労働者にはいくつかの一方的な権利が認められている。労働組合による団体交渉権はその例である。しかし、IT業界で労働組合が活躍した例はあまり聞いたことがない。不当解雇の撤回なんかはあるのだろうが、IT業界は自在の流動性が高いため、解雇される前に転職する方が多いような気もする。逆に、悪い話はよく聞く。

 同業者が「研修時間は5時までですので、絶対に5時を超えないでください」と強調されたことがあったらしい。尋ねたら「組合の規則です」とのこと。確かに、研修という名目で労働者を不当に拘束することもあるかも知れない。しかし、彼らが担当したのは、社員のスキルシフトを行うプロジェクトである。

 ベテラン社員のスキルは会社の財産である。不採算部門に埋もれさせておくことは、会社の損失だし、本人の利益にもならない。特に、古い時代に教育を受けたエンジニアは基礎がしっかりしているので、新しい技術の飲み込みも早い。苦手意識さえなくせば、若手よりも早く伸びることが多い。つまり、この研修は会社だけでなく、社員の価値を高める重要な業務なのである。

 これが、午前9時から午後10時までの研修というのであれば、反対するのは分かる。それは通常の労働条件ではない。しかし「午前9時から昼休みを1時間はさんで午後6時まで」くらいなら許容範囲ではないだろうか。おまけに、1時間に1回、15分程度の休憩も取るようにしている(でないと講師が疲れる)。ここで、無理に時間短縮を主張することで、社員(労働者)に対して損害を与えていることに気付かないのだろうか。

●産めよ増やせよ?

 女性の労働環境についてもピントがずれている。最近、政府は特殊出生率の低下を心配している。それに伴い、育児休暇の延長も議論されているようだ。しかし、育児期間中は休職することを前提にしていることがそもそも間違っている。労働組合も、基本的には政府方針に同意していて話にならない。

 実際に聞いてみると、すべての女性が育児休暇を望んでいるわけではない。そうではなく、ゼロ歳児保育、病児保育、そして夜間保育の充実こそを希望している人も多い。通常の保育園は、子どもがちょっとでも熱を出すと、すぐ親(たいていは母親)に呼び出しがかかる。これでは仕事に集中できない。会社内に託児所を作る企業もあるが数は少ない。そもそもゼロ歳児を通勤ラッシュの電車に乗せるのは健康上のリスクが高い。また、企業内保育所に病児保育まで要求するのは難しいだろう。専門知識のない保育士が病児保育を担当するのは無理がある。

 女性の労働力率が高い国ほど出生率が高いというデータがある(*1)。米国で女性の社会進出が増えたのは、離婚が増えたからだという説もある。両者がリンクできるとすれば、離婚しやすい環境を整えれば、女性の社会進出が進み、出生率が増えることになる。具体的には、男女の賃金格差縮小(現在の日本では、女性の平均賃金は男性の2/3程度)、保育所の充実、暗黙の職種強制の撤廃などだ。スウェーデンで出生率が増加しているのは、シングルマザー(またはファーザー)でも子育てを支援する環境があるからだとも言われる。

 実は、日本の世帯あたり希望子ども数は、緩やかに低下しているものの、ここ数十年ほとんど変化がなく、未だに2人を超えている。子どもを望んでいないわけではないのである。子どもを産まないことではなく、結婚しないことの理由を考えた方が良いと思うのだが、あまり話題にならない。

●公私混同は悪いこと?

 話を組合に戻す。労働組合は、1970年代の高度成長期に大きな成果を上げたことは分かる。といっても、筆者自身はそのころ子どもだったので、本当のところはよく分からない。しかし、工場労働者にとっての勤務時間短縮や有給休暇の増加は、生活の質を向上させるのに直結したと想像する。実際の有給休暇消化率は低かったにしても、一定の意味はあっただろう。

 しかし、ITエンジニアにとってはどうだろう。有給休暇はいいとしても、勤務時間の一律な短縮はあまり意味がない。忙しい時期とそうでない時期で極端に勤務時間が違うからだ。システムのメンテナンスのため、勤務時間をずらしたり、休日を移動したりしたいことも多いだろう。裁量労働制は、適切に運用できれば、ITエンジニアにとって良い制度だと思う。しかし、前述の通り、正しく運用されているとは言い難い。

 筆者は、昔から「ホワイトカラーは公私混同してもよい」と主張している(*2)。仕事のアイデアはどんなときに思いつくか分からない。勤務時間中に読んだmixiの日記が大きなビジネスにつながることだってあるだろう。その代わり、深夜に会社のメールを読んで、顧客トラブルに対応することもあるはずだ。本来、裁量労働制というのは、こういう公私渾然とした勤務形態のために用意されたもののはずだ。

