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いつか新入社員がいなくなる? 『新卒ゼロ社会』

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SEの勉強法 新卒ゼロ社会―増殖する「擬態社員」

岩間夏樹(著)
角川書店
2005年12月
ISBN-10:4047100242
ISBN-13:978-4047100244
686円(税別)

 「最近の若者は、仕事に全力で打ち込まない」「ワークライフバランスよりも先にやることがあるだろう」――いつの時代も人は「最近の若い者は」とぼやく。年上の人が「若者はなっとらん」というのは、自分たちのものさしで若者を判断しているからだ。だが、その判断は果たして適切だろうか? 著者は、本書の冒頭でこう述べている。「時代は変わる。人も変わる」。

■日本型「新入社員」がいなくなる?

 本書で、社会学者である著者は「日本型の新入社員制度」が歩んだ歴史、40年近くの間に「新入社員の意識がどう変化したか」を考察している。財団法人 社会経済生産性本部と社団法人 日本経済青年協議会は、1969年から毎年、新入社員に対して「働くことの意識調査」を行っている。著者はこのデータを引用しながら、新入社員の考え方や行動特性について紹介している。

 だが、本書はただの「若者の意識変化」論ではない。「新入社員を一括採用する」という制度がどう生まれ、どう成熟してきたのか、そして現代の流れとどうずれてきているのか。歴史を振り返りながら、「新卒採用制度」あるいは「世代を超えた社員が集まる組織の在り方」そのものについて考えるよう、促している。

 まず、著者は「新入社員とは誰だろうか」と、問いを投げかける。「学校卒業後にそのまま入社した社員だろう。なぜ、そんな当たり前のことを」と思うかもしれない。日本社会において「新卒採用」とは、「長期雇用」を前提とした「学生の一括採用」のことを指す。これは「日本的雇用慣行」と呼ばれるもので、日本独特のものだ。不況以降、「内定切り」や「新卒切り」「就職留年制度」などが話題になったが、そもそもこれらの問題は「学校を卒業したばかりの『新卒』という肩書きが日本企業にとって重要」という前提の上に成り立っている。

 長期雇用、年功序列の賃金体制をうまく機能させるためには、社員ができるだけ同一の条件で一斉スタートを切ることが重要だった。そのために、新入社員は常に「一括採用」されてきた。また、労働力を囲い込むという点では、日本的雇用慣行はそれなりにうまく機能していた。

 だが、それは高度成長期までの話である。バブル崩壊以降、「労働力を囲い込み、社員は1つの会社に定年まで勤め上げる」という体制は、複雑化する社会環境にそぐわなくなってきた。「古い体制のままでは、若者が企業に魅力を感じなくなる。いずれ日本的な意味での『新入社員』はいなくなるだろう」――著者はこう主張する。

■なぜ「うちの会社」というのか?

 日本的雇用慣行の例として「うちの会社」という発言を例に取ろう。「うちの会社は○○だから」という言葉に、特に違和感を感じない人は多いだろう。だが、これは日本企業ならではの発想である。「会社は一生を過ごす家」という言葉が表すように、日本企業は「生活共同体」としての意味合いを強く持つ。

 その歴史は、戦後復興時代にまでさかのぼる。戦後復興期に上京してきた若者たちはお金がなく、職場が住み込みで働ける住居を提供することが多かった。少しでも余裕がある企業は、若者をサポートする手当を出した。職場は、まさに「一家」のようなものだったのである。

 これらのサポート体制を行う企業が増え、企業を頼りにする人々も増えた。企業と社員の間には、組織的な「一体感」のようなものが醸成される。「働けば、その分だけ安定した生活が手に入る」――こうしたマインドが共有され、高度成長期にはモーレツに働く社員が増えた。

■仕事へのモチベーションが根本的に変わった「歴史の分岐点」

 だが、時代は1991年ごろを境に大きく変わる。著者は「1991年の分岐点」で社員の働くモチベーションが変わった、と指摘する。

 戦後復興時代~大量消費時代の企業戦士は飢えの恐怖や、「豊かな生活」というライフスタイルモデルに乗り遅れることへの恐怖、平たくいえば「モノの欠乏への恐怖」を原動力として、ひたすら働いていた。

 だが、その下の世代は、もはやモノに欠乏していない。代わりに働く原動力となるのは「自分探し」という、ひどく曖昧(あいまい)とも見えるゴールである。曖昧であるがゆえに、このモチベーションは人を際限ない行動に駆り立てるのだ。そして、若者のこうした「自分探し」の感覚、「会社は一番ではなく、あくまで自分の自己実現が目的」という感覚は、「会社を自分の一生の軸に置く」という上の世代には分かりにくいものとなっているのだという。

■自分はいつの時代に新入社員だったか

 会社のサポートにしがみついて終身雇用を目指す感覚と、若者の感覚にはずれがある。だが、企業組織の多くはまだ「一家」としての体裁を持つところが多い。日本の雇用体制は古い時代には適合したが、いまとなってはあちこちきしみ始めている。このまま古い体制を維持しようとすれば、優秀な学生が日本の企業に魅力を感じなくなるだろう、と著者は警告している。

 いま、新入社員の研修を担当しているエンジニアやマネージャで「新入社員の考えていることが分からない」「どう指導していいか分からない」と考えている人に、本書を勧めたい。具体的な指示方法やノウハウは本書には書いていない。だが、「新入社員の考え方がどう変わったか」「自分はどの時期に新入社員だったのか」を振り返れば、「世代の違う人間が集まる組織はどうあるべきか」「自分はどう指導すればいいのか」のきっかけが見えてくるかもしれない。

(金武明日香 @IT自分戦略研究所)
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