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【小説 人間のクズ】第六話 生贄

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「今日は帰りたくない」

 酒に酔っているのか、顔を真っ赤にした薫が慶太の腕に手を回して来た。
 肘に小さく柔らかい胸が当たる。

「こらこら、人が見てるぞ」

 慶太はたしなめるようにそう言ったが、薫は離れようとしなかった。

 今から4時間前。
 18時。

「不安で仕方がないんです」

 面談を終えた後、ビルの外で一息ついた薫は慶太にそう言った。

「大丈夫だよ。簡単な仕事だって言ってたし」
「仕事の内容じゃないんです」
「僕も今度は毎日様子を見に行くから」

 薫は俯いたまま慶太に視線を合わせない。
 二人は夕暮れの街を駅に向かって、並んで歩いていた。
 彼女の顔には昏い影が差したままだ。

「一体何が不安なんだい?」
「嫌な予感がするんです」
「え?」

 派遣の面談の帰りに、社員からそんなことを言われたのは初めてだった。

「簡単なプログラムすら組めない私が、こんなにスンナリ決まることが理解出来ないんです」

 確かに荒木課長は当初、薫を採用することに難色を示していた。
 だが、慶太のフォローもあってか考えを変えてくれた。
 後は本人が自信を取り戻せるかどうかだ。

「だから大丈夫だって。向こうの考えもあるだろうけど、新人の君でもいいって言ってくれてるんだから」
「けど、納期もタイトで新人の私には......」
「北村さんっ!」

 慶太は薫の前に立ちふさがった。
 薫はビクリとなり、顔を上げた。
 慶太と薫の目が合う。
 薫はプレシャックスでのことをまだ引きずっているのだろう。
 辛いのは分かる。
 だけど、いつまでも一か所に留まっていたら成長は無い。
 ここはあえて心を鬼にし、喝を入れてあげよう。

「皆、始めは新人だった。僕だってそうだった。誰だってそうだったんだよ」

 慶太は強い口調でそう言った。
 そして、こう続けた。

「でも、ずっと新人のままじゃ会社のためにもならないし、何より、北村さんのためにならないだろ? 最初なんだから失敗してもいいんだよ。僕が何とかするから。だから、ね。ちょっと頑張ってみてよ。達成した先には喜びが待ってるはずだから」

 そんな『綺麗ごと』を優しく言いながら、慶太は反吐が出そうだった。
 会社の都合で無垢な新人をたった一人、売りに出す。
 何も知らない新人なんだから不安になって当然だ。
 だけど、零細SIerなんだから仕方がない。

「......分かり......ました」

 薫は小さく頷いた。
 顔を上げ、こう付け足す。

「でも今日は不安で眠れそうもありません。それを払しょくするために一緒にお酒......飲みに行きませんか?」

 薫がしなだれかかってくる。
 慶太の鼻先に彼女のつむじがある。
 柑橘系のシャンプーを使っているのか、ツヤのある黒髪から良い香りがする。

「き......気分が悪いんです......」

 薫は苦し気な声を上げた。

「だ、大丈夫かい!?」
「あそこで休憩させてください」

 指差すその先には、薄ピンク色の壁に覆われたラブホテルがあった。
 薫は目を閉じたまま動かなくなった。

 薫の肩を抱きながらラブホに入って行く慶太の姿を、陽菜は電柱の陰からじっと見ていた。
 思わずスマホのシャッターを押す。
 後ろ姿だけだし暗がりで分かりづらいが、見る人が見れば誰かは分かるだろう。

(サイテーな親父だな)

 陽菜は吐き捨てるように言った。

(希優羅、あんたのパパの秘密、手に入れちゃった)

 薫をベッドに寝かせた慶太は、ソファーにドカッと座りため息をついた。

(まさか彼女を置いて行くわけには、いかないしな......)

