常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 しょっぱいマネージャー】第四十話 未成年者略取

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 雄一は会議室を出た。
 去ろうとする秋華の腕をつかむ。

「待ってくれ! 話を聞いてくれ!」

 周囲が何事かと振り返る。

「離せっ!」

 秋華は腕を振り、雄一を振り切ろうとする。
 だが、雄一も必死だった。
 プロジェクトにとっても彼女が必要だったし、自分自身にとっても彼女が必要だった。

「離せよ! 嘘つき!」
「嘘つき......」

 その言葉で雄一は我に返った。
 秋華の潤んだ瞳に雄一が映り込む。
 作り掛けのAIを父親が無断で公開したことに憤り、自室に閉じこもった秋華。
 死んだママにもう一度会うために、AIを極めようとする秋華。
 そのために、誰よりもプロジェクトを成功させようと必死だった秋華。

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「誓うよ! 君のAIを成功させて見せる!」
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 雄一自身が、かつて彼女に向かって放った言葉が、虚しく頭の中で再生された。
 もう一度、その言葉を発したい。
 だけど、意味が無い。
 それを発したところで、言葉がただ空回りするだけだということを雄一は理解していた。
 つかむ力が弱まったと同時に、秋華はスルリと雄一の手から離れて行った。

「サヨナラ」

 雄一には術が無かった。
 彼女のAIを完璧な状態でリリースし、かつ顧客である鏑矢社長を満足させる術が。
 だから、止めることが出来ない。
 ただ、黙って見送るだけだった。

「有馬さん」

 池江、谷中、藤澤、そして他のメンバーが心配そうに声を掛けてくる。
 雄一の顔から表情が抜け落ちていた。


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 翌日。
 8月17日(月)、19時。

「やっぱ広いな」

 地下鉄の改札を抜けた雄一は天を仰いだ。
 中央奥にエレベータ。
 その両サイドにエスカレータがある。
 奥のエレベータは、自分がいる地下二階から吹き抜けを通って天井まで届いている。
 見上げる雄一の横を沢山の人が追い越して行く。
 このアクセスホールから地上一階に上がり、空港のチェックインカウンターに向かっているのだろう。
 今のプロジェクトが終わったら、旅行にでも行きたいもんだ。
 雄一はそう思った。
 その時は、秋華と一緒に......。

(ん......これって、未成年者略取になる? 親の了解を取れば問題ない? それとも......20歳になるまで待つか?)

 決まっても無いことにニヤニヤしたりオロオロしたり、想像力を逞しくしながら雄一はエスカレーターに乗った。

「何、ニヤニヤしてるの?」
「うぁあっ!」

 エスカレーターからずり落ちそうになった。
 いつの間にか、今日の相談相手がすぐ横にいた。

「安田さん、驚かさないでくださいよ」
「ふん」

 桜子は切れ長の目で雄一を睨みつけた。
 仕事帰りの彼女は黒のタイトスーツだった。
 同じくスーツ姿の雄一と並ぶと、デートしているように見えなくもない。

「人混みの中でニヤニヤしてたり......ホント怪しいからやめてね。捕まったりでもされたら会社も迷惑だから」
「いいじゃないですか! ニヤニヤくらい」
「幼女でも誘拐しようとしてたんでしょ?」
「ち......ちがうっ!」
「どうだか」

 桜子はプイと、雄一の前に立って歩きだした。
 やはり、デートには見えない。
 雄一は彼女の背中を見ながら決意を新たにした。

(何としても、秋華をプロジェクトに連れ戻さなければ)

 秋華は昨日、職場を早退してから今日まで来ていない。
 里野によると、また自室に立て籠ってしまったそうだ。
 兎に角、このまま籠城を決め込まれると、カットオーバーに間に合わない。
 そのために、今日、桜子に相談をお願いしたのだ。


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 空港内のコメダワラ珈琲店で、二人は向かい合った。

「今日は忙しい中、ありがとうございます」

 そう言い、雄一は頭を下げた。
 桜子の仕事の都合で、彼女の職場近くの空港で会うことになった。

「ふむ」

 彼女は頷き、珈琲にミルクを入れ、掻き混ぜた。
 視線が下に向いたことで伏し目になり、長い黒髪が少し胸の辺りまで垂れた。

「ずっと電話しても出てくれなかったし、そんなに忙しかったんですか?」
「まぁね」
「それでも、藤澤を通して俺にアドバイスしてくれた。ありがとうございます」

 コーヒーカップを持ったまま目を見開く桜子に、続けてこう言った。

「あいつ、全部話してくれましたよ」
「え?」
「安田さんが藤澤を通して、俺にアドバイスしてたこと」
 

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 昨日の20時。
 休憩室で雄一は、ドリンク片手に一息ついていた。

