常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 人間のクズ】第二話 社員は僕の家族

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「もしもし、北村さん」
<はい......>
「昨日今日と無断で休んだそうじゃないか。どうしたんだい?」

 慶太は不安からくる苛立ちを抑えながら、薫に問い掛けた。

<......すいません>

 彼女の心の苦しさが電話越しに伝わってくる。

「今、家にいるのかい? 今から会社近くの喫茶店に行くから。そこで会おう。プレシャックスさんのところに一緒に謝りに行こうよ」

 努めて優しい口調で語り掛けた。

<はい......>

(まったく、この忙しい時に......)

 コメダワラ珈琲店の窓際席で、薫を待ちながら慶太は先方にどう謝ろうか考えていた。

「すいません、いきなり」

 珈琲を啜る慶太の目の前に、黒いスーツの薫が現れた。
 22歳の彼女の顔は、大きな目と、上向き加減の鼻、桜の花びらを重ね合わせたような小さな唇で構成されていた。

「あ......ああ......。とりあえず何か飲むかね?」

 慶太は彼女の美しさに思わず、声が上ずってしまった。
 白いブラウスに膝までのタイトスカート。
 ストレートの黒髪を後ろで結んでいるのが、新入社員らしく初々しい。

「い、いえ......そんな」
「いいから。おーい!」

 困惑する彼女に笑顔を向けた後、慶太はウエイターを呼び珈琲を頼んだ。

「一体どうしたんだい?」

 優しい口調で問う。

「......すいません」

 彼女は唇を噛み締め俯いたままだ。

「数カ月前まで大学生で社会に出た途端、いきなり自社とは異なる会社に一人派遣されたら、そりゃ大変だし不安になるよね」
「......はい」
「確か山田さんが来月から空く予定だったな。よし、プレシャックスさんにお願いして山田さんも来月からプロジェクトに入れさせてもらおう。君も先輩社員が同じ職場なら心強いだろ?」

 満足に研修も受けさせていない新卒の薫にとって、一人で客先常駐は荷が重かったのだ。
 慶太はそう思った。

「そうじゃないんです」
「え?」
「別に一人だからとかじゃなくって、その......」
「何だい? 言いにくいことかい? 気にしないで言ってくれよ」

 昨晩、彼女が送った何も書かれていないメールのことを思い出した。
 何か伝えようとし、だけど迷惑が掛かると思って何度もためらった挙句、白紙で送信したのだろう。
 慶太はそんな彼女をいじらしく思った。

「北村さん」

 慶太は姿勢を正した。
 そんな慶太の態度が薫に伝わったのだろう。
 彼女は顔を上げ、慶太の瞳を見据えた。
 慶太は真顔でこう言った。

「僕は社員のことを自分の家族だと思っている」

 その言葉は重みを含んでいた。

「だから、困ったことは何でも言ってくれ」

 慶太の言葉が心を打ったのか、薫はおもむろに口を開き始めた。

「困るんですよ。こういうことがあってはっ!」
「すいません。今後、このようなことが無いように指導させていただきます」

 慶太は頭を下げるばかりだった。
 目の前にいる男は、そんな彼に怒声を浴びせた。
 プレシャックスの事務所。
 そこの会議室で慶太と薫は、先方の担当者であるプロジェクトマネージャーの柴田課長と向かい合っていた。
 白髪頭で伸び放題の髪をいじりながら、しきりにブツブツ愚痴っている。
 黒ぶち眼鏡のグラスにはフケが付いている。
 ヨレヨレのワイシャツを着込んだ細い体は、いかにもプロジェクトの過酷さを物語っていた。
 苛立ちからか薫を指差し、罵倒し始めた。

「それに、君の仕事は遅いし......それに......」
「ちょっと待ってください。柴田さん」
「あ?」
「北村は柴田さんから仕事の指示を適切にもらえないから、何をしていいか分からず、そのせいで手戻りも多いと言っています。進捗が悪いのはそのせいだと言っています」
「私が悪いと言うのか?」
「いえ......そういう訳ではありません。彼女は新人なので指示の受け方や質問の仕方が至らなかった面もあると思います。その点はこちらでも指導していくつもりです。ただ、柴田さんの方もこちらの事情を考慮していただけるとありがたいのですが......」

