常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 人間のクズ】第八話 だけど、やっぱり会いたい

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「何で断ったんですか!?」

 松岡は目の前の慶太に対して声を荒げた。
 星屑珈琲店の店内にその声が響き渡った。
 周囲の人間が何事かと、二人の方を見る。

「別に断ったわけじゃないよ」
「『考えておきます』なんて曖昧な返事なら断ったのと一緒ですよ!」

 腕を組んで渋い顔のままの慶太を、松岡は糾弾した。

「こういうのはタイミングが大事なんです。相手がチャンスをくれた時は快く乗らなきゃ!」

 先程まで慶太と松岡は、GWDテクノロジーズの椛島課長と仕事の話をしていた。
 そこで椛島課長から請負仕事の提案を受けたのだ。
 ダイナ情報サービスのような零細SIerにGWDテクノロジーズの様な大手SIerから直接声を掛けてもらえることなど、まず無い。
 だが、そんな奇跡の様な事が起きた。

「松岡君。君の頑張りには感謝している」

 その奇跡は、ダイナ情報サービス期待の星である松岡の頑張りのお陰だった。

「今からでも遅くない。椛島課長に連絡しましょうや!」
「松岡君!」

 慶太は松岡の目を見据えた。

「なっ、何ですか?」

 その真剣な目に松岡は一瞬たじろいたようだ。

「こういうことは慎重にやらなければならない」

 慶太は静かに息を継ぎ、こう続けた。

「まず、どんなシステムで、どれだけの規模で、必要な技術はこれこれで、そういった話を聞かないと、うちでやれるかどうか何て判断出来ない」

 だが、松岡はすぐ強気を取り戻したようでこう反論した。

「そんな弱気でどうするんですか? とりあえず突っ込んでチャレンジしてみる。そうしないと話は進まんでしょうが!」
「派遣先で君が一人で仕事をするならそれでもいい。だけど、会社として仕事を請けるとなるとチームを組むことになる。それはダイナ情報サービスの様な小さな会社だと、社を上げての一大事業になるんだ。一人なら失敗してもダメージは少ないけど、一大事業として失敗すると会社としても致命的なんだ」

 慶太は経営者として、諭すように松岡に語った。

「そんなこと......俺でも分かってますよ。だけど、椛島課長を紹介した俺の面子はどうなるんですか?」
「大丈夫。君の立場が悪くならない様にするから」

 慶太はそう言うと、椛島課長の名刺を松岡に見せこう言った。

「僕は今後、君を通さずに直接、椛島課長と話を擦り合わせるから。そこで双方の合意が取れれば有難く仕事を請けるし、ダメならダメで今後の関係が悪化しない様に丁重にお断りするよ」
「何だよ! 俺をハブるのかよ!」

 自分を交渉の場から外されたことに対して、松岡は怒っている様だ。
 言葉が社長に対する社員の物では無い。
 慶太はその口汚い言葉を聴かされながら、思った。

(この辺でこいつの頭を潰しておくか)

「聴いてんのかよ!?」
「聴いてるよっ!」

 松岡を上回る慶太の一喝に、周囲がまた二人の方を見た。
 慶太の目は鋭かった。
 社員20人を抱える経営者としての厳しさがあった。

「ぐくっ......」

 威勢のいい松岡も気圧されたようだ。

「おこがましいよ、君。いいかい? この会社の社長は僕なんだ。全社員のことを考えて仕事を請けるか請けないかの決定権は僕にある。君の面子なんかで危険な賭けに乗った挙句、全社員を路頭に迷わすわけにはいかないんだ!」
「くっ......」

 慶太の重みある言葉に、松岡は反論が出来なくなったようだ。
 悔しそうに水を飲み干す松岡を見て、慶太は少しばかり留飲を下げることが出来た。

(流石にちょっとばかり言い過ぎたか)

 慶太は彼の様子を見て少し反省した。
 だが、自分に対して嘗めた態度をとる松岡に、いつか釘を刺しておかねばと思っていたのも事実だった。

「ちっ、分かったよ」

 松岡は最初の勢いも無く、肩を落とした様子で店を去って行った。
 その後ろ姿を慶太は黙って見送った。
 慶太が請負仕事に慎重になるのは、先程、松岡に言い放ったカッコいい理由からだけじゃない。
 過去の苦い経験。
 その失敗で、慶太自身だけでなく、ダイナ情報サービスとして倒産の危機まで迎えてしまった過去があるからだ。

「ふぅ」

 慶太は珈琲を飲み干し、一息ついた。
 時計の針はもう17時を指していた。

(そろそろ北村さんの様子を見に行かなきゃ)

 昨日の今日で気が重い。
 薫とはあらぬ関係になった今、彼女と会うことは家族に対する裏切りのように思えた。
 だが、社長として社員の面倒を見ることと、それは別のことだ。
 だから行かなきゃならない。
 慶太はそう思うことにした。
 そして、薫が関係継続を望んで来たとしても毅然とした態度で断ろうと思っていた。
 もちろん誠意をもって謝罪したうえでだ。
 彼女だって分かってくれるはずだ。

