常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 しょっぱいマネージャー】第三十六話 PMは皆のマスコット

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 金沢課長が桜子の横で頭を抱えている。
 桜子を見据える柴田社長の目に力が入る。
 会議室は重苦しい雰囲気に包まれていた。
 突然、

「はははは!」

 柴田社長が山の様な体を揺らし、周囲に響くほどの大声で笑い出した。

「こりゃ面白い! ユニコーン・ペガサスの安田さんだね。よろしく頼むよ!」

 そう言って手を差し出して来た。
 その手を桜子は握り返した。
 二人は笑顔だった。
 柴田社長も元々は桜子と同じように、若い頃は零細SIerで仕事していたことがある。
 彼は自伝でその頃のことを、こう語っていた。

「自分の会社の名前で仕事が出来ない。じゃ、自分は一体何なんだ!? 何より本当の素性を明かさないで顧客と仕事するなんて失礼じゃないか!」
            --裸一貫・泣き虫社長立志伝  ターコイズ書房

 また別の著書ではこう語っていた。

「この業界の問題として一番に挙げられるのが、多重請負だ。実質何もしていない中間業者による中抜きも問題だが、最も悪いのは、例えば元請けの下で働く下請けは、顧客に対して本当の素性を隠しつつ、元請けの名前を名乗り振る舞わなければならないことだ。そんな嘘をついていたら、まともな仕事なんて出来る訳が無い。まともな関係構築なんて出来る訳が無い」
             --IT業界の1000の嫌なこと カボチャ出版

 IT業界、特にSIerの問題について柴田社長は桜子と同じような疑問と不満を抱えていた様だ。
 桜子は同じ考えを持つ柴田社長に一度会って見たかった。
 彼の場合、一旦、IT業界の外に飛び出して行った。
 実家の商家を継ぎ、レンタルDVD店を開業し大成功した。
 その経験から、インターネットを通して大量のコンテンツが消費されるという未来を見通し、アダルトビデオの版権ビジネスを手掛けるようになった。
 OGR.comを立ち上げてからは、アダルト動画配信、ライブチャット、オンラインコミック、オンラインゲームなどの様々なインターネットサービスを展開する。
 柴田社長はOGR.comが一部上場するタイミングで『本当はアダルトには興味が無い』と発言し、それらの事業を分社化している。
 上場後は、社会インフラに関わるネットサービスの展開に注力していた。
 その一つが、少子化対策として国が後押ししている結婚情報サービス事業だった。

「実は、うちの社員から聞いたんだがね」
「はい」
「シーバードのサービスがうちより一ヶ月早くリリースされると聞いてね」
「はい」

 桜子が石橋課長にリークしておいた情報だ。
 元は雄一から得た情報だった。
 彼には悪いが、柴田社長と会うためにこの情報を利用させてもらった。

「うちも負けてはいられない。そこで、裏表の無い安田さんに相談なんだが......」

 もはや、金沢課長は蚊帳の外だった。
 桜子と柴田社長だけで話が進んでいた。

「リリースを早めることは可能かね?」


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 8月6日(木) 午後一時。
 データセンターにて。
 7階のサーバ室。

ゴオオオオ

 空調の音が響く。
 キンキンに冷え切ったその部屋の一角。
 この日のために集められたメンバーが雄一をぐるりと取り囲む。
 その数、14人。
 その円の外側には、昨日搬入されたばかりの本番サーバがLEDランプを点滅させている。
 今日から本番環境構築。
 取り掛かりが4日遅れたことでスケジュールが押している。
 来週8月10日の月曜日から始まるシステム・性能テストとユーザによる操作教育、そして受入テストに間に合わせるには、8月6日から8月9日までの4日間で本番環境を構築しなければならない。

「じゃ、皆さん。今日はよろしくお願いします!」

 雄一は空調の音に負けないくらいの大声を出した。
 まず、集まったメンバーに冊子を配る。
 表紙には『本番環境構築手順書』と書かれてある。
 全員の手に行き渡ったことを確認し、自分を取り囲むメンバーを見渡した。
 そして、こう言った。

「今から、皆さんに本番環境の構築を行っていただきます。事前に説明した通り、誰でも出来る手順書とスクリプトを用意しました」

 構成されるメンバーは、業務チームのメンバーばかりだった。
 プログラミング技術や業務知識はあるが、Linuxやインフラの知識に疎い者ばかりだった。
 それこそ、昨日まで「『df』コマンドって何?」と質問して来た者もいる。


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 遡ること3日前の、8月3日(月)。
 会議室にて。

「業務チームのメンバーを調整出来ませんか?」

 雄一は、池江と谷中に打診した。
 インフラチームが本番環境を構築している間、業務チームはテストデータの準備やテストシナリオを作る予定だ。

「つまり、俺たちの作業を後回しにしてインフラチームの支援に回れってことだな」

 雄一の言わんとすることを察した池江は眉をひそめた。

「ふぅん」

 池江は谷中の方を向いた。

「......そうですねぇ」

 谷中は少し笑った。

「何がおかしいんですか? サーバ搬入が遅れてプロジェクトとして危険な状態なんです。プロジェクトメンバーとして支援願います!」

 雄一は語気を強めた。
 相手に有無を言わせないくらいの強さで。
 だが、谷中は落ち着いたトーンでこう問い掛けた。

「有馬さんが逆の立場だったらどうですか?」
「え?」

 業務チームの手伝いをしろと言われたとしたら?
 ......ってことか。
 今みたいに切羽詰まった状態だったら、ちょっと頭を下げられたくらいじゃまず引き受けないだろう。

(はっ!)

