常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 しょっぱいマネージャー】第三十三話 完璧なママ

»

 8月1日(土)。
 気温35度、晴天。
 雄一は四越デパートの入り口にあるライオン像の前に立っていた。
 向かいのビルに掲げられているデジタル時計を確認する。
 9時30分。
 期待で胸が高鳴り、待ち合わせ時間より30分も早く来てしまった。
 それは、これから会う人物が雄一にとって最も楽しみで気になる人物だったからだ。

(緊張するなぁ......)

 ポケットからスマホを取り出し、ドラゴンファンタジーのアイコンをタップした。
 ドキドキを紛らわせるために、行き交う人々に目もくれずスマホをいじる。
 ディスプレイにはドラゴンファンタジーの戦闘シーンが映っている。
 青軍に属する雄一は、ライオン像を占拠している赤軍のプレイヤーと死闘を繰り広げていた。
 遠隔地にいる敵プレイヤーの名前は『autumn flower』。
 世界地図をゲームマップに見立てたこのゲームは、陣取りとRPGを足した様な構成だ。
 世界各地にある名所などをポイントとして定義し、青軍と赤軍に分かれたプレイヤー同士でそれを取り合いさせる。
 各軍の勢力はゲームマップの色具合で分かる。
 戦闘はタワーディフェンス型のキャラバトルで、自軍のデッキをどんなキャラで構成するかが勝敗のカギを握っていた。
 雄一は動きが速い盗賊に先陣を切らせ侵攻を食い止めつつ、後方からミサイルで敵のタワーを攻撃する作戦を取っていた。

「よし! 行け!」

 タップする指に力が入る。
 盗賊を大量投入することで、主力を敵のタワーまで到達させることが出来た。
 タワーを破壊し始める。
 だが、そこで異変が起きた。
 敵のタワーからゴーレムが3体同時に現れた。

「こんな隠し玉があったとは」

 雄一はスマホに向かって思わず叫んでいた。
 動きは遅いが鉄の壁のように防御力の高いゴーレムが、ノシノシと雄一のタワーに向かっていく。
 自軍がなぎ倒されて行く。
 そのゴーレムを魔導士が回復魔法で補佐する。
 調子に乗って出し過ぎた盗賊の出動が追い付かない。
 ミサイルも尽きた。
 雄一のタワーはあっけなく壊された。

「くそっ!」

 人目もはばからず地団駄を踏んだ。
 再戦を挑むも、一蹴される。
 もう一度。
 更にもう一度。
 相手はそれを嘲笑うように、一蹴する。
 レベルはお互い変わらない。
 プレイヤー『autumn flower』と自分『yu1』は何が違うのか。

(そうか、キャラクターか)

 ならば、強いキャラを調達するまでだ。
 普段はしない課金をして高レベルの強キャラをゲットし投入する。
 が、勝てない。
 熱くなり過ぎて手から汗が噴き出していた。

「あっ!」

 手の平からツルリとスマホが滑り落ちた。
 拾おうと屈み手を伸ばすと、スマホが道行く人の爪先に当たり数メートル先へ地面をスライドして行く。

「あわわ」

 前屈みのままスマホを追いかける。
 女もののローファーが目に飛び込んで来た。
 その爪先に当たり、スマホは停止した。

「すいません」

 雄一はスマホを手にし顔を上げ、その女に謝った。

「あ」

 その女は雄一が待っていた人物だった。

「秋華さん」
「おはよ」

 驚く雄一に対して秋華は無表情で挨拶した。
 彼女は噴水の縁にチョコンと座っていた。
 黒いリボンが胸元に付いた白いブラウスに、黒いコルセットスカートという服装だった。
 長い黒髪を二つ結びにし、前髪は髪留めで横に流していた。

(か、かわええぇ)

