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【小説 しょっぱいマネージャー】第三十九話 猿とパンダ

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 会議室にて。
 雄一と藤澤の目の前には、猿そっくりの人間が座っていた。
 猿は背が小さく、雄一達が見下ろす形になっている。

(やべぇ......)

 雄一の手の平から汗が噴き出した。
 ネットやテレビで観たことがある顔を前にして、緊張していた。
 猿の名は、鏑矢真一。
 ネットサービス最大手、シーバードの社長その人だった。
 49歳。
 かつて音楽を志しバンドで一度デビューするも、鳴かず飛ばずで引退。
 その後、趣味のレコード収集を発展させ、マニア向けのCD・レコードのオンラインショップを開く。
 それが成功し、その資金を元手にファッション通販サイト『Y街』を起こす。
 今のシーバードの元となった。
 プライベートではセレブや芸能人との浮名が多く、最近は若手女優の金剛彩香と噂がある。

「初めまして。鏑矢です」

 ニッコリ笑い、手を差し伸べて来た。
 反射的に雄一は汗みずくの手で握り返した。

「ふむ......」

 鏑矢社長は握手した手を見た。

「緊張してるようだね」
「は、はい」
「リラックスして」

 体は小さく顔は猿だが、大企業を創った男の余裕を感じさせる。
 雄一はこの降って湧いたようなチャンスを前にして、身構えていた。
 この成功者に対して、どうスケジュールについての交渉をすべきか。

「有馬さんは、ドラムをやってるそうだね」
「はい」
「私はベースをやっていたよ」
「知ってます。昔のyoutubeの動画、観ました!」
「ありがとう。デビューしたての恥ずかしいやつだから、もう消してほしいんだけどな」

 鏑矢社長はしわくちゃの笑顔だ。
 趣味や世間話を交わすことで、緊張が解けて行った。
 成功者として奢ることも無く、フレンドリーな鏑矢社長に雄一は好感を持った。

「社長、お時間の方、大丈夫ですか?」

 三浦部長が壁掛け時計を指差した。

「おっ、おお......あと20分も無いな」

 鏑矢社長は雄一の方を向いた。

「うちの三浦が是非、『縁結び』のスケジュールについてPMである君から話があるから聞いてくれってせがまれてね。こうして、いきなり呼びつけた次第だ」

 雄一は思わず、三浦部長の方を向いた。

「突然で驚かせてしまってすまない。社長がテレビの取材で地方都市にいることが、さっき分かったんだ」
「三浦部長......」

 雄一は目頭が熱くなった。
 このチャンスは三浦部長が用意してくれたものだった。
 三浦部長は雄一の訴えをちゃんと聞いていて、彼なりに気遣っていたのだ。

「話してくれないかな」

 鏑矢社長に促され、雄一は応えた。

「カットオーバーが一週間前倒しになったので、スケジュールを守れそうにありません。カットオーバーの延期をお願いします」
「それは出来ないな」

 思った通りの返事だ。

「ですから、主要機能のみリリースさせてください。それなら間に合います」

 話を詳細に進めるため、雄一は課題一覧と機能一覧を卓の上に置いた。

「分かった」

 鏑矢社長は手の平を突き出し、雄一を制した。
「細かい機能のことは私より詳しい三浦と話してくれ。彼が同意したらOKだ」
「ありがとうございます!」

 雄一は頭を下げた。

(やった!)

 皆の安堵した表情が脳裏に浮かぶ。
 肩の荷が下り、気が楽になった。
 鏑矢社長は卓の上に組んだ手を置いた。

「さて、私の要望も聞いてくれないかな」
「え?」
「当たり前だろ。私は君の要望を受け入れたんだ。今度は君の番だ。それが交渉ってもんだろ」

 先ほどの柔和な表情はどこかに消し飛んでいた。
 鋭利な刃物のような、成功だけを追い求める冷たいビジネスマンの顔がそこにある。

「何でしょうか?」
「受入テストの結果は見させてもらった。で、一つだけ要望があるんだよ。一つだけだ。他には望まない。それだけなら、カットオーバーに間に合わせることが出来るだろ?」