 途方に暮れ、壁の一点を見つめる。
 ラブホに入るなんて15、6年ぶりだ。
 響子と付き合っていた頃は、月一回は行っていた。
 慶太の住む部屋は壁が薄くて音が気になるし、響子は自分の家でそういうことをやるのを嫌っていた。
 部屋の内装は自分たち夫婦が恋人時代に通っていた頃と、そんなに変わらない。
 毛玉のついた深緑の絨毯に、茶色と赤のストライプの壁、間接照明でも無いのにぼんやりした灯りを照らす安っぽいシャンデリア、丸いベッド。
 いかにも昭和のラブホという感じだ。
 懐かしさにふけっていると、ウトウトして来た。

「社長......」
「起きたのかね」

 薫がベッドから半身を起こし、こちらを見ている。
 黒いスーツにスカートでベッドの上で斜め座りしているその姿は、どこかなまめかしかった。
 慶太は自分の鼻の下が伸びたかと思うと、不意に視界がグニャリと歪んだ。
 彼は意識を失った。

 薫は慶太のワイシャツのボタンに手を掛けた。
 慶太はピクリとも動かない。
 先ほど居酒屋で薫が仕込んだ睡眠薬入りの酒、それが時間差で今効いている。
 ワイシャツを脱がせる。
 次に、ズボンのベルトを外しファスナーを下ろす。
 トランクス一つの間抜けな姿になった慶太は、それでも呑気にいびきをかいたままだ。
 そんな慶太の様子を見て、薫は思い留まった。

(これじゃ意味がないわ......)

 彼女は一方的に自分の思いをぶつけることに対して虚しさを感じたのだった。
 こういうことは、お互いの気持ちが惹かれ合っていなければ、無意味だった。

(社長が独身になれば、私の方を向いてくれるはず......)

 薫は慶太の顔を眺めながら、そう思った。
 そして、薫は慶太の白いワイシャツの裾のあたりに、唇を押し当てた。
 最後に、メモ用紙を取り出し何か書きつけると部屋を後にした。

 朝6時。
 暗い部屋に一条の光が差し込んでいる。
 カーテンとカーテンの間から漏れた光は、慶太の顔を照らした。

「ん...んん......」

 目を覚ました慶太は半身を起こし、辺りを見渡した。

「ここは......」

 見慣れない天井、感触の違うベッド。
 ここが自宅じゃないことを認識する。

「いてっ!」

 こめかみのあたりがズキリとした。
 昨夜、酒を飲んだのを思い出した。
 と同時に、誰と飲んだのか、誰とこの部屋に居たのかを思い出した。

「あっ!」

 自分の姿を見て驚く。

「北村さん! 北村さん!」

 部屋中歩き回る。
 バスルームをのぞき込んだり、クローゼットをのぞき込んだりしたが、誰もいない。

(僕は彼女と......)

 一線を越えたのだろうか。
 急に家族の顔が思い浮かぶ。
 響子、希優羅......。

(大丈夫さ。何もない)

 自分に言い聞かせた。
 机にあるメモが目に入った。
 そこにはこう書いてあった。


 社長、昨日はありがとうございました。
 社長ったら、普段と違ってあんなに激しいんだもの。
 ビックリしちゃいました。
 また、よろしくお願いしますね。
 薫

 慶太は自宅に行かずそのまま会社に直行した。
 パートで家にいない響子にはLINEで「仕事で朝までかかった」と言い訳を入れて置いた。
 自分の机の前に座りため息をついた。

(弱ったぞ。彼女と、とうとう一線を越えてしまった)

 パソコンを起動する心の余裕すらない。

「どうぞ」

 慶太の横で、温かなお茶が湯気を立てている。
 顔を上げると、総務の紀子が笑顔で「お疲れ様」と労ってくれた。

「あ、ありがとう......」

 お茶を一口啜ると、人心地ついた。

「お仕事、忙しいんですか?」
「んん......。ああ。でも、何で?」
「だって、昨日と同じワイシャツだし、寝ぐせが......」

 紀子は笑みを浮かべながら指摘した。

「あ、ごめんごめん」
「社長も、色々と大変ですね」
「ははは......色々、か......」

 社内には薫がいない。
 今日から派遣先に出勤しているのだ。
 今すぐ、昨日のことで口裏を合わせたかったが仕方がない。

(彼女とは、毎日様子を見に行くという約束をしてある。その時に、しっかり話をすればいいさ)

