常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 人間のクズ】第十話 飛んだ本番データ

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 再び、昼休みの屋上。

「どうせ陽菜のやつに命令されたんだろ?」
「え?」
「あいつ、お前のこと嫉妬してそうだからな。大方、俺に嫌われるようなことしろって言われたんだろ?」

 希優羅は図星だった。
 全てを言い当てられ、返す言葉も思い付かない。

「なぁ、あいつに何か弱みでも握られてんのか?」
「えっ......?」

 淳史の推測は鋭かった。
 希優羅の親友は陽菜だけだった。
 中一の一学期に、いじめから助けてもらった。
 それからの親友関係だ。
 その後も、色々ピンチがあったら彼女がやって来て助けてくれた。
 だけど、その後は必ず恩に着せる様に色々な要求をされた。

「だって、異常だろ? 友達なのにこんなこと頼むなんて」

 掃除当番の交代、カンニングの手伝い、ついこの前は万引きまでさせられた。

「話してみろよ。俺が何とかしてやるよ」

 俯き眉根を寄せている希優羅に淳史は優しく声を掛けた。
 一瞬、心が安らぎ、全て話した上で助けてもらいたいと思った。

「あ、あの......」

 声を発した瞬間、陽菜に見せつけられた画像が頭に浮かんだ。
 父と女(真里菜)が一緒にラブホに入って行くところ。

「どうした?」

 急に口をつぐんだ希優羅を淳史は心配に思ったのか、肩に手を掛けようとする。
 それを、希優羅は振り払った。
 両親のことは反吐が出るほど嫌いになったが、それでも離婚して欲しくなかった。
 父と母が別れたら、自分はどちらについていいか分からないし、もしかして、身寄りもなく生きていくことになるかもしれないと思うと憂鬱を通り越して死にたくなる。

「なぁ、俺はお前のこと好きなんだよ! だからお前の悩んでること一緒に悩んで何とかしてやりてぇんだよ! 何でも言ってくれよ!」

 淳史の顔は初夏の太陽に照らされて、清らかで爽やかだった。
 その清らな顔はどこか、『社員は家族だ』と綺麗事を言う父親の顔と被った。

「......何でも言うこと聞いてくれるの?」
「おおっ!」

 淳史は胸を張り、親指を押し当てた。

「じゃ、ここで死んで見せてよ」
「えっ......」

(頼むから、これ以上、私に付きまとわないで)

 希優羅がそう思った時、
 手すりに右足を掛ける淳史の姿が目の前にあった。

「えっ、ちょっ......ちょっと」

 驚き手を伸ばし、その行いを制止しようとしたが間に合わなかった。
 彼は少し振り返りニヤリと笑ったかと思うと、ヒラリと空中に身を躍らせた。

 3日後。

「北村さん」
「はい」
「業務チームの本番データ取得が終わりました。開発環境に投入をお願いします」
「はい」
「じゃ、よろしく。ああ、忙しい」

 荒木課長は薫に必要事項を伝えると、踵を返し小走りに会議室の方に向かって行った。
 薫はデータ移行手順書を引き出しから取り出した。
 自席を立ち、プロジェクトルームの隅にある開発環境に接続出来る端末に向かった。
 席に着き、スイッチを入れる。
 OSの起動を表すwindows10のロゴがディスプレイに浮かぶ。
 しばらくして、デスクトップ画面が表示された。
 本番データのダンプファイルがある場所をエクスプローラーで開く。

「honban_data.dmp......」

 薫は自分に言い聞かせるように、ダンプファイルの名前を呟いた。
 手順書に書いてある通り、名前が正しいことと、取得日時が今日であることを確認する。
 このデータを今から開発環境のデータベースにインポートする。
 プロジェクト着任からずっと淡々と続けて来たルーチンワーク。
 手順書通りの単純作業なので、慣れれば難しいことは無い。

