常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 しょっぱいマネージャー】第三十二話 人日遊び

»

 府中屋の事務所を訪れた桜子は、会議室に通された。
 着席して待つ。
 出されたお茶に手を付けようとした時、ガチャリと音がし扉が開いた。

「今日はお時間ありがとうございます」

 チャコールグレーの制服に身を包んだ、経理課課長の新山美穂が入って来た。
 数枚の紙を閉じ込んだクリアファイルを手にしている。
 彼女とは府中屋のサーバリプレース提案の時からの付き合いだった。
 敵対勢力の提案を退け、ステイヤーシステムとして受注を勝ち取ったが、府中屋の政治的な事情によりそれは反故になった。
 それさえなければ、桜子は元請けとしてその案件に携わるはずだった。
 今は二次請けの会社に常駐して、同案件に携わっている。

「福島課長はお元気ですか?」
「はい」
「有馬さんも?」
「はい」

 まるで何かを探るかのような問いが続く。
 彼女は桜子にとってエンドユーザだ。
 そのエンドユーザが元請けを飛び抜かして直接、いち担当者に声を掛けてくることなど有り得な無かった。
 確かに提案活動の時からの付き合いだが、実際のプロジェクトが始まってからはその付き合いにはある一定の線が引かれていた。

(もしや......)

 桜子は内心の動揺を悟られまいと、平静を装ってはいた。

「今日、来ていただいたのは安田さん。あなた自身のことについてです」

 本題に入ったと、思った。

「匿名でこんなメールが府中屋に届きました」

 美穂はクリアファイルから紙を取り出し卓の上に置いた。
 メールの文面をプリントアウトしたものだ。

「府中屋御中

 社のプロジェクトに関わる人物について投書いたします。
 安田桜子は、ステイヤーシステムと偽り御社と契約しています。
 彼女は本当はキャロット情報ブレーンの社員です」

 もう一枚は、キャロット情報ブレーンの社員証のコピーだった。
 そこには桜子の顔写真と名前が載っている。

「どういうことか、説明していただけますか?」

 桜子は黙したまま、卓の上に置かれた書類をじっと見つめていた。
 松永の置き土産が今頃になって、届いたということか。
 全ての縁が切れた彼にとっては、約束事などもう過去のことなのだろう。
 全てを話し、理解してもらって尚、仕事を続けさせてもらえるかどうかは微妙だが、黙っていては何も進まない。
 そう思い、口を開きかけた時、美穂がこう言った。

「都合が悪ければ、おっしゃらなくても結構です」
「え?」
「安田さんのことです。何か考えがあってのことでしょう。いつかで良いので、その時に本当のことを教えてください。それに......」

 美穂は首を傾げ、笑顔をみせた。
 栗色の髪が揺れた。
 手にした紙をクシャクシャに丸めた。

「このキャロット情報ブレーンという会社はもうありませんものね」

 それをゴミ箱に投げ捨てた。
 美穂は柔和な笑顔だった。
 
「新山さん......。い、いいんですか?」
「はい。安田さんにはいてもらわないと困ります。それに......こちらの無理を押し付けるような契約形態で仕事していただいているので。だから、細かいことは気にしませんから」


---------------------------------------------------------------

 会議室にて。
 雄一はマーカー片手にホワイトボードの前に立っていた。
 ボードにはラフな本番環境の構成図が描かれていた。

「データベースサーバが3台。アプリケーションサーバが3台。社内用、社外用Webサーバそれぞれ3台。バッチサーバが1台。AIサーバが1台。構築するのは全部で14台か......」

 雄一は呟いた。
 秋華と藤澤そして雄一の3人でインフラチームを組んでから、初めての打ち合わせだった。
 雄一は椅子に座る秋華と藤澤に向かってこう言った。

「本番環境構築に掛けられる工数は、最大でも一週間が限度だ」

 カットオーバーが二ヵ月前倒しになったため、システムテスト、受入テスト、ユーザ教育など本来なら一ヵ月以上先のイベントが、8月にぎっしり詰め込まれている。
 エンドから逆算して、各種工程に掛けられる期間を再見積もりする必要に迫られていた。
 そのことで先ほど、業務チームのリーダーともう一度話し合った。
 あと一ヶ月でリリースするには本番環境の構築をどれくらいのスピード感で終わらせればいいのか確認した。
 業務チームからは、

