常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 しょっぱいマネージャー】第三十七話 一時間で振られて

»

 8月6日(木)、20時。
 弥生は四越のライオン像の前で、人を待っていた。
 緊張を紛らわすために行き交う人の数を数える。
 昨日、結婚相談所の寺山から、数名の男を紹介された。
 弥生はその中から、写真とプロフィールを見て、特にピンと来た人物を選んだ。

「あの......如月さんですか?」
「はっ、はい」

 声を掛けられ、慌てて振り向いた。
 そこには、紹介された男が立っていた。

「こんばんわ」

 爽やかな笑顔で挨拶される。
 白く輝く歯が眩しい。
 弥生もそれに応えるが、緊張でしどろもどろになり情けない感じになった。
 何をしゃべっていいか分からず、ただ俯くだけの弥生に男はこう誘った。

「どこかお茶でもしましょうか」


---------------------------------------------------------------

 藤岡は弥生の目の前で上品そうにコーヒーを啜った。
 夜の喫茶店は人が少ない。
 お互い仕事を持っているので、会う時間を調整すると夜になってしまった。
 今まで付き合ってきた男(二人)は、友達の紹介とかそういうのばかりだった。
 今、会ったことも無い相手と、事前のやり取りも無く、今日いきなりお茶している。
 これはある意味、ナンパなのではないか?
 そこら辺がお嬢さんな弥生は、未体験な事象に混乱していた。
 出されたザッハトルテに手を付けることも無く、さっきから紅茶ばかり啜っている。

「緊張してます?」
「あ、は、はい」
「大丈夫ですよ。僕も初めてなんで」

 目の前の男もこうした形で、相手と会うのが初めてということか。
 藤岡は弥生が緊張しないように色々と話題を振ってくれた。
 浅黒い肌でスポーツマンといった感じだった。
 プロフィールには陸上をやっていたと書いてあった。

「短距離で主に100メートルやってました」
「すごい。私、全然走れないんです」
「僕も、もう無理ですよ。全速力は。仕事が忙しくてたまに土日にランニングを軽くしてるくらいです」
「へぇ......」
「今度、一緒にマラソン大会でも出てみましょうよー」

 自然な感じで縁を感じさせてくれる。
 藤岡は弥生のプロフィールを相当勉強して来たらしく、彼女が話したいことを自然に尋ねてくれる。
 こんなに明るく爽やかな男が独身で、かつ結婚相談所に入ってまで相手を探していることに驚かされる。

「如月さんは、どんな家庭を築きたいですか?」
「え?」

 初対面の相手から突っ込んだ質問をされて、絶句する。
 そうだ、私は結婚を前提に相手と会っているんだった。
 それまでの楽しい雑談の様な雰囲気が、ガラリと変わった。

「藤岡さんは?」

 嫌われない答えがすぐに思い付かないので、時間稼ぎのため逆質問する。

「子供は3人は欲しいですね。明るく笑顔の絶えない家庭を作りたい。そのためには奥さんになる人には専業主婦になってほしい」
「どうして?」
「家のことをしっかりしてもらわないとね」

 専業主婦と決めつけられて、ちょっとムッと来た。
 弥生は今の仕事をどんな形であれずっと続けて行きたい。
 そんな弥生の気持ちが少しでも伝わったのか空気が硬くなって行く。
 彼は銀行マンで30歳。

「転勤とか大丈夫ですか?」
「そ、それは......」


---------------------------------------------------------------

 家に帰り、弥生はパソコンを立ち上げた。
 藤岡への返事を出すために。
 一時間ほど迷ったが、第一印象は良かったしもっと会って話せばお互い歩み寄れるかもしれない。
 そう思い、「OK」の返事を出した。
 緊張で疲れ果てていたので母親との会話もそこそこにシャワーだけ浴びてベッドに入った。
 翌日、朝。
 パソコンを起動し、マイページを開く。
 返事が来ていないか確認する。
 藤岡からは「NG」の返答が来ていた。
 弥生はショックを受けた。
 ムッとした顔がいけなかったのか。
 会うために払った一万円、損した。
 それよりも、たった一時間のお茶と会話だけで振られたことがショックだった。
 会員10万人が、お互いマイページに載せた情報と写真だけで相手を選び、自分とちょっとでも合わなければ次に行く、そんな考え方なのだろうか。
 そんな大海原から、自分にとって理想の相手が見つかるのだろうか。
 弥生は途方に暮れた。


