常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 人間のクズ】第九話 底

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 薫は料亭の一室で、豪華な料理を前に緊張していた。
 彼女の目の前には妖怪の様な男が座っていた。

「さあ、どんどん食べなさい」

 妖怪こと朝井部長はそのギョロリとした目を動かし、薫を舐めるように見た。

「は、はい......」

 テーブルに並べられた高級懐石料理は、薫の給料ではとても口に出来る代物では無かった。
 メインのふぐ刺しに、吟味されたであろう素材の焼き物、漆塗りのお椀には伊勢海老が丸ごと入っている。
 だが、それらに手を付ける気がしない。
 薫はこれから自分の身に起こるであろうこと、それを予想するだけで、食欲が失せて行くのが分かった。

「北村さん」
「はい」

 隣に座る荒木課長に促され、ふぐ刺しを口に運ぶ。
 味も良く分からない。

「ほれ、一杯」

 朝井部長は日本酒が入った徳利を傾けて来た。
 薫はとまどいながらも、おちょこでそれを受けた。

「グッとやらんかい。ググッと」

 もっさりした口ひげの中でタラコみたいな唇がいやらしく動いた。
 薫は思わず目を逸らした。

「私、日本酒は飲めなくて」

 思わず嘘を付く。
 酒など飲んで酔おうものなら、相手の思う壺だ。

「ふん、つまらん。な、荒木さん」

 朝井部長は荒木課長を睨みつけた。

「はっ、はいっ!」

 恐縮した様子で荒木課長は頭を下げた。

「ちと、厠に行ってくる」

 そう言って、朝井部長は席を立った。

「北村さん。困るよ。接待しなきゃ」

 朝井部長の足音が聞こえなくなるのと同時に、荒木課長が優しい声音で諭すように言った。

「せ、接待って一体何なんですか? 私、そんなの聞いてません」
「君は朝井部長に気に入られたんだよ。その意味が分かっていないようだね」

 意味なんか分かりたくない。
 薫はそう思った。
 身を硬くすることで抵抗していることを示した。

「潰すぞ」

 ドスの効いた声が耳朶を打つ。
 穏やかだった荒木課長の顔に暗い影が差し込んでいた。

「え?」
「君が乱テックの社員じゃないことは分かってるんだ。分かって使ってやってるんだ。そこのところわきまえて物を言うんだな」

 薫は確信した。
 ここに味方は誰もいない。

「ダイナ情報サービス。それが君の会社だろ。君の社長は目黒ソフトウエア工業との口座がないから乱テックを通して、君を偽装請負という形で売っているんだ。隠さなくっても分かってるよ。君の会社の他の社員も乱テックを通してうちに沢山来てるからね。まぁ......君たちみたいな替えの効く技術しか持たない底辺エンジニアがどこから派遣されるかなんて、使う側の僕らからしたら関係ない。君らは雇用の調整弁みたいなもんだからね。気に入らなければ入れ替える。それだけさ。そんなの承知の上で使ってやってるんだ」

 目の前の男は醜い選民思想に脳を侵され、人の心さえも失っていた。
 そして、薫はこの世界、つまり自分が就職した業界の恐ろしさを知った。
 泣き出したかった。
 だが、唇を震わせながらも、反論する。

「だ、だったら......目黒ソフトウエア工業でもない私が、大盛食品の部長を接待するなんておかしいです」
「君は目黒ソフトウエア工業の看板で仕事をしてるんだ。朝井部長を接待するのは当然の話だ」

 荒木課長は詭弁を使い、薫の心を掻き乱し続けた。

「さっきも言ったように......お宅の社員を乱テック経由で沢山使わせてもらってる」

 荒木課長がビールを一息にあおった。

「君の態度次第で、その人たちを生かすも殺すも出来るんだぜ」

 手の甲で口を拭うと、ニヤリと笑いそう言った。
 危険な思想を持つ者が権力を持つとロクなことが無い。
 薫はそう思った。

「私......」

 薫が絶望に目を伏せると、荒木課長は急に優しい口調になりこう言った。

「だから、よろしく頼むよ。北村さんが頑張ってあの妖怪みたいな男と一夜を共にしてくれれば、うちも今後の仕事に繋がる。ひいては、君の会社にも仕事を出せることになる。それはつまり、君の会社のためでもあり、君の給料アップ、出世にも繋がるんだよ」

 荒木課長は酒臭い息を吐いた。
 彼は飴と鞭を弄しながら薫を説き伏せるのだった。
 荒木課長の因果論は滅茶苦茶だったが、絶望の中にも薫はこうも思っていた。 

(それが大沢社長のためになるのなら......)

