常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 人間のクズ】第十一話 仕組まれたデータベース障害

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 プロジェクトルームは異様な雰囲気に包まれていた。
 その中心には薫がいた。
 大盛食品の会計管理システムの本番データが全て吹き飛んだ。
 彼女はその犯人として疑われていたのだった。

「わっ、私、何も知りませんっ」

 取り囲む人々にそう訴える。
 だが、誰一人、薫を弁護する者はいなかった。
 この非常事態を乗り切るためには、誰かに悪者になってもらわねばならない。
 同じプロジェクトメンバーとは言っても所詮は、他社が寄り集まった烏合の衆なのだった。
 誰も薫と同じ釜の飯を食ったことは無い。
 だから助ける義理など無いのだった。

(大沢社長......早く来て)

 先程、状況をLINEメッセージで慶太に飛ばした。
 今、こっちに向かっているはずだ。
 薫は祈り続けた。

「どうした?」

 荒木課長が小走りでこちらに来る。
 薫は胸を撫で下ろした。

「あの......私、手順通りやっただけです。それなのに本番データが消えたって」

 薫は涙で声を震わせながら、荒木課長に訴えた。
 だが、そんな叫びも虚しく荒木課長はこう言い放った。

「ちゃんと自分がどのデータベースに接続したか確認しないのが悪いんだ! 手順書に載ってなくてそれだけは必ずやるっ。それがエンジニアとしての常識だろ!」

 薫は孤立無援だった。

 プロジェクトルームに辿り着いた慶太の目に飛び込んで来たのは、憎悪の目に取り囲まれ憔悴しきった薫の姿だった。

「誠に申し訳ございませんっ!」

 慶太は荒木課長に頭を深々と下げた。
 人垣が慶太と荒木課長を囲う形に変化した。

「社長、私は......」
「北村さんっ! 今は言い訳は後回しだ! 君は業務チームの人たちに、自分に出来ることが無いか聞いて回ってくれ!」

 まずは不祥事に対して誠意を示すことを慶太は声高に叫んだ。

「はっ、はいっ!」

 薫はメモ帳片手に人垣の中に飛び込んで行った。
 それを見届けた慶太は、荒木課長に向き直りこう言った。

「本番データベースの復旧をさせてください。私はデータベースは得意です!」

 慶太は腕をまくった。
 若い頃に受けた真里菜からの薫陶を活かす時が来た。
 それにしても、彼女は今どうしているのだろうか。
 彼女は慶太に別れの手紙を送った後、彼にデータベースの極意を教え会社を辞めて行った。
 時同じくして、後輩の森本も一緒に会社を辞めて行った。
 その後、連絡を取っていない。
 皆、どうしてるかな......

(感傷に浸ってる場合じゃない! やるんだ! 今はやるだけ!)

 そんな慶太の情熱を、荒木課長は冷静な口調でこう返した。

「顧客には復旧によるシステム停止を通知して同意していただきました。今、うちのデータベースエンジニアが昨日のバックアップから復旧を行っています。あなたは始末書でも書いていてください」
「え? あ、は、はい......」

 慶太は拍子抜けしたし、違和感を感じた。
 この突然の非常事態に用意周到過ぎると思ったからだ。
 何より荒木課長の表情に焦りの色が無かった。
 
「すいません、この机、使わせて下さい」

 空いた机に自身のノートパソコンを置き、excelを立ち上げた。
 始末書の下書きを始める。
 そうして10分程経った頃、数メートル先から怒鳴り声が聞こえて来た。

「どうして復旧出来ないんだ!」

 声の主は荒木課長だった。
 彼の顔からは先ほどの余裕は消えていた。
 代わりに、鬼の様な真っ赤な形相が覆い被さっていた。
 怒鳴られている相手は、太っちょ眼鏡で色白の男だ。
 見たところまだ二十代前半といったところで、薫と同じ新人といった風情だ。

「......だっ、だって、僕はまだここに派遣されて来たばかりで、それに前任者から引継ぎも満足に受けてないんですよ。こんな難しいオペレーション出来る訳がないでしょ!」

 太っちょ眼鏡氏は汗だくになりながら自己弁護に必死だった。
 要は、彼も薫と同じく新人ながらたった一人で現場に派遣された身だったのだ。
 薫と違うのはデータベース全般を見るという重責を担わされたことだろう。
 大方、彼の会社が彼のことを凄腕データベースエンジニアという虚偽の申告をして送り込んだのだ。

(うちはそこまで酷くはないな......)

 どの会社も仕事を勝ち取るために多少デコレーションした業務経歴書で社員を売り込むが、ダイナ情報サービスは太っちょ眼鏡氏の会社まで堕ちてはいない。
 慶太は荒木課長と太っちょ眼鏡氏のやり取りを見ながら、場違いな優越感に浸っていた。

「社長」

 メモ帳片手に薫が戻って来た。

「おっ、どうだった?」
「君に手伝ってもらうことは無いって」
「そうか」

 慶太は困り果てた薫に、明るい声でこう言った。

「まだ僕らにも汚名挽回の機会があるかもしれない」
「え?」

 慶太は太っちょ眼鏡氏を顎でしゃくった。

「あちらさんのデータベースエンジニアに実力がない」
「そうなんですか」
「どうなると思う?」
「社長......もしかして」
「そうだ。彼からデータベース復旧の仕事を奪えば僕らは復活出来る」

 慶太を見つめる薫の瞳が輝いた。

(おや?)

