メール作成時の視点は「わたし」ではなく「あなた」―― 『メール文章力の基本』
メール文章力の基本 大切だけど、だれも教えてくれない77のルール 藤田英時(著) 日本実業出版社 2010年6月 ISBN-10: 4534047169 ISBN-13: 978-4534047168 1365円(税込み) |
メールは、いまやビジネスでは欠かすことのできないツールだ。多くの新入社員は入社後、個人アドレスとともに、社内外のやりとりでメールを用いる機会を与えられる。
しかし実際のところ、先輩社員のメール文章作法をまねようと思っても、人が送ったメールを読む機会はそう多くない。加えて、体系立ったメールの書き方を学ぶ機会も少ない。結局のところは実際の経験を積み重ねる中で、各自「なんとなく」学んでいるのが現状ではないだろうか。
■基本は「相手の視点」で書く
このような状況から、メールの書き方を知りたいと思っているのは、新入社員に限った話ではないだろう。本書は、メール作成に困った経験があるすべてのビジネスパーソンに向けて書かれている。具体的な状況を想定しつつ、メール文章の基本ルールを77項目にまとめたものだ。
こう書くとよくある「ハウツー本」のようだが、そうとらえてしまうともったいない。1章「これだけは知っておきたい メール文章の基本」冒頭では、あらゆるメール文章に底通する姿勢を紹介している(rule1)。それは、
「視点を『わたし』から『あなた』に変える」
というものだ。メールの受け手がどのような存在であるかを具体的に意識することで、提案の仕方や要点の絞り方が明確化する。このように「いつも相手への尊敬の念を持って書く」ことが、メール上達への一番の近道だ、と筆者はいう。
この点を冒頭で理解できれば、後に続く項目も「なるほどそうか」とスムーズに理解しやすい。
■目的と結果をはっきりさせる
一例を紹介しよう。2章「書く前に必要な準備がある」によれば、メールを書く前に大事なのは、「目的と結果をはっきりさせる」ことであるという(rule18)。今回、メールを送る目的は報告か? 相談か? 依頼か? 相手には、どうしてほしいのか?
こうした事柄を明確にすると、
- 適切な件名・あて先
- メールに盛り込む内容(項目)をもれなく書いているか
- (返信メールであれば)相手の要求を満たしているか
など、確認すべき項目やその方向性も自然と見えてくる。
■トラブルは「内容」と「対応策」に分解する
取引先への謝罪や苦情対応など、いいにくい内容を伝える際も同様だ。4章「言いにくいことを上手に伝えるコツ」では、トラブル報告時の心がまえとして「状況と解決策を適切に伝える」ことが挙げられている(rule52)。
自社の社員が起こしたミスによるトラブルを取引先企業に報告する際、自分が見聞きしたことをただ羅列するだけでは能がない。トラブルを「内容」と「対応策」に分解し、以下のように個条書きにしてみると、相手にも伝わりやすい文面になる。
[内容]
- 事実(問題状況についての認識共有)
- 理由(誰の、どのようなミスによるものか)
- 経過(何月何日に、どの場で何が起こったか)
[対応策]
- 現在の対応(現在までに完了している策と、取り組み中である策の完了予定時)
- 今後(想定される事態に対し、どのように対応するか)
■「~させていただきます」は適切か?
本書が紹介する各項目を「ルール」と呼ぶのは、あまり適切ではないかもしれない。なぜなら、「ルール」ということであたかもそれが「規則」であるかのような誤解を与えかねないためだ。
例えば5章「ワンランク上のていねいなメールの書きかた」によると、ビジネスメールによく見られる「~させていただきます」というフレーズは、状況によって「~いたします」に直す必要がある、とのこと(rule64)。前者は本来、相手に許可や恩恵を得るためのものだが、「検討」「連絡」といったシチュエーションで、同じ表現を用いるのは不自然だからだ。
このアドバイスをうのみにして「~させていただきます」を一辺倒に「~いたします」と改めることが重要なのではない。前述の通り、大事なのは、常に相手の視点に立ち、メールを書いた本人が、おかしな書き方になっていないかを自己点検することだろう。
■「相手の視点」はなぜ重要か
「相手の視点に立つ」ことが、本書でこれほどまでに強調されるのはなぜか。ビジネスでは、メール以外にも企画書や報告書、仕様書など、文章を書くさまざなシチュエーションがある。中でもメールはとりわけ手軽なツールであるがゆえに「自己中心的で感情的」になってしまいがちだ。だからこそメールを作成するときに、いったん相手に視点を移し変えることが大事なのだと、著者はいう。
「メールの書き方」を習得することは、文面を通じて、生身の相手とコミュニケーションする手段を学ぶ絶好の機会でもあるのだ。「相手の視点に立つ」という姿勢を身に付けられれば、電話や対面時のやりとりでも本書の教訓はきっと生かされることだろう。その意味で、本書はビジネスパーソンの誰もが新入社員になったつもりで、一読する価値のある1冊といえる。