【小説 採用大作戦】第四話 面接でVBAをディスる奴
「職務経歴書には10社ほど転職している履歴があるのですが、その理由を訊かせてください」
雄一の質問に、尾瀬は顔をしかめた。
「自らのスキルアップのために行動したら必然的にそうなりました。常に上を目指したいからです」
「なるほど......。ですが、会社から会社への転職期間が少し短い様な気が......。在籍期間が一番長い会社でも二年しか在籍していなかったみたいなのですが、その辺りについてはどうお考えですか?」
「......えっと」
急に歯切れが悪くなる。
「有馬君」
桜子が視線を寄越す。
だが、雄一は首を小さく横に振った。
桜子はエンジニアとしての力があれば職歴など気にしないのかもしれないが、雄一としては多少技術力は低くても人柄を大事にしたいと考えていた。
技術は良くても人柄が合わなければ続かないということを、バンド活動で嫌という程思い知らされていた。
兎に角、この異常な数の転職歴に雄一は何か嫌な予感がした。
「面白くない会社だと思ったから辞めただけです」
雄一の質問が気に障ったのか、尾瀬は吐き捨てる様に答えた。
「面白くない会社とは?」
「上司が私の提案を受け入れない様な会社です。私が正しいことを言っても話を聞くだけで何も対策を打ってくれない。こんな風通しの悪い会社では私の技術は活かせませんから。だから転職を繰り返し自分の理想となる会社を探して来たのです」
何だか雲行きが怪しくなって来た。
要は人間関係が上手く行かず、転職を繰り返して来た口だろう。
「例えば、今の職場はVBAマクロで思い付きで作られた様なツールがゴロゴロあるんです。そこで私はメンテナンスがしにくいスパゲッティプログラムみたいな不出来な物を押し付けられてるんです。まったく嫌になりますよ。エンジニア気取りの連中がVBAでなんちゃってツールを大量生産することが。確かにVBAは取っつき易いしExcelに付属してるからつい使いたくなる。だけど、VBAに適するものと適さないものがある。だから私は上司に提案しました。このVBA共をリファクタリングして設計書を整えましょうって! そしたら何て言ったと思います? 工数が無いからダメだって言うんですよ。だから私は転職を決意したんです」
本性を現した。
要は、自分の思い通りに行かない不満を愚痴りたくてたまらなかったのだろう。
尾瀬は口角泡を飛ばし熱っぽく訴えた。
正論を言う自分を認めない上司も嫌いだし、自分の意に沿わないツールの元凶になったVBAも嫌いな様だ。
雄一は、今の会社にしっかり在籍していながら文句を言いつつ、ステイヤーシステムを受けているこの男にある種の賢さを感じた。
ギリッ
歯ぎしりの音に、雄一は横を向いた。
「あのっ......」
桜子から黒いオーラが出ている。
長い前髪が顔に掛かり表情は分からないが、かなり苛立っている様子が分かる。
ヤバい、遂に怒らせた。
彼女は低い声でこう言う。
「あんたみたいに否定ばっかりの人、私、大嫌いなんだよね。そんなんだと、会社が変わっても、上司が変わっても、プログラミング言語が変わっても、ずーっと文句言ってるんだろうなって」
彼女はゆっくり顔を上げた。
「だから、自分で理想的な会社作っちゃえばぁ?」
切れ長の目をさらに細める。
鼻を鳴らしてこう続ける。
「ついでに、自分で理想的なプログラミング言語も作っちゃえばいいじゃん」
「そっ、そんな資金も無いのにそんなこと出来る訳ないだろっ!? 時間も掛かるし、それに......」
「ほら」
桜子は大声で笑った。
「だったら、今の会社、今あるプログラミング言語だけで満足することね」
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「まったく、不満があるなら愚痴ってないで、それをエネルギーに行動しろっての」
桜子は会議室の扉を力いっぱい閉め、息をついた。
先に席に戻っていた雄一は、諭すようにこう言った。
「仕方ないですよ。大半の人間は会社を興す力もプログラミング言語を作り出す力も無いんです。だから不満を持ちつつも現状で頑張って行くしかないんです。尾瀬さんだって今の上司と折り合いがつけば考えが変わると思いますよ。それに理想郷を作ったって時が経てばその形は変わり、理想郷では無くなるのです」
「何よ、あんた。全てを悟ったようなこと言いやがって、このヒヨッコが。あんな男の肩持つの?」
「それよりも、安田さんが作ったこのVBA動かないんですけど」
雄一が指差すディスプレイには、桜子がVBAで作った勤怠管理システムの画面が表示されていた。
「栗田さんが忙しいみたいで、代わりに俺がデータを入れてるんですけどどうも上手く動かなくて」
Excelで作られた社員の月報を読み込み、月の作業時間を集計するツールみたいなものだ。
総務時代の桜子が作ったものだった。
「月報ファイルは絶対パスで指定しなきゃ動かないよ」