---------------------------------------------------------------

 『人海作戦』が効を奏し、本番環境の構築がスケジュール通り完了した。

 8月10日(月)、会議室にて。
 雄一は集まった主要メンバーを見渡し、こう言った。

「今日から、顧客によるユーザ教育、受入テストが行われます。と同時に、業務とインフラチームによるシステム、性能テストに入ります。本来なら、これらの工程は順番に行う予定でしたが、カットオーバーが早まったことで並列に行うようスケジュールを組み直しました」

 皆は配られたスケジュール表を手に取った。

「まったく、お盆休みも無いとは」

 池江がやれやれといった感じで呟いた。
 スケジュールは土日関係無く、8月10日から翌週日曜の8月16日まで引いてある。

「休みについてはチームのメンバー間でシフトを組んでください。決めたらメールください」

 雄一は、そう言いながらも休む暇など無いだろうと、思っていた。
 ギチギチに詰め込んだスケジュールにバッファなどは無かった。
 強いて言うなら、深夜残業がバッファか。

「システムテストは業務、インフラが作ったシナリオ通りに行います。受入テストとユーザ教育については......三浦部長、テストシナリオとマニュアル、用意出来てますよね?」
「ああ、この通り」

 卓の上に分厚い紙束が置かれた。
 三浦部長の目にはクマが出来ていた。

「君たちに期限を守って貰うため、こちらも最大限努力するつもりだ」

 彼は彼で、自分の持ち分である作業をカットオーバーに間に合うように行っていたのだ。
 エンジニアだけが無理をしている訳じゃない。
 それが皆に伝わったのか、雄一は場の雰囲気が変わって行くのを感じた。

「有馬さん」
「何だ? 藤澤」
「受入、教育、システム、性能......これらを全て本番環境、つまり同一環境で行うんですよね。しかも同じタイミングで」
「そうだが」

 工期圧縮のため、それらのスケジュールが同時期に重なった。
 当初のスケジュール通り、シリアルに進めることが出来れば環境が被ることも無かった。

「何か良くないなあと、思って......」
「良くない? 俺が考えたスケジュールのどこがいけないんだ?」

 ちゃんと三浦部長のOKも貰ったぞ。
 そんな雄一のドヤ顔を藤澤は一瞥すると、鼻から息をつき呆れたようにこう言った。

「我々が作ったシステムテストのシナリオをちゃんと見ましたか?」

 藤澤は秋華に視線をやりながらそう言った。

「見たよ」
「じゃ、マズイとこに気付いてください」
「マズイとこ?」

 雄一が怪訝そうな顔をする。

「藤澤さん。有馬PMは自分の組んだスケジュールに疑いを持ってないから何を言っても無駄」

 秋華にばっさりとそう言われる。
 雄一が「え」という顔をするのも構わず、続ける。

「例えば、システムテストのテストNo10。業務処理中にpmonプロセスをkillしてORACLEデータベースを停止してるところ」

 疑似的にデータベース障害を起こして、アプリがその時どんな挙動をするか確認する試験だ。
 アプリのほうで異常処理がきちんと行われるか。
 処理中のデータが中途半端に更新されず、ロールバックされるか。
 データベース復旧後に、同じ処理をしても問題無く処理が完了出来るか。
 を確認する。

