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【小説 しょっぱいマネージャー】第四十五話  桜のかんざし

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 桜子はタクシーに飛び乗った。

「腐海埠頭まで」

 そこは職場から30分ほどの距離にある。
 金子が事故に見せかけて沈められた場所だ。

<誰か連れて来たのが分かったら、人質は殺すからな>

 松永は場所とその言葉だけを伝え電話を切った。
 タクシーの後部座席で桜子は気持ちを落ち着かせるために、考えを巡らせた。

(松永と田原に一体何の繋がりがあるのか? 私が松永を追い出した後に田原を雇い入れたから二人に面識は無いはず......。それにしてもあのウイルスメールは一体......?)

 窓の外を眺めた。
 8月も終わりだというのに、依然として白く照り返される街並みは真夏そのものだった。
 黒髪に突き刺したかんざしが、窓から漏れる光を反射し煌めいた。


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 桜子は腐海埠頭の手前でタクシーを降りた。
 人の気配が無い。
 平日の午前中という時間帯だからなのか、元々人が通らない場所なのかは分からない。
 だた一つ言えることは、人がいない方が、松永にとっては好都合なのだということだ。
 海に面する様に倉庫が立ち並ぶ。
 その中の指定された一つ、そこに松永がいる。


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 桜子の目の前には、ロープでグルグル巻きに縛られ猿ぐつわをされた田原が地面に寝転がされていた。
 その右横に立っているのは松永だった。
 最後に見た時と変わらない。
 サテン地のテカテカした黒いスーツに群青色のYシャツを着こんでいた。
 髪の毛先にちょっと掛かったパーマ。
 違うのは右手にピストルを持っているということだ。
 銃口の先は田原の後頭部に向けられていた。

「本当に一人で来たか」
「もちろん」
「感心、感心」

 桜子をからかう様に笑った。

「約束守ったんだから、田原さんを返してちょうだい。今日、移行作業で彼の力が必要なのよ」

 桜子は『移行作業』という言葉と、この場のシチュエーションとの間に大きな落差を感じた。
 どちらも常識的に相容れないものだ。

「タダで返すわけにはいかんな。お前は俺に償いをしなきゃならない」
「償い? 何言ってんの? あんたは退職代行というエサで沢山の人を騙し搾取し続けて来た。償うのはあんたの方でしょ?」

 桜子は思った。
 ピストルをどうにかして取り上げなければならない。
 こうして話している間に気を逸らせ、隙を作ることが出来れば......

「騙したとは心外だなあ」

 視線は桜子に向けたまま、松永は田原の腹を爪先で蹴り上げた。
 芋虫みたいになった田原はたまらず息を詰まらせ転げ回る。

「藤澤も俺のことをありがたがっていた。『あんなヒドイ上司から逃げ出せた』って。あいつはあのまま辞めずにいたらおかしくなってたんじゃないかな」

 ニヤニヤ笑いながら、田原の顔面を踏みつける。
 苦悶の顔が土にまみれる。

「やめなさい!」

 桜子の言葉を無視するように、靴の表面で田原の顔をグリグリ踏みつける。
 パキッと、彼のメガネが割れた。

「あと酒井な。あいつは前の会社を辞めるに辞めれなかったんだ。パワハラ上司があいつのノルマが終わるまで辞めさせなかったからな。あいつは自殺まで考えてたんだぜ。まさに公園で首吊ろうとしてた時、それを偶然見つけて止めたのが俺よ。あいつは俺の代行サービスで退職出来た時、涙を流しながら俺に礼を言ったもんだぜ」

 あの酒井と松永にそんな話があったとは驚きだった。
 松永は桜子に向き直り、両手を広げこう言った。

「俺は沢山の人間を救って来たんだよ! 礼こそ言われ非難され追い落とされる言われはないはずだ!」

 天井高く、だだっ広い倉庫に声が響いた。

「......そんなのただの詭弁よ」
「あ?」
「あなたは人を救ってなんかいない。ただ人の弱い心につけ込んで骨の髄までしゃぶりつくしただけよ」
「何とでも言え! 人のビジネスを邪魔しくさって!」
「ビジネスっていうより、しのぎってやつでしょ?」