(全ては家族のためなんだ)

 慶太は自分を勇気づけた。

ブルルル

 卓の上のスマホが揺れた。
 ディスプレイには『北村 薫』と表示されている。

「もしもし」
<あ、社長......わたしです>
「おっ、おお」

 予想外の彼女からの電話に戸惑う。

「どうしたんだい?」
<今日、様子を見に来なくていいです>
「え? また何で?」

 慶太の心に、安心と不安がない交ぜになった複雑な感情が湧いて来た。

<エンドユーザさんと、目黒ソフトウエア工業の荒木課長と飲みに行くんです>
「えっ! 凄いじゃないか」

 元請けの目黒ソフトウエア工業と、エンドユーザである大盛食品から飲みの誘いを受けるなんて大したもんだと思った。

「君の仕事振りが良かったんだね。きっと」
<......そうでしょうか。私、まだ一日目で失敗ばかりですけど>
「今後に期待してるんだよ。きっと」
<社長......>
「なんだい?」
<い、いえ。何でもありません>

 不安そうな声を残し、薫は電話を切った。
 そのことが慶太の心を悩ませた。
 何か嫌な予感がする。

(元請けとエンドユーザから気に入られるなんて、いいことじゃないか)

 派遣先が変われば扱いが変わる。
 前回のプレシャックスとは大違いだ。
 そう思うことで、心にまとわりついた不安を拭い取ろうとした。

 立ち並ぶ黒塀の前にタクシーが横付けされた。
 職場からタクシーで30分のその場所。
 料亭『満願』。

「ここは政治家や財界人がお忍びで使うところなんだよ」

 薫の隣に座る朝井部長は口ひげを撫でながら、得意げにそう言った。

「それだけ北村さんには期待しているということですよ」

 助手席に座る荒木課長が、運転手相手に精算をしながらそう付け足す。
 君の様な身分では、こんな高級なところで食事など出来ないだろ。
 そんな感じで。

「まぁ、朝井部長。よくいらしてくださいましたわ」
「おお。ママ。満千代はどうした?」
「もう。今日、突然来るなんて言うから都合着かなかったわ」
「そうか、そりゃすまんな」

 上品な着物を着た女将に手を取られながら、朝井部長は門をくぐり中に入っていた。
 薫はそのやり取りを、テレビの映像の様などこか現実離れしたものとして眺めていた。
 昼間、普通に仕事をしていたら「今日飲みに行くよ。君の歓迎会だ」と荒木課長が誘ってくれた。
 立場を偽装して職場にいる自分に歓迎会なんてありえないと思っていた薫だったが、素直に嬉しかった。
 だけど、朝井部長も来ると聞いて不安になった。
 朝井部長の自分へのいやらしい視線は、不快以外の何物でもなかった。
 嫌な予感はしていたが、薫は着いて行くことにした。
 断るということは、ダイナ情報サービスひいては慶太に不利益を与えることになると思ったからだ。

(大沢社長......)

 自分はひどく場違いなところにいるのではと思っていた。
 タクシーから降りた荒木課長が、そんな彼女の肩を叩いた。

「今日はよろしく頼むよ」
「え?」
「接待だよ。接待」

「ただいまぁ」

 慶太は扉を開け、フラフラと玄関に尻餅をついた。
 時計の針は22時を過ぎていた。
 薫のことをずっと思いながら一人、安い居酒屋で酒をあおっていた。
 何度もLINEメッセージを送るが、彼女からの返事は無かった。
 そして今、やっと踏ん切りをつけ家に帰りついたのだった。

「おーい」

 暗くシンとした玄関に慶太の声が響き渡る。
 あれほど薫との関係を断ち切りたいと思っていた慶太ではあったが、いざ、彼女が自分の元を離れ他の男と飲んでいることを想像すると心の中に黒い渦が出来、そこに吸い込まれそうな不安を感じるのだった。
 何度も酒の力でそれを断ち切ろうとするが、薫がいないという虚無感が彼を襲うのだった。
 してみれば、単純に慶太は薫と会いたいのである。
 だが、それが出来ないのは家族という枷があるからだった。

