常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 人間のクズ】第四話 IT業界のピラミッド

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 22時。
 慶太は急いで家に向かう。
 希優羅に何度も電話をするが応答がない。

(変な男にさらわれたんじゃないだろうな......)

 可愛い一人娘に対して不安がこみ上げてくる。
 さっきまで薫に浮気心を抱いていたことなど、すっかり忘れて。
 電車を待ってる時間がもったいないと思い、タクシーを呼び止める。

「東川ニュータウンまで」
「あいよ」

 後部座席にドッカと座ると、酔いと疲れが込み上げて来た。
 出発したばかりのタクシーは、オフィス街と駅を隔てる大通りで信号停車した。
 希優羅に何度もLINEメッセージを送るが返事が無い。
 不安を紛らわせるために車窓から、夜の喧騒を眺める。
 沢山の人々が信号を渡る姿が目に入る。
 その中には駅の方角に向かう薫と松岡がいた。

「くそっ......」

 慶太は唇を噛み締めた。
 怒りと嫉妬心で顔が燃え盛るくらい熱くなる。
 今すぐ飛び出して割って入りたいくらいだ。
 もう希優羅のことなんて頭から吹っ飛んでた。

「あの......」

 ここで下ります。
 衝動的に、そう言おうとした時、スマホが振動した。

「なんだ?」
<あなた......希優羅がっ>
 
 なんだよ。
 薫が遠くなっていく。
 なんなんだよ。
 電話の向こうのお前は、僕の邪魔しやがって。

「万引きで捕まったの」

「もうっ! 不満があるなら言ってちょうだいっ!」

 響子のヒステリックな叫びが、茶の間に響く。
 それに対して、希優羅はセーラー服のリボンをいじりながら無言のままだ。
 何食わぬ顔で、やわらかいソファに小さな尻を乗せている。
 今から30分前、警察に着いた慶太は取調室のような狭い部屋で、泣き叫ぶ妻と俯く娘を目の当たりにしていた。
 目の前が真っ暗になった。
 希優羅をドラッグストアで補導したという婦人警官が慶太にこう言った。

「初めてだし、本人も反省しているようなので」

 盗んだのは安物のマスカラと口紅だった。
 化粧をしたい年頃なのだろうか。
 そんな場違いなことが頭に浮かんだ。
 本人はただ衝動的に欲しくなったと言っているだけで、それがホントかどうか慶太には分からなかった。

「響子、まあいいじゃないか」
「何言ってるのよ。あなたがそうやって仕事ばっかりでこの子の相手をしないから」
「僕が悪いって言うのか!?」

 醜く夫婦で言い争う。

「もうっ! うるさいっ!」

 希優羅の叫び声が窓ガラスを揺らした。
 夫婦は絶句し、我が娘を見た。
 希優羅の大きな目は潤んでいた。
 眉間にしわを寄せ、何か言いたげに慶太を睨みつけている。
 無言で立ち上がると、両親二人を押しのけ茶の間を後にした。

「希優羅っ......」

 響子が泣きながらドタドタとその背中を追いかける。
 慶太はそんな二人の背中を見ながら、家庭の危機を顧みず薫にうつつを抜かしていた自分を恥じた。

 部屋に閉じこもった希優羅の手には、スマホが握り締められていた。
 ディスプレイには大人気漫画『鬼殺しの斧』が表示されている。
 西暦3500年を舞台にしたSF漫画だ。
 ヤングマガデー電子版で連載されている。
 『ギャング・ギャング』で人気を博したジェーン戸越の第二作目だ。
 高度に電脳化した社会に突如現れた鬼を、斧で倒しまくる勇者の話だ。
 これが小中高生の間で大人気で、希優羅も毎週更新されるこの漫画を楽しみにしていた。

