常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 しょっぱいマネージャー】第三十一話 洗脳する桜子

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 7月31日。
 ニッホン国は今日、戦後最高気温である40度を記録した。
 環境大臣は

「この猛暑はもはや災害である」

 と宣言し、国民に十分な備えと注意を促した。
 世間はそんな過酷な状況に追い込まれていたが、OGR.comのプロジェクトルームは快適そのものだった。
 ガンガンに冷房を効かせ、各自の机にはマイ扇風機が置かれていた。
 桜子が顧客であるOGR.comにこう訴えたからだ。

「作業効率とシステムの品質を上げるためには環境が大事!」

 次の日、空調の工事が行われ快適な環境が整った。
 衛生面から、すえた臭いのするゴミも撤去された。
 週一回は強制的に定時で帰宅する日を設定し、社員の健康管理に勤めた。
 そんな彼女がプロジェクトマネージャーになったお陰で、スケジュールは遅れを取り戻しつつあった。
 OGR.com顧客担当の態度が軟化したことも大きな要因だった。
 つまりは、ユニコーン・ペガサスのメンバーに協力的になったということだ。

「安田さん、田原さんから返事が来たよ」

 酒井社長にそう言われ、メーラーを立ち上げる。
 田原からのメールには、この前のオファーを受ける旨の返事が書かれていた。
 彼が率いるインフラチームを一本釣り出来た。
 これでインフラ構築、運用に関しては見通しが立った。
 反対に、インフラの要となる田原を失った雄一のプロジェクトはこれから先の工程で苦労するだろう。
 プロジェクトマネージャーとしての真価を問われるはずだ。
 この逆境をバネにして桜子が望む通り成長してくれるだろうか。

(有馬君。ごめん)

 代わりに、『彼』を有効活用してね。

ブルルル

 桜子のスマホが振動した。
 ディスプレイには『新山美穂』と表示されている。
 胸騒ぎしつつ、通話ボタンを押した。

<あ、安田さん>
「はい」
<新山です。今、大丈夫?>

 普段の打ち合わせの時とは違い、その声は硬かった。

<......ちょっと確認したいことがあるの。都合のいい時に府中屋の事務所に来てくれる?>


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 雄一は会議室で頭を抱え、呻いていた。
 その様子を、各チームのリーダーである池江、谷中、秋華が見つめている。

「やはり田原さんの気持ちは変わらなかったんですね」

 谷中はため息交じりにそう言った。
 いつもは活気のある進捗会議も、今日は意気消沈といった感じだ。

「あいつが抜けたのはサガスへの当てつけなんだろうな」

 池江が吐き捨てるように言った。

「やっぱり、前川さんのことですか......」

 野平部長の前任だったプロジェクトマネージャーのことだ。
 田原は前川と個人的に仲が良かったらしい。
 その前川は反社と付き合いがあり、自身が所属するサガスにバレてプロジェクトから外され謹慎になったそうだ。
 結局、雄一は一度も前川に会うことは無かった。
 相当な敏腕だったらしく、ここにいる谷中や池江も前川のことを慕っていた。
 もし会うことが出来たなら、プロジェクトマネジメントについてご教示いただきたいものだった。
 それにしても、一見クールで私情を挟みそうもない田原が人間関係でプロジェクトを辞めて行ったという事実に、人間の裏表を感じた。

「インフラはどこも人手不足らしくて、適当な人材が見つかりません」

 雄一の言葉に誰も返答しない。
 システム構築において、必要なスキルセットを持つ人物を速やかに調達することは、最重要事項だった。
 だが、そう都合よく必要な人材が見つかる訳が無かった。
 これから構築する本番環境は、データベースサーバが3台構成のRACで、アプリケーションサーバが3台。社内用、社外用Webサーバもそれぞれ3台ずつ。バッチサーバが1台。そして、AI用のサーバが1台で構成される。
 いずれも開発サーバよりも格段に性能が高いものばかりだった。
 インフラチームの作業範囲はこれらサーバに対して、ネットワーク構築、要塞化設定、各種ミドルのインストール、データベース構築、パラメータ設定まで行うことを指していた。
 明日になれば本番サーバがデータセンターに搬入される。
 そこから2週間で本番環境を構築しなければならない。

