【小説 採用大作戦】第五話 面接のやきぼっくり
川崎由紀乃は一礼すると、桜子の前に座った。
「ゴメンね、突然呼んで」
「いえ、大丈夫です。丁度、ひと段落着いたところなので」
由紀乃は笑顔で応え、軽く会釈した。
肩までの薄く茶色に染めた髪が、白いカットソーの胸の辺りまで下がる。
キャバクラ嬢時代の彼女は雄一とゴタゴタを起こした過去がある。
実は彼女を操っていた黒幕が一番の悪で、そいつを倒し全てを丸く収めたのは総務時代の桜子だった。
彼女と桜子はそれ以来の付き合いだった。
「今、どんな仕事してるの?」
「交通関係のプロジェクトでインフラ関連の設計、構築、保守をやってます」
「へぇ、すごい! 成長したね!」
「桜子さんのお陰です」
ゴタゴタの後、由紀乃はキャバクラ嬢を辞め、本格的にITエンジニアの世界に入った。
そんな彼女を桜子はサポートした。
週一回、仕事帰りに喫茶店などでインフラ周りの知識を教えた。
だが、最近はお互い忙しくそういった勉強会を開けずにいた。
「フリーランスも大変でしょ? 何でも一人でやらなくちゃいけないから」
「......そうですね。でも私の場合、エージェント会社に登録してるから案件探しは担当の人にお願いしてるし、色んな書類作成なんかもサポートしてもらってるから、何か会社員の頃とあんまり変わんない感じです」
由紀乃は福島課長の紹介する会社に入った。
だが、程なくしてその会社は倒産した。
元請けと彼女の会社の間に入っていた会社が、外注費未払いのまま倒産したのだ。
そのせいで、孫請け中心だった彼女の会社は資金繰りが悪化し、連鎖倒産という形で廃業した。
福島課長は路頭に迷った彼女に責任を感じ、いくつか会社を紹介した。
桜子も彼女の職探しに協力した。
だが、どれも採用にまでは至らなかった。
桜子は、所詮、人間関係と同じで、企業と人の間にも合う合わないみたいな縁の様なものがあるのだなと実感した。
「会社受けたりしてる?」
「そうですね、探してるんですけど......。フリーランスもいいところあるんですけど、やっぱ会社員の安心感は良いものですよね。自分が倒れても他の人が頑張ってくれるし。あはは。消極的ですよね」
「そんなことないよ。大事なことだよ」
スキルアップしたい、高収入を得たい。
そんなこと言ったところで、結局、本音は安心したい、それだけだ。
相互扶助。
会社員でいる一番のメリットはそこなのかもしれない。
会社という組織に所属している以上、一定の収入は保証されるし各種保険も約束される。
桜子にも経験があった。
その昔、エンジニアから総務になる前の空白期間、その間、仕事をしていないにも関わらず給料は支払われた。
フリーランスとの大きな違いであり、大きな安心であった。
桜子は珈琲を一口飲むと、息をつきこう言った。
「受けて見る?」
「え?」
「うちを」
由紀乃は卓の上のコーヒーカップを両手でグッと握り締めた。
桜子の言葉を頭の中で検討しているようだ。
「ステイヤーシステムを、ですか? 私なんかが......」
「私、由紀乃ならうちの会社と合うと思うんだ」
桜子は昨日、雄一から聞かされた考えを思い出していた。
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「知り合いを当ってみましょうや」
「え?」
「今までの活動を通して外部から人を探すって結構大変だって分かったじゃないですか。だから始めっから俺達の会社のことを知ってる人、俺達のことを知ってる人に声を掛けまくるんですよ」
「それってヘッドハンティングするってこと? 方法としてはありだけど私は反対よ。この業界意外と狭いのよ。常駐先でそんなことやってみなさい。上手く行っても行かなくても、あの会社はそういう会社だって、噂を流される。そんなの嫌」
雄一と桜子の間に沈黙が流れる。