 慶太はお茶をグイッと飲み干した。

 目黒ソフトウエア工業のプロジェクトルームに着いた薫は、プロジェクトリーダーの荒木課長に連れられて会議室に向かった。

「今日からよろしくお願いいたします」

 荒木課長は頭を下げた。

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 薫も頭を下げる。

「北村さんにやってもらいたいのはデータ移行のお手伝いです」
「はい」
「業務チームが取得した本番データを開発環境に入れてもらいます。本番データを使ってテストをするからです。あっ、本番データを入れる前に開発環境のデータは消してくださいね。そうでないと、プライマリキーエラーでデータが入りませんから。データが入ったら、ログを元に件数の確認とエラーが無いか確認をお願いします」

 荒木課長はまくしたてる様に説明した。
 薫が間に質問を挟むことが出来ないくらいだった。

「ま、その辺の手順はちゃんと文書化されているので、それを見ながらやっていただければ一日で慣れるはずです」

 手順書を渡された。

「じゃ、今からお客さんのところに挨拶に行こうか」
「お客さん......?」
「エンドユーザである大盛食品のところだよ」

 荒木課長はそう言うと、小さな箱を取り出した。

「君の名刺だ」

 箱の中には「目黒ソフトウエア工業 北村 薫」という名刺が20枚ほど入っていた。

「これって......」
「大盛食品さんにとって、君は目黒ソフトウエア工業の社員なんだ。そのつもりで振る舞ってね」

「ほぉ。なかなか初々しい。よろしく頼みますよ」

 禿げ頭に突き出た腹。
 ギョロリとした目、鷲鼻、もっさりした口ひげの中からタラコみたいな唇がのぞく。
 妖怪の様な男が、薫のつむじから爪先までを舐めるように見る。

「朝井部長。彼女は新人で、未経験ですがやる気だけはあります」
「ほっほっほっ。そうかね。やる気あるかね。よろしく」

 情報システム部の朝井部長は、ゴツゴツとした手を差し出して来た。
 薫が躊躇していると、荒木課長が目で合図した。

「よろしくお願いいたします」

 薫はこわごわと手を差し出した。
 慶太の顔を思い浮かべながら。

(社長。私、あなたのために頑張ります)

 妖怪の手を握った。
 妖怪の手は汗でじっとりとしていた。

 夕方、16時。
 いつものように、希優羅と陽菜は帰り道を共にしていた。

「ね、今日さ、希優羅の家に寄っていい?」
「え? いいけど......なんで?」

 陽菜の願いに、希優羅は首を傾げた。
 最近では繁華街で遊ぶのが中心になり、お互いの家に行くことは少なくなった。
 今日、あえて家に行きたいとはどういうことだろう?

「『野獣の森』買ったんだ。希優羅の家、Switchあるでしょ。いっしょにやろう」

 陽菜はそう言うと、カバンから『野獣の森』というSwitch用のゲームを取り出した。

「あ、いいね。私もやりたかったんだ」

 二人で駄弁りながら、Y字路に差し掛かった。
 いつもならここでお別れだが、今日は希優羅の家がある左側に二人して進んだ。

「どうだった? 新しい職場は?」
「はい。プロパーさんも優しいし。仕事にももう慣れました」
「そりゃぁ、よかった」

 慶太は安堵のため息をついた。
 時計の針は夜18時を指していた。
 駅前のコメダワラ珈琲店で、薫と慶太は向かい合っていた。

「で、昨晩のことなんだけどさ」

 慶太は辺りを見回すと、声をひそめて問い掛けた。

「僕、君に何かした?」
「はい」

 薫は笑顔で応えた。
 その笑顔に、慶太はゾッとした。

「社長ったら、ここじゃ言えない様な、恥ずかしいことまで」
「......すまない」

 慶太は謝った。
 無かったことにしてくれ。
 そう言おうとした時、

「私、誰にも言いませんから大丈夫です」
「え?」
「社長と私だけの秘密です」

 薫は囁くようにそう言った。
 慶太は困惑した。
 薫の言葉を素直に受け取っていいものかどうか。
 バレなければ何をしてもいい。
 そう自分に都合よく解釈出来るが......