「よし」

 だが、ミスをしまいと薫は気を引き締めた。
 手順書をめくる。
 開発データベースにsqlplusでアクセスするコマンドを打ち込む。

<sqlplus gyomu/gyomu@kikan>

 まずはデータを消すことからだ。
 300あるテーブルのデータを消去するスクリプトを実行する。
 1テーブルごとに実行結果が出力される。
 それを見ながら薫は思った。
 あの日以来、荒木課長の無茶振りが無くなったことを。
 朝井部長に関しては、姿すら見せなくなった。
 あれほどのことがあったのに、何も言ってこなくなったことがって不気味だった。
 だが、何か言って来たとしてもそれはそれで気持ちが悪い。
 きっと自分の気持ちを理解して諦めてくれたんだろう。
 そう思うことにした。

(嫌な現場だけど......大沢社長のために頑張らなきゃ)

 その時、周囲がざわつきだした。

「おい、商品マスタのデータが見れないってホント?」
「客から請求書が発行出来ないって連絡来てるぞ!」
「パスワード合ってるはずなんだけどなぁ......システムにログインではじかれる......」

 警告灯がチカチカと光り、障害を伝えるアラームが鳴り出した。
 皆、席を立ち右往左往しだした。

「本番データが全部消えてる!」

 誰かの叫び声とともに、周囲がどよめいた。
 その喧騒を薫はプロジェクトルームの隅でじっと見ていた。
 その時はまだ自分とは無関係だと思い、他人事の気分だった。

 放課後、校門を出た希優羅はスマホの電源を切った。
 陽菜は淳史が校舎の屋上から飛び降りたショックで、ずっと休んだままだ。
 その陽菜に、自分の居場所を知られたくない。
 後で問い詰められたら、電池が切れていたと言い訳すれば何とかなる。
 淳史が入院している病院に向かった。

「よぉ」

 ベッドに横たわる淳史が、包帯が巻かれた右手をゆっくり持ち上げて挨拶して来た。
 3階から飛び降りたのに右手、右足の骨にちょっとヒビが入っただけ何て奇跡だ。
 希優羅はそう思ったが、彼はこう言った。

「飛び降りるんじゃなくて、飛ぼうと思ったからこの程度のケガで済んだんだ」

 何事も前向きにやれば、致命傷は防げるのだと言う。

「あはは。おかしい」

 そんなことを真面目な顔で言う淳史に、希優羅は思わず笑ってしまった。

「あ、初めて笑ってくれた」
「だって......」

 希優羅は自分の心が変わって来ていることに気付いた。

(人を好きになるって、その人のために何でも出来るってことなの?)

 父親とずっと付き合っている真里菜の気持ちが少し理解出来た気がした。

「まったく。親父もお袋も泣いてたよ。急に0点採ったり、自殺して見たり。息子がおかしくなったと思って泣いてた」
「......ごめん」
「謝るなよ。俺が好きでやったことだ。思春期で複雑な気持ちだから仕方ねぇだろって言っといたよ」

 淳史はニッと笑った。
 白い歯が光った。

「俺に惚れた?」
「なっ、なにが!?」
「だって、顔が赤いし」

 希優羅は首を振って全力で否定した。

「だけど、俺の見舞いに来たりしたら、陽菜のやつがまた怒ったりしねぇか?」
「まぁ、そうだけど。......だけど、君がこんな風になったのも私のせいでもあるし」
「いやいや、希優羅のせいじゃねえよ。全部、陽菜のやつが悪いよ」

 淳史は半身を起こし、希優羅に向き直ってこう言った。

「なぁ、俺があいつにガツンと言ってやるよ」

 まっすぐな彼の瞳の中に、希優羅の不安な顔が映り込んだ。

「俺が守ってやるから」
「ほんと?」

 彼は無言で大きく首肯した。
 希優羅は陽菜との関係についてポツリポツリと話し出した。
 一つ話し出すと、次から次へと言葉が出て来た。
 今まで言いたくても、誰にも言えなかったことが次々と。
 自分のために一度は死のうとしてくれたこの男を、希優羅は信頼していたからだ。
 全てを聴いた淳史は頷き、低い声でこう言った。

「分かった」

「この端末からだ!」

 白髪交じりの年配の男が、薫の前にある端末を指差した。

「ちょっと、ごめんなさいね」

 茶髪でベテランと言った風格の年配の女が、薫を押しのけ端末の前に座った。
 エクスプローラを起動し、hostsファイルとtnsnames.oraファイルを確認する。