 そういうと「じゃ、勤務中にWeb経由で映画を見たりエッチな画像を見てもいいのか」と反論する人もいる。筆者は、周りの人に迷惑をかけず、電話などの割り込みにも対応できるなら、映画は見てもいいんじゃないかと思う。ただし、エッチな画像は常識の問題だ。会社という公共の場では、表示すべきでない画像というものがある。

 現在のように、公私の区別が強調され始めたのは、工場の稼働時間に合わせて働くようになった時期、つまり産業革命以降ではないのだろうか。家内制工業の場合は、家庭行事のため臨時休業というのはよくあった。自営業をしていた筆者父の勤務時間は9時から12時、14時から18時、そして21時から23時だった。ただし、高校野球のシーズンと大相撲の時期は生産性が30%程度低下していたようである(筆者推定)。こういういい加減な勤務態勢を嫌がる人も多いだろうが、職種によって、また人によっては許されるのではないか。何より、その方が楽しいではないか。

●政党の意見は?

 試しに「裁量労働制」を、各党のWebサイトから検索してみた。自民党は該当なし。いくら何でもそれはないだろう。ホワイトカラーの労働環境は重視していないのだろうか。公明党は1件。「製造業全盛期とは時代が違うので、労働者を保護しつつ解禁」、つまり筆者の主張とほぼ同じだ。

 野党を見てみよう。民主党は22件。こちらは「政府案」に対する反対論調が目立つ。裁量労働制そのものの評価はよく分からなかった。共産党は170件で絶対反対論調。しかも古い労働感が目立つ。「自立労働の幻想振りまくな」というタイトルも目に付いた。確かに幻想かもしれないが、理想を求めることは悪くないはずだ。理想を求めた共産主義革命だって幻想だったが、資本主義の修正には役だった。

 ところで、社民党のWebサイトには検索機能がない。論外である。筆者は、昔から福島みずほ氏のファンであるだけに残念だ。仕方ないので、Googleの助けを借りて調べたところ、裁量労働制の「範囲拡大」に対して反対論調だった。歴史を振り返ってみると「自由化」「多様化への対応」という名目で、労働環境が悪化したことが多い。野党の反応も分からないでもない。しかし、乱用に歯止めをかけながら、メリットを生かす方法を考えるのが野党の役目のはずだ。ちょっと情けない。

●あなたの意見は?

 筆者は労働組合の存在を否定するものではない。集団で交渉しなければならないときは、労働組合を作る必要があるだろう。しかし、既存の労働組合は現状を正確に認識していないようだし、組合が支持する政党も当てにならないようだ。

 では、自分の労働環境を守るにはどうしたらいいだろう。それは、自分自身が、会社にとってなくてはならない存在になることしかない。IT技術者という専門職ならそれができるはずだ。自分の力を自然に(あくまで自然に)アピールすることも忘れてはならない。「最近、システムトラブルが少ないからIT要員を減らそう」と思われては困る。

 自分が会社にとって重要な存在になれば、多少のわがままは通る(あくまで「多少」だろうが)。もちろん、妥協すべきところは妥協する必要がある。雇用主である会社の利益が減れば、自分の給与も減ってしまうからだ。

 雇用主と被雇用者は契約で結ばれた関係である。契約には、お互いの妥協点を見つけて合意することも必要だ。誰かが決めた契約に同意するだけでなく、自分で契約書を作るくらいの気持ちを持って欲しい。転職は1つの選択肢だが、長く勤務している人の方がわがままを通しやすいことも事実である。

 どんなに良い会社でも、また、どんなに政治が良くなっても、追求されるのは「最大多数の最大幸福」でしかない。「あなた」の幸福は「あなた」がつかむしかないのだ。筆者が中学に入学した日、担任の教師が黒板にこう書いた。

 「自分の足で歩け」

 (*1)男女共同参画社会の正確な理解のために

 (*2)MVPインサイダー

 資料

 平成16年度女性雇用管理基本調査

 平成16年版働く女性の実情

Comment(4)

コメント

tanaka

> 野党を見てみよう。民主党は22件。こちらは「政府案」に対する反対論調が目立つ。

え、、もう結構前から与党では、、、


ついでにいうと、結婚しない/産まない(というより出来ない)のは、
全体的な単に世帯収入が低いからでは?

平均年収ではなく年齢別年収の分散/分布を見たら、今後の収入増もさほど見込めない現状では、きっと納得せざるを得ないのでは?
高度成長期やバブル前後の低い年収の意味も違いますし。

xeren

> バックナンバー(2006年10月号)
> 資料 平成16年~
記事の内容が大分古いようですね。
要点だけ抜粋した方が良かったように思います。

毘政

家族崩壊を狙っているのですか?

ty

非常に興味深く拝見させていただきました。
ご記載のとおり,自分の立ち位置は自分で確立するしかないと思いました。

>既存の労働組合は現状を正確に認識していないようだし、組合が支持する政党も当てにならないようだ。

>自分が会社にとって重要な存在になれば、多少のわがままは通る(あくまで「多少」だろうが)。

そのとおりだと思います。

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