「これが一体?」
「もう、鈍い」
「くっ......」

 好きな女にバカにされて、悔しさと情けなさが心に滲む。

「スケジュールが変わったんです。本来なら考慮する必要のないことを考慮する必要が出て来たんですよ」
「あっ!」

 藤澤にそう言われ、やっと気づく。

「全てを同じ環境で行うからか!」

 インフラチームの全メンバーが頷く。

「データベースを落とすということはシステムを止めるということ。......ということは、裏でユーザ教育と受入テストが止まるということ」
 
 秋華が雄一の代わりにそう言った。

「確かにそれはまずいな。お客の作業を止めることになる」

 教育や受入テストは、顧客側で行われる。
 それを、エンジニア側のシステムテストで止めることは出来ない。

「その他にも......、No20ですね。ログ出力先ディスクの使用率を100%にした状態でシステムを稼働するテスト。これも顧客の作業に影響があります」

 システムテストの中でも、障害系と呼ばれるシナリオばかりだった。
 
「分かった。そうなると障害系のテストは、顧客がユーザ教育や受入システムを行っていない時間帯に行おう。定時後になるな。三浦部長、いいですよね」
「うむ」
「ダメ!」

 秋華から待ったが掛かる。

「有馬PM、それじゃ時間がもったいない。定時後は時間内に消化出来なかったシナリオの消化に充てるべき」
「え? でも......」
「それに工程は影響し合わない方がいい。だから、受入、ユーザ教育は、システムテストと別の環境を用意してやった方がいい」
「そんな環境ある訳が......」
「開発環境を使う」

 秋華がそう宣言すると、池江が反論した。

「待て。開発環境は受入テストで上がって来る要望やバグの対応を行うために必要な環境だ。そこは業務チームとしては渡せない」
「顧客が使っていない夜中にバグ対応、改修をすればいい」
「お前、勝手なこと言ってんじゃねぇぞ」
「勝手じゃない。プロジェクトのことを考えて言ってる」

(いかん。仲の悪い二人が喧嘩を始めた)

 と思うと同時に、メンバーが頼もしく見えた。
 こうやって皆が真剣に意見を出し合ってくれたからここまで来れた。
 そんなメンバーをまとめ上げて、プロジェクトを成功に導くのが自分の仕事だ。

「そうだ!」

 雄一の閃きの声で、周囲が一斉に彼の方を向いた。

「環境ならあります。三浦部長、覚えてますか?」
「え?」
「開発サーバの搬入が遅れた時のことですよ。スケジュールを守るために融通してもらった代替開発サーバ4台。あれがまだ残ってます」


---------------------------------------------------------------

 代替開発サーバに最新のアプリをデプロイし、それが参照するデータベースには教育用のデータをインポートした。
 顧客用の環境を作るのに半日掛かった。
 環境を分けたことにより、それぞれの工程が干渉することは無くなった。
 お陰で、粛々と複数の工程を消化することが可能になった。
 受入テストが進むにつれて、顧客からの要望やバグ報告が上がって来る。
 それらは課題管理表に記載されて行った。
 業務チームは定時後にその日に出た要望とバグの消化に追われた。
 日々、開発環境で改修を行い、翌日、顧客に確認してもらう。
 管理表の消化が進んだと思ったら、次の日に新たな要望とバグが書き込まれる。
 残業は深夜にまで及んだ。
 インフラチームはテストシナリオの消化に追われていた。
 システムが想定外の動きをした場合、原因調査とその対策に追われた。
 目標とする性能が出ない処理に対しては、パフォーマンスチューニングを徹夜で行った。
 昼間はテストの消化、夜はその改修や問題の対応と24時間体制の状態が敷かれた。
 流石に、メンバーもここに来て疲労の色が見えて来た。
 そして、テスト最終日を迎えた。


---------------------------------------------------------------

 8月16日(日)。
 雄一はカプセルホテルで目を覚ました。
 手元のスイッチを押す。
 灯りがついた。
 目の前にベージュ色の天井が迫って見える。
 170cmの自分の身体がすっぽり収まるくらいの奥行、半身を起こせば頭が天井にぶつかりそうになるほどの高さ。
 それが、ここ一週間の雄一の寝床だった。
 一泊、3000円。
 大浴場付き。
 深夜残業で電車を逃す日々の身には、職場から歩いて5分のこの場所は、やっと一息つけるオアシスみたいなところだった。
 横になったまま壁に埋め込まれた時計を見る。
 7時半。
 一風呂浴びて出発するかと思うが、日々の疲れから眠気が取れず起き上がることが出来ない。
 平均睡眠3時間は、いくら二十代とはいっても体に堪える。