「希優羅! 希優羅! 開けてちょうだい!」

 ドア越しに響子の聞こえる。

「うっさい!」

 そう一喝すると、今度はシクシク鳴く声が聞こえて来た。
 一日の間に色んな事が起きて、希優羅の頭はそれを処理出来ずパンクしそうだった。
 こうやって大好きな漫画を読むことで、どうにかなりそうな気持をどうにかしたかった。
 そして、今週分を読み終わると机に向かった。
 何かに突き動かされるかのように、ノートにペンを這わせた。
 衝動的に漫画のネームを一本描き上げた。

 同じ頃。
 駅から少し離れた飲み屋街、通称「ゴールデン・シティ」にあるバー「ネオン花」、そこに薫と松岡はいた。
 二人、カウンター席に向かい、並んで座っている。

「いい店でしょ。暗くて怪しいけど、どこか懐かしい雰囲気があって」
「はい......」
「仕事で疲れた時は、ここで一杯やって帰るんだ」

 松岡はそう言うと、カクテルを一気に煽った。
 キザだなあ。
 社会人3年生では、バーが似合わない。
 背伸びしているように見える。
 薫はそう思った。

「松岡さん」
「ん?」
「なんで社長とあんなに仲が悪いんですか? 同じ会社なんだから仲良くしましょうよ」
「ははは。仲良くとは......学生みたいだね。俺と社長は別にケンカしてるわけじゃないんだ。会社の今後のことで意見を戦わせているだけさ」

 松岡はそう言うと、胸ポケットから煙草を取り出し火を着けた。
 煙が目に染みた薫は、大袈裟に顔をしかめて見せた。

「ごめん、ごめん。煙草嫌いなんだね」

 松岡はちょっと硬くなった笑顔で、煙草を灰皿に押し付けて消す。

「俺は会社を良くしたいだけなんだよ。派遣だけでやってる今のまんまじゃスキルもノウハウも会社に蓄積されないからね」
「そうなんですか?」
「君は新人だからまだ良く分からないかもしれない。だから教えておくよ。このIT業界はピラミッド構造なんだ」

 松岡はメモ帳を取り出した。

「まず一番上の大手メーカーや大手SIerが顧客から仕事を請け負う」

 図を描きながら説明する。

「元請けは、受注した仕事を細切れにして自分たちの子会社に発注する」

 いわゆる一次請けというやつだ。
 そう言いながら、図を描いて行く。

「そして、一次請けは孫、ひ孫に仕事をばら撒く。俺たち零細SIerは派遣や偽装請負という形でその仕事を、つまり歯車の一つを受け持つ」

 紙に元請けを頂点とするピラミッドが描かれていた。

「もちろん、貰える金も上の方は高い。従って、下の方に行くほどピンハネされて低い。身に着くスキルもね」

 松岡はメモ帳に目を落としたまま、うんざりしたようにそう言い、薫に向き直った。

「薫ちゃんも初めての派遣で思っただろ? 自分が一体、システムのどこの部分を作っているんだろうって。そんなつまらない事をずっと続けてたんじゃ自身のスキルアップにならないし、会社も大きくならない。ひいては僕らの生活も豊かにならないんだよ」
「つまらない事?」

 自分の気を惹くために得意げに語っている。
 そんな松岡を、薫は冷めた目で見ていた。

「松岡さん」
「何だい?」
「さっき、つまらない事って言ってましたけど、仕事につまらない......なんて無いんじゃないでしょうか?」

 思わぬ薫の反応に松岡は少々驚いた表情をした。
 薫は続けた。

「まだ一ヶ月ちょっとしか働いていない私が言うのもなんですけど、設計してるから偉いとか、簡単な単体テストしかしてないから偉くないとか、おかしいと思うんです。全てが重なり合ってのシステムだから上も下も無いと思います」
「まっ、そだね......」

 気まずくなったのか、松岡はグラスに口をつけた。

「......って、今のは大沢社長の受け売りなんですけどね」

 薫は場を和ますためにおどけて見せた。

「けっ、あの偽善社長らしいや」

 松岡は吐き捨てるように言った。
 そして、

「けどね、薫ちゃん。大沢社長の言っていることは、俺たちに下の仕事ばかりさせるための綺麗ごとさ。そんなんじゃ俺たちの将来は先細るよ。だから、上を目指さなきゃならない。そのための第一歩が派遣からの脱却なんだ!」