「指定してますよ」
「あっ、ネットワークドライブのパスだとダメだからね」
「ひでぇな」
尾瀬の言う『VBAで思い付きで作られた様なツール』とはまさにこれのことだ。
雄一はそう思った。
「安田さん、あなたも人のこと言えないですよ」
「だっ、だって、私だけが使うツールだったんだもんっ! あの時は、ずっと総務でいると思ってたし」
「今は違う」
慌てふためく桜子を見て、雄一はちょっとしてやったりの気分になった。
「あっ! さっきの面接で怒ったのって、尾瀬さんに痛いところ突かれたからでしょ」
「急いでたからサクッと作ってサクッと処理させたかったのよ。あの時は、他の人まで使うこと想像してなかったしっ!」
「言い訳だぁ」
「くっ......、どいてっ!」
桜子は悔しそうに顔を赤らめた。
雄一を突き飛ばすとディスプレイに向かって、VBAのコード画面を開いた。
懸命に修正作業をし始める。
一心不乱にキーボードを打鍵する桜子を見て、雄一はこう思った。
(この人、案外子供っぽいなあ)
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それから数日後。
「安田さん、これ見ました?」
「もう見たわよ。まったくあることないこと......」
息せき切って自社に戻って来た雄一に、桜子はため息で応えた。
◇総合掲示板100ch 転職板 IT業界への転職Part1050スレッドより(投稿者:匿名)
ステイヤーシステムって零細SIerマジ最低。
この前、転職エージェント経由で応募して面接しに行ったら、クソつまらん質問されてマジ萎えた。
自分の希望を述べたら、ブチ切れられてdisられた。
皆も、この会社はクズだから、この投稿広めて被害を食い止めましょう。
「ここ数日間、応募が来なくなったのはこの投稿のせいですかね......」
「それもあると思うけど、SNSとか口コミとかも考えられるわね。嫌な噂ほど早く広まるから」
ロン毛のチャラ男氏や表領域自動拡張氏の顔が思い出される。
採用サイトからも転職エージェントからも、応募がパッタリと止んだ。
このまま成果が無いうちに採用活動は終わってしまうのか。
「あーっ! 社長に怒られるぅ!」
桜子は両手で髪の毛をグシャグシャ掻いた。
「はいはい。落ち着いて」
雄一は卓の上に缶コーヒーを置き、桜子にすすめた。
「むむ......なんか、最近、私ってば君にフォローされることが多くない?」
「気のせいですよ。それより......」
雄一は椅子を引き寄せ、桜子の側に座った。
「安田さんは何でステイヤーシステムに入ったんですか?」
「何それ? 自分達の志望動機を分析して採用活動にでも役立てるつもり?」
「まぁ、そうなんですけどね」
桜子は缶コーヒーをパシュッとやりグイッと一口飲んだ。
フーと息をつき、
「友達の紹介かな」
「え?」
「ほら、私って高卒じゃない。だから学校に来る求人もあんまり無くってさ。だから友達の伝手で色々探してもらってたの。ステイヤーシステムはその一つだったんだ。まあ、他よりマシな感じだったから受けてみたの」
雄一は桜子の業務経歴書を見たことがある。
彼女の最終学歴は工業高校の情報処理科だった。
高卒叩き上げでここまでやって来たんだなと思うと、感慨深い。
それにしてもIT業界を変えるという大志を持つ彼女が、ステイヤーシステムを冷やかし程度に受けていたのは意外だった。
「ま、社長の話聞いたり、皆と一緒に仕事してる内に会社にも愛着湧いて来たから。安心して。ずっといるつもりよ」
雄一は笑顔で応える彼女に、ほっと胸を撫で下ろした。
「あんたはどうなのよ? 私にだけ答えさせるつもり?」
「俺は......大したことないです」
「私だって大したことないわよ」
「俺、ゲームが好きでスマホとかパソコンとか触ってて、それでコンピュータに馴染みがあったつもりだったんです。だから、やって行けるかなって思って......。甘いですよね。後、一日中座ってるだけで楽そうだなって思ってました」
「あはは。それじゃ、チャラ男ロン毛氏と同じじゃん」
「ですね」
二人はひとしきり笑い合うと、フーと息をついた。
「参考にならないっすね」
「お互いね」
窓の外のイチョウが散り始めている。
10月もあと一週間で終わろうとしていた。
「さて、社長にギブアップ宣言でもして来ようかね」
桜子はスッと立ち上がった。
「え......」
「来月から新しい仕事も始まるからね。いつまでもこれに関わってもいられない」
「安田さん......」
「残念ながら、今回は私達の負けということで」
笑みを浮かべた彼女の顔はどこかスッキリしていた。
諦観か、次へと頭を切り替えたのか、そこのところはっきりしないが負けを認める彼女の姿はあまり見たくない。
桜子は踵を返した。
雄一はツヤツヤの黒髪が垂れ下がるその背中を見た。
そして、こう思った。
(この背中をずっと追っかけて来たんだよなぁ......)