「北村さん。嘘は必ずバレる。そして、前にも言ったように、君はこんなことをしていたらダメになる。いいかい。僕には妻子がいるんだ。そんな男と隠れて出会ったって君が不幸になるだけだ。いつも言う様に、社員は僕の家族なんだ。その家族である君を悲しませたくない」
「私にあんなことをしておいて、今更、無かったことにしようと言うんですか?」

 意外にも薫の顔には怒気がはらんでいた。
 鋭い目で慶太を睨みつけている。
 仕事のことで泣いたり落ち込んだりする彼女とは大違いだ。
 慶太は目を逸らすように、珈琲を啜る。

 その後は、薫をなだめるのに精いっぱいだった。
 とりあえず考えさせてくれ、そう告げると今日は帰らせてもらった。

「ただいまぁ」
「おかえり」

 クタクタになった慶太を響子が出迎えてくれた。

「なんだ? 騒がしいな」

 茶の間からゲームの電子音や子供たちの歓声が聞こえてくる。

「陽菜ちゃんが来てるの」
「おお、久しぶりだな」

 慶太はスーツのまま茶の間に入った。

「陽菜ちゃん、ご無沙汰だね」
「あ、希優羅のパパ。こんばんわ」
「ゲームかい?」

 テレビには『野獣の森』の動物たちが戦っている様子が映っている。
 象を操作しているのが希優羅で、パンダを操作しているのが陽菜だった。

「希優羅、その鼻攻撃、ずりぃ!」
「うるさいな。陽菜はチートレベルのパンダ使ってんだから、文句言わないの!」
「二人ともケンカしないの。ほら、お紅茶淹れたわよ」

 響子がニコニコ顔で紅茶とケーキを持って来た。
 希優羅と陽菜が歓声を上げる。
 慶太は先程の薫との修羅場を忘れ、この一家団欒に心を和ませていた。
 そして、父としてこの家族を守らなければ、と誓った。

「ね、希優羅のパパ」
「なんだい? 陽菜ちゃん」

 お茶の時間が終わるころ、陽菜が問い掛けて来た。
 いたずらっ子の様な顔で。

「昨日の夜、センター街で綺麗な女の人と歩いてたよね? あれ、誰?」

つづく

Comment(6)

コメント

VBA使い

デジャヴ?と思ったら、以前真里菜とビジネスホテル入って、それを撮影されてましたね。


今さらですが、それを探してる最中に、愛しのマリナ 第二十六話に「希優羅は、お父さんによく似て来たね~。私に似ればモテモテだったのに」を見つけました。
今作の第一話で「希優羅は自分に似ず可愛く育った。」
子供は成長してみないと分からんもんですね。

桜子さんが一番

高校生の娘だからそこそこのオッサンなのにもてるなー。

湯二

VBA使いさん。


コメントありがとうございます。


>デジャヴ?
同じ作者だから同じような展開になる説。


>「希優羅は、お父さんによく似て来たね~。私に似ればモテモテだったのに」
覚えてない。。。
書いた本人が。
一度読み返してみます。
てか、最近というかここ数年、昔読んだ小説を読み直してみて、びっくり。
内容をほとんど覚えておらず、初見の様に新鮮で楽しめました。
ゲームも漫画もそう。
新しい本買わなくていいから、めちゃくちゃコスパがいい!


>今作の第一話で「希優羅は自分に似ず可愛く育った。」
>子供は成長してみないと分からん
だから、前作で書いたことを覚えてないから、こういうこと書くんですよね。。。
でも、育ってみないと分からんですからね( ´∀` )

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


>高校生の娘
きゅらは一応、中学三年生という設定でっせ。


>オッサン
自分も、このおっさん書いてて腹立つときあるから、酷い目に会わせたいです。

桜子さんが一番

失礼しました。中3でしたか。

湯二

桜子さんが一番さん。


>中3でしたか
ちなみに留年はしてません。

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