 桜子は嘲るように笑った。
 それに怒りを持ったのか、松永は桜子をじっと見据えた。

「おお、そうだよ。この退職代行と転職大回転は立派な組織のしのぎだよ。今時、武闘でのし上がろうなんざ無理な時代なんだよ。これからは経済さ。だから、株、FX、博打、カジノ、風俗、人材斡旋、そして次の大きな柱として代行ビジネスを成長させるつもりだったんだ。お前さえいなければ上手くいってたんだよ。お前さえいなければ......お陰で俺の組織での立場はなぁ......」

 松永が苛立ちを抑えきれないといった様子で、田原を爪先でキックしまくった。
 痩せた体でふらつきながら蹴る様は、いつかドラマで見た『とんぼ』のヤクザを思わせた。
 桜子は得体の知れないもの悲しさを感じた。
 腹を蹴り上げた慣性で、松永は後方によたついた。
 そのせいで、桜子との距離が1メートルに縮まった。

(今なら!)

 ピストルを取り上げようと身構えた時、松永がにやりと笑った。
 それはまるで静止画の様に、桜子の瞳に映り込んだ。
 その瞬間、後頭部に衝撃が走った。


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 目を覚ますと、白い天井があった。
 まだぼんやりしている。
 自分が仰向けに寝かされていることに気付く。
 声を上げようとしたが、何かを噛まされていて呻き声しか出ない。
 身体を縛られ、猿ぐつわをされているからだった。
 辺りを見渡すと、そこは窓の無い無機質な白い部屋の中だった。

「ぐ......っ。ぐぅ......」

 呻き声に気付き、首を後ろに向けると
 ボロ雑巾の様になった田原が縛られたまま横たわっていた。

「くっ......」

 後頭部にズキンと痛みが走り、朧気だった意識が戻って行く。

(そうか、松永の仲間に後ろから襲われて......それで)

 胸ポケットに入れたスマホが無くなっている。
 外部と連絡を取らせないために奪ったのだろう。
 恐らく破壊された可能性もある。
 桜子は助けを呼ぶ術もなくなり途方に暮れた。

(ヤバい......)

 ふと、恐ろしさが身体の中を駆け巡った。
 聞いたこともないはずの、海に沈められた金子の断末魔が耳の奥からこだまする。
 桜子は目を閉じ、じっと恐怖に耐えた。

「安田さん......」

 田原の声がした。
 驚いて後ろを向くと、顔が腫れ鼻の曲がった田原が口を開いている。

「ボコボコに蹴られたせいで猿ぐつわが緩んで取れました」

 そう言う彼の顎の下には白い手ぬぐい状の物が垂れ下がっていた。

「すいません......。私のせいで」

 桜子の背中に語り掛ける。
 だが、彼の口が聞けたからといって、絶望的な状況であることには変わりなかった。
 泥臭くてもいい。
 もがいて、この戒めを解きたい。
 腕に力を入れ縄を引きちぎろうとするが、体に食い込むほど深く強く縛られているのでビクともしない。
 何も変わらないことに怒りを感じ、首を振った時、

シャリン

 と、金属の擦れ合う音がした。

(有馬君!)

 ふと、弟子の顔が浮かぶ。
 桜子は田原に背中を向けたまま、半身を床に摺らせながら近づいて行った。
 桜子は自分の後頭部、そこに刺さったかんざしを田原の口元に触れさせた。

「わ、分かりました......」

 田原は桜のかんざしを口にくわえ、桜子の髪から引き抜いた。
 と同時に、結んでいた黒髪がはらりと床に落ちた。
 かんざしを口にくわえたまま、桜子の胴体に擦り寄った。
 胴体に巻き付いた縄にかんざしをあてがう。
 田原は首を上下させ口にくわえたかんざしを、のこぎりの要領で上下させる。
 縄がパラりとほどけた。

