常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 しょっぱいマネージャー】第四十四話  囚われの姫君を救えし者

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 堀井良夫は弥生をじっと見つめた。
 彼の瞳孔は開き、頬が朱に染まっている。
 太った体がプルッと震えていた。
 多汗症なのか、額と髪の生え際から汗がじっとりと浮かんで来ている。

(やばい......惚れられた)

 弥生は直感的にそう思った。
 反射的に後ずさる。
 と突然、堀井は胸に手を当て片膝をついた。

「不肖、この堀井良夫、あなた様のために尽力いたします! お見知りおきをっ!」

 弥生に向かって宣言した。
 それはまるで、勇者が姫君に対して自分を紹介するかのようなセリフだった。

(この人、漫画とか小説の読み過ぎなんじゃないの?)

 弥生は戸惑った。
 その様子を寺山がニコニコしながら見ている。

「さぁさ、二人とも今からお茶にでも行ってきたらどうですか?」
「嫌です! それに、私はこの人と会うって言った覚えはありません! 勝手に決めないでください!」
「ん、まぁ! 理想の二人ですのに!」

 寺山と言い合いになる。

「弥生殿っ!」

 堀井の声がブース内に響いた。

「僕はあなたのプロフィールを見た時から決心しました。この人をどんな困難からもお守りすると!」
「そんなこと頼んでません! それに殿ってなんですか? 色々と大袈裟に言うのやめてください!」
「失礼しました。弥生様。あなたに好かれたい一心でこの堀井良夫、無礼を働いたことをお詫び申し上げます。それでも許してくれる弥生様の恩に応えるため、迫りくる魔物に我が剣と魔法を駆使してあなたをお守り申し上げます!」

 と、堀井は勇者気取りだった。
 殿から様に変わっただけで、物言いの大袈裟加減は変わらない。
 むしろ、より酷くなっている。
 それに魔物、剣、魔法って、ここをどこだと思っているのか。

「すいません......私はあなたのことを」

 弥生がそう言い掛けた時、

「堀井さんの良さが分かっていただけないとは残念です。堀井さん、じゃ、次の人を紹介しますね」

 寺山が堀井の背中を押し、ブースを出て行こうとする。

「ちょ、ちょっと、僕は弥生様とこの退廃した世界で添い遂げると......」
「はいはい」

 ジタバタする堀井を、寺山は引きずって行った。
 一人残された弥生は、疲れがどっと出て席に座り込んだ。

(恐らくあの人、アニメやラノベや漫画に影響され過ぎてあんな感じになっちゃったんだろうな......)

 それにしても、と弥生は思った。
 彼のあの真剣な目、あれは本当に自分のことを愛している。

(容姿はタイプじゃないし、性格は......まだ良く分からない。だけど......)

 言葉や仕草は奇異そのものだが、心は真っすぐだった。
 程なくして、

「え~っ! 堀井さんも『俺が異世界で勇者に転生しても、極悪令嬢のツンデレ幼なじみ同級生は俺をヒールで踏んづけてくる件ですが、何か?』が好きなんですか! 私もです!」

 隣のブースから、女の甲高い声が聞こえて来た。
 恐らく、堀井が新しい女性を紹介されているのだろう。

「ぐへへへ。あなたもですか。僕はヒロインのシュキイ姫が好きで、この前のコミケではシュキイ姫が魔王を好きになって、不要になった勇者を討伐するっていうサイドストーリーを販売したんですが、思いのほか好調な売れ行きでして......」
「え~、それ見てみたい!」
「今日持って来てますんで、いいですよ」

 寺山と女と堀井の談笑が続く。
 薄い壁を通して聴こえてくる笑い声、会話、ページをめくる音、それらが弥生の心をざわつかせた。

(何? どうしたの私......)

