常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 しょっぱいマネージャー】第三十八話 逃げるな

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(今日がテスト最終日だと言うのに、覇気が無い)

 雄一を見た藤澤はそう思った。

「次、テストNo105。バックアップジョブを実行中にサーバが停止した場合の挙動確認と、復旧を行います」
「有馬さん。それ、さっきやりましたよ」
「おっ、すまん......」

 指摘された雄一は苦笑いしながら頭を掻いている。
 どこかぼんやりしている。
 藤澤は端末の前に座り次のテストの準備に取り掛かった。
 数々の努力と工夫により、度重なるトラブルを乗り越えて来た。
 そのお陰で、各工程は遅れることなく消化出来た。
 だが、ここに来てメンバー達にも疲れが見えて来た。
 特に陣頭指揮をとる雄一の疲労はいかばかりか。

(やはり、あのことか)

 先輩が悩んでいる理由、藤澤にはそれが何となく分かっていた。
 テストがひと段落着き、休憩に入った。

「有馬さん、ちょっといいですか?」
「お、おお......」


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 二人は、プロジェクトルームから少し離れたドリンクコーナーへ移動した。
 藤澤は雄一にインカコーラを手渡した。

「何だこれ?」
「疲れてる時は甘い物が一番ですよ」
「すまんな」

 雄一はプルタブをプシュッとやり、ゴクリと一口飲んだ。

「甘い......甘過ぎる」
「落ち着きましたか?」
「ん、ああ......」
「何か悩んでるんですか?」
「いや、特には」
「隠さないでくださいよ。俺たちは同じ会社じゃないですか」
「藤澤......」
「プロジェクトメンバーっていっても、所詮、他社の人たちの集まりだ。だけど、そんな中でも俺たちは同じ会社同士だ。気を使わないで、包み隠さず悩みを話してくださいよ」

 藤澤は雄一を見据えた。

「三浦部長から、カットオーバーを早めろって言われた」


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 昨日。
 朝8時。
 空港内のコメダワラ珈琲店にて。
 盆休み真っただ中。
 店内はキャリーバックと土産袋を持った観光客で賑わっていた。
 ジャンボジェットが飛び立つ様を見渡せる窓際席で、桜子と藤澤は向かい合っていた。

「最近どう?」
「はい、遅れてた本番環境構築も何とか終わりました。今、システムテスト、性能テスト中です」
「そう......」
「安田さんのところはどうですか?」

 二人は定期的に、こうしてお忍びで出会っていた。
 その目的は、お互いのプロジェクトの情報交換だった。
 桜子は珈琲を一口啜ると、こう言った。

「今日からOGR.comのCM流れ出したの。観た?」
「いいえ」
「そう......」

 飛行機が一機、飛び立った。

「端的に話すわ。OGR.comのカットオーバーが一ヶ月早まった」
「それって、つまり......」
「有馬君のシステムと運用開始が同時期になった」

 藤澤は飲んでいた珈琲の味を、一瞬忘れた。
 桜子は経緯を話した。
 OGR.comの社長から直接、依頼されたこと。
 そのことについてプロジェクトメンバーも納得していること。

「そんな無茶良く引き受けましたね」
「まぁね」

 藤澤はかつて自分も所属していたプロジェクトのことを思い出した。
 一筋縄ではいかないメンバーも何人かいたはずだ。

「メンバー達もよく言うこと聞きましたね」
「私はPMとして彼らに無理を言った覚えはないわ。だから今も皆、元気にちゃんと仕事してくれてるし、毎日ほぼ定時で帰ってもらってる」

 切れ長の目を細め、事も無げにそう言った。

「教えてください」
「何を?」
「とぼけないでくださいよ。一ヶ月もスケジュールが短くなったんですよ。それで毎日定時上がりとか、どんな管理したらそんなこと出来るんですか?」
「まあまあ、落ち着きなさい」

 桜子はフォークにケーキのスポンジを突き刺した。
 それを藤澤の口先に突き付けた。

(からかってんのかよ)

