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【小説 人間のクズ】第七話 キスマーク

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「ね、あれ、誰?」

 問い掛ける陽菜の目には昏い光が宿っていた。

「だ......誰って?」

 響子と希優羅が慶太のことをじっと見ている。

 響子は思った。

(この人、性懲りもなく、また......)

 怒りのあまり、握り締めた拳が震えた。
 爪が手の平にめり込む。
 15年前の、真里菜とのことが思い出される。
 自宅マンションに踏み込んだ時、慶太と真里菜の二人は仲睦まじく鍋をつつき合っていた。 
 慶太と真里菜の仲のせいで、離婚騒ぎにまで発展した。

「すいませんっ! もうしませんっ!」

 豪雨の年末。
 慶太が泣きながら土下座して離婚撤回を懇願して来た。
 その時の姿を思い出した。
 響子は仁王立ちでその無様な姿を見下ろしていた。
 どれほど、その後頭部を踏みつけてやろうかと思ったことか。
 無様な土下座を披露したこの男は、靴を舐めろと言ったら、喜んで舐めただろう。
 だが、そんなことをされても嬉しくは無かった。
 彼女は幸せな家庭が欲しいだけだったからだ。
 だから、許した。
 だけど、目の前のこの男は再び......

 希優羅は思った。

(パパ......真里菜さんとまだ続いてるの?)

 あの手紙の主である真里菜のことが頭に浮かんだ。
 もしそうであれば、家族を15年間だまし続けたことになる。
 卑屈に歪んだ変な笑顔の父親を見ていると、希優羅は反吐が出そうになった。
 死ねばいいのに、とも思う。
 そして、

(家族って一体なんだろう?)

 そう思った。
 ずーっと一緒に住んできて、隠し事なんて無い方が不自然だ。
 だけど、家族を裏切るようなことだけはしちゃいけない。
 それにしても、陽菜もこんな時にこんなことを言わなくてもいいじゃないか、とも思った。

 家族の団欒をぶち壊した張本人、陽菜は思った。

(希優羅のやつ、いい気味だわ。あんたがいなければ淳史君は私のものなのに。せいぜい家庭崩壊でもしてなさいな)

 誰もが慶太の次の言葉を待っていた。
 そして、慶太はおもむろに口を開いた。

「あれは、うちの女性社員だよ! 仕事のことで悩んでて、昨晩は相談に乗ってあげたんだよ!」

 皆の目を見ながら笑顔でそう答えた。
 まるで何事も無かったかのように。

(下手に嘘をつかない方がいい。都合の悪いところを、都合の良いところで隠しとおせばいい。陽菜だって、僕と北村さんが歩いているところをちょっと見ただけだろう。ラブホに入るところまで見たとは言ってない。それに、薫は僕と別れると全てをバラすと言っている。それは反対に考えれば、別れなければ秘密は守られるということだ。まずは、この場を凌ぐために、一旦は彼女との関係を認めるような発言をしておいた方がいい)

 一瞬で慶太はそう考えた。
 そして自分を勇気づけ、言葉を続けた。
 薫が仕事で悩んでいること、それを自分が支えていること。
 社員は家族だから親身に相談に乗ったこと。
 自分の不利を覆すために、慶太は様々な言葉を尽くした。
 まるで演説の様だ。
 慶太は必死だった。
 殺人犯が敢えて、マスコミのインタビューを受ける。
 それは自分への疑いを逸らすためだと言われている。
 慶太も自然にそうなっていた。
 自らを曝け出すことで、自分は潔白だと訴えたのだ。

「あなたがそんなに期待しているその女性社員の人、一回うちに遊びに来てほしいわね」

 響子は固い笑顔でそう言った。
 希優羅は俯いて黙ったままだった。
 一度崩れかけた家族の結束は再び戻りつつあった。
 だが、それは以前と違う形のものと化していた。
 もう元の形に戻ることは無い。

 希優羅は陽菜を家に送るために、彼女と一緒に人通りの少ない道を歩いていた。
 彼女は綺麗な満月を見ながら思った。

(男なんて大っ嫌い)