 雄一は強烈な押しの強さを感じた。
 これが一代で大企業を創り上げた男の波動か。
 しかも、先に雄一の要望を受け入れて置いて、後から自分の要求を突きつけようとしている。
 貸し借りをチャラにするには、雄一は鏑矢社長の要求を受け入れるしかない。
 猿から抜け目のなさを感じた。
 戸惑う雄一に、更に問い掛ける。

「このシステムの売りはなんだ?」
「え?」
「AIだろ? 他のリニューアルはおまけみたいなもんだ」

 一瞬、秋華の顔が脳裏に浮かんだ。

「そのAIの精度を、少し改良して欲しい」


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「なかなか、難しいですね」

 弥生はため息をついた。

「そう焦らずに。きっと見つかりますよ」

 寺山が彼女を慰める。
 相談所の打ち合わせブースに沈黙が流れた。
 藤岡に振られた日から今日までの間に、弥生は3人と出会ったがどれも上手く行かなかった。
 実際に会って話してもピンと来ない。
 逆に、こっちがピンと来た時は相手のノリが悪い。

「お互い人間ですから、タイミングと縁があります」
「けど......それを効率良く見つけて紹介するのが、あなたたちの仕事でしょ!」

 思わず怒鳴り声をあげてしまった。
 通り掛かった人々が振り返る。

「......すいません」
「いいんですよ」

 寺山は穏やかな表情だった。

「如月さんが不安定になるのも良く分かります。好きか嫌いか、ただそれだけのシンプルな世界で自分の価値が決まるのはある意味、残酷ですから」
 
 寺山は達観したようにそう言った。
 確かにそう思う。
 藤岡やその他の男は、弥生の仕事や家族構成などなど、そして将来の考え方について問い掛けて来た。
 相手とマッチングしないのは、その辺にお互いの齟齬があるからだと思っていた。
 だが、活動を重ねるにつれて、分かって来た。
 短時間の出会いで、地位や名誉も関係ない素の自分を判断されているのだということを。
 結局、お互い素で向き合ってそれでも好きでなければ、長い人生一緒にいられない。

(そんなこと分かってる)

 だけど、NGをもらう度に、自分の価値が落ちた気がするし、こちらからNGを出す度に、いつになったら本当の人が現れるのかと焦りが出てくる。
 涙を堪える弥生にこう続けた。

「大丈夫。きっと見つかります」

 寺山は胸を張った。

「そうですか。頼もしいです」
「こう見えて、私は千組以上のカップルを誕生させて来たんですから。それに、ここだけの話......」

 寺山は急にヒソヒソ声で話し始めた。

「実はAIが導入されるんです」
「AI......?」

 言葉だけは知っていたが、具体的にどんなモノかも知らない弥生は首を傾げた。

「来月からシステムが刷新されて、理想の相手をAIが探してくれます」
「えっ......じゃ、寺山さんは......」
「大丈夫です。AIだって100%じゃありません。私はAIでは至らない部分を補佐する立場でずっといます」

 弥生はホッとした。
 全て機械だと不安だったからだ。
 それでも、AIが人を選ぶ。
 そのことに違和感を感じつつも、人間には無い正確さみたいなものも期待していた。

「今、そのAIのテストに関わっているんですけど、結構凄いんですよ。過去の膨大なデータから傾向と対策を色々と分析するんです。それこそ人間がやってたら何年も掛かる作業です。分析結果は学習データと呼ばれて、それを元に過去のデータを使ってマッチングさせると、ほとんど的中するんですよ」


