常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 しょっぱいマネージャー】第三十四話 誰のシステム

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 データセンターは都心から車で約30分離れた郊外に建っている。
 それは真っ白な壁で覆われた無機質な10階建ての建物だった。
 35度を超える気温の中、建物は強い日差しに照らされてその輪郭が揺れて見える。
 その建物の小さな入り口に、続々と人が入って行く。
 ある者はスマホに向かって怒鳴りながら、またある者はノートパソコン片手に小走りに、それぞれが何かに追われるかのように。
 データセンターに面する道路にはズラリと車が列を作っていた。
 次から次へと車から人が降りてくる。
 それらの人たちもまた、データセンターに吸い込まれて行く。
 そんな光景を、道路を隔てた運動公園で遊ぶ親子連れが不思議そうに見ている。

「タクチーがいっぱい」

 一人の男の子が、データセンターの前に続々と到着するタクシーを指差しそう言った。

「そうだねー」

 その子の父親が笑顔で応える。
 休日の和やかな光景だった。
 その中の一台のタクシーから降りた雄一は、その親子連れを見てこう思った。

(目の前の建物で繰り広げられている修羅場のことなど知る由もないんだろうな)

 道路を挟んで存在する二つの世界。
 その余りの落差に、しみじみそう思った。
 雄一は三浦部長に呼び出されてから、一時間掛かってようやくデータセンターに辿り着いたのだった。

「これがデータセンター」

 雄一は白いビルを指差し、秋華に教えた。

「へぇ......」

 秋華はいつもの無表情だったが、声はどこか上ずっていた。
 初めてのデータセンターに期待と不安が入り混じっているのだろうか。


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「やっと来たか」

 7階のロビーに着くと、疲れた様子の三浦部長が出迎えてくれた。

「お疲れ様です」

 挨拶し、辺りを見渡す。
 エンジニアと思われる人々が折り畳み式の机にノートパソコンを置いて作業をしている。
 机が足りないのか、床に直接座ってキーボードを打っている者もいる。
 恐らく、今回の障害で被害を受けたシステムの担当者達だろう。
 ノートパソコンから伸びる黒い電源ケーブルや、水色のLANケーブルが白い床の上を所狭しと這っている。

「原因? うちじゃないですよ! 電源交換に失敗したんです! だからうちじゃないって!」
「今、メンバーを呼び寄せてます」
「復旧の目途は......ちょっと分かりませんね」
「バッチの方は全滅です。明日再実行するつもりです......ていうか、明日実行出来るかも怪しいですが」
「過去最大の障害ですよ!」

 皆、叫んでいた。
 前触れも無くシステムが落ち、呼び出されれば誰でも混乱するだろう。
 雄一も経験しているからよく分かる。
 しかし、今回はレベルが違った。

「有馬君。ネットニュース見たか?」
「はい」
「原因は電源交換作業での不手際らしい。そのせいで建物全体の電源が切れた。その数秒の間にサーバが全停止した」
「UPSは作動しなかったんですか?」
「分からない。そこまで原因調査が進んでないらしい。そんなことより今はシステムを復旧させることが先決だ」

 確かに。
 だが周りの混乱をからすると、他システムの復旧は進んでいないように見えた。
 雄一は自分が担当するシステムが、無事に復旧出来るのか心配になって来た。

「三浦部長」

 サーバ室から池江が出て来た。
 家でくつろいでいたのかTシャツにジーンズというラフないでたちだった。

「サーバの起動を待ってくれって言われた」
「誰に?」
「データセンターの管理者に」
「何故?」

 データセンターには200を超えるシステムのサーバが入っていた。
 皆、我先にと自分が担当するシステムのサーバのスイッチを入れようとした。
 そこで『待った』が掛かった。

「一斉にサーバを起動すると、建物の電圧の関係でまた停電を起こすらしい」
「そんな......」
「今、起動する順番を決めている。うちは恐らく100番目くらいじゃないか?」

 各社で話し合い、クリティカルなシステム--つまり社会としてなくてはならないシステムから起動することに決まった。
 役所のシステムや、カード会社の決済システム、エネルギー関連のシステムなどが優先された。
 雄一が担当する結婚情報サービスシステムは、それらと比較され後の方に回された。
 三浦部長と雄一のスマホがひっきりなしに振動する。
 システムを使う現場からの問い合わせだ。
 システムが動かないと、会員登録も、マッチングも、カウンセリングも行えない。