「有馬君、ありがと」

 かんざしを手にした桜子はそう呟いた。

「大丈夫ですか?」

 戒めを解かれた田原が問い掛ける。

「うん......」

 まだ縄が食い込んでいた二の腕が痛い。
 身体は自由になったがここからどうやって逃げ出せばいいのか。

「田原さん、色々訊いていい?」
「はい。私も言うべきことが沢山あります」
「あなたと松永はどういう関係なの?」
「松永と私は昨日会ったばかりです。前川という共通の知人を通して」
「前川って誰? ヤクザ?」
「いえ。エンジニアです」
「エンジニアとヤクザが知り合い?」

 桜子は首を傾げた。

「前川は私が前いたプロジェクトのPMです。彼女は仕事が出来る人間で副業で様々な企業のシステムにも携わっていました。その中の一つが松永の組織と繋がりがある会社のものでした」

 反社のシステムを構築していたことが所属する会社にバレた前川は、プロジェクトマネージャーを解任され謹慎、その後、会社を辞めることになる。

「今では、彼女は松永の組織のお抱えエンジニアになってます」
「その人が、田原さんと松永を引き合わせた理由は何なの?」
「あなたをここにおびき寄せるためです」

 そして、田原はこう付け足した。

「私からすると、結果的にそうなったという話ですが......」
「どういうこと?」
「私はあなたに恨みを持っていました。それを晴らすためにプロジェクトを失敗させることを画策しました。具体的にはリリースを延期させるため、ウイルスを仕込んだと嘘のメールを送りました。バレてクビになったとしても私は前川のところに雇ってもらうようになっていましたから問題ありませんでした」

 田原の運が悪かったのは、前川のバックに松永がいたことである。
 前川は、彼を松永に売り渡した。
 田原は桜子をおびき寄せるための撒き餌に使われた。

「揃いも揃って私を陥れようとしてたって訳ね」
「すいません」
「もういいわ。それにあなたには借りが出来たし」

 桜子はほどけた縄を指差した。

「いや、全ては私のせい......」
「いいんです。ここを出ることだけを考えましょう。田原さんには最後の移行作業で活躍してもらわないといけないから」


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「大人しくしてたようだな」

 松永が部屋に入って来た。
 猿ぐつわをされ、縄で縛られた桜子は松永を睨みつけた。

「まず、全てを目撃したお前は殺す」

 松永は田原に銃口を向け、そう言った。
 田原の腫れあがった顔が青ざめる。

「......そして、安田桜子。システム移行作業前に女エンジニア、メンタル崩壊で突然の失踪。そう見せ掛ける事だって可能なんだぜ」

 そう言いながら、ピストルを片手に桜子の前にしゃがみこんだ。
 桜子の顎を指先で摘み、クイと上げ、自分の顔に近づけた。

「お前は薬漬けにして東南AZIAに売り飛ばす」

 緩く結んでおいた猿ぐつわがほどけ、小さな唇が露わになる。

「やれるもんならやってみな」
「え?」

 結んだように見せかけた縄を振りほどき、ポニーテールに突き刺した桜のかんざしを引き抜く。
 左手にしたかんざしの先端を、ピストルを手にした松永の右腕に突き立てた。

「あっ......!」

 腱が断ち切られダラリとなった手から、ピストルが地面に落ちた。
 突き刺したかんざしを一気に引き抜くと、右腕に空いた穴から血が間欠泉の様に噴出した。

「貴様ぁ......」

 桜子は松永よりも早くピストルを拾い、彼のこめかみに当てた。
 騒ぎを聞きつけた松永の仲間が部屋に殺到する。
 それらの輩たちを前にして、桜子はこう言った。

「私らに手を出したら、こいつの頭、吹き飛ぶよ」


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 倉庫を出た桜子は辺りを見渡した。
 追手は来ていないようだ。
 松永を人質にして脱出することは出来た。
 持て余したピストルは倉庫に捨てて来た。

「安田さん、とりあえず警察に......」

 腫れた顔を痛そうにさすりながら田原が言う。

「スマホが無いから110出来ないじゃない。とりあえず職場に向かうわよ」
「ええっ!?」
「システムをリリースするのが優先!」

 田原は足をもつれさせながら、桜子に追いつこうと走った。

つづく

次回、最終話です。

Comment(10)