いつの間にか、荒木課長と太っちょ眼鏡氏の間に知らない男が割り込んで来ている。

「おい、話と違うじゃないか!」

 その男は荒木課長を怒鳴りつけた。
 ギョロリとした目、猛禽の様な鷲鼻、鬱蒼とした森の様な口ひげ、醜く出張った腹。
 まさに妖怪。

「あっ......」

 薫がブルリと震え、慶太の背に隠れようとする。

「どうした?」
「い、いえ......」
「あの人誰だ?」

 慶太は妖怪を指差し問い掛けた。

「お客さん、大盛食品の朝井部長です」

 薫が苦しそうに答えた。
 朝井部長が荒木課長を叱責する。

「計画通りに上手くと言ったのは、どこのどいつだ!」
「すいません、想定外なことが」

 周囲の人間は自分たちの仕事に夢中だった。
 この二人のやりとりに、慶太だけが耳をそばだてていた。

(話と違う? 想定外? 計画通り? どういうことだ?)

 このデータ障害が偶然ではなく仕組まれたものだとしたら?
 そんな疑念が慶太の頭に浮かんだ。
 だとしたら、何故、仕組んだ?
 だが、根拠も思い浮かばなければ、その証拠も無かった。

「もしかして......」

 薫が何か感づいたようだ。

「どうした?」
「い、いえ、何でもありません」

 薫はすぐに慶太から顔を逸らした。
 慶太は頭の中を整理しようと、ディスプレイに向かった。

(何のためにかはここでは置いておくとして、このデータ障害が、荒木課長と朝井部長が仕組んだものだと仮定する。想定外のことというのは、恐らく太っちょ眼鏡氏が使えない奴だったということだろう。ということは、彼らとしてはデータベースの復旧は難なく行えると想定していたんだ。その想定が崩れた)

 こんな大掛かりで自傷的なことを何故行ったのだろうか。
 結局、彼らの動機が分からない以上、慶太の思考は『何故』に行き着くだけだった。
 だが、その『何故』解明することこそが薫の無実を晴らすことになるのではないかと思った。

「大沢さん」
「はい」

 ディスプレイから顔を上げると、憔悴しきった荒木課長の顔がそこにあった。

「こうなったのも北村さんが環境をよく確認せずデータ削除を行ったことが原因だ。責任を取ってもらいますよ」

 思った通り、太っちょ眼鏡氏に見切りをつけ慶太に仕事を振って来た。
 彼らにとって慶太に復旧を依頼するのは計画外なのだろう。
 荒木課長の苦しそうな顔がそれを物語っている。

(計画外......。そう計画外なのだ。僕らに汚名挽回されるのは)

「はっ!」

 慶太は閃いた。

 慶太は本番環境に接続出来る端末の前に座り、薫に向かってこう言った。

「データベースを復旧させるなんてそう滅多に出来る事じゃない。だから後学のために良く見ておいてくれ。僕がやることを」
「はいっ!」

 ディスプレイに向かう慶太の真剣な顔に向かって、薫は頬を赤らめた。

「データベースの復旧には二段階ある。一段階目はリストア。これはバックアップ取得時点の状態に戻すことを意味する」

 慶太は太っちょ眼鏡氏が用意した設計書を手に薫に説明を始めた。
 説明しながら、自分も理解しようとしていた。

「バックアップは毎日夜20時に取得されている。従って、昨日の20時に一旦状態を戻す」
「バックアップはどこにあるんですか?」
「データセンターにあると書いてある」

 設計書を読むと、日次のバックアップはデータセンターに二世代保持されていることが分かった。
 バックアップデータの運用についてはデータセンターを運営する会社に委託しているらしいことも分かった。

「すいません。データセンターに連絡したいのですが」

 慶太は太っちょ眼鏡氏に問い掛けた。

「あ、えっと......」

 太っちょ眼鏡氏は覚束ない手で内線携帯から連絡先を探している。

「ここかと」
「ありがとうございます」

 慶太は内線携帯から電話を掛けた。

<はい。データセンターです>
「お世話になります。目黒ソフトウエア工業の大沢です」
<お世話になっております。一体どういった用件で?>
「データベースのデータを復旧したいので、バックアップから戻していただきたい」
<システム名称、エンドユーザの名前、データベースの名称をお願いします」
「えっと、なんだっけ?」

 携帯を耳から離し、太っちょ眼鏡氏に問い掛ける。

「大盛食品の会計管理システムです。データベース名称はkikan」
<了解。二世代在りますが? どちらでリストアしますか?>
「昨日の20時取得分で」
<分かりました>
「あの、どれくらい掛かりますか?」
<さぁ......>

