【小説 採用大作戦】最終話 本当にやりたいこと
破壊されたデータベースを元通りに復旧させること。(制限時間10分)
ホワイトボードにはそうデカデカと書かれていた。
「破壊......」
由紀乃は口の中でそう呟いた。
流石に雄一もこれはやり過ぎだろうと思った。
ここまでの総試験時間は3時間。
数々の悪意による妨害から守り抜いたデータベースは桜子の一撃で破壊された。
あと10分で、元通り同じものを構築出来なければゲームオーバーだ。
「川崎さん......」
思わず雄一は呼び掛けた。
「ううっ......」
由紀乃は俯いたままうめき声を上げた。
数秒後、キッと顔を上げた。
その真っ黒な瞳は真っすぐ前を向いていた。
「私はキャバクラの世界じゃナンバーワンになれなかった。だけど、このIT業界ではナンバーワンのエンジニアになるって決めたんだ」
「由紀乃......」
雄一は彼女の決意表明に胸が熱くなった。
「ふざくんなっ! 火の国の女ばなめんなよ!」
彼女の叫びが部屋中に響いた。
彼女の出身地をこんな状況で知ることになろうとは。
水商売で培った根性、そしてこの負けん気。
彼女は猛然とキーボードを打鍵し始めた。
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桜子は由紀乃を見下ろしていた。
彼女は疲労でノートパソコンの前に突っ伏していた。
「よくぞ難攻不落の実技試験を突破した」
その言葉に気を失っていた由紀乃は顔を上げた。
「桜子さん......私......」
戸惑う彼女に視線を合わせるべく、桜子は向かい側の椅子に座った。
「頑張り過ぎて気を失ったみたいね。大丈夫。実技試験、合格よ」
「あっ、ありがとうございます!」
「じゃ、今から引き続き面接ね」
疲れを癒す間もなく、桜子による面接が始まった。
「10分で元の状態によく復旧出来たわね」
「はい。桜子さんの教えの通り、定期的にバックアップを取ってました。いつ障害が起こるか分かりませんから」
(そんなことやってる余裕無いように見えたけど......)
雄一は首を傾げた。
どの章も彼女は時間いっぱいギリギリまで問題に取り組んでいた。
とてもバックアップ処理を行う時間など無い様に思えた。
だが、その疑問はその後の桜子と由紀乃のやり取りで解消された。
「休憩時間中にバックアップ処理を実行するなんて、なかなか考えたわね」
「はい。各章が終わる寸前、つまり有馬君の「やめ」の号令がかかる前にバックアップシェルを流して休憩に入るようにしたんです」
第一章の時点で由紀乃はバックアップシェルを作っていた。
その中身は、データベースを停止し、データファイルを別ディスクにコールドバックアップする。
それが完了したらデータベースを起動するというものだった。
これを流しっぱなしにして休憩に入る。
休憩から戻って来た時には、バックアップが終わりデータベースも起動しているという寸法だ。
(休憩時間までリソースとして使うとは......)
雄一は正直、由紀乃の成長っぷりに驚いた。
「よろしい」
桜子は大きく頷いた。
「由紀乃には私が管理して来たデータベースを見てもらいたいの」
桜子としては、もう入社を前提にした話し合いに入ろうとしている様だ。
「データベースを、ですか?」
「そう。私も二つの会社に跨って仕事するようになってからというもの、現場でデータベースばかりに手を掛けられなくなって来たのよ。そこで後任が欲しかったの。だから、由紀乃の実力をこの実技試験で試させてもらったというわけ」
「なるほど......」
桜子は由紀乃の両肩を掴み揺さぶりながら、こう言った。
「あなたなら、私の後任にピッタリだわ」
だが、由紀乃は桜子とは目を合わさず、浮かない表情だった。
「どうしたの?」
いまいちノリが悪い由紀乃を、桜子は心配になった。
「私......」
由紀乃が口を開き掛けた時、
チィーン!