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「改良って......一体どんな?」

 雄一は思わず聞き返した。
 AIの仕様は完璧に決まっていたはずだ。
 これ以上、手を入れるところは無い。
 そう思っていたからだ。

「まあ、仕様変更みたいなもんだ」

 鏑矢社長はそう返した。
 雄一に言い聞かせるように、こう続けた。

「精度については問題無い。だが、ちょっと夢が無いと思ったんだ」
「夢?」
「マッチング率を正直に出し過ぎている、と言ったらいいかな。例えば、プロフィールや写真、過去の行動履歴から相性をAIが割り出しているんだが、この値に夢が無さ過ぎるんだ」
「あの......さっきから夢とかって、何の事でしょうか?」
「例えば、AIがマッチング率10%と判定した女性と、君は出会いたいかね?」
「いいえ......」

 そんな人と会っても楽しくないと考えて、スルーするだろう。

「ま、今のは極端な例だが、AIが真面目過ぎるのか、悲観的な答えばかり返してくる。Aという人に対して、100人マッチングさせても、80%以上は10人もいないという結果だ」
「でも......それがAIなんじゃないんですか? 過去のデータを分析して未来を高い精度で予測する。それが今回は相手探しに応用されているのであって、鏑矢社長はその......結果を意図的にいじろうとしてる訳ですよね。これって、AIを入れる目的からすると本末転倒なことだと思いますが......」

 雄一は言葉を選びながら反論した。

(何で、精度を変えようとするんだ?)

 その矛盾を問いただそうと口を開こうとした時、鏑矢社長は語気を強めた。

「AIは客寄せパンダみたいなもんだよ」

 雄一の脳裏に、再度、秋華の顔が浮かんだ。
 脳裏の中の彼女の顔は悲しく歪んで見えた。

「AIを売りにしてお客を集める。だが、期待していたAIが寂しい答えを返す。お客はがっかりするだろう。だから、AIで出した答えを明るいものにしたいんだよ」
「それって、お客である、つまり......ユーザを騙すってことでは?」
「騙すとは心外な。AIだって間違えることがあるだろう。それに、人間は出会ってみないとお互い分からないものだ。低いマッチング率じゃ、その出会いの機会を奪うことになる」

 秋華の作ったAIに対する詭弁だった。
 彼女のAIが出した結果を、改ざんしようとしているのだ。
 雄一が不服なのを見て取ったのか、鏑矢社長は卓を拳で叩きこう言った。

「ぶっちゃけると、うちは手数料商売なんだよ。一人一回出会うのに一万円取っている。会員様には沢山出会って頂きたい。それこそ、プロフィールがちょっと微妙だなと思うような相手にもね。だからAIには、多少嘘を付いてもいいから明るい結果を出して欲しいんだよ。なぁに、割り出されたマッチング率に1.2倍ほど掛けてくれればそれでいい。ちょっとしたバイアスみたいなもんだ。すぐ出来るだろ?」

 結局はユーザを度外視した金儲けなのか。
 雄一は拳を握り締め、そう思った。

「鏑矢社長......」
「何だ?」
「仕様変更と仰いましたが......これは、画面の項目を増やすとか、ボタンの位置をずらすとか、そういうレベルじゃありません。企業側の私利私欲でユーザの期待を裏切ろうとしてるだけじゃないんでしょうか?」

 声を絞り出し、反論した。
 ここで引き下がったら、自分が何のためにこの数カ月頑張って来たか分からなくなる。

「おこがましいよ、君!」

 鏑矢社長の怒鳴り声が部屋中に響いた。

「システムは誰のものだ? 金を払った私のもだろ? AIもそうだ。それをどうしようが私の勝手だ。君の出る幕じゃない。エンジニアは顧客が提示した仕様通りにものを作ればいいんだ。君にはその分の対価をしっかり払ってるんだからな。以上」

 そう言い残し、鏑矢社長は会議室を後にした。


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 17時。
 その日の夕礼。
 会議室にて。
 雄一は居並ぶメンバーの前に立ち、こう宣言した。