 先ほどから堀井の顔が脳裏にちらついていた。
 早く帰ればいいのに、ここに座って隣のやり取りに耳をそばだてている自分に苛立ちを感じた。 
 気になっているのだ、堀井のことが。
 彼の損得勘定を度外視した真っすぐな言葉が心に残っていたからだ。

「堀井さん」
「なんでしょう」
「私と交際して下さい」

(え......?)

 堀井が手の届かない存在になろうとしている。
 父親がいなかった弥生は、父性を知らなかった。
 付き合った男は誰もが彼女のことを本当に愛してはくれなかった。
 寂しさを感じ始めていた。
 承認されることに飢えていたともいえる。
 それを求めて、この場所に流れ着き何人もの男と出会ったことか。
 しかし、素の自分を本当に愛してくれる者は現れなかった。
 だが、遂に......
 隣のブースは沈黙が続いている。
 弥生は彼のプロフィール用紙を手に取った。
 AIは弥生と寺山の会話、プロフィール、活動履歴を元に堀井を選んだ。
 自分とは真逆の相手。
 だがそれは紛れもなく、膨大なデータから解析された結果なのだった。

「僕には守るべき人がいます」

 そんな声が弥生の耳朶を打った。

「でも、振られたんでしょ?」
「はい。ですが、何度、転生しても僕は彼女を追い続ける所存です。例え、彼女が異世界で醜いゴブリンに転生して僕が世界最弱のスライムに転生してたとしても。それが数憶万回繰り返されようとも。誓います。この世界が悪鬼に乗っ取られ暗黒の刃で切り刻まれようとも、我が囚われの姫君を救えし者は豊穣に煌めく刃を抱きし僕の運命(さだめ)だと」

 堀井は一気にまくしたてると、フーフーと息を荒くした。
 椅子が倒れる音がしたと思ったら、カツカツとヒールが床を鳴らす音が響いた。
 仕切りの間から、堀井から振られた女が一瞬見えた。

(私なんかより、全然綺麗な人を......)

 その女は目に涙を浮かべていた。
 そして、弥生は席を立った。


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 8月31日(月)、10時。

「田原さんは? まだ来てないんですか?」

 桜子は辺りを見渡し、酒井社長に問い掛けた。

「そうだな、今日はまだ見掛けてないな......」

 酒井社長はそう言うと、プロジェクトルームを歩いて回った。
 戻ってくるなり、桜子にこう告げた。

「田原さんと同じ会社のメンバーに聞いたけど、まだ今日は来てないらしい」
「そうですか......」

 OGR.com側の移行作業当日。
 桜子は気合を入れるために、ポニーテールの黒髪に雄一からプレゼントされた桜のかんざしを突き刺した。
 今日中にソースプログラムを凍結、データベースへの初期データ投入、Webサーバの公開を完了させなければならない。
 それが出来なければ、明日9月1日からのサービススタートを切ることが出来ないのだった。
 移行作業はインフラ周りの作業が多い。
 だからインフラチームの田原の力が必要だった。
 桜子は田原のスマホに電話を掛けた。

<お掛けになったお電話は電源が切れているか、電波の届かない場所に......>

 桜子はスマホを持った手をだらりと下げた。
 確かに思い当たる節はある。
 田原が作成した本番構築スケジュールを厳しく指摘した。
 だが、それはプロジェクトのことを考えてのことだ。
 その他にも彼には厳しく当たった。
 インフラ技術を熟知している桜子は、同じインフラエンジニアである彼に対して口を挟まずにはいられなかったのだ。

(だけど......)

 彼のプライドを傷付けないように二人きりの時に叱責したから大丈夫だと思っていた。
 だが、それは桜子の奢りであり、一方的な思い上がりだったのだろうか。
 現に彼はこうして抗議するかの様に移行作業当日、作業をほっぽり出して職場に現れない。

(それにしたって、こんな子供じみたやり方......)