「水くれ、みずー」

 慶太は苛立ちを覚え、声が荒くなった。

「うるさいわね。ご近所に迷惑でしょ」

 茶の間と玄関を隔てる引き戸がガララと横にスライドした。
 蛍光灯の明かりを背にして黒い影になった響子が現れる。

「なんだと。亭主が頑張って仕事して、やっと帰って来たのに、その態度は何らぁ!」

 慶太は響子に八つ当たりした。

「何か嫌なことがあったの?」
「おお! そうだよ!」
「仕事で?」
「おっ......おお!」

 真っ赤な顔で絡んでくる慶太を、響子は冷たくあしらった。
 響子は踵を返し、茶の前に向かう。

「もうちょっと、ねぎらえ!」

 慶太は妻の後姿をヨタヨタしながら追いかける。
 慣れない酒を大量に浴び、前後不覚になっていた。

「あなた」
「何らぁ?」

 茶の間の中心に立つ妻の顔には表情が無かった。
 蛍光灯に照らされた肌は青白く見える。
 手には、慶太のワイシャツが握られている。

「これ? 何?」

 慶太は目の前にあるものを見て、一気に酔いが冷めた。

「なっ、なんじゃ、こりゃああ!」

 慶太は両手を広げ、首を振った。
 おどけたようなポーズをとることでその場をごまかそうとした。
 だが、ワイシャツの裾に着いたキスマークはごまかしようがなかった。

「これ、誰の?」
「昨日、でっ、電車に乗ってる時、前に女の人がいて、まっ、まっ、満員だったからっ、そっ、その唇が押し当ったんだっなっ。そうなんだなっ。きっ、きっ、きっと」
「嘘」
「嘘じゃない。嘘じゃない!」

 笑いながら明るく弁解することで、深刻さを打ち消そうとした。
 その場を明るくすることで、このことを笑いごとにしたかったのだが、そう甘くは無かった。

「ごめん。あなたが何言ってるか分からないし。それに、こんな下半身の裾のところに満員電車に乗ってたとしても、唇が当たる訳ないじゃない」
「あっ......。ううぅっ」

 慶太は返答に窮した。
 それを逃すまいと、響子が攻撃を仕掛ける。

「陽菜ちゃんが、あなたと一緒に居たのを見たって言ってた......あの女の人のじゃないの?」
「いやぁ、まあ......その」

 慶太の全身の毛穴からはアルコールを含んだ汗が噴き出していた。

「どうなの?」

 問い詰める響子の瞳は潤んでいた。
 その瞳に、慶太の醜い赤ら顔が映り込んでいる。

「こっ、このマークはギンザのキャバクラの女の物だよ!」

 慶太はカラッとした表情で、先程よりも更に明るい声でそう言った。

「実はさ、昨晩、彼女と飲んだ後、たまたま得意先の部長とバッタリ会ってさ。で、意気投合しちゃってキャバクラに行こうってなってさ。一緒に行ったんだよ! で、キャバクラで羽目を外しちゃってさ僕。で、お気に入りの女の子とたまたま意気投合しちゃってさ......その」
「意気投合して......何?」
「ゴメン! ホテルに行って、その時につけられたんだ! ......多分」

 慶太は土下座した。
 視線の先にはフローリングの床しか見えない。
 つむじの辺りに響子の射る様な視線を感じる。

「......その得意先の部長さんって誰よ?」
「あっ、うっ。えっと、乱テックの塚本部長だよ」

 慶太は咄嗟に口から出まかせを言った。

「ふぅん」

 響子は無表情だった。
 まだ、疑っているのだろう。
 慶太は苦しい嘘を付いた。
 こんな嘘が、そう簡単に信じてもらえるとは思わない。
 だが『やってない』の一点張りでは返って信じてもらえないだろう。
 そこで考えた。
 社員の女に手を出すよりは、一夜限りの女と過ごした。
 一夜の過ち。
 それで処理したい。
 そう正直さを装って告白する方が、まだまし。
 許してもらえる、否、怒りを抑えてもらえる、と。
 ひいては、家庭崩壊を防げる。

「ごめん」

 慶太は頭を下げ続けた。
 何でもいい、声を掛けてくれ。
 この沈黙が永遠のように感じられた。

(バッカじゃないの)

 希優羅は茶の間への扉に耳を当て、両親のやり取りをずっと聞いていた。
 真里菜という女とまだ続いていながら、別の女に手を出す父親。
 しかも、キャバクラ嬢と一夜を共にしたなんて分かり易い嘘までついている。

(あんたが相手にしたのは、自分のところの社員だろ)

 そして、家庭崩壊を防ぐため、そんな父親を許そうとしている母親。
 どちらにも反吐が出る。

つづく

次回は5/8(金)です。

Comment(4)

コメント

VBA使い

お「こ」がましいよ、君。


変な例えですが、ACIDが崩壊しながらデッドロック起こしてるRDBみたいな話ですね。

桜子さんが一番

慶太は結婚したらアカンタイプなんやろうなー。

湯二

VBA使いさん。


校正とコメントありがとうございます。


>ACIDが崩壊しながらデッドロック起こしてるRDB
面白い表現ですね。
そんなDBを作る方がかえって難しいかもしれません。
とてもじゃないけど、使いこなす自信はありません。

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


>結婚したらアカンタイプ
誰かと付き合ってても、声かけられると、そっちにも行って見たいな。
男の性やね。

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