 保守員は、恐らく電話の向こうで首を傾げているのだろう。
 データベースをバックアップからリストアするなんて滅多にないはずだ。
 バックアップ何て使わなければ使わないで良いに越したことはない。
 要は保険みたいなもんだ。

「データ量は30GByteくらいです」

 慶太はテーブル設計書を見ておおよそのデータ量を見積もり、それを伝えた。

<じゃ、一時間くらい、かなぁ......>
「分かりました! では、お願いします!」

 携帯を切った慶太は、薫と太っちょ眼鏡氏に向き直りこう言った。

「バックアップからリストアするのに一時間掛かる。作業が長くなりそうだぞ。今のうちに休憩しておいてくれ。荒木課長には僕から伝えて置く」
「社長は......?」

 薫が心配顔で問い掛ける。

「僕はリストア後の確認方法を整理したり、設計書をもうちょっと読み込んでおく」
「社長......」

 薫はディスプレイに向かう慶太の顔をじっと見つめていた。
 リーダーシップを発揮する慶太への憧れの眼差しがそこにはあった。

「ぼ、僕、飲み物買って来ます! 何がいいですか?」
「いいよ、気を使わなくて」

 慶太は太っちょ眼鏡氏に笑顔で応えた。

「いっいえ、その、すごく勉強になってるんでお礼がしたくて」
「そっか。ありがとう」

 慶太は太っちょ眼鏡氏の汗ばんだ手の平に小銭を乗せた。
 数分後、彼はインカコーラを3本抱えて戻って来た。
 そして、更に30分後。

ブルルル

 内線携帯が鳴り出した。

<完了しました>
「思ったより早かったですね」
<最近のストレージは性能がいいですからね>
「ありがとうございました」
<こちらこそ>

 慶太は顔も分からないデータセンターの保守員に心から感謝した。
 携帯を切り、顔を上げると不安げに眉を下げた薫と、上気して真っ赤な顔の太っちょ眼鏡氏がそこにいた。

「オッケー! 次に行こう!」

 目の前の二人は手を叩き喜んでいた。
 久々の修羅場の感覚にヒリヒリする。
 そして、慶太は仲間が今、そこにいることに胸が熱くなった。

つづく

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Comment(13)

コメント

プリンセス

なんか慶太氏って、人間のクズというより、周りのドクズに振り回されてるだけの被害者ってイメージがある(今んところの描写を見る限り)

VBA使い

そう計画外なのだ。僕らに「名誉」挽回されるのは


森本くん、出てこないなぁと思ったら、やっぱり真里菜と一緒に行ってしまったんやね

VBA使い

妻子がいるのに、真里菜や薫に好かれる慶太くん
シングルで果敢にアタックするも、由紀乃、美穂、秋華に好いてもらえない雄一くん


入れ替わったらいいのにね

匿名

汚名挽回も間違いではないんだよ

桜子さんが一番

朝井と荒木は桜子さんにメタメタにやられるべきだと思いますw

匿名

汚名挽回と言えばジェリドさんですねー

湯二

プリンセスさん。


コメントありがとうございます。


>周りのドクズに振り回されてるだけの被害者
それでも女にもててるから羨ましい。。。

湯二

VBA使いさん。


コメントありがとうございます。


>「名誉」挽回
ネットで調べると汚名でもいいみたいに書いてあります。
他の人もコメントにそう書いています。
どっちがいいのか、、、
この場合、登場人物が心で思ったことを言葉にしていると考えられます。
慶太の語彙では、名誉挽回でなく汚名挽回の方をいつも使っている。
作者はそれをそれをほっとくことにします。
従って、今後、慶太のセリフは名誉挽回でなく汚名挽回を使うことになります。


>森本くん、出てこないなぁと思ったら、やっぱり真里菜と一緒に行ってしまったんやね
後半に絡んできます。


>雄一くん
恋愛なんて、ただのめぐりあわせという名の運みたいなもんですよ。
こいつには、その運がない。

湯二

2020/05/22 18:38匿名さん。


>汚名挽回も間違いではないんだよ
ネットで見てると、名誉挽回がポピュラーっぽいけど、汚名挽回の方もいいみたいに書いてあって、言葉って難しいですね。

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


>朝井と荒木は桜子さんにメタメタにやられるべきだと思いますw
作者も出したいのはやまやまなのだけど、出したら出したで話が破綻するのよ。

湯二

2020/05/25 08:52匿名さん


コメントありがとうございます。


>ジェリド
ガンダムですか。
wikiで知りました。
このキャラも同じ使い方してますね(補足に書いてある。)

VBA使い

なるほど。
ただ、前の方で、
「まだ僕らにも名誉挽回の機会があるかもしれない」
って揺らいでたので。

湯二

VBA使いさん。


コメントありがとうございます。

全て、慶太の言葉である「汚名挽回」に変更しました。

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