 真里菜とまだ疑わしいことをしている父親に対して、嫌悪感を抱いていた。

「ね、希優羅」
「何?」
「さっきは余計なこと言ってごめんね」
「そうだね」

 確かにそう思う。
 だけど、

「あのダメ親父が疑わしいことしてるのが早めに分かったから良かったよ。これでうちも監視体制を強化出来るしね。ありがと」
「そのことなんだけどさ」

 陽菜はおもむろに、カバンからスマホを取り出した。
 希優羅の前にそれを向ける。

「え?」

 そこには慶太と薫がラブホに入って行く写真が映っていた。
 後ろ姿しか映っていないが、見る人が見れば慶太と分かる。

「これって......」
「そう。例の不倫相手とあなたのパパ」

 陽菜の顔はニヤニヤしていた。
 希優羅は陽菜が何か画策してることを悟り、背筋が寒くなった。

「陽菜......」
「何? 希優羅」
「こんなことして、何が楽しいの?」
「さぁ......何が楽しいのかなあ......」

 希優羅の問いをはぐらかした陽菜は、夜の街の中で楽しそうにスキップした。
 希優羅はその人を嘗めた態度に腹が立って来た。

「陽菜! いい加減にして!」

 シンと静まり返った街に、希優羅の叫びが響いた。
 足を止めた陽菜は、ゆっくりと希優羅に振り返りこう言った。

「淳史君とキスしてたでしょ」
「どうしてそれを? それに......あれは無理やり......」
「無理やりとかそう言うの関係ないからっ!」

 希優羅の言葉を陽菜は断ち切り、こう続けた。

「淳史君があなたのこと好きだっていう事実が、私にとってはもう、たまらなく我慢出来ないのっ!」
「だからって、私にどうしろというのよ? 人の気持ちなんて変えられないじゃない」
「変えられるわ......」

 陽菜は、地の底から響いてくるような低い声で言った。

「この写真、あなたの家族の前で晒されたくなかったら、私の言うこと聞いて」

 次の日。
 朝9時。
 夫、娘を送り出した響子は、茶の間でお茶を飲んでいた。
 今日はパートが休みなのだ。

「はぁ......」

 ため息が出る。
 昨晩、陽菜の言ったことと、慶太の弁解を信じていいものか。
 慶太は希優羅が生まれたばかりの頃、同じ会社の真里菜とかいう女と仲が良かった。
 本人は不倫じゃないと弁解していた。
 夫婦とは言え、所詮他人だ。
 その他人が言った言葉を、どこまで信じてよいか悩んだが、幸せな家庭のために許してやった。

(慶太。信じていいよね......)

 響子は気を紛らわそうと洗濯機の前に移動した。
 沢山たまった洗濯物を洗わなければ。

「ふぅ......」

 再びため息が出る。
 洗濯機の蓋の上に両手をついた。
 ゴウンゴウンという振動が、すさんだ心に心地良い。
 結婚する前、慶太がどんな人と付き合っていたか訊いたことがある。
 大学の時、一人だけ恋仲の人がいた、と言っていた。
 どんな人だったのか、どんなところに行ったのか、それらを訊いても、昔のことだからと、笑ってはぐらかされた。
 響子が思うに、彼は真面目で不器用だが、それが人によっては良い方に取られて好かれることが多い。
 あの真里菜も、彼のそんなところに惹かれたのだろう。
 そして、実力が無いのに社長になれたのも、先代の生島社長が彼のそういうところを気に入ってくれたからだろう。
 そして、陽菜が目撃したというあの疑わしい女性社員も......

「さてと」

 別の籠を手に取る。
 そこには慶太の衣類が入っている。
 いつの間にか慶太の洗い物だけが別の籠に入れられるようになった。
 希優羅が「パパと一緒は嫌」と言うようになったからだ。

「ふふふ」

 成長した娘のことを思うと、響子は自然と笑みがこぼれた。
 そして、改めて幸せな家庭を築いていきたいと思った。
 慶太のワイシャツを手に取る。
 昨日着ていたもの。
 慶太は先日、会社に泊まり込んだから、二日間の汗が染みついたものだ。
 広げて洗濯機に入れようとした時、

「あ」

 裾のところに、赤い口紅のキスマークがあった。

「お前、ほんと使い物になんねえな」
「ゴメン。だって陽菜の奴、俺がトイレに行ってる間に逃げやがってさ」

 怒る淳史に、鷹哉が頭を下げた。
 二人は昼休みの校庭の隅で向かい合っていた。

「上手くいかねぇもんだな」

 淳史は仲間を使った計略が上手くいかないことに、腹を立てていた。
 そんな淳史を見かねたのか鷹哉がこう言った。

「淳史よぉ、確かに大沢は可愛いけど、そんなに追っかけるほどのタマか? お前ならもっといい女選び放題だろ?」
「希優羅のこと、タマとか言ってんじゃねぇ!」
「だから、ゴメンって」

 淳史に睨みつけられた鷹哉はビビったのか後ずさりした。

「けど、どういうところがいいんだよ?」
「仕草とか、声とか、そんなもの全部だよ」

 コンピュータよりも早く淳史から答えが返って来た。
 淳史は己の気持ちを噛み締める様に、こう続ける。

「あと、匂いとか、小さい顔とか、髪のツヤとか。名簿に書いてあるあいつの名前見ただけでドキドキするよ......」

 彼は息荒く、顔を真っ赤にしてそう言った。

「おい、淳史。あそこ」

 鷹哉が指差す先に、希優羅がいた。
 セーラー服のスカートの裾を揺らめかせながら、こちらに向かってくる。

「与良君」

 希優羅はよそよそしく、淳史の苗字を呼んだ。

「何だ?」
「話があるの」

 淳史は鷹哉に目をやってこう言った。

「分かった。おい、鷹哉」
「あいよ」

 鷹哉は踵を返し、校舎に向かって行った。

 同じ頃。

「紹介したい人がいます」

 という松岡からの電話を受けた慶太は、彼の常駐先の近くにある星屑珈琲店に向かっていた。
 扉の隙間から香ばしい珈琲の匂いが漂う。
 中に入り、松岡の姿を探す。

「社長、ここです!」

 慶太の存在に気付いたのか、奥の席にいる松岡が立ち上がり手を振る。
 この前の会議の時とは打って変わった満面の笑みだ。
 松岡と向かい合っている人物も立ち上がった。