『最大で一週間』

 との回答を得た。
 それ以上掛かると後の工程で何かあった場合、リカバリ出来ないとしっかり釘を刺された。
 確かに他の工程との兼ね合いからすると、本番環境構築は8月の最初の週で完了させなければ運用開始が遅延する。
 それはプロジェクトの失敗を意味していた。
 だが、これらのサーバを一週間で構築しろというのは正直厳しいと思っている。
 しかも一通りの単体・疎通試験も含めてだ。
 自分で「一週間が限度」と言っておきながら、二律背反のような状況に雄一は頭を抱えた。
 困り果てた雄一の様子を、秋華と藤澤がじっと見ている。

「前のインフラチームは、本番環境構築にスケジュールを二週間も引いてますね」

 藤澤は田原が作ったスケジュールを見ながら独り言ちた。
 カットオーバーが11月ならそれでも良かった。
 だが、それが二ヶ月早まった今、二週間は長すぎた。

「一日一サーバずつ構築する予定になってます。サーバは14台あるから二週間っていう見積もりなんでしょうね」

 雄一はスケジュールを見た。
 例えばアプリケーションサーバなら、Linuxをインストールした後、TomcatとOracleClientをインストールする。
 その後、各種パラメータを設定する。
 その作業に、一日あたり一人の担当者が8時間担当すると設定されていた。

「おかしい......」

 雄一は違和感を感じた。

「このスケジュールなら一日あたり一人しか稼働してない。田原さんのところはメンバーが6人いた。その間、空いてる5人には何をさせようとしてたんだ? まさか遊ばせるつもりだったのか?」
「有馬さん、スケジュールをよく見て下さい。各サーバ構築の前提作業のところ」

 アプリケーションサーバ構築の前提条件のところに『データベースサーバ構築が完了していること』と書かれている。
 つまり、各サーバの構築は前提となるサーバの構築が完了していないと取り掛かれないスケジュールになっていた。
 雄一はスケジュールを見ながら、ホワイトボードに構築する順番を書いた。

 ①データベースサーバ1号機
 ②データベースサーバ2号機
 ③データベースサーバ3号機
 ④アプリケーションサーバ1号機
 ⑤アプリケーションサーバ2号機
 ⑥アプリケーションサーバ3号機
 ⑦社内Webサーバ1号機
 ⑧社内Webサーバ2号機
 ⑨社内Webサーバ3号機
 ⑩社外Webサーバ1号機
 ⑪社外Webサーバ2号機
 ⑫社外Webサーバ3号機
 ⑬バッチサーバ
 ⑭AIサーバ
 
「それで一日あたり、一人で一サーバってわけか......。効率悪いなあ」
 
 6種類あるサーバの設計は、インフラチーム6人がそれぞれ1種類ずつ担当していた。
 構築も設計者が担当することになっていた。

「確かにデータベースサーバの構築が済んで無いと、アプリケーションサーバからの疎通確認は出来ない。つまり、アプリの動作確認は出来ない訳だ。けど、杓子定規に一台ずつ完璧に終わらせないと次に進まないなんて、やっぱり効率悪過ぎる。例えば、OSのインストールならサーバの依存関係なんて関係無い。それこそ6人で全台並列で取り掛かって速攻で終わらせたっていい。何だってそこまでシーケンシャルにやろうとしたんだ?」
「わざとじゃないの?」

 秋華がポツリと言った。
 雄一と藤澤は彼女の方を向いた。

「何のために?」
「工数確保のために」
「え?」
「つまり要員を確保してもらうために」

 秋華は無表情でそう答えた。

「要するに、田原さんは自社の社員をこのプロジェクトで出来るだけ多く雇ってもらうために工数を多く見積もった。つまり、わざと効率の悪いスケジュールを組んだ......ってこと?」