コメント

foo

BGM:仁義なき戦いのテーマ……で今回のお話は楽しみたい内容だったぜ。
もしくはかんざし的な意味で必殺仕事人のテーマかな。

さすがに、松永が拳銃の引き金を引く予備動作を見て銃撃をかわしつつ、松永の左鎖骨からかんざしをブチ込んで心臓を一突き……みたいな離れ業までは披露することはなかったが、
それでも予想通り、桜子姐さんはリアルファイトでもめちゃくちゃ強いな。
(どちらかと言えば、物理的な意味ではなく精神的な意味での強さだろうが)

VBA使い

外部と連絡「を」取らせないために奪ったのだろう。


田原は首を上下させ口にくわえたかんざしを、のこぎりの要領で上下させる。
「有馬君、ありがと」
→縄が切れた描写がないので少し不自然かな?


田原さん「には」最後の移行作業で活躍してもらわないといけないから


今までエンジニアとしての追い詰められは多々ありましたが、今回のは某Gさん並みの気迫がありますね。
かんざしで縄を切るのも時間かかるだろうし、その間に誰か入って来ないかヒヤヒヤだったでしょうね。


前川元PM、いい人としていつか登場するのかな、と思ってましたが、まさか黒幕だったとは

桜子さんが一番

「とんぼ」今、このドラマ放映できますかね?w
しかし桜子さん、改めて恐ろしいなw

>銀玉ライオン→銀座ライオン
ググってみたら大阪にも6店舗ありました。知らなかったー

匿名

ヒトの腱がそんな簡単に切れたら、世の中ケガ人だらけになってる説。

湯二

fooさん。


コメントありがとうございます。


>仁義なき戦いのテーマ
ズンズンズン……。
あの映画、展開が凄く早くて三回見て人間関係と筋書きがやっと理解できました。
ヤクザ映画なんだけど、青春映画でもあり組と言う組織をマネジメントする難しさも描いてる。


>かんざし
私の頭の中は昭和で止まってます。


>離れ業
アクションは抑えめにしました。
かんざしのネタは「女帝 花舞」に影響されてます。
石で出来た像を壊すことが出来る桜子が、何で縄を引きちぎることが出来ないのっていう突っ込みはしないでください。

湯二

VBA使いさん。


校正とコメントありがとうございます。

>追い詰められ
今回に関しては、多少荒唐無稽でもいいってくらいに仕上げました。


>かんざしで縄を切る
人を刺したり縄も切れるかんざしは、もはや凶器ですね。
銃刀法違反です。


>前川元PM
どこで出そうかタイミングを考えて、ここで出しました。

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


>このドラマ放映
youtubeに画質が荒いけど観れます。
主人公が最後に刺されるシーンは圧巻でした。

>ググってみたら大阪にも6店舗
六店舗もあるんですか。
結構広まってますね。
話は変わりますが、大阪にある大東洋ってサウナに行って見たいですね。

湯二

匿名さん。


コメントありがとうございます。


>そんな簡単に切れた
小説の設定上そう言う人体構造になっています。
地球とは違うパラレルワールドの出来事なのでっ。

foo

> 石で出来た像を壊すことが出来る桜子が、何で縄を引きちぎることが出来ないのっていう突っ込みはしないでください。

おそらく固い物体である石像を破壊するのと、柔軟な物体である縄を破壊するのは、要領が違っていたからできなかったと推測してみよう。
ついでに今回は身体を縛られて身動きを封じられていたこともあるし、全身が自由な状態だったならまだしも、さすがの桜子姐さんも縛られた状態からでは、縄に対しては歯が立たなかったのでは。

湯二

fooさん。


コメントありがとうございます。


>固い物体である石像を破壊するのと、柔軟な物体である縄を破壊するのは、要領が違っていたから>できなかったと推測してみよう。
空想科学読本みたいな話ですね。
ヒロインは打撃という点の力は強いけど、引き裂く力、つまり面というか発散させる力が弱いということでしょうか。
こんなことを月曜の夜から真面目に考察してみたけど。
縛ったやつがよっぼどの縄使いだったとしたら。。。
もう話が変わってきますね。


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