 雄一はそれが犯罪になるかもしれないと分かっていながらも、目の前の未成年者に萌えた。
 時計は10時を過ぎていた。

「来てたんなら、声かけてよぉ!」

 雄一がおどけた様な困った顔で時計を指し示しながら言うと、

「ゲームしてた」

 とスマホに目をやりながら答えた。
 秋華のスマホにはドラゴンファンタジーの戦闘画面が映っていた。
 今まさに敵軍のタワーが崩壊する瞬間だった。
 と同時に、雄一のスマホが振動した。
 勝負に負けたことを伝えるバイブレーションだ。
 雄一こと『yu1』は『autumn flower』に今日10回負けた。

「ん? autumn flower......」

 雄一は噴水を背にした女子高生をまじまじと見た。
 彼女は大きな黒い瞳で見返して来た。

「あなたの思った通り」

 彼女は小さく頷いた。
 そして、こう続けた。

「ライオン像の前で人目も気にせず、呻いたり地団駄踏んだりしてる様が面白かったから」

 それで何度も勝負を受けていたのか。

「おっ、大人をからかうな!」
「ゲームに大人も子供も関係ない。熱くなった方が負け」
「くっ......」

 雄一は反論出来ず、拳を握り締めるだけだった。
 相変わらずぶっきら棒に返してくる。
 だが、そんな様子も雄一の目には可愛らしく映った。

「と、とりあえず、お茶出来るとこに行こうか?」


---------------------------------------------------------------

 コメダワラ珈琲店の窓際席で、秋華と向かい合っていた。
 彼女は雄一に目もくれず、ノートパソコンを広げ何やらプログラムを組んでいるようだ。
 化粧っ気のない顔は、正面から見ると陽光を照り返してツルっとしたゆで卵みたいだった。
 若い肌はきめが細かく光を跳ね返すのだった。
 雄一は彼女の綺麗さに目を細めた。

「何?」
「あ、いや......」

 見惚れてしまっていた。
 仕事という殻を取り去って、こうして彼女と相対すると心の振り幅が大きくなる。

(気を紛らわせよう)

 今頃、データセンターには本番サーバが搬入されている頃だろう。
 すぐに本番環境構築と行きたかったが、業者からは設置作業に一日は掛かるだろうと電話があった。
 台数が台数なだけに、それくらい時間が掛かる。
 それは事前に渡されたスケジュールからも分かっていた。

「土曜は皆さん休んでください」

 雄一は昨日、夕会でそう宣言した。
 そんなこと言われなくても土曜は休むのが当然だ。
 だが、カットオーバーが丁度一ヶ月先のこの差し迫った時期に休む余裕が無いのも事実だった。
 だけど、どちらにしても前述のサーバ設置作業を待つ間は何も出来ない。
 ということで、雄一は秋華を誘い出してお茶している。
 本音は彼女と会う時間を作るために、不可抗力を建前に休みを作ったのだった。

「PM。今日休んで大丈夫?」
「うん。休みも取らないとメンバーの士気も上がらないからね」
「来月、運用開始だけど。手順書とかコマンドの整理とかやることある」
「ま、そうだけど。今日は秋華さんに頼まれたものを聴かせたかったからさ」
「じゃ、早く」

 秋華は手の平を向け催促した。
 雄一はカバンからCDを取り出した。
 それを受け取った秋華は自身のノートパソコンにセットし、イヤホンで聴き出した。
 それまで素っ気なかった顔に赤みが差し、笑顔になった。
 しかも鼻歌まで奏で出した。
 秋華の耳に流れているのは、キングジョージの音源だった。

「スズカのインディーズ時代の音源を聴かせてあげる」

 今日はそういう理由で誘い出すことに成功した。
 内心、スズカにはすまないと思っているが、雄一は彼女をダシにして秋華とこうしてお茶することが出来た。
 どちらにしても、スズカにはいつかお礼をしなければ。
 ところで、カットオーバーまで一ヶ月。
 ということは、彼女と一緒に仕事出来るのも一ヶ月だった。
 雄一は彼女との関係構築も、巻きで取り組んでいた。