受付のベルが鳴った。
「俺、対応して来ます」
雄一は会議室を出て受付に向かった。
そこには40代後半といった男が立っていた。
薄い頭髪に丸顔。
額に汗を浮かべ、緊張しているのか顔が強張っている。
黒いスーツに良く磨かれた茶色い靴を履いている。
一見すると、どこかの営業のようだ。
「コマンダーネットの濱口といいます。こちらに川崎由紀乃さん、おられますよね」
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「濱口さん、どうしてここに!?」
「どうしたもこうしたもないよ。川崎さん。君が必要だからこうしてここに来たんじゃないか」
「だからって......」
突然の来訪者に桜子と雄一は、事態が呑み込めず呆然とするのだった。
「あの......」
桜子が濱口に声を掛けようとすると、濱口はガバッとしゃがみ込み床に頭を擦りつけた。
「この通りです! 川崎さんを私の会社にください!」
まるで彼氏による「娘さんを僕にください」的なノリで頭を下げられた。
「ちょっ、ちょっとすいません。さっきから一体何なんですか!? 説明して下さい!」
桜子は濱口と由紀乃を交互に見ながら訴えた。
「すいません。実は......」
由紀乃の口からここに至るまでの経緯が語られた。
コマンダーネットは現在、由紀乃の派遣先で彼女はそこであるプロジェクトのネットワーク関連を任されているということ。
そのプロジェクトのリーダーが濱口だった。
由紀乃の能力と頑張りを気に入った濱口は、フリーランスである彼女を自社の正社員として登用しようと声を掛けていたのだ。
「川崎さん、君に今抜けられると困るんだよ。それに、我が社に来れば君がやりたがってた斜行建設のVPN再構築、あれの選任になってもらおうと思ってるんだ。ゆくゆくは我が社が請け負うプロジェクトのネットワーク関連は、君にチームを率いて指揮してもらいたいんだよ」
「そっ、それは、ありがたいんですが......でも......」
由紀乃の瞳は輝いていた。
先程、桜子がデータベース担当者としてアサインしようとしていた時。
その時に彼女が見せた洞の様な瞳とは違う。
桜子はその瞳から何かを悟ったのだろう、彼女に向かってこう言った。
「由紀乃、あなたのやりたいことって一体何なの?」
「私は......その......」
彼女の表情が固くなる。
「残念ながら私たちの会社には、濱口さんがおっしゃるような大規模なネットワーク関連の案件なんてないわ」
「はい......」
「私に恩を返すために、ステイヤーシステムに入ろうっていうんだったらハッキリ言って迷惑だからやめてね。私だって嫌々入ってくる人よりかは、自ら進んで入りたいっていう人と仕事したいから」
桜子にそう言われた由紀乃は、しばらく目を伏せた後、絞り出すようにこう言った。
「......すいません」
弟子が師匠の元を離れ、独り立ちする時が来たのだ。
雄一は二人を見ていてそう思った。
桜子はいまだ土下座を続けている濱口を指差し、こう言った。
「あんたをここまで買ってくれてる人に、ちゃんとお礼、言いなさいよ」
由紀乃は丸くなってダンゴムシ見たくなってる濱口に頭を下げた。
「じゃ、行って良し!」
由紀乃は濱口と共にその場を去って行く。
その背中に向かって、桜子はこう言った。
「ネットワークエンジニアが必要になったら、引き抜いてやるから!」
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翌日の18時。
ステイヤーシステムの事務所にて。
「あの濱口って人、由紀乃の後をつけてここまで来たらしいよ。一歩間違えればストーカーだよね」
桜子が両手を二の腕に当て震えるような仕草をした。
「その点に関しては川崎さんも気味悪がってましたね。でも、本当に欲しい人がいたらそこまでの熱意でもって相手に訴えかけないといけないんでしょうね」