「私たちだって、スケジュールが詰まってて忙しいんですよ」

 業務リーダー二人の冷たい視線が痛い。
 ここのところ、プロジェクトマネージャーとして順風満帆過ぎた。
 つまりは奢っていた。
 遅れたスケジュールを巻き返したいと焦っていたせいもある。
 雄一はプロジェクトマネージャーとして、本当にしなければならないことを思い出した。

「お願いします! 助けてください!」

 卓に手をつき、深く頭を下げた。
 メンバーに気持ち良く仕事してもらうこと。
 それがプロジェクトマネージャーである自分の役割だ。
 偉そうな自分には今日でサヨナラだ。

「頭、上げなよ」

 池江の声で顔を正面に向けると、二人の業務リーダーはニヤニヤ笑っていた。

「ま、頼まれると思って、俺たちも作業を前倒しでやってるんだよ」
「え?」
「サーバが搬入されるまでの数日間。その間でテストデータの準備も、テストシナリオの作成も終わらせます」

 谷中の言葉で全てが繋がった。

「つまり、俺のことを......」
「おいおい、からかった訳じゃないぜ」

 だが、雄一は怒る気にはならなかった。
 むしろ、状況を考えて先回りしてくれた業務リーダー二人に感謝した。

「で、有馬PM。インフラについて素人の俺たちに頼ろうなんざ、単純にマンパワーが必要ってことか?」
「はい」
「悔しいがあの頭の切れそうな小娘、その辺りに秘策でも授けられたか」
「そうです。誰でも本番サーバを構築出来る方法を用意するつもりです」
「誰でも?」
「皆さんのような、それこそLinuxが苦手な方たちでも、です」
「言ってくれるね。借りは返してくれよな」

 池江はフッと笑った。


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「皆さん、各自担当するサーバのコンソールの前に移動してください」 
「有馬さん。質問」
「何ですか? 池江さん」
「俺はアプリケーションサーバ1号機の担当になっているが、どのサーバだ?」
「各サーバに付箋を貼ってます。そこに名前が書いてありますよ」
「おっ。あった、あった」

 そうと言いながら、池江はコンソールの前に立った。
 他のメンバーもそれに倣う。

「では、Linuxのインストールから始めて下さい」

 皆、手順書をめくりながらそれぞれのスピードで作業する。
 雄一は、メンバー達の肩越しに作業状況を確認した。
 滞り無く進んでいる。
 30分後、全台のLinuxインストールが完了した。
 雄一はこの『人海作戦』に手応えを感じた。


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 遡ること4日前の、8月2日(日)。
 休日返上で、インフラチームは会議室に集まった。
 本番構築の遅れをどう取り戻すか。
 それをインフラチームで検討していた。

「自動化する」

 秋華がポツリとそう言った。

「サーバ構築を?」
「そう」

 聞き返した雄一に、彼女はそっけなく答える。
 そして、こう続けた。

「私達が手でやろうとしていた事を手順化する。それこそ誰でも出来るくらいのレベルに。それを沢山の人間に一斉に実行してもらう」

 黒髪を二つ結びにした秋華の小さな唇から、シンプルだが効果的なアイディアが飛び出した。

「それはいいですね」

 藤澤も同意する。
 新しくインフラチームのメンバーに加わったサガスの吉田も頷いた。

「でも、二つ問題があるな」

 そう言う雄一の方に、全員が視線を向けた。

「まず一つ目。サーバは14台ある。14人も集められるのか?」
「他チームからの力が必要ですね。それを調整するのがPMの仕事では?」
「藤澤......」

 雄一は、辛口な後輩をつい睨んでしまった。

「14人の内、4人は俺たちインフラチームで何とかなるか」
「だめ。PMには監督になってもらう。その間、私と藤澤さんと吉田さんは他のインフラ作業をする」

 今度は秋華に否定された。

「他のインフラ作業って?」
「システムテストと性能テストの準備」
「あ!」

 雄一は思わず手を叩いた。
 周囲の視線が冷たい。

「本番環境構築が完了したら、すぐにシステムテストだったんですけど......知らなかったんですか?」

 藤澤の声は呆れていた。

「い、いや......。知ってたさ。もちろん」
「じゃ、その準備をいつやろうとしてたんですか?」
「構築の合間とかに」
「あはは」

 乾いた声が会議室に響いた。
 構築ばかりに頭が行っていて、次工程のことが疎かになっていた。

「PM。二つ目の問題は?」
「あ、ああ......」

 秋華に促され、雄一は答えた。

「そのバッチや手順を作ったとしてそれを試す環境が無いだろ? まさか本番環境構築のタイミングで、それをぶっつけで実行して色々問題起こす訳には行かないだろ?」

 秋華が言う自動化とは、完璧な手順を前提にしたものだ。
 実行する人間は余計なことを一切考えず機械の様に、自動的に手順をこなしさえすればいい。
 その手順を作る環境が無い。