「そのドラム、俺が叩いてるんだぜ」
「ふぅん」

 そんなのどうでもいいみたいだった。
 雄一は何だか自分が18歳の小娘に振り回されてるみたいで、情けない気分になったが、惚れた弱みでどうすることも出来なかった。

「ところでなんで、さっき勝ち続けることが出来たの?」

 秋華がイヤホンを外したところで、ドラゴンファンタジーの件を質問した。
 スズカの話題ばかりだと面白くない。

「解析してるから」
「え?」

 秋華はノートパソコンを雄一の方に向けた。
 ディスプレイには何やらグラフや表が映っている。

「これは......」
「ネット上のブログやSNSから、ドラゴンファンタジーについて書かれた部分を定期的にスクレイピングしてる。集めたデータを家にあるAIに解析させて必勝パターンを解析してる」
「す、すごいね」
「こんなの大したことない」

 雄一はエンジニアとして素直に彼女のことをすごいと思った。
 彼女はゲームの作り手側に立とうとしていた。
 反対に自分は同じ年の頃、何も考えず楽しい楽しいと与えられたゲームで遊んでいただけだった。

「闇雲に課金して勝とうとするのは愚行」
「くっ......」

 まるで自分のことを言われたみたいで、多少傷ついた。

「秋華さんは将来、やっぱり大学に行ってAIの研究をするの?」

 気を取り直して、彼女の進路について訊いてみた。
 卒業後は地元にいるのかどうなのかは、重要だった。

「大学とか社会人になるとかは考えてない」
「え......?」

 雄一は絶句した。
 それを気にする様子でもなく、こう続けた。

「でも、作りたいものはある」
「それは一体......」
「ママ」

 秋華の瞳に強い意志を感じ、雄一は息をのんだ。

「ママは私が5歳の時、病気で死んだ」
「そうなんだ......」
「もっと色々話がしたかったし、色々な場所に行きたかった」

 重苦しい話に雄一はこう返すのがやっとだった。

「でも、どうやって」

 雄一の母親は健在だ。
 一緒に住んでるのもあり、うざったいと思うこともある。
 だが、ずっと元気で生きていて欲しい。
 だから、秋華が死んだ母親を作りたい気持ちも良く分かる。
 だが、そんなこと出来る訳が無い。
 そう思ったと同時に、閃いて物事が繋がった。

「AIか」

 秋華は小さく尖った顎を上下させた。

「このパソコンにはママの写真、音声、描いた絵、文字、私の知ってること全てが入ってる。それを解析してママのAIを作る」

 雄一は思った。
 彼女がAIの精度にこだわるのも、このプロジェクトを成功させ世の中に自分のAIを送り出すのも、全ては自分の母親を蘇らせるためか。
 ドラゴンファンタジーの攻略も、このプロジェクトも、全ては彼女が作ったAIにとっての試金石だったのだ。
 それは完璧なママの構築に繋がる。

「す、すごいエンジニアリングだ。その人のデータから、その人自身の人格を作り出すなんてすごい技術だよ」
「エンジニアリング? 私はママに会いに行こうとしてるだけ」

 事も無げにそう言う秋華に、雄一は適わないと思った。

「でも、黒装束のあの人には勝てない」
「ああ......」

 次は桜子か。
 秋華は遠い目をしていた。
 まるで目の前の雄一など居ないかのようだ。
 スズカにママに桜子か。
 雄一は負けてばかりだった。

(このまま負けてばかりじゃいられない。勝つことは出来る。何たって、彼女は俺のプロジェクトのメンバーなんだから)