 桜子は同じエンジニアである彼の行いに対して、憤りを感じていた。
 電話が通じないなら、LINEだ。
 だが、いつまでも既読にならない。
 そうだ、メールだ。
 期待薄だが何でもやってみようと思い、端末の前に座りグループウエアを立ち上げた。
 メーラーに未読メールが溜まっている。
 その中の、「無題」という件名のメールが目に留まる。

<
 TO:安田桜子

 DestinyPartnerのサーバのどれかにウイルスを仕込んだ。
 見つけれらるかな(笑)
 予定通りリリースしてもいいが、サーバの全個人データが流出するぞ。
 あと、ユーザーにも危害が出るぞ(草)
 例えば、ユーザーのパソコンのデスクトップのスクショが得体の知らないネットのどこかにアップされたり、
 酷いのになるとハードディスクの情報を全て......
 今日一日頑張って探してみなwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
>

「酒井社長」
「なんだい?」
「これ......」

 桜子はメールを見せた。

「誰が......」
「フリーメールアドレスを使っているので差出人は分かりません」
「学校爆破予告メールみたいな悪戯の類ならいいけど......」
「悪戯だとしても本当にウイルスがいないか調査する必要があります」
「......ちょっと待ってくれ」
「何でしょう?」
「文面からすると、犯人はわざわざリリース日を狙って来た感じだな」

 酒井の言葉に「なるほど」な、と桜子は思った。

「こんなメールを出す人間は限られます。OGR.comに恨みを持つ人間、又は私たち、否、私に恨みを持つ人間......」
「それって......」

 二人の頭には、今日ここにいない人物の名前が浮かんだ。

「このメールを送った人物の目的......今日の移行作業が中止になってリリースが延期になること。それが私への仕返しにでもなると思っているのでしょう」
「何てことだ、今まで一緒にやって来たのに......」
「全ては私の責任です」

 桜子は頭を下げた。

「そんな、あんたはよく頑張ってくれたじゃねぇか。そりゃ、ちょっと言葉は厳しいところもあるが......それでも、あんたが嫌われ役になってプロジェクトを引っ張ってくれたからここまで来れたんだ」
「......ありがとうございます。だけど、メンバーがこんな事をするなんて......。私自身、PMとして至らなかった証拠です」

 桜子はプロジェクトマネジメントの難しさと恐ろしさを感じた。
 自分が纏めたレポートは完璧なもののつもりだったが、やはり人間というものは一筋縄ではいかないのだ。
 
「酒井社長! 全サーバを負荷分散装置から切り離して下さい。 そしてインフラメンバーを使って全サーバのウイルススキャンを行ってください。後、不要なプログラムがcronに登録されていないか、不審なアタックがログに無いか、一通り調査願います!」
「分かった! 金沢課長には伝えておくか?」
「いや、それは待ってください。調査の結果次第で考えましょう」
「了解」

 指示を出し終わった桜子は端末に向かった。

「私は......」

 件のメールに向かって返事を書き始めた。

ブルルル

 机に置いてあるスマホが激しく振動した。
 ディスプレイには『非通知設定』と表示されている。

(もしや......)

