意外と金にならないクリエイティブな仕事
■クリエイティブな時点で儲からない
例えば芸術活動や音楽活動。創造性を問われる割にあまり儲からない。特にエンターテインメントなど、形がないものほどお金になりにくい。もちろん、当たればでかい。しかし、それだけでは食べていけない人も多いようだ。
それを考えれば、IT技術者はまだマシかもしれない。しかし、クリエイティブにコードを書くより、マネジメントやコンサルティングをやった方が儲かる。結局、コードを書いたりインフラをいじってる内は大して儲からないだろう。
■単純に稼ぐという観点から考える
「稼ぐ」という観点で考えてみる。少なくとも、働いて収入を得ている時点で、時給換算で考えれば負け組だ。俗にいう「働いたら負け」というヤツだ。真に稼ぐ者は、生まれつき持った資産を運用して少ない手間で大きな利益を上げる。そういう人に時給換算で勝つのは相当難しい。
また業種にしても、自ら手を動かしてる時点で負け組確定だ。本当に稼ぐ人は、人を使って収入を得る。立場を使ったり、直接お金の流れを操作したりと。稼ぐだけに主眼を置くなら、まず人間関係でうまく潜り込んで弱い者から吸い上げる。それが一番効率がいい。作る人より売る人の方が儲かる。さらに儲かるのが、元から持っている人だ。
理不尽だがそれが現実だ。コードやらインフラいじってる時点で、奇跡でも起きない限りそうそう儲ける事はかなわない。大金を得てウハウハという生活を目指す手段としては、お粗末極まりない。
■作り出すという価値
何かを創り出すこと。それには確かに価値はある。しかし、ダイレクトに金銭的な価値に換算して理不尽さを醸し出すのは違う。金銭的な価値は金銭的な価値、創造性は創造性だ。なんでもかんでも金銭に換算して考えるのは現代人の悪い癖だ。
アーティストは金だけでは実現できない、「表現」という手法で人の心を動かせる。金にならなくても、そこに確固たる価値がある。エンジニアにしてもそうだ。どんな大金にも変えられない世界の技術を支えているのだ。
クリエイティブな仕事をする人は、いつの時代も必要とされる。ただ物を持ってる人、お金を持ってるだけの人は消費するしかできない。スポンサーとして出資はできても、本人が創り出すものは何もない。一見恵まれているように見えるが、何かを創り出す感動を味わうこともほとんどない。精神的に見れば、学ぶことの少ない人生を歩むことになるだろう。
■価値に対しての見返り
創造性に対して何の見返りは名誉、そして人に認められることだと思う。創造性は人の成長の手段であり、稼ぐ手段としては貧弱だ。悲しいがそれが現実だ。
もし、世界中の人が食うに困らなくなったとしたら、次に求められるのは精神的な満足感だ。それを満たすには創造性は必要とされる。文明がこれだけ発展しても、まだ食い扶持を賄うだけでも苦労は絶えない。精神的なものに価値を見出せる段階に私たちはたどり着けていないのかもしれない。
創造的な仕事がなぜ儲からないか。これが私の考えた結論だ。稼ぎたいなら、お金を稼ぐことに集中するべし。創造性を発揮したいなら、条件整えて才能を存分に発揮するべし。
きちんとどちらかに集中すれば、納得のいく結果は得られると思う。お金か精神的満足感か。どちらかでもしっかり手に入れれば、それでいいじゃないか。両方とも得ようと躍起になることはない。