 酔った目で所信表明演説した。

「そんなに嫌なら、うちを辞めて大手に行けばいいじゃないですか?」

 薫の言葉に、松岡は黙りこくった。
 次に言う言葉を考えているようだ。

「そうさ。俺も人生が上手くいってりゃこんな会社に入ってないよ」

 松岡は右肩をさすりながらそう言った。

「いつでも辞めてやる。ずっとそう思ってたけど......」
 
 松岡は馴れ馴れしく薫の手に自身の手を重ねて来た。

「君が入る前まではね」
「松岡さん」
「ん?」
「ごめんなさい。私......」

 好きな人がいます。

 次の日。

「陽菜が万引きしろなんて言うから、私、警察にパクられたんだからね」
「ごめんごめん。でも、これで希優羅がやっぱり私の心の友だって理解出来たよ」

 昼休みの誰もいない屋上。
 真っ青な空の下、二人は笑顔だった。

「でも、友情の印に万引きして来いなんて、やっぱ異常だよ」

 昨日の夕方、陽菜と希優羅は二人で一緒にいつものように帰宅していた。
 いつもなら他愛もないことを駄弁り、夕暮れに照らされながら同じ道を歩いてた。
 けど、昨日は違った。
 淳史のことで、二人はギクシャクしてた。

「ごめんね」
「希優羅が謝ることないよ」
「けど......」
「そりゃあ、希優羅の方が可愛いからそっち行くよね。どう? イケメンの秀才にもてていい気分でしょ?」

 陽菜は笑顔だった。
 だけど、その笑顔は嫌味な雰囲気に覆われていた。
 あんたなんかいなけりゃいいのに。
 そんな言葉が飛び出してきそうで、希優羅は怖かった。

「陽菜......」
「ほんっと、むかつく。あんた、私が助けてあげたこと忘れてないよね?」

 中一の時のことだ。
 希優羅は自分の特異な名前「希優羅」のことで、いじめられた。
 希優羅なんてキラキラネームをつけた両親を恨んだ。
 それを助けてくれたのが陽菜だった。
 陽菜はその頃から、ちょっとやんちゃだったからクラスでも一目置かれていたのだ。

「うん。覚えてるよ。ありがとう」
「だったら......」

 そのせいで、陽菜は希優羅に何かと恩着せがましい。

「分かってる。分かってるよ。淳史君が言い寄って来ても冷たくする」
「でも、淳史君、カッコいいからなあ。希優羅のこと信じられないな」
「じゃ、どうしたらいいのよ?」

 訴える希優羅に、陽菜は要求する。

「友情の印。見せてよ」
「え?」

 陽菜の指さす先にはドラッグストアがあった。

「これで私のこと信じてくれるでしょ?」
「希優羅の私への思いがよく分かったよ」

 陽菜は大きく頷いた。
 希優羅はホッとした。
 希優羅にとって親友は彼女だけなのだ。

「今度は私を置いて逃げないでね」

「ちょっと銀行行ってきます」

 総務の山本紀子が席を立った。
 45歳の彼女は、先代の生島社長時代からのメンバーだ。
 ダイナ情報サービスの創業当時を知っていて、社歴が一番長い。
 慶太も会社がらみで悩みがあると、彼女に尋ねる事が多い。

「ふー」

 取引先にメールを返し終わった慶太は、大きく息をついた。
 社内を見渡す。
 と言っても、八畳ほどの事務所は慶太の机と紀子の机と予備の机、それと応接セットがあるのみだ。
 その予備の机に向かっているのは薫だった。