「テレビ......」

 目を覚まそうと、テレビのスイッチを押す。
 カプセルの天井の左側に備え付けられたディスプレイに映像が表示される。

<OGR.comのDestinyPartnerで運命の人を見つけよう!>

 雄一好みの女性モデルが、決意を固めるかのように拳を握り締め、そう宣言している。

「おお......」

 OGR.comの結婚情報サービスのCMだった。
 リリースに先駆けてこんなものを用意しているのかと感心した。
 どちらにしても、シーバードのサービスリニューアルの方が先にリリースされるから問題ないが。
 他社と比較した料金表が表示される。

<あのサービスより安い!>

 女性モデルが嬉しそうに手を叩く。
 あのサービスとは、やっぱり自分が携わるあれのことか。

<サービス充実! これで夢が叶うね!>

 タキシードの運命のパートナーと、結婚式を挙げている場面が映し出される。
 盛り上がったところで、

<9月1日解禁! 事前登録受付中!>

(えっ!)

 思わず身を起こした。

ゴン!

 と、天井に頭をぶつけ、痛さで目を覚ます。
 思わず枕の横に置いてあるスマホを手に取り、桜子に電話する。

(出ない......)

 かのプロジェクトに携わる彼女なら、もっと詳しいことを知っているかと思った。
 OGR.comのサービス開始が一ヶ月早まった。
 システム開発もそれに合わせたということか。
 シーバードのリニューアルと時期が同じになったということだ。
 確か、シーバードのリニューアル時期については秘密になっていたはずだ。
 それが漏れて、OGR.comのリリースが早まったということか。
 雄一は、今後の展開を考えた。
 どちらにしても、自分にとって過酷な状況になることは容易に想像出来た。

つづく



登場人物などの各種設定

Comment(6)

コメント

桜子さんが一番

充実感ありそうですね。有馬君

VBA使い

裏でユーザ教育と受入テストが「停」まるということ
お客の作業を「停」めることになる
システムテストで「止」めることは出来ない。
→揺らいでます。「止」で統一の方がしっくり来ます。
(サーバは「停」でも違和感ないです)


データ「ー」ベースには教育用のデータをインポートした。


藤岡は弥生の目の前で上品そうにコーヒーを啜った。
→一瞬「藤澤」に見えて、おとり調査までやりだしたのかと思ったw

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


>充実感
確かに。
ですが、
一歩間違えば社畜になりそうなくらい働いてます。

湯二

VBA使いさん。


コメント、校正ありがとうございます。


「止」で統一しました。
多分他にも揺らいでるところあるんだろうなあ。。。


>おとり調査
ジゴロみたいな感じですかね。
あとは、結婚詐欺師ですか、あのまま立ち直ることが無かったらそういう役回りもあったかもしれません。

foo

> 確か、シーバードのリニューアル時期については秘密になっていたはずだ。
> それが漏れて、OGR.comのリリースが早まったということか。

シーバード側のサービスリリースとバッティングしたのが偶然でないとしたなら、このリリース時期をリークした線として真っ先に疑われるのは藤澤-桜子のラインだが、果たして真相やいかに。
ただ、「ITの神様に愛されている(愛された結果不運を避けられるとは言っていない)」という雄一の設定からすると、本当に不幸な偶然でリリース時期のバッティングが起きただけ、って可能性もまだ十分考えられるか?

# 確かに桜子の立場なら、やろうと思えば藤澤経由で雄一の職場の機密事項を抜き取ってそれを「利用」することができる立場だけど、それでも雄一の担当するサービスに、自分の担当するサービスのリリース時期を故意に被せに行く、なんて真似をするのだろうか……?

湯二

fooさん。


コメントありがとうございます。


色々と考察ありがとうございます。
桜子は雄一を無理やり成長させるために、色々と工作しています。
あと、OGR.comの社長とパイプを築いておきたいので、リリース時期の情報を流したりもしています。
本当に成長させる気があるのか、ただ虐めてるのか、どっちにしてもこんな先輩が身近にいたら嫌です。
兎に角、主人公が悩んで成長するのが王道だと思ってるので、今後もこういった理不尽な困難はどんどん起きますのでよろしくお願いいたします。

コメントを投稿する