 藤澤は鼻筋の通った端正な顔を歪めた。

「甘いものでも食べて......」

 桜子の目は真剣だった。
 藤澤は、食べなければ話が進まないだろうと思った。
 桜子からケーキをアーンされる形になった。
 周りの目からは、この美男美女が、これから海外旅行にでも行く仲睦まじいカップルに見えたことだろう。

「落ち着いた?」
「は、はい」

 桜子は笑顔になった。
 確かに人心地ついた。
 藤澤は珈琲を一口啜った。

「あなたは私の話を聞いてこう思った。自分たちのプロジェクトのカットオーバーが更に前倒しになるんじゃないかって」
「はい」
「ふむ。良いサービスを他社より早く世に送り出す。それがビジネスというものよ。シーバードはOGR.comの動きを察知して、きっと対抗してくるはず」
「それは分かっています。だけど、それでシステムの品質は保てるのでしょうか? 『早くリリースするためにテストの一部を省きました。それが元でバグが大量に出ました』じゃあ、お粗末でしょ?」

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「全てはユーザのために」
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 真夏の暑い日。
 雄一がデータセンターで顧客担当にそう言っていたのを思い出す。
 その言葉は、桜子の言葉でもあったはずだ。

「確かにそう。だけど、無茶をお願いされて、ただ出来ませんで返すのもエンジニアとして、芸が無いでしょ?」
「はぁ」
「そこで、さっきの質問の答えにも繋がって来るけど、管理の仕方は特に変えてないわ。変えたといえば、作業範囲くらいかな」
「作業範囲......」

 桜子は、OGR.comの柴田社長からリリースを早めることが可能かと打診され、それを一旦持ち帰った。
 早速、会議室にメンバーを集め事の次第を伝えた。
 メンバーからは無理だ、との声が上がった。

「予想通りの反応だった。けど、機能を絞り込めば可能じゃないかって話したの」

 桜子は、会員登録やスケジュール管理などのシステムとしてコアとなる機能を優先して開発、テストして欲しいと告げた。
 それをフェーズ1として9月1日のカットオーバー時にリリースする。
 それ以外の機能は本来の10月1日にフェーズ2としてリリースする。
 リリースを二段階に分けることで、品質と顧客の要望を叶えようとした。
 桜子は立てた計画を直接、柴田社長に提案した。

「この計画じゃないとうちは無理ですって、しっかりお願いした」

 既に、お互い気心の知れた仲でもあり、交渉はスムーズに進んだ。

「ここからが重要よ」

 桜子は人差し指を立てた。
 藤澤は背筋を伸ばした。

「柴田社長と調整出来たことで、トップダウンで物事が決まった」
「つまり、無駄な調整が不要になったということですね」
「そう。まず目黒ソフトウエア工業の金沢課長にお伺いを立てて、それから顧客担当の石橋課長に了解を得て......なんて本来のレポートライン通りやってたら、決まるものも決まらないわ。皆、利害が違うんだからね。こういうことはキーマンを取り込んでしまうのが一番早い。それが今回の場合、柴田社長なのよ。ま、飛び抜かされた人たちは何て思ってるか知らないけど」
「なるほど......」

 藤澤は桜子の行動力に感心した。
 と同時に、この人はいつか恨みを持つ人間に反撃されるのではないかと、心配になる。


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「カットオーバーを一週間短く出来ないかって言われたんだ。つまり8月25日。今からあと8日しかない。この後、受入テストで出た要望や、システムテストで出たバグの改修、移行の準備だってある。とてもこの期間じゃ無理だ。そう言ってはみたんだが、やっぱ、この前みたいに無下に断られた」

 雄一の顔には苦渋が張り付いていた。

「だが、俺は何も言えなかった。俺の経験じゃ顧客を説得させる材料を見つけることが出来ないし、かといって、ここまで無理を聞いてくれた皆にこのスケジュールでやってくれと言うことも出来ない。もう、どうすればいいのか。いっそPMを投げ出してしまえば、プロジェクトは混乱しリリースが伸びるかもしれないな......」

 と、独り言の様にブツブツ愚痴り出した。
 藤澤はそれを黙って聞いていた。
 雄一は、そんな藤澤に反応を求める様にこう言った。

「まったく、ユーザのためにとか偉そうなこと言って置きながら、何も出来ない俺は、しょっぱいマネージャーだよなぁ」

ゴキィッ!