 慶太は一生懸命笑顔を作り、誠意を示した。
 要は、薫は人間関係で悩んでいたのだ。
 よくあることだ。
 人によって合う合わないはある。
 彼女の様な人生経験がまだ足りない若手は、対処の仕方が分からない。
 ここは自分の出番だ。
 慶太はそう思い、この謝罪の場で関係回復を図ろうとしていた。

「何でこっちが、派遣の面倒まで見ないといけないんですか? 自社の社員でもないのに?」
「え?」

 態度が変わらない柴田課長に、慶太はたじろいた。

「うちらはプロジェクトに見合ったスキルを提供して欲しいだけなんですよ。なんでお宅らの事情を考慮して仕事しないといけないんですか?」
「それは......」

 慶太は頭に血が昇るのを感じた。
 膝に乗せた両の拳を握り締め、怒りを堪えた。

「ぐす......ぐす......」

 隣を見ると、薫が俯いている。
 涙が頬を伝い、彼女の膝の上に落ちていく。

(ごめんな......北村。こんな現場に一人送り込んで......)

「柴田さん」
「ん?」
「あんた人の心は無いんか?」
「はぁ?」
「一緒に働くメンバーに派遣も社員も関係ないでしょうがっ! 助け合ってプロジェクトを完了させる。それがエンジニアってもんでしょっ!」

 慶太の声が会議室に響き渡る。
 薫は「ハッ」とした様子で顔を上げた。
 目が合う。
 彼女は小さく笑顔を作った。

「足手まといになる人間なら、派遣も社員も関係ない」

 柴田課長はそう返した。
 慶太は立ち上がった。

「北村さん、帰ろう」

 帰りのバスの中は、重苦しい空気に包まれていた。
 慶太と薫は一番後ろの席で隣り合っていた。

「社長、すいません。私のせいで......」
「いいんだよ。僕も頭に来たし。それに......あんなところとは今後、仕事したくない」

 とは言いつつも、取引先をケンカ別れで失ったのは痛い。
 それに加えて、違約金の支払いや、入ってくるはずだった薫の単金がパーになった。
 一番きついのは、次の仕事が決まるまで彼女は遊び人状態になったということだ。
 それはつまり、彼女の分の売上が無い。
 人件費だけを浪費していく状態を意味していた。
 ダイナ情報サービスの様な独立系の零細IT企業で、一人分の売上が立たないことは経営問題に直結する。

(請負仕事の一つでもあれば......)

 人売りだけじゃ立ち行かなくなるのはこういう時だ。
 大手じゃなくてもいい。
 どこかの企業のパートナーになって継続的な請負仕事があれば、自社内で社員を抱えることも出来る。
 だが、ダイナ情報サービスじゃ無理だ。
 今の社員のスキル、会社の社会的地位、何より請負のノウハウがない。
 その他諸々を考慮すると、まだ先の事のように思えた。

(確か、生島社長が貯めておいてくれた社内留保が少しあったな。あれで何とか......)

「社長」
「ん?」
「私......何だか、気分が悪くて。その......」
「あっ、ああ。あんな嫌なことがあったあとだもんね。今日はもう帰っていいよ。あと、次の仕事が決まるまで休んでていいよ」

 ギュッ!

「え?」

 薫は慶太の手を掴んだ。
 彼女の体温が伝わる。

「何だか熱っぽくて、一人で歩けそうにありません。肩を貸していただけませんか? 私の家まで......」

 彼女の瞳は潤んでいて、頬に朱が差していた。
 その儚げな様子に、慶太は胸の鼓動が早鐘のように鳴るのを感じた。

「し......仕方ないな......」

 入り組んだ路地奥にある、クリーム色の壁をした『コーポ萌々』が薫の住まいだった。
 105号室。
 慶太は彼女の背中をさすりながら、周囲の目を気にしつつ彼女を扉の前まで送り届けた。