「お陰様で、本日をもってシステム、性能テストそして、ユーザ教育と受入テストが完了しました」

 歓声が上がる。
 それが静まるのを待ってから、こう言った。

「ここまで来れたのも皆さんのお陰です。ありがとうございました」

 雄一は頭を下げた。
 拍手がパラパラと上がる。

「今日は早めに帰ってゆっくりして下さい」

 顔を上げ、そう言った。
 全員の顔を見渡す。
 それぞれの顔には疲れが見える。
 だが、大きな山を越え、安堵と達成感を湛えた清々しい表情がそこにあった。

「いいのか?」

 池江が問い掛ける。

「はい。先ほど、シーバードの鏑矢社長と話して、こちらの案が認められました。仕様は一部を除いて一旦凍結です。つまり今の状態でリリースになります。皆さんはこれから来週の移行に向けて準備を始めてください」

 またも歓声が上がった。

「飲みにでも行くか」
「いいね」
「やっと早く帰れる~」
「家族サービスしなきゃな。とりあえず土産でも買って帰るか」

 そこかしこから、明るい声が聞こえる。
 雄一はその光景に目を細めた。
 これから、ある人に重大なことを言わなければならない。
 そのことで気が重い。
 雄一は逃避するかのように、一時の幸福感に浸った。


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「私だけ残したってことは、AIに何か変更がある?」
「そう。受入テストの結果受けた顧客から要望が上がった。どうしても譲れないらしい」

 先ほどとはうって変わって静かな会議室には、雄一と秋華だけしかいない。

「『仕様は一部を除いて一旦凍結』って、そういう意味?」
「うん」

 秋華は足を組替えた。
 腕を組み、壁の一点を見つめる。

「私のAIは完璧。直すところは無いはず」
「そうだ。秋華さんの作ったAIは完璧だ。だけど......」

 雄一は、鏑矢社長から出されたAIに対する要望のことを話した。
 秋華は目をつむり、黙ってそれを聞いていた。

「どうだろう?」

 沈黙に耐えられず、雄一は問い掛けた。
 我ながら情けない問い掛けだ。
 結論を、目の前の少女に委ねている。

「社長だか何だかしらないけど。そのジジイ......なめんじゃねぇぞ」

 秋華の喉奥から呪詛の言葉がセリ上がってくる。
 彼女の二の腕に、彼女の五本指がめり込む。
 彼女にとって、自分のAIにケチを付けられることは、自分自身のプライドが傷付けられたことと同じだった。

「PM。あなたは、それで引き下がった?」
「反論したよ。だけど、強引に......」
「もういい」

 秋華はスッと席を立ち、会議室を後にした。

つづく


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Comment(4)

コメント

桜子さんが一番

今回は青春ドラマっぽくなってきましたw
地位のある人から理不尽な要求に対して正義を貫くか?!みたいな感じですね。

VBA使い

AIは客寄せパンダみた「い」なもんだよ


人間もAIだって間違えることがあるだろう。
→「人間も」は不要かな?


私は君の要望を受け入れたんだ。
→いやいやいや、そっちからカットオーバーの前倒しを持ちかけたんじゃないんかい?


藤岡やその他の男は…将来の考え方について問い掛けて来た。
→一時の合う合わないだけで結婚を決めない、しっかりした男性を紹介するあたり、寺山さんの判断も悪くはないんじゃないかな。


湯二さん…じゃなくって秋華なら、ベタなバイアスをかけるよりも、夢を持たせる提案をするようなAIにしてきそう。
なんせ、ママに会うという夢を持っているのだから。

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


>青春ドラマ
スポーツ根性ものとか、部活ものとか大好きですね。


>理不尽な要求
展開がベタベタ過ぎですね!

湯二

VBA使いさん。


コメントと校正ありがとうございました。


>→いやいやいや
猿社長が強引過ぎて、駆け引きが荒くなってるけど、力で押し切りました。


>寺山さんの判断
よくいるお見合いおばさんのプロです。


>夢を持たせる提案
難しいな~。
個人的には、お互い負担にならないような、付かず離れずの関係がいいですね。
そんな人を提案してほしい。


>ママに会うという夢
某美空ひばりのAIみたいに違和感だらけにならないように頑張ります。

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