 雄一は暗闇の中に、幾つかの白い星を見たことだろう。
 左頬に受けた衝撃が脳を揺さぶり、足をふらつかせながら後退する。
 ドン、と壁に当たったところで我に返ったようだ。

「な、なにすんじゃ!」

 雄一は頬を抑えながら、怒鳴った。
 藤澤は息を荒くしながら、右拳を見ていた。

「目、覚めましたか?」
「お、おお......当たり前だ。しかし、お前。殴ることないだろ!」
「逃げようとしたから」
「はぁ?」
「前の俺みたいに逃げて欲しくなかったから」

 藤澤の目には涙が浮かんでいた。
 雄一は殴られた意味を悟った様にこう言った。
「そうだよな。逃げたらお前みたいに、後悔するもんな」

 雄一は藤澤を慰める様に笑った。
 藤澤も笑った。

「有馬さん。俺が議事録、録ってたの覚えてますよね?」
「ああ」
「有馬さんが、要求した予算や人員の追加や不測が起きた場合の納期の見直し。それらのやりとりを記録しています。今のように納期で揉めている時に、希望を出した、交渉をした、という実績を使って話し合いをすることは出来ます。ですが、顧客との関係悪化は避けられません。だからこれは最終手段です」

 雄一は頷いた。

「その前に、有馬さんはエンジニアですよね?」
「お、おう」
「無茶をお願いされて、ただ出来ませんで返すのも芸が無いとは思いませんか?」

(本当に桜子みたいなことを言うようになったな、こいつ)

「俺はある人から、こう教わりました。『無茶をやってのける。それがエンジニアの醍醐味だ』って」
「分かったよ!」

 雄一は笑うしかなかった。


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 その日の13時。
 会議室にて。
 雄一はテストを中断し、主要メンバーに集まってもらった。
 ノートパソコンが接続されたプロジェクタから、壁に向かってノートパソコンの画面が映し出されている。

「趣味グループ機能と、いいね機能は、切り捨てても問題ない。おまけみたいなもんだからな」

 池江が、壁に映った機能一覧を指差しながらそう言った。

「じゃ、フェーズ2としてリリースしましょう」

 雄一が応えながら、ノートパソコンで一覧を修正する。
 藤澤のアドバイス通り、コアとなる機能とそうでない機能を選別し、リリース時期をずらす作戦を取った。
 8月25日に向けて何をリリースするかを、まず整理していた。

「では、次」

 壁に課題一覧が映し出された。
 受入テストで上がった要望が列挙されている。
 その数100個。
 ステータスが『対応済み』のものは70個。
 残り30個はこれから対応するものだ。

「会員の年間記録を見る画面で、マッチング失敗数も出して欲しいとの要望がありました」

 雄一がその中の一つを読み上げる。

「会員ごとにマッチング成功数と交際数を集計するバッチがあります。ということは......そのバッチに失敗数も集計するロジックを入れればいいと思います」

 谷中が答えた。
 続けてこう言った。

「だけど、他にも優先すべき改修があります。この画面とバッチは一年に一回、年度末にしか実行されないので、今回の対応に入れなくてもいいと思います」

 画面やバッチに対する要望は、実行時期を整理することで8月25日にリリースするかふるいに掛けた。
 こうして、機能の選別は終わった。
 メンバーが去った後、雄一と藤澤はシンとなった会議室で三浦部長へのメールを書いていた。

