シンガポールでアジアのエンジニアと一緒にソフトウエア開発をして日々感じること、アジャイル開発、.NET、SaaS、 Cloud computing について書きます。

人生はロック・クライミング

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 前回のコラムで、シンガポールでも年寄りITエンジニアの仕事が減っていく傾向があると書いた。確かにそれはあると思う。しかし、案ずるより生むがやすし。職務履歴書を送りまくった結果、50歳の私でも、なんとか仕事を見つけられた。

 しかも、生物関連の研究のためのプログラマ。つまりバイオ・インフォマティックスの仕事。バイオ・インフォマティックスは諦めていただけに、結構うれしい。しかし、この仕事、確かにバイオ・インフォマティクスではあるが、実は、仕事の一部に日本で行われる開発のコーディネート作業が含まれている。

 資格的に問題がある僕、年寄りで、成績も良くない僕、それにもかかわらず、僕の職務履歴書が選考者の目に止まったのは、僕が日本人だからであることは明らかで、日本人で良かったと思うことしきりである。

 今回、こちらの日系のエージェント、オンライの求人広告などで多くの求人を見た。最近のシンガポール、そして他のアジアの日系企業の求人募集の傾向を見ていると、採用はこちらに住む日本人より、日本語を話せるローカルスタッフにより重きをおく傾向が強まっているようだ。

 日系の求人欄を見て、『Japanese speaker』と書いてあれば、それは日本人ではなく、日本語を話せる外国人の求人だが、最近そういう求人がどんどん増えている。しかし、そうは言っても、今のところは、やはり日本は大国。お金持ちの国である。求人上に現れる、多少条件が良い仕事は日本が絡んだものであることが多い。

 今回思ったが、僕の人生、結構ついていると思う。私が就職したころの1985年は、日本はバブル景気全盛。私の出た大学の、私より数年前の卒業生の就職先を見ると、あまり名前を聞かないところが多かった。しかし、私が卒業した前後の数年の就職先は、誰でも名前を知っている企業の名前が並んでいた。

 そんな時代だったため、僕のように成績が良くない人でも、名の通ったところに就職できたのだと思う。さらに、それだけでなく、就職して3年目にロンドンに赴任してしまった。『ロンドンに赴任』その言葉だけで『エリート』と連想してしまう人が今でも多いのではないだろうか。実際自分も、もしかしたら『俺ってエリート?』と誤解したものである。しかし、実際、当時の僕がどれだけのものだったのか? 全然仕事はできず、先輩の足を引っ張るしかできなかった。

 しかし、若い時期に外国に赴任できたおかげで、英語の環境で仕事ができるようになったことは、まぎれもない事実だ。そのおかげで、私は現在、外国人の中で仕事をしている。私をロンドンに送ってくれた、大学卒業後、私が最初に就職した会社に感謝感激である。しかし、私を送ることに決めた人は、さぞかし、不安で不安でしかたがなかっただろう。

 時を経て、2000年ごろ。僕はそのころ、横浜にいた。そしてソフトウェア開発がやりたくて仕方がなかったが、当時の私はテクサポ要員で開発ではなかった。そこで、転職先を探してみるが、開発未経験で、かなり年を食っていた私を採用するところなどなかった。このまま、やはりこの会社でテクニカル・サポートをやるしかないのかと思っていた矢先に、職務経歴書を送った東京のとあるスタートアップが面接に僕を呼んでくれた。面接官はイギリス人で、英語で面接。結果、あれよあれよという間に内定。あっけなく、転職に成功してしまった。

 実際に働き始めて分かったことは、私が採用された理由は僕が英語ができたこと。それだけだった。開発の経験のあるなしは、二の次だったようだ。イギリス人ボスの下で、数人の日本人のデベロッパ。コミュニケーションに難儀を極めていたのだ。

 そこでの開発、実はアーキテクチャ的にかなり問題があったが、その点を、後に僕が何とかするとは、多分私を採用するときに期待していなかっただろう。とにかく、私は、これでソフト開発者になれる。このチャンスを逃すわけにはいかないと、必死でソフト開発を勉強。なんとか、開発技術を身に付けて今の私に至るわけだ。

 そして、今回、私は新たな分野、つまりバイオロジー関連の研究のための開発の仕事を得た。そして、それを、私が日本人であるという『とっかかり』から得た。もちろん、大学で勉強したと言えど、最先端の内容のバイオが簡単なわけがない、これから相当苦労することになるだろうが、なんとかなるの精神でやっていこうと思う。

 人生は、ロック・クライミングの要領だと思う。手を伸ばして、自分の体の上の岩をまさぐってみて、なんでも良いので、『とっかかり』になる岩の出っ張りを見つけて、そこを使って一気に体を引き上げる。『とっかかり』は何でも良い。『日本のバブル』『英語ができること』『日本人であること』。とにかくチャンスをつかんだら、後はその『とっかかり』を絶対に離さず体を引き上げるべし。そういうことだと思う。片手で全身を引き上げるのだ、相当苦労することになるが、それは、それでやるしかない。

 今、ITエンジニアをやっている皆さん。今の仕事に満足しているなら、それはそれで良いが、もしそうでないなら。とにかくどこかに『とっかかり』を見つけて、それを頼りに、別の道を模索してみるべきだと思う。

 例えば、日本では今、スマートフォン系のエンジニアが不足している。もしそれをやってみたいなら、経験があるなしをあまり考えず、とにかく、職務経歴書をそういう開発をやっている会社に送ってみるべきだと思う。運良く面接にこぎつけられれば、『僕はいままでこんなに、自分で勉強して技術を身に着けてきました、未経験のスマートフォン開発など、へのかっぱです』と必死にアピールすると良い。ここで使う『とっかかり』は、1つのことを自分の力で習得したと言う実績だ。

 僕がもし、スマートフォンアプリ開発マネージャで採用の権限を持っていれば、それで採用すると思う。多少不安だが、なにしろ、猫の手も借りたいのだから。

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