雄一はすっかり日も落ちて暗くなった窓の外を見ながらそう言った。
「欲しい人、か......」
桜子はポツリと言った。
「えっ、何か言いました?」
「何でもない」
桜子は自分の席に座り、大手求人情報サイト『Myジョブ』のサイトを開いた。
「しっかし、由紀乃がネットワークやりたがってたとは。ずーっとデータベース教えてて文句ひとつ言わなかったから、そっちに興味があると思ってたんだけどね」
「親がやらせたいことと、子供がやりたいことは違いますからね」
桜子は雄一に背を向けたままマウスを操作する。
一拍置き、こう問い掛けた。
「有馬君は、本当はこれがやりたかったとかあるの? あるんだったら他の会社に行ってもいいんだよ」
桜子はそう言いながら、Myジョブに並ぶ求人広告を見せた。
「エンジニアの未来を創り出す! 君も最強のGeek集団に参加しないか!?」
「自分の武器を持て! 誰にも負けない武器を!」
「最先端の技術 × 最強のエンジニア = 人を幸せにするシステム」
どれもぱっと見、夢がある文言が並んでいる。
「いや、俺は今、特にこれがやりたいって言うのは無いんです。まぁ、強いて言うならバンドで一発当てたかったですけどね。まぁ、今は仕事、エンジニアとして何でもやって行きたいって所存ですよ」
「心強い。君はそうやって選り好みもせず、PMも提案もやって来たもんね」
「あっ、安田さんが褒めてくれるなんて珍しい! 明日は雪が降るかも」
褒められて調子に乗る後輩を見て、桜子は目を細めた。
「安田さんこそ俺に比べて色んな事やって来てますよね。それこそ色んな会社から声を掛けられるでしょ? その中にもやりたいことをやらせてくれる会社だってあるんじゃないですか?」
「まぁ、あるにはあるけど......」
「俺、ずっと疑問だったんですよ。なんで安田さんレベルの人がずっとうちみたいな零細SIerにいるのかって。夢を叶えるためなら大きい会社の方が有利なこともありますよね」
桜子は黙ったままだった。
「あっ、すいません。俺、何か悪いこと言っちゃいましたか。気にしないでください。ただ、安田さんがずっとここにいるってことを確認したかっただけなんです」
雄一は申し訳なさそうに頭を下げた。
触れてはいけない部分に触れたのだろうか。
彼女は真顔だった。
「どんなことがあっても......」
そう前置きし、こう続けた。
「ステイヤーシステムを紹介してくれた人のために、ここにずっといるよ」
(え?)
雄一は彼女の過去を感じて、どう反応していいか分からなかった。
「おーい、鯛焼き買って来たぞ」
福島課長の陽気な声が、二人の間の沈黙を遮った。
卓の上に包み紙が置かれる。
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「結局、見つからなかったって訳か」
鯛焼き片手に福島課長は笑った。
「ま、仕方ないさ。こういうのは縁だからな」
落胆する桜子と雄一を励ます。
「本当にすいませんでした。私達も理想が高過ぎたのかもしれません」
「理想が高いことはそれはそれでいいことだけどな。ま、こういうことは縁だから。諦めずに続けることが大事だ」
全ては縁だった。
就職活動が計画通り行かなかった雄一が、ステイヤーシステムに入ったのも。
誰かの紹介で桜子が、ステイヤーシステムに入ったのも。
「だから、この活動を通年で続けてもらうから。社長にも話して予算も通してある」
「えっ......俺達にそんな時間ないですよ。それに来月から新しいプロジェクトも始まるし」
福島課長は雄一の言葉を聞いてないのか、こう続けた。
「お前らの働きのお陰で、うちも評判が良くてな。社長がいっぱい案件を取って来ちゃったんだよ。それなりの人を採って立ち上げて行かないと、今後、お前らが困ることになるぞ」
「そ、そんな」
「空き時間でいいから頑張ってよ。採用担当」
おわり
ここまで読んでいただきありがとうございました。
次回、新シリーズで会いましょう。