「今の常駐先だけじゃなくてもいいんです。安田さんがエンジニアとしてこれまで知り合って来た人、全てを対象にして思い当たる人を考えてみてください。その中にはきっとスキルも十分。そして、あなたに憧れていて一緒に仕事したいって人がいるはずです」
その人が、ステイヤーシステムにピッタリの人なんです。
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(ま、付き合う人も友達の紹介とかの方が、上手くいくことが多いからね)
それ今の場合、ちょっと違うかな。
桜子はそう思った。
そしてこう言った。
「由紀乃ならうちのことも良く知ってるし、スキルも私が教えたから多分大丈夫だと思ってる」
「でっ、でも......」
「ただ、ちゃんとテストと面接は受けてもらうからね。そこは特別扱いしないからね」
由紀乃は「失礼」と言い、ピンク色のカーディガンをカットソーの上に羽織った。
窓際席はちょっと風が入って来て寒い。
その数秒の間に、桜子は由紀乃が何を気にしているのか考えていた。
「あっ、有馬君のことなら気にしなくていいからね。あいつにはよく言い聞かせておくから」
「いっ、いえ、それもあるんですけど......」
ブルルル。
強引に話を進めようとする桜子を、遮るように卓に置かれたスマホが振動した。
「はい。川崎です」
由紀乃は席を立ち、店を出てスマホ片手に話している。
桜子は窓ガラス越しにその様子を見た。
恐らく話し振りから障害かなにか起きたのであろうことが予測出来た。
今日はここまでか、そう思い自分の分と彼女の分の会計を済ませ、店を出る。
店を出た桜子と、スマホを耳に押し当てた由紀乃の目が合った。
桜子は彼女に手を振ると、その場を後にした。
定時後。
自社に戻る途中のバスの中、由紀乃からLINEメッセージが来た。
<受けさせてください。お願いします。>
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「俺のところは全然ダメでした~」
桜子は自社に戻るなり、雄一に泣きつかれた。
彼は彼なりに桜子を知っている人物に当たりを付けて声をかけまくったがこの有様だった。
「一人も?」
「はい。皆、安田さんのこと凄いって言うけど、遠慮しとくって言うんですよ」
「遠慮ってどういう意味よ?」
「その......怖いからヤダって......」
彼女のこめかみがピクリと動いた。
「エンジニアリングは痛い目見ないと覚えないものよ。そんな奴ら、こっちから願い下げだわ」
桜子はドスンと自分の椅子に座る。
「安田さんの方はどうだったんですか?」
「一人だけ」
端末の方を向いたまま、右手人差し指を立てる。
「おおっ!」
歓喜の声を上げた。
それに水を差すかのように、冷ややかな声で桜子はこう言った。
「君も知ってる人。因縁のある人」
「え?」
「受けさせていい? ......っていうか、その相手とはもう約束を取り付けたけどね」
「それ、誰ですか?」
「川崎由紀乃」
「あ......」
雄一は驚いたようだ。
そして口に手を当てたまま、息荒く、そして、その頬に朱が差して来た。
その内「やけぼっくりには火が付き易い」と何度もつぶやき始めた。
桜子はその様子を、呆れ顔で見ていた。
「やけぼっくりじゃなくて、焼け木杭ね。あんた、勘違いしてない? 君と川崎さんは別に恋愛関係でも何でも無かったんだから。そもそも焼け木杭自体が無いでしょうが」
「確かに......だけど、俺も成長したし......今の俺を見てくれれば気が変わるかも」
「ねぇよ。あの娘は最初っからあんたに気が無いんだから」
と桜子に言われながらも、まだ何かブツブツ言ってる雄一であった。
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深夜2時。
桜子は自社に一人残り、ある作業に勤しんでいた。
社内の空いているサーバを引っ張り出し、埃を払い、久々に火を入れる。
LEDが緑色に点灯し息を吹き返した。
