いろいろな仕事を渡り歩き、今はインフラ系エンジニアをやっている。いろんな業種からの視点も交えてコラムを綴らせていただきます。

女性はエンジニアに向かないは本当か

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本当だ

先日、Googleの社員が「女性は生まれつきエンジニアに向かない」という文書回覧を回してたとネットのニュースで見た。シリコンバレーでは何やらセクハラやらなんやら、女性に対する府行き届きが多いらしい。そんなことで、問題発言のように取り上げられていた。

他のニュースを確認したところ、この発言をした方は解雇になったようだ。ただ、私はこの人が言った全文を読んだ訳ではない。もしかしたら、この人の言った発言の一部がクローズアップされて、いかにも差別っぽく聞こえたというのも考えられる。

タイバーシティやら男女平等やらいろいろあるが、この発言をした方、意外とはっきりした根拠を持って発言している。意見に反対する人も多いが、賛同する人もいるようだ。私としては、反対するか賛同するかはともかく、話は聞いてみたいところだ。その上で事実を見極めたい。

ただ、女性がエンジニアに向いているかどうかと言えば、私は向いていないと思う。いちいち根拠を示すまでもないが、生まれつきの趣向や傾向において、あきらかに男性の方がエンジニア向けだ。そもそも、エンジニアになりたいと思う女性が少ない。それが事実を物語っている。

向いてはいないが劣ってはいない

だが、向いていないということと劣っているは同義ではない。腕力の差が直接ケンカの強さでないように、生まれつきの性別の違いがエンジニアとしての優劣に繋がるとは限らない。実際、私のような高校で成績がビリで頭が悪い代表格だったようなのが、エンジニアをやっている上にコラムまで書いている。

言う人にしても言われる人にしても、向いていない、イコール劣っていると考えた時点で双方間違えている。そういうことを気にしない人に、頭一個分差をつけられたということだ。本質的に優劣など人間の考えた物差しにすぎない。存在するのは単なる差違だけだ。

簡単な話で、できる人はできる。できない人はできない。それだけだ。向き不向きなど、スタート時点でどっちの方向を向いていたかというだけの話だ。それが圧倒的な差になるか、何の影響もないか、はてまた逆転の切り札になるかは、その人の行動次第だ。

Googleのエンジニアが言ってたのは「向いてない」だ。私の聞いた範囲では、確かにこの発言自体は間違えていない。だが、この発言の影響でGoogleに入る女性は減るかもしれない。また、エンジニアを志す女性も減るかもしれない。そういう観点から見れば、Googleとっては問題発言だったと思う。

向いてても適性があってもできない人はできない

日本人というのは真面目で勤勉だ。一つの事に徹底した集中力を発揮して、世界を驚かせるような結果を出すことができる。歴史的にみても、日本人というのは素晴らしい資質を持ち備えている。エンジニアとしてこの資質を発揮できれば素晴らしい結果が残せることは間違いない。

だが、現状は散々たるものだ。これだけの資質を持ちつつ、ITの分野では鳴かず飛ばず。それどころか、外国からは仕事量は倍で給料は半分と揶揄されて、優秀な人が全然育たない。国として十分な資質を持ちつつも、膨大な才能が埋もれて朽ち果てている。そもそも日本では人を育てたり人に投資する気が全く無い。

日本はまだ、資質やら適性で差が出るレベルではない。人を育てていないし、有効に活用できていない。ある意味、エンジニアの発言と社会問題と取り上げられるアメリカが羨ましい。日本で取り上げられるのは芸能人の発言だ。"有名"というラベルだけで物事を判断しているから、優秀な人を見抜けないのだろう。

この状況を見ていると、資質を持っていることが結果に結びつくとは限らないと言える。国や人種、男女の差よりも、その人自身の考え方や行動で結果は決定される。できる人はできるし、できない人はできない。実際、優秀な日本人は日本を捨てて世界で活躍している。

向いてない人が結果を出した時にイノベーションが起きる

スティーブジョブズにしても、一説によると性格に偏りがあったようだ。偉大な業績を出したから素晴らしい人という訳ではなかったようだ。ネットの情報を見る限り、むしろビジネスやっちゃいけない人に分類されると思う。あの人が私の上司だったら絶対に嫌だ。ああいう人がビジネスをやっちゃったからイノベーションが起きたのだろう。

向いてない人は変化を起こせる。本来女性がエンジニアに向いていないなら、エンジニアとしてイノベーションを起こすのは女性だ。逆にそう考えて欲しい。向いていない人には向いてる人にできない発想がある。男性の真似では女性は実力を発揮できない。活躍する鍵は発想だ。

女性が頑張りで勝負しても、元々の体力の差があるから男性ほどは粘れない。だが、粘れないが故に頑張りではなく工夫で乗り切ろうと発想を転換できる。理論より感情で動く傾向についも気にしなくていい。現代の日本人は理論よりしがらみで動いている。むしろ、人間的な観察力に長けた女性の方に分がある。

適性やら資質など関係はない。とは言っても、どんなハンディでも乗り越えられるという意味ではない。資質や適性に溺れる人もいるということだ。奢ることなく普通にやっていれば、相対的に優れることができる。女性がエンジニアに向いていないとしても、普通にやってるだけで大半の男性を抜ける。才能や資質は発想でいくらでも覆せる。要は性別は単なるスタート地点の違いに過ぎない。その違いは確実にある。しかし、そこからどう動いてどうなるかは各個人の行動と考え方次第だ。

Comment(3)

コメント

匿名

こんにちは。
「適正」は「適性」の方がよろしいように思いますが、いかがでしょうか。

仲澤@失業者

議論の前提となっている男性と女性の定義や対象のエンジニアの定義も
よくわかりませんので、コメントしようのない見解ですよね。
例えばLGBTの方達についての判断はどのようなものだったのでしょうかね。
例えばコードを見て男女の区別がつくとかの、ブラインド検査などはしてみたのでしょうか。
まぁ個人的には根拠不明の妄言であるとの判断ですけと。

あるふぉんそ53世

女性がエンジニアに向かないのではなく、周囲が女性に求めるスキルと適性が「エンジニア向きではない」、周囲が女性に求める「基礎教育」がエンジニア向けの適性を育てていないのだと思います。


当方、女性の集団の現場に常駐している女性エンジニアですが・・彼女らが受け入れたいのは「エンジニアとしての適性を持つ」女性ではありません。あくまで自分たちと同じ土俵にいて、ただしエンジニアであるがために、女性としての評価が下げられた存在です。


エンジニアとしての教育を受け、またそれを望むような基礎教育をあらかじめ周囲に受け入れられた中で経験して、働く場でもエンジニアとしての適性とスキルを求められる・・この条件を満たせば、最終的には男女ともあまり大差ない比率で向き不向きが出るのではないでしょうか。

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