あ、飛んだやつどうしようかな。。。
ま、いっか。なんとかしよ。
それまで、なんか、リクエストあれば応えます。
出来る範囲で。
コメント
桜子さんが一番
おつかれさまでした。
メンターの夢が見事に打ち砕かれましたw
VBA使い
お疲れ様でした(^_^)
彼女は「 」疲労でノートパソコンの前に突っ伏していた。
「おーい、鯛焼き「買」って来たぞ」
彼女の出身地
→例の地図の「キューシュウ」ですね
雄一、由紀乃がステイヤーに入らなかったのに(男として)残念がらないのは、試験の様子を見て達観したからかな
foo
これでこのストーリーも完結。結局、桜子と雄一は新たな仲間をこの物語で得る事はなかったわけか。
> 「休憩時間中にバックアップ処理を実行するなんて、なかなか考えたわね」
この発言からすると、休憩時間にバックアップ作成を行っていたのは桜子の用意していた模範解答なのか、はたまた由紀乃が桜子の想定を超えた動きをしていたのかは、ちょっと分からないか。
どちらにせよ、桜子の課したテストは、休憩時間を額面通りの休憩時間として受け止めていたら詰んでいた、って事はおそらく間違いないだろう。
ここまで極悪なテストを組んだ上で、それをためらわず実行できる桜子は実に恐ろしいぜ。
> 「あの濱口って人、由紀乃の後をつけてここまで来たらしいよ。一歩間違えればストーカーだよね」
>
> 桜子が両手を二の腕に当て震えるような仕草をした。
申し訳ないが、このシーンは「またまたご冗談を」としか思えなかった。
反社相手にリアルファイトを挑んで勝てる桜子が、ストーカーに絡まれたところで、ビビるどころか、かんざしでブスリとやってあっさり撃退する姿しか思いつかない。
この動作は、桜子が半分……いや、完全におどけながらやってただけなんじゃあ…?
湯二
桜子さんが一番さん。
コメントありがとうございます。
>メンター
諦めるのはまだ早い。
外部委託するかもしれませんよ。
湯二
VBA使いさん。
校正とコメントありがとうございます。
>「キューシュウ」
お付き合いありがとうございます。
>試験の様子を見て達観した
おそらくそうです。
相手の立場も考えられるようになったということか、、、成長しました。
湯二
fooさん。
>新たな仲間
別のスキルを持った準レギュラーが、別の組織にいたほうがあとで使いやすいかもしれないなあと思ってます。
>模範解答
姐さんのセリフからすると予想してなかったのかな。。。
試験の時間内でやれると思ってたのかもしれません。
情報処理試験も、模範解答が変わることもありますからねぇ。。。
>額面通りの休憩時間として受け止めていたら
仕事ってとらえると、休憩時間も臨機応変に使う考えになるんですよね。
これ流しっぱなしで飯行こうとか。
戻ってきたら終わってるから見たいな。
>かんざしでブスリ
逆に相手から正当防衛で訴えられそうだけど、ストーカーした方が悪いから無罪放免なのかな。
この辺、どうなんでしょうね。
>完全におどけながらやってただけなんじゃあ
実は不意打ちに弱いとか、、、
foo
> 逆に相手から正当防衛で訴えられそう
マジレスしてよいのであれば、そこは「正当防衛」というよりは、刑法 36 条 2 項の「過剰防衛」かな。
刑法第 36 条 2 項 防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
ただ、ストーキング行為それ自体も今だと違法な行為だし(ストーカー規制法第 3 条)、桜子にストーキングした奴が桜子にかんざしで刺されたからといって、警察にそれをすぐにチクりに行くとも考えにくいような。
桜子に怪我させられた背景を警察に話せば、実質的には自分の犯罪行為を警察にゲロするのとおんなじだし。
そのストーカーが、よほどうまい作り話をできる自信があるか、はたまた桜子を道連れに自爆する覚悟を決めているんでもなければ、そう心配することはない気もする。