 通話ボタンを押し、電話の向こう側にいる相手に呼び掛ける。

「田原さん!」
<ハズレ>

 確かに声が違う。
 では、いったい誰なのか?
 電話の向こうの相手は、嘲るようにこう言った。

<てか、なんで田原って思った?>
「ウイルスメールが......」
<ウイルスメール? 何だそれ? 知るかよ>

 どこかで聞き覚えのある声だった。

「あなた誰?」
<悲しいなぁ、あれだけ親しく将来について話し合ったじゃないですか>
「はぁ?」

 相手のからかうような物言いにイラっと来る。

<転職先とか退職代行の仕方とか色々と話したでしょ。まぁ、あなたは始めから私を騙すつもりだったんでしょうけど>

 転職、退職代行、その言葉である人物が脳裏に浮かんだ。

「松永......」
<アタリ>
「どうして今頃......」

 桜子の頭の中は混乱した。
 ウイルスメールを出したと思われるこの場にはいない田原。
 このタイミングで突然、電話を掛けてくる松永。
 どちらとも結びつかない。

<君に会いたいから>
「からかわないで」
<あながち、嘘でもないんだけどなぁ>

 送話口から押し殺した様な笑い声が聞こえる。

<田原がいなくて困ってるんだろ?>
「何でそれを?」
<どこにいるか教えてやろうか>

 何故、松永が知っているのかという疑問はあったが、桜子は訊かずにはいられなかった。

「どこ?」
<まぁ、まぁ。まず俺のところに来てくれ。話はそれからだ。今、プロジェクトルームだろ。すぐに外に出ろ。5分後にまたこちらから掛ける。その時、俺がどこにいるか教える>
「一体何を......」
<お前に反論の余地はない>

 死んだ金子の顔が脳裏に浮かぶ。
 縁が切れたと思ったのに......思わず耳を塞ぎたくなる。

「アプリケーションサーバにウイルス在りませんでした!」
「よし、次! バッチサーバ」

 酒井社長とインフラチームが一丸となって、調査にあたっている。
 桜子と目があった酒井社長は「大丈夫」と言わんばかりに親指を立てた。

「あんたたち半端者に私が負ける訳ないでしょ! 首洗って待ってろ!」

 奮い立った桜子の声は、電波に乗って松永に届いた。
 だが、彼は動じていないようだ。

<強がり言ってられるのも今の内だぜ>
「あ?」
<いいか、絶対に誰にも言うな。そして一人で来い>
「もしも、約束を破ったら?」
<人質の田原君が死ぬぜ>

つづく

Comment(6)

コメント

foo

松永め、このまま今作からはフェードアウトして次回作以降で決着ってルートかと思いきや、この土壇場で仕掛けてきたか。

> 「ウイルスメールが......」
> ウイルスメール? 何だそれ? 知るかよ

この発言も気になるな。
順当に解釈するなら、桜子を挑発or撹乱するためにとぼけて嘘を言っている、と読むべきだろうだが、まだこれには何らかの裏がありそうな予感がする。
田原のサボタージュと松永の田原誘拐(疑惑)が、偶然一致するなんてそうそう考えられないし。

> 「学校爆破予告メールみたいな悪戯の類ならいいけど......」
> 「悪戯だとしても本当にウイルスがいないか調査する必要があります」

これは結果的にただのハッタリだったとしても、偽計業務妨害罪(刑法 233 条)というれっきとした犯罪行為になりそうな予感。

VBA使い

シュキイ姫
→DB用語ですねw


 だが、素の自分を本当に愛してくれる者は現れなかった。
 だが、遂に......
→「だが」が続いているので、1つ目を「しかし」にするといいかも?


I will love again. での大暴れの再来のヨカーン

湯二

fooさん。
コメントありがとうございます。


>松永め
こいつに始まり、こいつに終わるシリーズでした。
fooさんはこのキャラがお気に入りなのでしょうか。。


>偶然一致
そこが次回で分かるようになってます。
移行作業を邪魔したい人と、復讐したいヤクザが手を取ったように見えますが、実は……


>偽計業務妨害罪
なるほどー。
実際には脅しただけでもそうなるんですね。
ただ、システム会社としては管理のもろさとかを世間に晒すことになるし、裁判費用とかあるので、実害が無ければ泣き寝入りなのですかね。

湯二

VBA使いさん。


コメントありがとうございます。


>シュキイ姫
ラノベ風のいい名前が思いつきませんでした。


>だが
直しました。
だが、は良く使いますねー。
語彙が少ないので、「○○が言った」とか、「○○と○○は向かい合って」とかも多用してます。


>I will love again.
最後にチンピラと大立ち回りが恒例化しそうな予感です。
もうエンジニアと関係ありません。

桜子さんが一番

なんと、ここで松永登場ですか。
キケンなにおいがプンプンします。

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


>松永登場
ある意味、この話で一番目立った人でした。

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