何となくで入った会社だけど、色んな事があった。
辞めようと思ったことは何度もあったし、実際に辞めようとした。
だけど、彼女に会ってから変わった。
一緒に仕事すればするほど、新しい景色が見えて行く。
苦労の方が圧倒的に多いけど、乗り越える度に成長を感じた。
(傍から見れば社畜そのものかもしれないけど、俺はこの会社と彼女とずっと一緒に仕事がしたい)
「はっ」
雄一は閃いた。
「安田さん!」
事務所を出ようとする桜子は振り返った。
「まだ、諦めるのは早いです」
「え? でも......」
「俺の考えを聞いて下さい」
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次の日。
昼12時。
都心にある四つ越デパート。
その地下にあるスタントバックスコーヒーに桜子はいた。
(ちょっと早く来過ぎたかな)
テーブルの上には少しだけ口を付けたホットコーヒーが置いてある。
所在無げに手帳を繰りながらある人を待つ。
「桜子さん、すいません。待たせちゃって」
その声に反応した桜子は顔を上げ、
「私も来たばっかり。由紀乃、忙しいのにゴメンね。何頼む?」
つづく
コメント
VBA使い
この異常な数の転職歴「は」雄一は何か嫌な予感がした。
→「に」の方がしっくりきます
尾瀬は口角「泡」を飛ばし熱っぽく訴えた。
まったくある「こと」ない「事」......
→揺らいでます
要は人間関係が上手く行かず、転職を繰り返して来た口だろう。
→自分で辞める度胸がある分、かつての藤澤よりはマシなのかな?
理想郷を作ったって時が経てばその形は変わり、理想郷では無くなるのです
→雄一がこんな深いことを言うとは
前回桜子に蹴飛ばされて、頭がおかしくなっちゃったのかもw
foo
> 「あっ! さっきの面接で怒ったのって、尾瀬さんに痛いところ突かれたからでしょ」
> 「急いでたからサクッと作ってサクッと処理させたかったのよ。あの時は、他の人まで使うこと想像してなかったしっ!」
> 「言い訳だぁ」
> 「くっ......、どいてっ!」
うっかり忘れがちだが、桜子も完璧超人ではないことを思い出させてくれる良い描写。
雄一も、結果的には桜子を上手いこと煽って動かしたあたり、無意識に桜子を操縦するテクニックが身に着いてきたんだろうか。
桜子さんが一番
おお、ここで由紀乃登場。
湯二
VBA使いさん。
コメントと校正ありがとうございます。
毎度どうもです。
>自分で辞める度胸がある分、かつての藤澤よりはマシなのかな?
こういう人って元々は出来るタイプなんですよね。
ツボを押さえることが出来れば、かえってシンプルで使いやすい人材なのかもしれんですね。
そう言う意味だと、採用しなかったのはもったいないかもです。
>深いことを言う
何かに洗脳されたのか。。。
死んだ魚の様な目で言ってる様を思い浮かべるとしっくりくる。
湯二
fooさん。
コメントありがとうございます。
>桜子も完璧超人ではない
こういった短編を間に挟むことで、人物を掘り下げてみたいんですよね。
特に、弱点の部分を多く見せたいですね。
今後の話作りのためにも。
>操縦するテクニック
いつの間にか弟子が師匠を越えてて、弟子のお陰で師匠が成長してたみたいな展開がいいですね。
湯二
桜子さんが一番さん。
コメントありがとうございます。
>おお、ここで由紀乃登場。
過去キャラも出していきたいですね。
手抜きではなく。