「有馬さん」
「おお、藤澤......」

 卓を挟んで向かい合う。

「皆、心配しています」
「うん、ああ......」

 秋華と揉めているのを、見られてしまった。
 AIのことで何事かあると思われても不思議じゃない。

「同じ会社のお前には、話しておこう」

 雄一は鏑矢社長の要求を話した。

「それで、秋華さんは怒って出て行ってしまったんですね」
「ああ」
「反論は出来なかった?」
「したさ。だけど、無理だった。考えてみれば、俺がやらないと言ったところで、結局、仕様を決めるのは発注者であるシーバードな訳で、受注者である俺たちエンジニアはそれに従うしかないんだよな......」
「それが、ユーザに不利益になるかもしれないとしても、ですか?」
「......っく」

 雄一は口をつぐんでしまった。
 結局、堂々巡りになってしまう。
 
「こうなったら、安田さんに相談するしかないですね」

 藤澤は窓の外を見ながら、ポツリとそう言った。

「無理だろ。あの人、忙しいのか電話にも出てくれない」
「そうですか」
「藤澤。お前、ここに戻って来てから冴えてるじゃないか。何か、いい考えないか」
「いや、今回に関してはありません」
「そっか......」

 雄一は落胆した。
 沈黙が流れた。
 藤澤はおもむろに口を開いた。

「今までの俺のアドバイスは、全て安田さんの言葉です」


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「安田さんは俺を育てるために、そんな回りくどいことしてくれてたんだって......ある意味感心しましたよ」

 桜子は小さく首肯した。

「認めるんですね」
「私も自分のプロジェクトが忙しいし。......それに、今回は力を貸すけど、極力、君自身の力で解決して欲しかったの。それが私のためでもあるし、IT業界のためでもある」
「俺、成長したでしょ?」
「......せいぜい70点ってとこかな」
「相変わらず厳しいな」

 雄一は桜子とのこういうやり取りが心地よかった。
 やはり、いつまでも師弟関係でありたいものだと再認識する。

「ついでに言うと、インフラの田原さん達を引き抜いたのも安田さんでしょ?」
「あいつ、そんなことまで話したの?」
「はい。もう隠し事が無いか訊いたら、全部話してくれました」

 飛行機が一機飛び立った。
 それを横目で見た桜子は、居住まいを正しこう言った。

「昨日の深夜、藤澤君から電話があった。『有馬さんが本当に悩んでるから直接、相談に乗ってあげて下さい』って」

 あいつめ......
 雄一は藤澤の事を思うと、目頭が熱くなった。

「君の成長とか悠長なことを言ってられない事態だもんね」

 桜子は笑顔で、雄一に全てを話すように促した。
 雄一は、AIについてのこれまでのことを話した。

「で?」
「え? これで全部ですよ」
「君はどうしたいの?」
「それを相談しに来たんですよ」
「ふむ」

 桜子は腕を組んだ。

「安田さんだったらどうしますか?」
「それを聞いてどうするの? 真似するの?」
「いや、参考に......」
「あなた、本当に何とかする気ある?」
「え?」
「どうしたらいいか分からないから、私に意見を求めてるんでしょ? カットオーバーまであと一週間。参考にするなんて悠長なこと言ってられないのっ。君はもう私の言う通りにやるしかないのよ!」
「は、はいっ!」

 桜子に凄まれ、雄一は裏返った声を上げた。

「今のAIをそのままリリースする。以上」

 宣誓するかのようだった。
 それは、鏑矢社長の要求を無視すること。
 つまり、AIの精度を改ざんすることなくリリースすることだった。

「それって、ヤバくないですか?」
「ヤバいわよ」
「つまり顧客にバレないように黙ってやるってことですよね。犯罪に近くないですか?」
「顧客を欺いてる。犯罪よ。立派な」
「それは、やっぱり......」

 桜子は煮え切らない雄一に、苛立つようにこう言った。

「じゃ、これなら満足? まず、鏑矢社長の要求通りAIを改修してリリースする。それをしばらく運用して様子を見る。鏑矢社長の思った通りの成果が得られたらそのまま。そうでなければ、AIの精度を見直すように提案する。以上」
「えぇ?」