「おい、PM。あんた今、二週間って言ったな。そんな悠長なこと言ってられないだろ?」

 池江にそう指摘され、雄一は「ハッ」となった。
 あと一ヶ月でカットオーバーだ。
 当初の予定通り、本番環境構築に二週間なんて期間を割ける訳が無かった。

「田原さん達なら、急げば3日で出来たかもしれないですね」
「谷中さん、彼らはもういないんだから、悔やんだって仕方ないだろ?」

 リアルチームとバッチチームのリーダー同士で話し始めた。

「有馬さん、私この前、言いましたよね。スケジュールを守るには、インフラチームがいて本番環境構築に滞りが無いことが大前提だと」
「確かに......」
「その前提が崩れた今、9月1日の運用開始に間に合わせることは......約束出来ません」
「谷中さん......」

 雄一はスケジュール表をじっと見た。
 だが、このスケジュール表は運用開始が11月1日のものだった。
 リリースが二ヵ月短縮されたバージョンはまだ作っていない。
 オンスケだった進捗が、顧客の決定ひとつでひっくり返された。
 プロジェクトの難易度が一気に上がり、正直、雄一は手に負えないと思った。
 それに加えて、重要なメンバーの引き抜き。
 何者かの悪意を感じずにはいられなかった。

「俺たちもインフラチームがいないんじゃ、厳しいな」
「池江さんまで......」

 会議室に重苦しい沈黙が漂う。
 誰もが自分の身を守ろうと予防線を張って来ている。
 雄一は、ここ数カ月で苦労して築き上げた協調関係が崩れて行くのを感じた。
 だが、頭を下げてどうにかなるものでもない気がしていた。
 思わず、自分はどうすれば良かったのだろうかと自問する。
 三浦部長にスケジュールの変更を言い渡された時、強硬に反対することが自分の役目だったのではないか。
 それで自分がプロジェクトから外されようとも、メンバーのことを考えればそうすべきだったのではないか。
 雄一の思考は堂々巡りし、落ち着く場所を見失っていた。

「情けない」

 少女の声が、沈黙を切り裂いた。
 皆、白い面にツインテール、黒のタイトスーツの秋華に視線を向けた。
 彼女は薄ピンクの花びらの様な唇を開き、こう続けた。

「いい大人が一度了承したことを撤回するなんて、カッコワル」
「なっ......このガキ......」
「池江さん、落ち着いて下さい!」

 雄一は、眉間に青筋を立てている池江を押しとどめた。
 秋華の次の言葉を期待した。

「サーバは私が構築する」

 毅然と宣言するその姿に、雄一は桜子の面影を見た。

(すっかり洗脳されてやがる......)


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「有馬さん、久しぶりです」

 目の前で恭しく頭を下げる藤澤に、雄一は何だか照れ臭くなった。

「ひ、久しぶりぃ......」

 思わず声が裏返ってしまった。
 その日の昼休み。
 雄一は福島課長から電話でステイヤーシステムの事務所に来るように言われた。
 そこで、藤澤と再会した。

「藤澤君。お帰り。お茶でもどうぞ」

 総務の栗田富士子がお茶を持って来た。
 とりあえず、お互い応接セットに向かい合う形で座る。

「おっ、藤澤。戻って来たか?」
「福島課長、久しぶりです」

 外回りから戻って来た福島課長は額の汗を拭きながら、雄一の隣に座りこう言った。

「お前、精悍な顔つきになったな」
「いや、そんなことは......」

 藤澤は謙遜したが、雄一の目にも彼が一皮剥けたのが分かる。
 端正な顔には赤みが差し、瞳には力が漲っていた。
 ステイヤーシステムを退職代行で辞め、今日、再び戻って来るまで約二ヶ月。
 その間に、こいつの身に何があったのだろうか。
 桜子の話によると、子供が生まれたそうだ。
 つまり、彼は人の親という訳だ。
 母親と実家暮らしの雄一は、何だか先を越されたみたいで複雑な気持ちになった。

「藤澤君は数々の修羅場をくぐって来たんだから。甘く見てると一気に追い抜かれるよ」

 桜子は彼をそう評価していた。

「う~む」

 人間、短期間でそんなに変われるものなのか。
 藤澤が自分の下にいた時を思い出す。
 やる気はなく、ちょっとの小言で不貞腐れ、ちょっと厳しく教えれば泣き言ばかり言っていたこの男が。
 一体、どんな修羅場をくぐって来たのか。
 藤澤はここに至るまでの自身が経験したことを語った。
 目の前の男からは、その成長の証、力強さみたいなものがヒシヒシと伝わってくる。
 雄一をして、同じ男として嫉妬の様なものも感じさせた。
 それはつまり、雄一が彼のことを認めたということだった。