 彼女は闇の中に光を見出そうとしていた。

ガラララ

 朝井部長が戻って来た。
 ドカッと元居た席に座る。
 朝井部長はおちょこを口に付けながら、上目遣いで荒木課長を見た。

ブルルル

「はっ、はい」

 荒木課長が慌てた様子でスマホを手に取った。

「えっ!? 障害発生......。わっ、分かりました! すぐ戻ります!」

 電話を切った荒木課長は朝井部長に向き直り、弱った声でこう言った。

「すいません。私が前担当していたシステムで障害が起きたらしくて、行かなければなりません。今日は、せっかくの北村の歓迎会なのに」
「む、今は担当していないなら君が行く必要はないのでは?」

 朝井部長は髭を撫でながら、ニヤリとそう言った。

「はっ、何分、私にしか分からないところもありまして」
「ふふふ、いかんな属人化しとるじゃないか。私のシステムではそんなことがないように開発してくれよ」
「はっ、はい」

 荒木課長はイソイソとその場を去って行った。
 室内には薫と朝井部長だけになった。

カコォーン

 ししおどしが岩に当たり跳ね返った。
 薫は俯いたままだ。

「私は面談で君を見た時から気に入ったんだよ」

 朝井部長は立ち上がり、隣の部屋に続く障子戸に手を掛けた。

パシーン

 戸が勢いよく開かれた。
 そこには一組の布団が敷かれていた。

 薫は裸足だった。
 正確にはストッキング越しの素足だった。
 アスファルトの上を走っていた。
 そんな薫の姿を、道行く人たちが不審げな表情で振り返る。

(痛っ!)

 小石を踏んでしまった。
 立ち止まると、アスファルトの硬さと冷たさが足の裏を通して全身に伝わる。
 まだ右手の平に痺れた感覚が残っている。
 ヌラヌラと光った唇が目の前に迫って来たと思った瞬間、気づけば、足元に朝井部長がうずくまっていた。

「おのれ......」

 彼の憤怒の顔を見た時、薫は自分が何をしたのか悟った。
 思いっきり朝井部長の頬を引っぱたいてしまったのだ。
 そして、その場を着の身着のまま逃げ出した。

(大沢社長......ゴメンなさい)

 再び走り出す。
 涙が頬を伝う。
 その涙は風に吹かれて後方に流れて行った。

 翌日。
 2時限目。

「昨日の数学のテストを返すぅ~」

 数学担当でかつ希優羅の担任の今井先生が、紙束を教卓の上に置いた。
 馬面には似合わない肩までのロングヘアーがトレードマークだった。
 彼は足が短く胴が異様に長い30代後半の男だ。

「はい、相田。58点。もうちょっと頑張れな」

 生徒たちを一人ずつ呼ぶ。
 デリカシーも無く点数を読み上げながら。
 だが、一人一人に励ましの言葉を掛けるところは人情味があった。

「大沢。60点。この前より良くなってるな。うんうん」

 希優羅は数学はあまり得意では無かった。
 今回はたまたま特に苦手な図形の問題が少なかったので何とかなった。
 席に戻るとき、淳史と目が合った。
 彼の目は何かを訴えているかのように希優羅に対して真っすぐだった。

「最後。与良~。お前、どうしたぁ?」

 今井先生は困ったような声で淳史を呼んだ。

「いつも満点のお前が0点って、先生びっくりだぞお」

 教室内がどよめいた。

「えっ、与良君が」
「答えを書くところ間違えただけじゃないの」
「逆に0点なんて、採る方が難しいだろ?」

 女子も男子もヒソヒソとその結果について語り合っていた。
 当の淳史本人は頭を掻きながら、

「いやぁ、まいったなあ」

 と、自席に戻って行った。
 希優羅はまさか本当に淳史が0点を採るなんて思わなかった。
 そして、陽菜の刺すような視線を感じた。

 昼休み。
 給食を終えた生徒たちが、一斉に教室から飛び出して行く。
 ある者はサッカーボール片手に運動場へ、またある者は教科書片手に図書館へ、思い思いの方角へ散って行った。
 希優羅はそんな喧噪の中を抜け、一人屋上へ向かった。
 柵にもたれた淳史が扉を開けた希優羅に気付いた。