「RedHatLinuxの次は、ORACLEっと......」
必要なソフトウエアをインストールして行く。
他の応募者だったらここまでの手間は掛けない。
由紀乃のためだ。
弟子である彼女の実力を測るための環境を構築していた。
構築が終わると、桜子はテストシナリオの作成に入った。
時間を忘れ作業に没頭する。
(私を超えてみなさい)
それはもはや採用面接の域を超えていた。
ブラインド越しに朝日が差し込む。
机の上に置かれた紙束に光が斑に降り注ぐ。
それは全5章にも及ぶテストシナリオだった。
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その日の18時。
「ひっ、久しぶり......」
「うん、久しぶりだね。有馬君」
雄一と由紀乃は約二年振りの再会を果たした。
まさかこんな形で実現しようとは彼自身、想像もしていなかった。
そして、彼女がこの試験に晴れて合格すれば同僚となる。
雄一にとってこれほど胸躍る展開も無かった。
「俺、今日の試験官なんだ。分からないことあったら何でも訊いてね!」
「うん。よろしくね」
雄一は彼女に着席するように促した。
「これは?」
彼女の前にはノートパソコンが置かれていた。
「今回は安田さん特製の実技試験さ。そのパソコンからテスト環境のサーバにログインして課題をクリアしてもらう」
雄一はそう説明しながら、彼女の方に紙束をスライドさせた。
「ステイヤーシステム採用試験 実技編」
由紀乃はそれを手に取り、呟いた。
つづく
コメント
桜子さんが一番
いいなー、オレもステイヤーシステムに入社しようかなー。
普通に入社試験やられたら落ちそうだから、いろんなコネでw
役割は桜子さんと由紀乃ちゃんのメンターでw
VBA使い
結局、本音は安心したい「、」それだけだ。
右手人差し指を「一本」立てる。
→人差し指が二本も三本もあったら怖いw
まぁ、桜子さんのタイピングは速すぎて、二本にも三本にも見えるんやろな
弟子である彼女の実力を測るための環境を構築「を」していた。
大井カレンもいいんじゃない?
(浦河さんに怒られそうやけど)
foo
なるほど、採用活動というネタをこう繋げてきたか。
若干メタ読みが入るが、さてはこのシリーズに出てきたゲストキャラを、シリーズのレギュラーメンバーに昇格させるための昇格試験ってとこかな。
前回に出てきた秋華あたりも、技術力だけで言えば桜子のお眼鏡にはかないそうだが、秋華がまだ高校も出ていないなどの理由で選外、と考えるべきか。
# 桜子のところですぐにでも働きたいという秋華に対し、
# 「高卒の自分ですら大卒や院卒相手に就活で戦うのは苦労した(なお戦いに勝てなかったとは言ってない)のに、ましてや高校も卒業しないで仕事を始めるのは無謀だ」、
# などと言って説教する桜子の姿がありありと想像できる。
湯二
桜子さんが一番さん。
コメントありがとうございます。
>オレもステイヤーシステムに入社
社員番号Z0001。
>メンター
夜の精神的なサポート的な。
>いろんなコネでw
コネも実力の内です。
湯二
VBA使いさん。
校正、コメントありがとうございます。
>カレン
そんなキャラいましたね~。
桜子の弟子という意味ではありですよね。
いつか浦河さんとの因縁も和解にするのか、闘争にするか、考えどこですね。
湯二
fooさん。
コメントありがとうございます。
>シリーズのレギュラーメンバーに昇格させるための昇格試験
長編では書けない、人間関係の再確認と再構築みたいな感じです。
結末はどうなるのか、仲間になるのか、敵になるのか。
>秋華がまだ高校も出ていないなどの理由で選外
秋華は桜子がいるなら喜んで入ってくるけど、学校出るまで入るなって言い聞かせています。
>高校も卒業しないで仕事を始めるのは無謀だ
自分が高卒だからそこは痛いほど分かっているのか、、、どうか。
ほんと、私が話に詰まったら脚本家になっていただきたい。