「藤澤をお前のプロジェクトに配属する」

 福島課長はそう言うと、雄一の顔を窺った。
 雄一はそれに応えるかのように、藤澤を見据えた。

「藤澤」
「何ですか? 有馬さん」
「今度は、途中で抜けるとか無しだからな」
「分かってます」

 藤澤も雄一を見据えた。
 その目に雄一は、身が引き締まった。

「ところでお前、インフラ出来るか?」

 藤澤が元いた移行チームは人が足りている。
 今は、インフラに関するスキルセットが必要だ。

「有馬さんの目から見て、どう評価されるかは分かりませんが......基礎的なことは把握しています」
「例えば?」
「Apache、Tomcat、ORACLE、Linux、zabbix、HULFT、JP1......」

 雄一は絶句した。
 この短期間でこれだけのものを習得出来るとは。
 もしや、と思い問い掛ける。

「誰に教わった?」
「安田さんです」

 やっぱり。
 OGRのプロジェクトでプログラマをしながら、桜子からインフラの知識を叩き込まれたのか。
 しかも、どれもが雄一のプロジェクトで必要なスキルばかりだ。
 雄一は桜子に感謝した。

「じゃ、福島課長。藤澤を連れて行きますよ」

 猛暑の日差しは、肌に痛い。
 日陰を選びながら駅に向かっていた。
 藤澤は前を行く雄一の背中を見ながら、昨日のことを思い出していた。


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 昨日の昼休み。
 コメダワラ珈琲店の窓際席で桜子と藤澤は向かい合っていた。

「有馬さんのプロジェクトから、インフラメンバーを引き抜いたことが腑に落ちません」

 藤澤は桜子に率直な疑問を投げ掛けた。
 窓から差す陽光が、彼女の黒髪をツヤツヤに照らしている。
 数秒の沈黙後、桜子は小さく息を吸い込みこう言った。

「ユニコーン・ペガサスはステイヤーシステムの子会社になったのよ。だから、プロジェクトを成功させないといけない。その為には有能なインフラチームが必要だった。ただ、それだけ」
「じゃ、他から探せばいいじゃないですか? あの人を苦境に立たせてどうするつもりなんですか? 安田さんは、何故、有馬さんをそんなにいじめるんですか?」
「その質問に答える前に、私の質問に答えてくれる?」

 桜子は前置きした。
 黒髪をかき上げ、こう問い掛けた。

「君は、自分が成長したなって思うのは、どんな時?」

 桜子は藤澤を見据えた。
 長いまつ毛の下にある黒い瞳に藤澤が映り込んでいる。
 藤澤は逆質問に戸惑ったが、こう答えた。

「そうですね......実際のトラブルを解決した時でしょうか。例えば、開発環境がダウンした時ですね。開発を進めたいメンバーから復旧を急かされて、脂汗をかきながらマニュアル片手に復旧させました。そりゃもう凄いプレッシャーでしたよ。けど、皆から感謝された時は『やった!』って思いました」

 藤澤は定時後になると毎日、会議室で桜子からインフラに関する薫陶を受けていた。
 呑み込みが早く、やがてプロジェクトで使用する開発サーバのメンテナンスを任せられるようになっていた。

「うむ」

 桜子は頷くと珈琲を一啜りし、こう続けた。

「まあ、それが本番環境だったらプレッシャーも難易度も数倍、だけど成長も達成感も格別よ」

 桜子はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「ほほう」

 藤澤は興味をそそられ、身を乗り出した。

「君もエンジニアリングにはまってきたみたいね」
「はい」

 どうせ桜子のことだ、このやり取りから何か悟れということなのだろう。
 藤澤は顎に手を当て考え込んだ。
 二人の間に沈黙が流れた。

「あ、分かった」

 藤澤は手を叩いた。

「安田さんは有馬さんを成長させるために、わざと田原さん達を引き抜いたんですね」
 
 桜子は小さい顎をコクリと上下させた。

「トラブル、障害対応は人を成長させるから」

 何だか不器用なやり方だが、これが桜子流の人の育て方なのだろう。
 そう藤澤は納得した。

「有馬君を助けてあげて」

 桜子は藤澤にそう伝え、先に店を後にした。


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「安田さんは元気してる?」

 ホームで電車を待つ雄一の突然の質問に、藤澤は思わず「PMとして活躍しています」と言いそうになった。
 何とか出掛かった言葉を呑み込む。

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「私がPMになったことは内密にね」
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 桜子からそう念を押されていた。
 なるほど、正体はバレたくないわけか。
 その方が、いじめる方もいじめられる方も非情になれるということか。