「要は、リハーサル環境が必要ってこと?」
「そうだ」
「業務に事情を話して開発サーバを一台使わせてもらう」

 手順作成専用に融通させてもらうしかなかった。
 秋華がそう答えると、全員の視線が雄一に向けられた。

「え......?」

 また、調整ごとか。
 それがプロジェクトマネージャーの仕事だ、と全員の目が語っている。
 結局、業務に頭を下げてアプリケーションサーバを一台、本番構築検証用として使わせてもらった。
 手順書に登場するバッチ、その一つ一つが想定する動きをするか。
 ミドルのインストール手順のスクリーンショットの順番はおかしくないか。
 雄一たちは検証サーバを使い、作成した手順を何度も繰り返した。
 一台しかサーバが無いので、今日はデータベースサーバ、明日はアプリケーションサーバと、作っては初期化を繰り返した。
 想定した環境が出来るかを何度も検証した。
 そうして、再搬入までの4日間は飛ぶように過ぎて行った。


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「では、GNOME端末を開き、それぞれのワークディレクトリに移動してください。そして、そこにあるシェルを叩いてください」

 パシ、パシとリターンキーを叩く音が聞こえる。
 それぞれの画面に、シェルの実行結果が表示される。

「実行結果が出力されたログと、パラメータシートを比較し、間違いが無いか確認をお願いします」

 皆、パラメータシートをパラパラとめくる。
 そこに書かれたパラメータの値と画面に表示されている値が同じか比較している。
 OKであればチェックボックスにチェックを入れている。
 シェルで一気に設定したカーネルパラメータに間違いが無いか確認してもらっているのだ。
 数が多いので、比較に時間が掛かっている。
 一時間後、チェックが入ったパラメータシートを受け取る。

「じゃ、皆さん、一斉にOracleClientをインストールしてください」

 全員、手順書をめくりながらそれぞれのスピードでインストール作業を始めた。
 全てが滞りなく進んだ。
 日が暮れる頃には全14台のサーバに最低限の設定が施された。
 一人で一台ずつやっていれば一日でこれ程進むことはなかっただろう。
 後日、ORACLEのRAC構築やデータベースの作成などの特殊な部分はインフラチームの手で行う。
 それを差し引いても、多数の人間を機械の様な作業者に仕立て上げたこの作戦は、遅れを取り戻すのに十分だった。

つづく


登場人物などの各種設定

★お知らせ

今月は、前回好評だった『ちゃお 漫画セット特集』を行います。

更にパワーアップした今年の漫画セットで、漫画道!

ちなみに前回はこんな感じでした。

Comment(6)

コメント

桜子さんが一番

多重請負について、だいたいのコラムニストの方が仰っていることはよくわかりますし、自分も3次、4次請けで仕事したこともありますが。
これ、突き詰めてしまうと資本主義の否定になると思うので、僕は賛成も反対もしない派です。

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


>多重請負
私も賛成とか反対とかありません。
話を面白くするために、多重請負をする側の人を悪役にしているだけです。


まぁ、、、、、
プロジェクトが一過性である以上、沢山の人を抱えておくのは難しい。
必要な人をその都度とっかえひっかえするのは、IT業界では仕方ないのかもしれませんね。
技術が蓄積されないとか、中抜きがどうのこうのとか、不当な働き方をさせられるとか
色々言われますが、本人が嫌なら転職すればいいし、自分で会社を興せばいいのではとも思います。

VBA使い

ネットサービスの展開に注力「し」ていた。


色々問題起こす訳には行かない「かない」だろ?


桜子が石橋課長にリークしておいた情報だ。
→石橋課長って誰だっけ?
登場人物一覧にも出てない。。。

湯二

VBA使いさん。

コメント、校正ありがとうございます。

>石橋課長って誰だっけ?

OGR.comの情シス担当です。
藤澤がキャロットに流れ着いたころのちょい役で、その後登場シーンがありません。
しっかし、連載が長期化するとともに登場人物も増えてきました。
一週間に一回、二回の連載だと、目立たない登場人物は皆さんの記憶から消えて行ってもおかしくないですよね。。。

登場人物一覧を更新しました。

VBA使い

ありがとうございます。21話に確かにいましたね。

湯二

VBA使いさん。


こういう、出番が少ない役は忘れがちです。
作者もExcelで登場人物を管理していますが、追い付きません。

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