「よぉ」
「よぉ、って......」

 明るい表情の淳史に希優羅はどう声を掛けていいか分からなかった。

「生まれて初めてだよ。0点なんて」

 彼はそう言いながらポケットから出したクシャクシャの答案を見せびらかした。

「なんで、そんなことまで......」
「だって、お前のこと好きだからさ」

 照れくさそうにそう言ったかと思うと、答案を丸め、振りかぶって勢いよく運動場の方に投げ捨てた。
 真っ青な空を、白い紙の玉が通り過ぎて行った。

「私のことが本当に好きなら、私の言うこと何でも聞いてよ」

 確かにそう言ったけど、本当に言うこと聞くなんて。
 淳史に嫌われるために、0点取れって言ったのに、これじゃ逆効果だ。

 慶太は薫の職場近くにあるコメダワラ珈琲店に来ていた。

「どうしたんだ? 突然呼び出したりして」

 いつも定時後に会う約束だったのに、薫の方から『是非、昼に会いたい』と電話が来た。
 昨晩、響子にワイシャツに付いたキスマークのことを問い詰められ苦しい言い訳をしながらも、慶太は彼女に会いたいという思いを募らせていた。
 だから彼女からの突然の呼び出しは嬉しかった。
 昨日までの、彼女に対して一線を引こうという決意はどこかに消し飛んでいた。

「社長と一緒に食事がしたかったから」
「そ、そうかい......」

 薫の顔は慶太に会えたというのにどこか浮かない感じだった。
 だが、慶太はそんな翳のある感じも凄くいいなと思ったりした。

「昨日の飲み会どうだった?」
「......あっ、はっ、はい。楽しかったです......」

 その割には、彼女の言葉はつかえつかえで、その声はどこか沈んでいた。

「そうか、なら良かった」

 ちょっと色々と気になったが、こうして薫が自分と会ってくれたので一安心だった。

「あの、社長」
「何だい?」
「明日から様子を見に来なくていいです」
「えっ?」

 慶太は思った。
 やはり昨日の飲み会で何かあったのだろうか。
 参加者と仲良くなり、自分とはもう会いたくなくなったのか。

「そ、そんな......無理しなくても」
「いえ、大丈夫ですから」

 薫の顔からは暗さは無くなり、真っ白な無表情に変わっていた。
 まるですべての感情を失ったかのように。

「私、頑張りますから」

つづく

★お知らせ

 来週からしばらくこの連載は毎週金曜日のみになります。

 その代わり火曜日に、あのシリーズの短編(おそらく4から5話くらい)をやります。

Comment(8)

コメント

VBA使い

問い詰められ苦しい「言い」訳をしながらも


明日から様子を「見に」来なくていいです


パラレルクエリ…じゃなくてパラレル連載、ありがとうございます。


ORACLE MASTERだから、ACIDは大丈夫でしょう(笑)

湯二

VBA使いさん。


コメント、校正ありがとうございます。


>パラレル連載
火曜と金曜で交互になるので、読むときスムーズに行くように次の話と前の話へのリンクを入れてとか、そんなこと考えてます。


>ORACLE MASTER
もうずっと受けてないですね。
試験制度もちょっと変わったみたいなので、取り直しになるのか、移行試験を受ければいいのか、どちらにしてもお金が掛かりますね。

匿名

いつも楽しく読ませていただいています。

>荒木部長はイソイソとその場を去って行った。
荒木課長ですかね?

湯二

(編)さん。


コメントありがとうございます。


大きく変わったのは、Goldは講習を受けないとなれなかったのに、今はGold相当のOCPに講習なしでもなれるということでしょうかね。
あと、BronzeからじゃなくてSilverからでも受けれるとか。
私の場合Gold12c持ってるからAdministrationⅡを受ければ新制度に移行できるのですね。
何か、スキルごとに受ける試験が明確になった感じですね。
自分の目指すポジションを決めてから受けるのがいいのかなと思います。

湯二

匿名さん。


コメントありがとうございます。


部長と課長が入り乱れると間違えるんですよね。
あと、近視と老眼も入って来てて小さい字が見にくくて。。。

桜子さんが一番

こわい飲み会っすね

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


>こわい飲み会
こんなことまずないし、これを書いてる奴は漫画の読み過ぎ(笑)

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