「はい。元気でやってます」
「ははは。2、3日前に会ったばかりなのに『元気してる?』はないか」

 藤澤の使命は、雄一と桜子のパイプ役になることだった。
 今回は、雄一が桜子に頼らずどれだけ成長出来るか、そこを試されていた。
 だが、彼が本当にピンチでどうしようも無くなった時は、桜子から藤澤を通してアドバイスが届くようになっている。

つづく



登場人物などの各種設定

Comment(10)

コメント

桜子さんが一番

トラブルが人を成長させる。というのはわからなくもないですけど、、、
矢面に立っている身からすると。やはり避けたいですね。

匿名

>ご教示していただきたい
ご教示いただきたい
では?

VBA使い

桜子→春の花
秋華→秋の花(華)


今回→彼女は薄ピンクの花びらの様な唇
前回→桜の花びらの様な小さな唇から


インフラもAPもできるスーパーエンジニア


面影どころか、クローンですね。

foo

やはり秋華の桜子への二人称は間違い無く「桜子お姉様」だな、この入れ込みっぷり。

> 「安田さんは有馬さんを成長させるために、わざと田原さん達を引き抜いたんですね」
>  
>  桜子は小さい顎をコクリと上下させた。
>
> 「トラブル、障害対応は人を成長させるから」

以前から気にはなっていたが、いくら雄一を鍛えるためとは言っても、雄一側のプロジェクトが炎上するリスクを承知の上で、わざと田原達を引っこ抜く(そしてそのまま返さない)のは、流石に桜子もエンジニアとしてラフファイトが過ぎやしないだろうか……?
もちろん、雄一のプロジェクトがこのまま大炎上したとしても、桜子自身がケツを持てるっていう自信と実力があってこその行いなんだろうとは思うが、俺の上司がこんなプロマネだったら恐怖だな。

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


>トラブルが人を成長
わざわざ、トラブル起こして、成長させるなんて余裕があるというかただのバカかも。
自分で本番環境のデータ消して、リカバリ手順を習得するみたいな。

湯二

匿名さん。


コメントありがとうございます。
訂正しました。

湯二

VBA使いさん。


コメントありがとうございます。


>春の花
ネタが尽きたら、新キャラとして夏も冬も登場させます。


>薄ピンク
人の容姿を文章で表現するのは難しいですね。
もっと個性を付けたいと思っても似たような感じになりました。


>クローン
桜子の方が直接介入できない流れになって来たから、女子高生の方に頑張ってもらうことにしました。


湯二

fooさん。


コメントありがとうございます。


>桜子お姉様
18禁の百合的なやつはフラ〇ス書院かなんかで。


>ラフファイトが過ぎやしないだろうか
獅子はかわいい我が子を千尋の谷に突き落として、這いあがって来た子のみを育てるといいます。
桜子は本当に雄一のことを見込んでいて育てたいがためにわざと、試練を与えているのでしょう。
とか何とか真面目なことを言ってみました。


>俺の上司がこんなプロマネだったら恐怖だ
私も嫌です。。。
育てるためにわざとトラブル発生させて、その動きを観察されるとか、考えただけでも寒気がします。
事前にトラブルを起こさない方法を教えたほうが効率がいい気もする。
お話の世界だと精神論、根性論の方が面白いけど。


foo

> 18禁の百合的なやつはフラ〇ス書院かなんかで。

ちょっと俺の表現が悪くて済まなかったが、俺も別に桜子と秋華がやらしい関係になっていてほしいというわけではなく、純粋に女子同士の先輩後輩の絆的なものを期待しての発言と理解してもらえれば。
(脳内イメージとしては、「トップを〇らえ!」のノリコとカズミのような関係を想像している)

# それと、今回の話には「※桜子は特別な素養と経験を有しています。よい子のエンジニアの皆さんは*絶対に*真似をしないでください」という注釈をセルフ補完しておこう……そもそも真似が可能な人間がそうそういるとは思わないが。

湯二

fooさん。


コメントありがとうございます。


>女子同士の先輩後輩の絆的なものを期待しての発言と理解してもらえれば。
すいません。。。
凄く尊い関係を想像していただいたのに、作者がエロいオヤジなせいで違う方向に受け取ってしまいました。
今後は自粛してまいります。


>セルフ補完
よろしくお願いいたします。


>真似が可能な人間
作者もキャラクターのインフレが進んできて、現実離れに頭を抱えてますよ。

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