「じゃ、これで......」
「待って!」

 袖を引っ張られた慶太は振り返った。

「お茶でもしてってください」

 その時、どこか初夏を思わせる風が二人の間を通り過ぎた。
 夏の緑の匂いがする。

「で、でも、もう行かなきゃ」

 腕時計を見た。
 二時間先まで特に予定無し。

「お礼がしたいんです」

 入ってすぐの廊下沿いに洗濯機、キッチン、ユニットバスが並ぶ。
 そこを素通りすると、

(サッパリした部屋だな)

 白い壁に覆われた1LDK。
 ベッドと14型テレビ、ちゃぶ台の上にパソコン。
 突き当りにベランダ。
 そこからカーテン越しに白い光が差している。

「珈琲です」

 ちゃぶ台の上にマグカップが置かれる。

「あ、ありがと」

 慶太はドギマギしていた。
 43歳にもなって、22歳の女の部屋に上がり込み、彼女の使っているマグカップで珈琲を飲むという僥倖に。
 彼には妻子もいる。
 だから、後ろめたい気持ちも多少ある。

(今、彼女は不安定な状態だ。少しくらい一緒にいてあげるのが社長の仕事ってもんだろ)

 と、正当化することで揺れる気持ちを保った。

「もう、体調はいいのかい?」
「はい。社長に背中を撫でてもらったら良くなりました」
「そ、そうかい......」

 手の平にまだ彼女の滑らかな背中の感触が残っている。

「柴田さんと言い合っている社長の姿、とてもカッコよかった」
「ありがとう」
「この人に一生ついて行こうって思いました」
「え?」
「やだ。何勘違いしてるんですか! 仕事でって意味ですよ」

 薫は笑いながら、慶太の肩をパシッと叩いた。

「でも、私、仕事で大きな穴をあけちゃいましたね。迷惑かけちゃった」

 明るく笑ったと思ったら、昏く伏し目がちになる。
 その落差が、慶太の男心をくすぐるのだった。
 
「北村さん、何度も言ってるじゃないか。社員は家族だって」
「はい」
「家族の悩み事は僕の悩み事でもあるんだ。同じように喜びもね。だから、気にしないで」
「はい」

 顔を上げた薫は笑顔だった。
 そして、涙が浮かんでいた。
 
「私、社長の会社に入れて本当に良かった」
「光栄だね」
「そして、今の言葉......。今日、私を守ってくれたこと。私、もしかしたら社長のこと......」

 慶太はゴクリと唾を飲み込んだ。

「す......」

ブルルル

 胸ポケットのスマホがけたたましく振動した。

(くっ......)

 慶太は安心と落胆を同時に味わった。
 安心とは、家族を裏切らずに済んだこと。
 落胆とは、薫と一線を越えてしまうこと。
 ディスプレイには『浅倉』と表示されている。

(恩に着るぜ、浅倉)

 そう皮肉ともつかない思いを胸に電話に出る。

 昼休み。
 大都会西中学校にて。

「でさー、あの後、北中のやつらからナンパされてさー」
「ふぅん。で、陽菜は付いてってたの?」
「ううん。カッコいいやついなかったから帰った」
「へぇ」

 希優羅はいつものように友達の遠藤陽菜と、校庭のベンチで駄弁っていた。
 陽菜はちょっと派手な女の子で、肩までの髪を教師にバレない程度に薄く茶色に染めている。
 目鼻立ちの整った可愛い顔だが、自身は頬にあるソバカスを気にしている。

「あっ、淳史君だ。カッコいい!」

 陽菜が指差す先には、長身でスラリとしたイケメンがいた。
 与良淳史、クラスで勉強もスポーツも出来る人気者だ。
 ワイシャツの袖をまくり、男子数人とバスケをしている。
 黒い前髪をジェルで固めて立てている様が男らしい。

「おらよっ!」

 淳史がダンクシュートを決めた。

「きゃっ! まじ。やばい」

 陽菜が目をキラキラさせながら希優羅のセーラー服の袖を引っ張る。
 希優羅は彼女の瞳を見た。
 瞳孔が開ききっている。

(惚れてるな)

 そう思った。

「危ない!」

 そんな叫び声を耳にした。
 と同時に、希優羅は肩に衝撃を受けた。
 足元にバスケットボールが転がる。

「ごめん、ごめん」

 顔を上げると、白い歯をのぞかせた淳史がいた。

「ちょっと、希優羅じゃなくて私にぶつけてくれればいいのに!」

 陽菜が淳史をからかうように言う。

「何だよ、お前。ボールぶつけて欲しいとかMかよ」
「だって怪我したら、与良君に保健室連れて行ってもらえるもん」

(あほか......)