 雄一の推測に、秋華は小さな顎を上下させた。

「よく通ったな......こんな見積もり」
「『実運用を考慮して、サーバを起動する順番通りに構築する』とかそれらしく宣言すれば、インフラを良く知らないPMなら説得出来る。それに、前川さんと田原さんと仲が良かったし」

 元プロジェクトマネージャーの前川と田原は個人的に仲が良かったらしい。
 それでこういった、見る人が見ればおかしいと思うような見積もりも通ったというのだろうか。
 前川が抜けるのを嫌がる訳だ。
 そして、雄一が工数を見直す前に、田原はプロジェクトから離脱したかったのだろう。

「データベースサーバなんてRACだから3台同時に構築しなきゃならないし、他のサーバだって同じ種類のものなら並列で構築出来る。各種サーバで連携する必要があるところは後回しにしたとしても、それこそサーバは6種類だから6日もあれば出来たはず。疎通試験は全て構築した後、一気にやればいいし」

 秋華のざっくりとした見積もりは、それなりに説得力があった。

「まぁ、今の話だと田原氏は凄いぼったくりだった訳か。抜けた理由が気になってたけど、大方どっかのプロジェクトに大金見せられた挙句、それに目がくらんでそっちに行ったんだろうな。それなら納得がいくよ」

 雄一の言葉に藤澤は目を逸らした。
 雄一はちょっとそれが気になった。
 藤澤はそれに気付いたのか、気を逸らさせるようかのように、話を振った。

「秋華さんのやり方を採用するとしても、今のメンバーでは難しいですよ」
「そうか? だって、藤澤と秋華さんのインフラに割ける工数が一人日ずつ。俺はPMと移行チームもやってるから、良くて0.5人日だが。それでも合わせたら2.5人日。頑張れば一週間に収まるんじゃないか」

 一台一人日なら、一日あたり2.5人日使って14台を一週間で構築出来る。

「それは構築作業で何も起きなかったことを前提にしてますよね。ここに戻ってくる前にインフラ作業を少しやったんですが、予定通りに行かないものでしたよ。それに今回は本番用の構築手順書が無いそうじゃないですか。そういった準備もあると考えると、もう少し人員が欲しいところですね」

 藤澤の提案はもっともだった。
 だが、適した人材が見つからない。

「外からじゃなくて内側から探すんです」

 雄一の悩みを見透かしたかのように、藤澤はアドバイスした。

「内側?」
「元請けのサガスだって、この仕事だけをやってるわけじゃないでしょ? サガスは大手SIerでもあるんなら色んなところのプロジェクトの仕事を請け負ってて、エンジニアをそれなりに抱えてるはずですよ。中には丁度、今のタイミングで手持無沙汰の人だっているかもしれないじゃないですか?」
「確かにそうだな」

 後輩の言葉に思わず納得させられる。
 と同時に、随分成長したもんだなと感心した。
 そう思っていると、続けてこう指摘された。

「有馬さん、PMならもうちょっと交渉した方がいいですよ」
「あぁ?」
「顧客から凄い無理を言われてるんですよ。納期を前倒しにされたら普通、妥当な納期に再度修正してもらうか、それが不可能なら予算や人員の追加を認めてもらうのは当然です。何でも素直に受け入れてたら、相手に軽く見られますよ。それに希望は通らなくても後で揉めた時に、希望を出した、交渉をした、という実績があれば何かあった時に優位に事が運びます」
「お、おう」

(こいつ、安田さんみたいなこと言いだしたな)