「お疲れ様です。お茶でも用意しましょうか」
「えっ、いや大丈夫だよ。君はエンジニアなんだから、勉強してなさい」

 慶太は席を立ちかけた薫を制した。
 薫は派遣先からひどい扱いを受けていた。
 慶太はそこを無理やり抜けさせた。
 そこまでは良かったが、仕事が無くなった彼女は次の仕事が決まるまで社内待機を余儀なくされた。
 慶太としては、社員一人分の稼働が減ったことで、会社の売り上げが減るのは痛手だが仕方ない。
 そう割り切ったことで、彼女にはJavaやOracleなどの技術書を買い与え自学習させていた。

「はかどってる?」

 慶太は薫の机の上にそっと缶コーヒーを置いた。

「ありがとうございます」
「分からないところ、ある?」
「そうですね、SQLがやっぱり難しいです」

 そう言いながらパソコンの画面を交互に指差した。
 彼女に使わせているパソコンには教育用にOracleをインストールしていた。
 画面にはSQLの実行結果が表示されている。
 どうやら、思った通りの結果が得られず悩んでいるようだ。
 
「年ごとの集計結果を求めたいなら、年をGROUP BY項目に入れるといいよ」

 慶太はキーボードを叩き実演して見せた。

「わぁ。すごい」

 結果に驚く薫。

「並べ替えるともっと分かり易いよ」

 慶太は得意になり、データをあれこれ加工し表示して見せた。
 その度に薫はいちいち驚いて見せた。

「社長。データベースに詳しいんですね」
「ああ、先輩が詳しかったからね」
「へぇ」
「あっ」

 慶太の肘が、薫の小さな胸に当たった。
 白いブラウス越しでも、暖かで柔らかいのが分かる。

(そう言えば、ここには二人しかいないんだよな)

 社内に邪魔者はいない。
 社員全員、派遣常駐先で仕事を頑張っているはずだ。
 そう思うと、慶太は自己嫌悪に陥った。
 一瞬でも不埒なことを考えた自分に。

「社長......」
「さ、外回り行ってくるかな」

 そう踵を返した時、腕が引っ張られるのを感じた。
 薫が俯いたまま慶太のワイシャツの袖をつかんでいる。

「北村さん......」
「私、社長のことが」

 好き。
 その言葉が聞こえたと同時に、扉が開いた。

「私ったら、肝心の通帳忘れちゃって」

 額に汗をかきながら紀子が入って来た。
 慶太と薫は顔を真っ赤にしたまま背を向け合っている。
 その様子を、紀子は一瞬不審げに見た。
 が、何事も無かったかのように手提げ袋片手に出て行った。

「北村さん。ダメだよ。僕には妻子がいる」
「いいんです。構いません」
「え?」
「バレないようにやればいいんです」

つづく

Comment(6)

コメント

桜子さんが一番

この物語に桜子さんいたら、ほとんどの人はビンタされるでしょうねw

VBA使い

由紀乃や礼奈みたいなのがまた出てきた


さっきまで薫に浮気心を抱いていたことなど、すっかり忘れて。
もう希優羅のことなんて頭から吹っ飛んでた。
→CPU並のタスク切り替えの速さですね


派遣だけでやってる今のまんま「じゃと」
→この方言からすると、松岡は雄一の住む地方都市あたりの出身かなw

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


>桜子さんいたら
登場を望んでますね。


>ビンタ
出てくる人たち全員クズですからね。

湯二

VBA使いさん。


コメントありがとうございます。


>また出てきた
同じ作者が書く作品だと、似たような人物が出てくる説。


>CPU並のタスク
主人公は浮気性の男だから。
その辺の切り替えが早い早い。


>「じゃと」
あっ、これ間違いですね。
と、がいらない。
別に地方出身じゃないです。
一応、皆、大都会のシティーボーイとシティーガールのトレンディードラマです。

VBA使い

「じゃと」
→多分ミスじゃないかと思いつつ、前作で地図を載せてくれたからそれに絡めてツッ込んでみました(笑)

湯二

VBA使いさん。


次は世界地図も載せてみます。

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