ソフトウェア・エンジニアの語る、虚々実々の物語

カイシャの怪談 (弐の章)

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 カイシャってところは、世にも不思議なことがたくさんおこる所です。

 前回の章(壱の章)では、妖怪ファイル1~5までを紹介しました。今回(弐の章)は妖怪ファイル6~10までを紹介しましょう。

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妖怪ファイル:6 「水掛けババア」

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 一般的には「クレーマー」と呼んでもいいでしょう。どんな小さなことでも根掘り葉掘り、グリグリと掘り起こします。自分の注意を引く物がないかどうか、常に「重箱の隅」を「絨毯爆撃」します。

 この妖怪はとても「水掛け論」が大好きです。「ああでもない、こうでもない」と、ネチネチと人の嫌がるであろうことを、傷口をえぐるように責め立てます。この妖怪と、前回紹介した「できない爺」とセットにすれば、絶大な威力を発揮します。

 レビューの場では、まず最初に、「誤字脱字」を指摘して、DoS攻撃を仕掛けてきます。DoS攻撃によって、サーバ(レビュー成果物の作成者)を機能不全に陥れます。そうして、レビューの貴重な時間は浪費され、有益な指摘を受ける時間が減ってしまいます。

 事前準備などで、すでに誤字脱字が指摘されてしまっている場合には、この妖怪は別な戦法を取ります。「話題ずらし」です。レビューの目的とは全然別の視点に戦場を移動させようとします。

 設計レビューの場で、「そもそも、この機能は要求にマッチしているのか?」というように、話を振り出しに戻そうとします。この手にまんまと乗ってしまうと、せっかく設計段階まで来ているのに、ステージをいくつも戻ることになってしまい、「あの時、こう言った」「いや、あの時はそんな意味で言ったんじゃない」「いいや、俺はそうは受け取らなかった」というような「水掛け論」になり、水掛けババアの思うつぼ。

 その時の、この妖怪の顔は、ほくそ笑んでいるように見えるに違いありません。

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妖怪ファイル:7 「マッド・マトリックス」

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 キアヌ・リーブスも、メル・ギブソンも登場しません。はっきり言って、ソフトウェア業界に「救世主」なんてものは存在しないのですから。マッド・マトリックスな人間は、なんでも「表(マトリクス)」にしたがります。「表」にしたら、次には「グラフ」にしたいのが人情ってもんです。でも、やっぱり妖怪なので、人情なんてものはありません。

 この妖怪は「グラフ」は嫌いなんです。何故かって?それは「グラフ」=「可視化」してしまったら、今までの悪事(?)までもが可視化されてしまうからです。悪事といっても、警察に捕まるようなものではありません。プロジェクトの遅れや、コストの超過、品質の低下などなど。

 ソフトウェア業界で生計を立てている者なら、一度は手を染めたことのある……悪事(?)。本人が隠したいと思っているものすべてが、白日の下にさらされてしまうからです。そこで「表」の登場となるわけです。

 表って便利ですよね。こまかーーーーい文字と数字でマスを埋めてしまえば、ほらでき上がり。表の難読化なんて簡単、簡単。こんな資料をA4用紙に印刷させられた日には、読みづらいことこの上なし。老眼の域に達している高齢な上司の方々は、この初撃で「表」を見る気力を失います。

 そしてもう1つ重要な点は、データは「ワンショットな情報」に徹することです。データを過去の経過と共に表にしてはいけません。先ほども言いましたように、データの傾向(これも重要な可視化)を示してはいけないのです。脈々と続く悪事がばれてしまいますから。