 希優羅は二人のやり取りを冷めた目で見ていた。

「大沢、大丈夫か?」

 淳史が希優羅の肩に触れようとする。
 それを払いのけた。

「うん。大丈夫」
「ごめんな......」

 希優羅の冷たい態度に気圧されたのか、淳史は男子の元に戻って行った。

「ちょっと、希優羅。せっかく淳史君と話せるキッカケだったのに」
「別に興味ないし」
「そうなんだ......」

 同じ年頃の男なんてガキっぽくて興味がない。
 希優羅はそう思っていた。

「やった! クラス一の美少女の希優羅が淳史君に興味ないなら、私にもチャンスあるわ。絶対!」

 陽菜は拳を握り締め、希望の声を張り上げた。

 慶太は家に着くなり、疲れがどっと出た。

「はぁ~疲れた」

 ため息とともにそんな言葉を漏らした。
 時計の針は22時を指していた。

「どうしたの?」

 妻の響子が問い掛ける。

「どうしたもこうしたも、昼間、急に浅倉の現場に呼ばれて大変だったんだよ」
「お疲れ様」
「あいつが担当してるデータベースがハングしてさ、それの復旧に手伝わされたんだ」
「あなたがなんで?」

 響子の顔には「技術者でもない社長のあなたが何故、今更、現場の障害対応をしているの」という不思議な思いが張り付いていた。

「いや、俺、データベース少し知ってるからさ」
「そうだった?」
「うん。昔一緒に仕事してた先輩がスペシャリストで......」

 そう言い掛けて、やめた。

「ま、うちみたいな零細は社長も現場で仕事するもんなの!」

 思わず真里菜のことを響子の前で言いそうになったからだ。
 あれはもう過去のことだ。
 蒸し返したくない。
 それに彼女とは何もなかった。

「兎に角、サポートと連携して何とか解決出来たよ。ところで、希優羅は?」
「茶の間にいる」
「まったく、中三の癖に夜更かしって訳かい」

 希優羅は、茶の間でテレビを観ながらスマホをいじっていた。
 別にそんなに楽しくもない単調なパズルゲームを無課金で遊ぶ。
 その理由は、SNSが疲れるからだ。
 一応、クラスの仲良し同士でLINEグループを作っているが、返事をするのが面倒くさい。
 だからゲームをして、既読スルーならぬ未読スルーを決め込む。

「夜遅くまで起きてると、お肌に悪いぞぉ」

 スーツ姿の父親がおどけたようにそう言う。
 今日はいつもと違って、やたら口数が多い。
 訊いてもない無い仕事の事や社員のことまでべらべらしゃべる。
 まるで訊かれたくないことを隠すかのように。
 希優羅は、昨日の引っ越しの時に見つけた漫画と真里菜という女からの手紙。
 そのことを訊きたい。
 きっと、父がオドオドしているのは、その手紙が無いからかもしれない。

「パパ......」
「何だ?」
「何か、隠してない?」

つづく

Comment(4)

コメント

VBA使い

一人分の売上が「立」たないことは


経験のある山田さんに交代するって言えば良かったのに。


「何だか熱っぽくて」
→コロナや!

桜子さんが一番

慶太って、ある意味ポンコツなんじゃないかと思うw
しかしコイツモテルなー、腹立ってきたわw

湯二

VBA使いさん。

コメント、校正ありがとうございます。


>経験のある山田さんに交代
人の采配もろくに出来ない社長です。


>コロナ
話が別の方向に進みそうで、コロナにしたくない。。

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


>ポンコツ
言ってることがきれいごとばかりで、中身ないですからね。


>モテル
そいういきれいごというやつが、意外にもてたりするんですよね。

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