「やっぱり......」

 その女は頭を抱え、ため息をついた。
 いつの間にか端末に座る薫を中心に、人垣が出来ていた。

「あの、一体、どうしたんでしょうか?」

 周囲から漂う緊張と不安が、声を震えさせる。
 薫は質問するのがやっとだった。

「あなたね、この端末で何をやってたの?」
「いつも通り、本番データを入れるために開発環境のデータを消しました」
「それだけ?」
「......はい」

 それだけしかしてない。
 手順書通りだ。
 悪いことはしていない。
 だけど、自分が悪者にされようとしているのを感じる。

「この端末から本番データベースサーバにアクセスがあったんだ」

 白髪の男がA4用紙にプリントされたログを見せる。

「え? でも、この端末は開発サーバにしか接続出来ない様にしてあるって聞いてますけど」
「だとしても、この端末から本番データベースにアクセスして本番データが消えたのは事実としてサーバのログに記録されてるんだよ」
「え? ええ?」

 薫は背筋がゾゾッとなった。
 冷たい汗が伝う。

「hostsとtnsnames.ora変えてないよね?」
「え?」

 薫はその二つのファイルが何の役割を持っているか知らなかった。
 年配の女が薫を押しのけ、マウスを手にする。
 素早い操作で、薫が改ざんしたと疑われている二つのファイルを開いた。
 
「hostsに本番データベースサーバの名前が書いてあるわ。あと、tnsnames.oraに本番データベースに接続するための接続子が書いてある」

 年配の女がディスプレイを指さした。
 その先には『kikan』という文字があった。

<sqlplus gyomu/gyomu@kikan>

 確かに薫はそのコマンドを打ち込んだ。
 手順通りに@マークの後ろをkikanにすれば、開発データベースサーバに接続されるはずなのだ。
 だが、設定ファイルが書き換えられて本番データベースサーバに接続されてしまった。
 いつ、誰が何のために書き換えたのか?

「私、知りません!」
「だけど、この端末、あなたしか触れてないんでしょ?」
「そうですけど......でも、本当に知らないんです! そんな難しい設定ファイルのことも分からないし」

 周囲の人間が薫を怪訝そうな顔で見る。
 射る様な視線を感じ、薫は今すぐにでもここから逃げ出したくなった。

「そうだ! 荒木課長を呼んでください! あの人なら私がこの手順書以外のことをしてないって証明してくれます!」

(何てことをしてくれてんだ!)
 
 慶太は夕暮れの街をダッシュしていた。
 スーツに革靴で全速力の彼を、周囲の人間が振り返る。

ドン!

「おい、おっさん気を付けろ!」

 スカジャンに金髪のマレットヘアーの男にぶつかる。
 いかにも非行少年と言った風情だ。

「すっ、すいません!」

 そのまま行こうとするところを、袖を掴まれ引き倒される。
 横腹をトゥーキックされ息が出来ず、うずくまる。
 慶太の周りに人垣が出来るが、誰も助けようとしてくれない。
 数分後、やっと解放されヨロヨロと立ち上がる。
 立ち止まっている暇はない。
 彼女がやらかした『本番データ削除』。
 その尻拭いが待っている。

つづく

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Comment(5)

コメント

桜子さんが一番

薫ちゃん可哀想だなー。。。はめられたんやな。

VBA使い

何も言ってこなくなったことが「却(または反)」って不気味だった。


周囲から漂う緊張と不安が、声「を」震えさせる。


hostsとtnsnames.ora
→陰謀の定番ですね。怖い怖い

VBA使い

そういえば、慶太も、DBメンテ中に似たような手口でやられてましたよね。(正確には荒川が狙われて、そのとばっちりでしたが)
てことは、今度は慶太が薫の仇を討ったりして

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


>はめられたんやな。
ありがちだけど、そのとおり。

湯二

VBA使いさん。


校正、コメントありがとうございます。


>陰謀の定番
いつも通り、平常運転です。
もう少しバリエーションが欲しい。。。


>似たような手
ソースにバグを仕込むとか、ネットワークに大量のトラフィックをかけるとか、いろいろありますよね。一番インパクトデカいのはデータが飛ぶことだと思ってます。


>仇を討ったり
それがカッコよくいかないんですよ。


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