「もっと早く出来ないか、掛け合ってみる」

 と、三浦部長は言い残しサーバ室に入って行った。

「有馬さん」
「PM......」

 秋華と池江を前にして、雄一はどうしたものかと考えた。
 悶々とただ待っていても仕方がない。

「あっ」

 雄一は手を叩いた。

「何だ? どうした?」
「新サーバ、あれがどうなったか確認して来ます」

 もう一つの大事なことだった。
 喧噪に気圧されて、頭の片隅に追いやられていた。
 急ぎ足でサーバ室に向かう。


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ゴオオオオ。

 空調の音が響く室内は、壁も床も真っ白だ。
 二メートルくらいの黒いラック林立している。
 雄一は迷路のようなラックの森の中を進み、目的の場所まで急いだ。

「お疲れ様です」
「あ、有馬さん。お疲れ様です」

 作業着姿の男が頭を下げる。
 彼が向き合っているラックには、新しい本番サーバが設置されていた。

「順調に進んでそうですね。良かった。停電騒ぎで作業が停まってないか心配だったんです」
「いや......そのことで電話しようと思ってたんですが」

 設置業者のその男は、もごもごと何か言いづらそうだ。
 ラックの中に収まったサーバのLEDは点灯していなかった。

「そっか、電圧の関係でスイッチを入れられないんですね」
「......そうじゃないんです。申し上げにくいんですが......マザーボードが壊れてしまいました」

 サーバ設置作業中に停電が起きた。
 設置が終わりサーバのスイッチを入れようとした。
 まさに、その瞬間だったそうだ。
 その影響でハード障害が起き、設置する予定のサーバ全てが立ち上がらない状況なのだという。

「そんな......」

 絶句する雄一に、作業員はこう続けた。

「新しいマザーボードの取り寄せには、およそ3日は掛かります」
「えっ!」

 雄一は背中が粟立つと同時に、腹の奥底から言いようのない苛立ちが沸き起こって来るのを感じた。

(くそっ! 誰だよ! 停電させた奴は!)

 会ったことも無い人間に、心の中で悪態をついた。
 そんな雄一の周りでは、エンジニア達が慌ただしく復旧作業を始めていた。
 コンソールに向かい、メンバーで協力し合いながらシステムを起動させている。
 脇目も振らず作業に没頭するその姿を見た雄一は、冷静さを取り戻した。

(そうだ。犯人のことを考えても仕方がない。今は現行システムの復旧と、新システムのサーバ構築スケジュールを考えなければ)

 雄一はメンバーがいるロビーに戻ることにした。


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 サーバ室の扉は開いたままになっていた。
 普段はIDカードと指紋認証による開錠が必要だが、人の行き来が余りに多いため開放という特例措置が敷かれたのだろう。

「有馬さん」
「おお、藤澤。あ、谷中さんも」

 連絡が着いたメンバー達が集まっていた。

「PM、指揮を」

 秋華に促され、雄一は全員を集めた。
 各チームのリーダーと、そのメンバーが数名。
 それらが雄一を中心にグルリと円を作った。

「まず、現行システムの復旧が最優先です」

 雄一がそう宣言すると、池江から質問が上がった。

「いつ頃、取り掛かれそう?」
「そうですね。他のシステムの復旧が予想以上に早いみたいで、うちの番が来るのは10分後くらいです」
「分かった」
「どれくらいで起動出来そうですか?」
「どれくらいって言われても......システムの起動なんて運用開始して以来だからな。まず、手順から思い出さないと」

 考え込む池江の肩を、谷中がポンと叩いた。

「手順書なら持って来ましたよ。これで何とかなるでしょう」

 谷中は紙袋からバインダを取り出した。
 それを手にした池江は、ペラペラとめくりこう答えた。

「じゃ、谷中さん。後で手順の読み合わせでもしようか?」
「そうですね」

 池江と谷中は顔を見合わせ笑った。

「お前ら、修羅場での復旧方法を良く見とけ。ある意味、いい経験になるぞ!」

 池江はチームメンバーに発破をかけた。

「有馬さん」
「何だ? 藤澤」
「サーバを起動した後、ミドルウエアを起動しますよね。その前に日時を確認した方がいいと思います」
「なんで?」
「データセンターにあるNTPサーバも停止したんですよ。現行サーバはそのNTPと時刻同期しています。現在の時刻とサーバの時刻がずれてないかdateコマンドでもいいので確認するようにして下さい」