 成長した後輩を頼もしく思いながらも鬱陶しくも感じ、痛し痒しの雄一であった。


---------------------------------------------------------------

 その日の夕方、会議室にて。
 雄一は三浦部長と交渉した。
 藤澤にも同席させた。

「おいおい、議事録までとるのか?」

 藤澤がノートパソコンを開いた時、三浦部長が驚いたようにそう言った。

「まあ、会議ですから。今度からちゃんと残していこうと思います」

 雄一がそう言うと、三浦部長は渋々という感じで頷いた。
 交渉の結果、カットオーバーは先に延ばせないということ。
 予算と増員については、

「インフラチームは元々6人分の工数を積んでいた。今もその予算は残ってるはず。それを使ってくれ」

 と、実質増額は無かった。
 増員については三浦部長からサガス側に打診してもらった。
 丁度、インフラに長けた人物がプロジェクトの終わりと始まりの間で手が空いていたため支援を仰ぐことが出来た。
 こうして雄一のプロジェクトは、失ったインフラチームを何とか再構築することが出来た。

「ハッキリ言うと、かなり厳しい状況です。この引き直したスケジュールはギリギリで、何か不測の事態があれば即、納期の見直しを相談させて下さい」

 雄一はハッキリと顧客担当にそう宣言した。

つづく



登場人物などの各種設定

年末年始の予定

12月24日(火):第三十三話、12月27日(金):第三十四話、1月7日(火):第三十五話

Comment(8)

コメント

桜子さんが一番

有馬君チーム、いいチームじゃないですか。

匿名

桜子さん、随分厳しい試練を与えたな、と思ったら…
成程。間接的なサポートでしたか!!

VBA使い

府中屋「御中」
「貴」社と契約しています
→まあ、松永の文章力なんてどうでもええんやけど、ビジネスメール的にはこう直したくなる


OracleClie「n」t


12月24日(火):第三十二話
→今回も三十二話でしたが?


第三十四「三」話

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


>いいチーム
青春ですねぇ。。。

湯二

匿名さん。


コメントありがとうございます。


>間接的なサポート
兎に角話を進めなきゃ。
試練を与えながら、サポート。
荒療治ですなあ。

湯二

VBA使いさん。


コメントと校正ありがとうございます。


>松永の文章力
イコール作者の文章力でもある。
確かに、メールだと御中、貴社ですね。


>第三十二話
間違えました。
第三十四三話まで続くわけないのに。
今更ながら、話数を漢数字で書くのが面倒くさくなってます。

foo

そもそも、松永の桜子への攻撃が、こんな怪文書一通で止まってくれるかどうかも分からないような。
金子のタマを取ったのが松永やその組の者の差し金である(と思われる)この状況、松永も可能ならば桜子の命を欲しがるんじゃなかろうか。
松永からしたら、桜子はカタギの分際で自身をハメ殺しにする絵を描いて、反社としてのメンツを丸潰れにさせた憎たらしい女狐なわけだし。

……いや、それとも、松永のヘイトはほぼ全てが金子に向かっていて、桜子への悪意は殺意のレベルにまでは達していないからこそ、こんな怪文書一枚で済んだと見るべきか?
今二十八話の松永の捨て台詞をもう一回見直してみたが、

> 「金子、お前の命(タマ)いつか取ったるからなぁ!」

とあるし、仮に松永が桜子にも殺意を抱いていれば、ここで桜子の名前も呼んでいたはず。
だとすれば、おそらく松永の認識としては、今でも「自分と組んでいたはずの桜子もろとも、クーデター首謀者である金子にハメられた」って感じなんだろうか。

色々と推理の余地がありそうだな。

湯二

fooさん。


コメントありがとうございます。
あと、色々と考察どうもです。


>怪文書
長々と過去編がまだ引きずられてる感じ、余韻ともいうべきか。。。
今後、こっち側との関わりをどこまで書くか、思案してます。
別で分けるか、本編に入れるか。。。


>松永のヘイトはほぼ全てが金子に向かっていて
とりあえず、メンツのために殺しとけと言う感じで。
そのうち女狐の方にも矛先が向かうと思います。


>推理
読み手の醍醐味ですなあ。
しかし、作者も考えつかないようなことを想像していただき嬉しい限りです。

コメントを投稿する