「秋華さん!」

 突然手を掴んで来た雄一に、秋華は目を丸くした。

「誓うよ! 君のAIを成功させて見せる!」

 この困難なプロジェクトを成功させ、秋華のAIをマッチングエンジンとして世に送り出す。
 それこそが雄一の男としての見せ場であり、彼女の夢の第一歩だった。

「うん」

 秋華は戸惑いながらも、小さく笑顔を作った。

ブルルル

 雄一のスマホが振動した。

(何だよ、いい時に)

 そう思いながらディスプレイを見ると『三浦部長』と表示されていて、気が引き締まる。
 サーバの設置が予想よりも早く終わったかと思い、通話ボタンを押す。

「有馬君」
「はい」
「大変だ。現行システムが使えない」
「えっ......」
「他のメンバーも呼び寄せている。今からデータセンターに行って見に来てくれないか?」

 タクシーで向かってくれ。
 領収書は貰っといてくれ。
 そう言い残し、電話は切れた。

「ん?」

 秋華が不思議そうに首を傾げている。


---------------------------------------------------------------

 タクシーは渋滞の中をノロノロと進む。
 雄一と秋華がお茶してた場所から、データセンターまで車で30分の距離だ。
 それが、30分過ぎても未だに現地に到着しない。
 後部座席に座る雄一は車窓から外の風景を見た。
 風景から判断すると、今やっと半分の距離を過ぎたところだろう。

「いつもはこの道って、空いてるんですけどねぇ......」

 運転手が困った様な声で話し掛けて来た。
 確かに片側3車線の道路に車がギッシリ詰まっている。
 それも雄一が目指す方角の車線だけ。

「何かイベントがある訳でもないのに......」

 運転手は首を傾げた。
 雄一は周りの車がタクシーばかりだということに気付いた。
 中に乗っている人々は自分と同じように、進まない車の中でジリジリ焦りを感じている様に見える。

「見て」

 隣に座る秋華がノートパソコンを、雄一の膝の上に置いた。

  ITネットニュース

   株式会社ノーザンネットが提供するデータセンター設備において、20XX年8月1日(土)11時に10秒間の停電を起こした。
   そのため、当該データセンターのサーバ類が全て停止した。
   データセンターを利用しているシステム(各種カード株式会社、地方都市県庁、地方都市エネルギー株式会社含む約260社)が現在も停止中。
   各企業のホームページの閲覧やカード決済などが出来ない状況となっている。
   全システムの復旧の目途は立っていない。

 ブラウザに表示されている文字を読んで、雄一は血の気が引いた。
 どういう原因で停電が起きたのかは分からないが、自分が担当するシステムを含め社会インフラともいえる基幹システムまでもが全て停止したことはショックだった。

「電源設備の切り替えで、不手際があったみたい」

 秋華がネットの海から様々な情報を拾って提供してくれる。
 やらかした当事者は今頃、逃げ出しているのだろうか。
 犯人探しをしてもしょうがない。
 恐らくこの道路を埋め尽くす車は、全てデータセンターに向かっているのだろう。
 もちろん、中に乗っているのはエンジニア。
 そう、それぞれが担当しているシステムを復旧させるために。

(あっ......)

 雄一は設置中の本番サーバのことを思い出した。
 何もなければいいが、嫌な予感がする。

つづく


登場人物などの各種設定

Comment(4)

コメント

桜子さんが一番

浮気もんやなぁ。秋華ちゃんカワイイけど、、、

foo

前回の今回ということは、さてはこの停電はただの偶然じゃなく……と真っ先に疑いたくなるシチュエーションだが、果たして真相やいかに。
いいところで年末年始というのがなかなか悔しいところ。

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。

>浮気
いちおー雄一は誰とも付き合ってないです!
いやあ、恋は上手く行きませんなあ。

湯二

fooさん。


コメントありがとうございます。


>停電はただの偶然じゃなく
流石に反社でもデータセンターに忍び込んで、全停電とか無理でしょ。。。
作業員に成りすました仲間を派遣したとか。。。
話が荒唐無稽すぎるっ。


>年末年始
今週はあと一話あります。

コメントを投稿する