 雄一は驚いた。
 桜子の案にしては、余りに無難で陳腐過ぎたのだ。
 何よりこの案では、秋華は首を縦に振らないだろう。
 それに、桜子のポリシーからも逸脱しているような気がする。

「そんなの嫌でしょ?」
「はい」

 雄一は大きく首を縦に振った。

「全てはユーザのために、でしょ」

 毅然とした態度で、桜子はそう言ってのけた。
 彼女のポリシーは揺ぎ無かった。


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 その日の21時55分。

 都心から少し外れた海が見える場所。
 桜子は夜の波打つ黒い海を見ながら、潮風を浴びていた。
 すぐ側には、窓から明かりが漏れるシロッコ社の事務所がある。
 待ち合わせの時刻、22時になった。
 事務所の正面玄関から人が出て来た。
 ツインテールに紫色のパーカー、スウェットズボン姿の女の子だ。

「桜子さん!」

 少女は真夏の暑さをものともせず、はち切れんばかりの笑顔で桜子に向かって走ってくる。
 フードが駆け足で上下する。
 それを、

バシイィッ!

 大きくカーブを描いた桜子の右手は、少女の左頬を張り上げた。
 少女の身体が衝撃で反転する。
 長いツインテールが少女の白い顔に絡みつく。
 少女はアスファルトに倒れこんだ。
 桜子は息を吸い込み、こう言った。

「引き受けた仕事は最後までやるのがプライドってもんだろ!」

 その少女、秋華は、その言葉に身が引き締まった。
 かつて同じ言葉を桜子から浴びせられたことを思い出した。

「桜子さん......」

 秋華は左頬を抑え半身を起こしたまま、声を震わせた。
 桜子は秋華に馬乗りになり、パーカーの襟首をつかんだ。
 自分の顔の近くまで、秋華の顔を近づける。

「有馬PMを信じなさい!」
「はい......」

 真夏の夜の月に照らされた秋華は、大きく頷いた。


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「まさか、本当にやる気か?」

 雄一の計画を聞かされた三浦部長が絶句している。
 翌日、8月18日(火)の朝。
 会議室にて、二人は卓を挟んで向かい合っていた。

「このまま鏑矢社長の言うとおりにしていると、ユーザを騙すことになるんですよ」
「かと言って、黙って今の状態でリリースしてバレたらどうするんだ? ......っていうか普通に結果を出せと言われたらバレるだろ」

 顧客担当は怯んでいた。
 だが、ここで引き下がる訳には行かない。
 完全犯罪を成立させるには、味方を増やさなければならない。
 味方が増やせないのであればこの計画は実行しない。
 それが、桜子と雄一が取り決めた約束だった。

「AIをシーバードの上層部に提案したのは三浦部長ですよね。そのAIがユーザを騙すことになるんですよ」
「確かに、そうだが......」
「俺だって、何も無策でこんなこと言ってる訳じゃないんですよ」

 雄一は一拍置いて、こう言った。

「聞いてください。俺の策を」

つづく


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Comment(2)

コメント

foo

> 「つまり顧客にバレないように黙ってやるってことですよね。犯罪に近くないですか?」
> 「顧客を欺いてる。犯罪よ。立派な」

クライアントの意向にあえて挑戦しにいくスタイルか。
ただ、雄一がこのまま鏑矢社長のリクエストに背いたとして、これが果たして本当に犯罪になるのかは、若干怪しいような。
ここで桜子が言った「犯罪」って発言は、雄一に対し、リクエスト違反が警察沙汰になる危険を警告する意図ではなく、雄一に対するハッパがけであえて強い言葉を使ったもの、と解釈するのが妥当かな。

# もちろん、警察に逮捕されて刑事訴訟にはならずとも、鏑矢社長から契約不履行で民事訴訟を提起される危険はあり得るとは思うが。

湯二

fooさん。


コメントありがとうございます。


>これが果たして本当に犯罪になるのか
発注者の言うとおりに作らなかったら犯罪になるのか、そこは法律に明るくないので分からないのです。
この場合、鏑矢社長が個人的に訴えることを想定しているので、犯罪って言葉にしときました。


>ハッパ
雄一の覚悟を確かめるために、犯罪って言葉を使ってます。


色々、考察ありがとうございます。

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