 例えば、ズルズルと遅延していくスケジュールの日付の傾向とか。ブクブクと膨らんでいくコストの傾向とか。ドンドンと低下していく品質の傾向とか。

 さあ、今日も「狂った表」を上司に提出しましょう。見てくれないこと、間違いなし。

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妖怪ファイル:8 「ドクター・スタンプ」

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 「スランプ」ではありません。「スタンプ」です。この妖怪は、上司からの「ハンコ」(スタンプ)をもらうことに命を懸けます。そのためには、どんなデータでも「でっちあげ」ます。この妖怪には大好きな人が居ます。ISOを妄信する亡者です。そういった亡者を見つけると、この妖怪はひっそりと亡者に寄り添います。彼らは哀れな亡者にささやきます。「ハンコをもらえ~、それさえもらえば、99%終わったも同然だぁ~」って。亡者が抵抗すると、すかさず追撃してきます。「なあなあ、そんなに律儀に仕事することないじゃん。どうせデータなんてろくにチェックされないんだ。そんなデータ、さっさと“でっちあげ”て、今日は飲みに行こうぜ」適当にねつ造されたデータを印刷して、上司のハンコをもらえば、万事終了!これでそのデータが怪しまれることはありません。

 え? 本当にそんなにうまくいくのかって? 心配ご無用。ここに生息するのは、ハンコを押された書類に、足を向けて寝ることができないような亡者の集団です。バレることはまずありません。この妖怪たち、ハンコの数を競うことも忘れません。誰が、どれだけ短い期間に、いくつのハンコを貰ったとか、貰わないとか。そんな不毛な競争を繰り広げるのです。まあ、ハンコの数なんてのは、小学生の時に、夏休みの朝のラジオ体操に参加して、先生から押してもらった「がんばったね」ハンコと大して変わらないのですけどね。

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妖怪ファイル:9 「猫じゃら娘」

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 猫の妖怪の成れの果てかもしれません。目先のことにすぐに飛びついてしまう妖怪です。

重要度や緊急度なんてのは、この妖怪には関係無いのです。目の前に出てきて、ぷらぷら(?)している安っぽい案件が気になって仕方なく、ついつい飛びついてしまうのです。可哀想な妖怪だと言えば、それまでです。

 普通の人ならば、自分に課せられた仕事に重要度と緊急度を割り当て、重要かつ緊急なものは先に処理します。重要であっても緊急ではないもの、重要でなくても緊急なものについては、自分の中で優先順位をつけて処理します。重要でもなく緊急でもなければ、エイジング(いつまでも捨てられてしまわないような機構)して、待機させます。

 でも、この妖怪は、駄目なんです。緊急とか重要とかに関係なく「たったいま目の前にあるもの」に全神経が集中してしまいます。猫が「猫じゃらし」にじゃれつくように。可哀想なこの妖怪は、猫じゃらしを操っている根本が何かを見極めることができません(猫と犬の大きな違いの1つでもありますね)。いつまでも、先っぽを追ってしまうのです。合掌。

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妖怪ファイル:10 「ぐぐらでおくものか」

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どんなつまらないことでも「グーグル様命!」って妖怪です。この妖怪は、「この情報、決して“ぐぐらでおくものか”」とブツブツと念仏のような文句を唱えながら、必死で検索します。自分で考えることをやめてしまい、検索ワードを吟味することに命を懸けます。

 今日の運勢も、お昼に食べるものも、寝る前に読むニュースも。グーグル様検索命! この妖怪の辞書には、以下の呪文が刻印されています。この呪文は妖怪のもっとも深い深層心理に刻み込まれているので、決して逆らうことはできません。

グーグル様が言うことは間違いない。

グーグル様は絶対だ。

グーグル様はわれわれを導いてくれる。

グーグル様を疑うなんて、なんて罰当たりな輩だ。

グーグル様は世界を救う救世主なんだ。

グーグル様に奉仕するのは当然だ。

グーグル様がわれわれを裏切るはずがない。

……(永久崇拝モード突入)

世界の英知はグーグルに集まる。そして、自分の将来設計もグーグル頼み。グーグルとつながらない時(ネットワークから切断)の彼の顔といったら、それこそ生気のない亡霊そのものです。まあ、もともと日に当たらなくても、グーグル様とつながっていればよいのだから、大して生気は必要無いのかもしれません。きっと情報サイボーグが完成する日も、そんなに遠くないことでしょう。

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まだまだ妖怪たちはたくさんいるのですが、別な妖怪はまたの機会にご紹介しましょう。

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