「はじめまして。GWDテクノロジーズの椛島です」

 黒いスーツの真面目そうな男は、慶太に頭を下げた。
 名刺には

  GWDテクノロジーズ株式会社
  物流システム一部 課長
  椛島 勝昭

 と書かれていた。

「こ、これは、これは......いつもお世話になっています。私、ダイナ情報サービスの大沢です」

 慶太は恐縮し自身も名刺を出した。

「あっ」

 そこで慶太は自分がミスをしたことに気付いた。

「ははは。いいんですよ。大沢社長。松岡さんが乱テックの社員じゃないことは知っていますから」

 椛島課長は目を細めた。

「そ、そうですか」

 慶太は安堵した。
 松岡は乱テック経由でGWDテクノロジーズに派遣されていた。
 つまり、松岡は乱テックの社員としてGWDテクノロジーズに常駐している。
 本来なら、偽装請負がバレてしまうためダイナ情報サービスの名前は出してはいけない。

「松岡さんの活躍ぶりには、PMである私も感心してばかりです」

 椛島課長は松岡をべた褒めした。
 松岡の実力は偽装請負など関係ない。
 そんなレベルで評価されていたのだ。

「私はダイナ情報サービスとしての松岡さんに仕事をお願いしているんです」
「そうですか。ありがとうございます」

 大手SIerのGWDテクノロジーズの課長から社員を褒められて慶太は舞い上がった。

「で、大沢社長。今日は椛島課長の話を聞いてもらいたくて、来てもらいました」
「そうか」

 松岡の言葉に慶太は居ずまいを正した。

「大沢社長。御社は松岡さんの様なデキる方を沢山抱えていると伺っています」
「いえいえ。そんな」
「そんな御社の実力を見込んで、一つ仕事をお願いしたいんですよ」
「はい」

 慶太は胸が高鳴った。

「実はうちが担当しているユーザさんが今度、事業拡張によりシステムの機能追加を行う予定なんです」

 慶太は松岡の方を見た。
 彼は得意げに頷いている。

「そこで御社に一機能丸ごと受け持ってほしいんですよ」
「それって、乱テックさんは間に入るんですか?」
「いえ、もちろん関係ありません。御社と我が社の直取引です」

「始めっ!」

 一斉に三年二組の生徒全員が、裏返されたプリント用紙を表にした。
 イソイソと数式を書き始める生徒もいれば、考え込んだまま固まっている者もいる。
 五時限目は数学のテストだった。

(こんなの楽勝じゃねぇか)

 淳史は問題を見た瞬間そう思った。
 ケンカもスポーツも何もかも出来て女にもモテる彼は、もちろん勉強も得意なクラスのヒーローだった。
 一番後ろの窓際席に座る淳史は、そこから斜め前に座る希優羅の紺色のセーラー服の背中を見て思った。

(そんな俺が、0点を取れだと)

 昼休みの希優羅の話はこうだ。

 希優羅は淳史を見据えてこう言った。

「私のことが本当に好きなら、私の言うこと何でも聞いてよ」

 淳史は頷き、こう応えた。

「何でもやるよ」
「じゃ、五限目の数学のテストで0点取って見せてよ」

つづく

Comment(4)

コメント

桜子さんが一番

なんやろう、なんかグチャグチャっすねw

VBA使い

怒り「に」のあまり、握り締めた拳が震えた。


だが、それは「以前」と違う形のものと化していた。
→「依然」は「相変わらず」というニュアンスの言葉だそうです。


希優羅は「陽菜陽菜」を家に送るために、彼女と一緒に人通りの少ない道を歩いていた。


今までとはまた違った追い詰められですね。
薫と陽菜、狙った相手を我が物にするために手段を選ばない二人の相互作用、怖い怖い

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。

人間関係が複雑になって来ているので、人物相関図が欲しかったら言ってください。

湯二

VBA使いさん。


コメントと校正ありがとうございます。


>今までとはまた違った追い詰められ
毎回技術的なことで追い詰められてるけど、今度は人間関係で追い詰められてます。
好き嫌いが動機っていうのは、皆共通してることなんで、書きやすかったりします。


>手段を選ばない二人の相互作用
追い詰めるのは簡単なんですけど、それをどうやって逃げ切るとか、そういうの書くの難しいですね。
勝負物で、ピンチにするのは簡単だけど、勝たせるのが難しいみたいな。

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