<シーバード 三浦部長

 お世話になります、有馬です。
 リリースの件ですが、一週間早まることはこちらとしても厳しいです。
 そこで、メンバーと話し合いました。
 結論としては、機能を絞り込むことで対応可能です。
 そのことについて、一度、話をしたいので時間をください。
 またその際、御社の鏑矢(かぶらや)社長も同席可能でしょうか?
 調整よろしくお願いいたします。
>

「三浦部長通すと、そこで止められそうだよな」
「確かに」
「藤澤、もう、回りくどいこと言ってないで、社長をBCCに入れてメール送っちゃうか?」
「でも、俺たち社長のメアド知らないですよ」

ブルルル

 雄一のスマホが振動した。
 ディスプレイには三浦部長と表示されている。

「あ、お疲れ様です。今、丁度メールしようとしてて」
<ちょっと今すぐ来てくれないか?>
「え、今ですか?」
<鏑矢社長が、君と話がしたいそうなんだ>

つづく


登場人物などの各種設定

Comment(6)

コメント

桜子さんが一番

なんか最近@ITっぽいですw。(褒めてます)

VBA使い

仲睦まじいカップルに見えたことだろう。
→雄一が知ったら怒り狂うだろうなぁw


こういうことはキーマンを取り込んでしまうのが一番早い。
→そうでしょうけど、今回は、柴田社長の方から打診して来たから、必然的にそうなったんじゃ?


マッチング失敗数
→内定辞退率みたく、問題にならないのかな。。。

foo

>  藤澤は桜子の行動力に感心した。
>  と同時に、この人はいつか恨みを持つ人間に反撃されるのではないかと、心配になる。

桜子の無双っぷりは相変わらずだが、今回ばかりは藤澤の感想に素直に同意したい。
公衆の面前で人を叱責しなかった点はプロジェクトマネージャとしての悪手を理解している、とは以前俺も言ったが、ステークホルダーであるプロジェクトのメンバーの面子を真正面から叩き潰して、ネガティブな感情を持たせるような布石を打ったら、結局元の木阿弥になるんじゃあ……。

ただ、これが桜子の弱点の描写と考えるなら、ある意味非常に納得ではある。桜子はなまじ本人が優秀過ぎるせいで、周囲の人間を置いてけぼりにしがちなきらいがあるようだし、今回もそれが出てしまったとも解釈できるか。

一方で、 29 話の、キャロット情報ブレーンに対する乗っ取り工作の仕上げののちに、桜子があえて経営の知識がある自身ではなく酒井を社長に指名したくだりを見ると、桜子も自身の弱点に完全に無為無策というわけではないのかも。
リーダーやマネージャーは、どこかで自分の仕事を人に任せる必要が出てくるけど、酒井相手にはそれができていたみたいだし。

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


>@ITっぽい
まさにここは@ITですから。
今までが、@ITっぽくなさすぎた感じでしたね。

湯二

VBA使いさん。


コメントありがとうございます。


>雄一が知ったら怒り狂う
雄一が好きなのは女子高生です。
ですが、ベタな展開が基本なので、そのうち、桜子と雄一もなんかあったりするかもしれません。


>柴田社長の方から打診
展開を早くしたいのでそうなりました(言い訳)


>内定辞退率
一応、内部的な分析としてそういうデータがあると、サービスの改善にもつながるのかなあ、と。


湯二

fooさん。


コメントありがとうございます。
考察ありがとうございます。


>藤澤の感想に素直に同意したい。
まさに、この後、本当に反撃を受けるのでお楽しみに!


>ネガティブな感情
何でも出来て、強引に物事を進めるキャラクターが裏目に出る。
強みと弱点が紙一重ですなあ。
改めて、コメントを読ませていただき再確認出来ました。


>酒井を社長
あえて無能を据えることで、自分の思う通り動く傀儡にしたかったのでしょう。
なんでも自分の思う通りやりたいのでしょう。
こういうの歴史で言うとこの院政みたいなものですかね。
勉強不足で的確な表現が見つかりません。。。。

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