(ナイス。藤澤)

 雄一は彼に向かって親指を立てた。

「では、池江さんを中心に業務チームはシステムの起動に取り掛かって下さい。現場にはあと一時間を目途に復旧すると伝えておきますが、もしもそれより時間が掛かりそうだったら私に連絡をお願いします。インフラチームは私と一緒にここに残って、今後についての打ち合わせをしましょう」

 皆の「はい」という返事を受ける。
 全員が一つの目標に向かって足並みを揃え始めた。


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「本当なら明日から本番環境の構築に取り掛かるはずだったんですが......」
「サーバ設置はいつ終わる?」
「8月5日になりました」
「ふむぅ......」

 三浦部長は腕を組んで黙り込んでしまった。
 ロビーの一角。
 藤澤、秋華と三浦部長、そして雄一は卓を囲んでいた。
 卓の上にはA3用紙が置いてある。
 そこにはラフなスケジュールが書かれていた。

「本番環境の構築が当初より4日遅れ、8月6日開始になります」

 設置が遅れたことで、本番環境の構築スケジュールが圧縮された。
 来週8月10日の月曜日から始まるシステム・性能テストに間に合わせるには、8月6日から8月9日までの4日間で本番環境を構築しなければならない。
 当初、8日間のスケジュールが引かれていた。
 それから比べると4日間も減ったことになる。

「ハッキリ言うと、かなり厳しい状況です」
「分かっている」
「不測の事態により、システムの構築が間に合いません。納期の見直しをお願いします」

 雄一は顧客担当に向かってそう宣言した。
 こんな事故が起こる前からスケジュールはギリギリだった。
 むしろこの事故のお陰でスケジュールを伸ばせるなら--という希望があった。

「それは無理だな」
「そんな......この前、約束したじゃないですか? 何か不測の事態があれば即、納期の見直しさせて下さいって」
「聴きはしたが約束した覚えはないな」

 雄一はこの顧客担当に対して、初めて怒りを覚えた。
 噛み締めた奥歯がギリッと鳴る。

「来月にリリースすることは現場にも周知してある。今更変えることは出来ない。何より経営陣の判断だ。今更、変えることは出来ない」
「現場とか経営陣とかよりも、ユーザが優先じゃないんですか?」

 ユーザとは、このシステムを利用して結婚相手を探す会員のことだ。
 三浦部長や経営陣の考え方は、その人達のことを置き去りにしたものだった。 

「急いで作ったらシステムの品質が落ちます。一番迷惑を受けるのはそんなシステムを使わされるユーザじゃないんですか」
「まず作ってしまうこと。多少の抜けはリリース後にフィードバックして行けばいい。兎に角OGR.comより出来るだけ早くリリースすることだけを考えてくれ。君たちエンジニアは我々の言うことだけを聞いていればいい。ユーザをどうフォローするか、それは我々が考えることだ」

 雄一は腑に落ちなかった。
 確かに自分たちは雇われで、本当の顧客はシステムの発注者であるシーバードだ。
 そして、目の前にいる三浦部長はその顧客側の窓口だ。
 つまり、彼が言うことはすべて顧客であるシーバードの考え方そのものだった。
 契約上、雄一はその考えに従ってシステムを作りスケジュールを遂行するのは当然だった。
 だが、その当然を履行することで品質の悪いシステムが出来上がったとした場合、一番迷惑をするのはユーザだ。
 何より、そんなシステムを世に出すことは自分のプライドが許さない。
 雄一は顧客とユーザとの板挟みになり頭を抱えた。

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「全てはユーザのために」
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 桜子の言葉が脳裏に浮かんだ。
 と、同時に言葉が口を突いて出た。

「俺は納期の延長を提案します」

 顧客であるシーバードの意思を背いてでも、主張したかった。
 我慢比べの様に沈黙が流れた。

つづく


登場人物などの各種設定

今年も読んでいただきありがとうございました。

Comment(2)

コメント

桜子さんが一番

お疲れ様でした。良いお年を

湯二

桜子さんが一番さん。


毎回コメントありがとうございます。
励みになりました。
来年もよろしくお願いいたします。

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