常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 しょっぱいマネージャー】第三十話 私の思い出

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「安田さんから誘ってくれるなんて、どういう風の吹き回しですか?」
「う、ん......」

 桜子はちょっと顔を赤らめ、こう答えた。

「ちょっと、ね。飲みたくなったから......。誰でも良かったんだけどね」
「そりゃないっすよ。忙しいところ無理やり抜けて来たんだから」

 ポストの前に立つ雄一は頭を掻いた。

 人間が死んだ。
 それも自分のせいで。
 今日一日、ずっと上の空だった。
 仕事中、キーボードに手を置いても何も湧き上がってこない。

(怖い)

 素直にそう思った。
 誰かに助けてもらいたい。
 そう思った時、目の前の男の顔が浮かんだ。

 二人はお互いの常駐先の中間地点の駅、その付近にあるポストで待ち合わせした。
 時間は19時。
 帰りを急ぐ人々の波を逆流するかのように、二人は駅から離れた場所にあるカフェバー・プロンドへ向かった。

「とりあえず、予約しときました」
「うん」

(意外に気が利くじゃん。こいつ)

 黒を基調とした内装に暖色系の間接照明、それが桜子の不安な気持ちを少しだけ落ち着かせてくれた。

「さ、まずはビールですか」

 席に着くなり雄一はグラスビールを二杯頼んだ。

「カンパイ!」

 グラスが音を立てた。

「ぷはー、このために生きてるんだなあ」

 雄一は一気に飲み干すと、手の甲で口を拭いた。
 だけど、まだビールの白い泡が上唇に髭みたく付いている。
 その様があまりに可笑しく、桜子はつい笑ってしまった。

「あっ、やっと笑った」
「え?」
「安田さんに暗い顔なんて似合わないですよ。笑った顔か、怒った顔が一番ですよ」
「怒った顔?」

 雄一は寸でのところで突き立てられたフォークを除けた。

「そうそう。その調子」

 怯える雄一を見て、桜子は更に落ち着きを取り戻した。

「最近、仕事どう?」
「いやぁ、まあボチボチですよ」
「ボチボチって?」
「まぁ、メンバーも動いてくれてるし、自分の采配に間違いはなかったなって感じです」

(そうだ、私はこいつの高くなった鼻をへし折るためにキャロット情報ブレーンに入ったんだ)

 そして......

「全く、PMなんて楽勝ですよ!」

 雄一の頬は紅潮し、その表情は万能感に満ち溢れていた。

(私は、こいつを立派なマネージャーにするために、壁として立ちはだかると決めたんだ)

 桜子は根本に立ち返った。
 金子の死で、恐怖、虚無感、そして迷いを抱いていた。
 だが、目の前の雄一と話すことによって、それらの不純物が心の中から失せて行き、代わりに自分の中の野生が戻って来ているのを感じた。

(反社だろうがヤクザだろうが、かかって来なさい! 私がいつでも相手になってやる!)

 桜子は決意を新たにした。

「有馬君」
「はい」
「ありがと」

 次の日。
 海に浮かぶ人工島。
 人々はその島をソフトパークと呼ぶ。
 ニッホン国のシリコンバレーと呼ばれるその場所に、目黒ソフトウエア工業の本社ビルは建っている。
 全面ガラス張りの30階建てのそれは、太陽の光を反射して白く輝いている。
 地下2階から地上2階には食堂街とショッピングセンターが入居している。
 3階から25階までが目黒ソフトウエア工業の関連企業と、大都会に本社を置く大手企業の支社が入居している。
 そして、26階から30階までが目黒ソフトウエア工業の本社として機能していた。
 桜子はバスを降り、天まで届きそうなその建物を見上げた。

「ふぅ......」

 思わずため息が出た。

「どうしたい? 安田さん」

 酒井が心配そうに声を掛ける。

「何でもありません」

 桜子は笑顔で応えたが、その建物を前にして気持ちは明るくなかった。
 業界人はそのビルを『人身売買タワー』と呼んでいた。
 中の人は、ロクな技術力も無いくせに偉そうに人を売り買いすることで富を稼ぎ、手を汚さずして綺麗なクリスタルの様なビルを建てた。
 エンジニアとして生きている桜子には、その事実がどうしても受け入れがたく虫唾が走る。
 50メートルほど先には、タイキソフトウエアが入居するビルも見える。
 ここはエンジニアの聖地でありながら、まるで桜子を拒絶するかのようだ。
 本当に良い思い出が無い。

(いや、あった......)

 タイキのビルの裏手にある、微かに遊具の端っこが見える公園。
 雄一が桜子を涙ながらに説得した場所だ。
 あの晩を境に、桜子はエンジニアに復帰した。
 彼の顔が浮かんだ。
 そのことに驚いた。
 ここ数日、あいつが心の中に入り込んでくる。
 自分でも説明出来ない複雑な感情が混ざり合って、もどかしい気分になった。

 エレベータは、26階の目黒ソフトウエア工業のネットサービス事業部があるフロアへと上昇した。
 桜子と酒井は会議室に通された。
 5分後、ガチャリとノブが回され、二人の男が入って来た。
 中津部長、金沢課長だった。

「今日はお時間ありがとうございます」

 酒井と桜子は立ち上がり、お辞儀した。
 中津部長、金沢課長はそれぞれ軽く会釈し着席した。
 それに倣い、酒井と桜子も着席した。

「今日は弊社の新社長である酒井の紹介に上がりました」

 桜子に促され、酒井は口を開いた。

「ユニコーン・ペガサス株式会社、代表取締役社長の酒井大です。社名も一新し新体制で御社の役に立って見せる所存です。まずはOGR.com様の案件を、隣に座る安田をはじめ社員一丸となって完遂させて見せます。お引き立てのほどよろしくお願いいたします」

 練習しておいた挨拶を淀みなく、本番でも発揮出来た。
 頭を下げた酒井に、桜子は向かいの2人には見えないように小さく親指を立てた。

「意気込みは素晴らしいが......具体的な方策を聞かせてほしいな」

 OGRプロジェクトのマネージャーである金沢課長はメガネをクイと上げ、桜子と酒井を見据えこう言った。
 酒井のこめかみから汗がツツッと流れ落ちた。

「酒井社長。あなたも知っての通り、10月の運用開始まであと2カ月余りしかありません」
「はい」
「御社には開発とインフラ構築をお願いしていますが、相当な遅れが目立っています」

 金沢課長はそう言うと、A3のスケジュール表を卓の上に置いた。
 縦軸に作業項目と横軸に日付が記載されている。
 7月末までに開発工程(単体、結合テスト含む)完了という予定になっている。
 その後、8月から本番環境構築、性能測定、システムテスト、顧客への受入テスト、最後の仕上げに移行という流れだ。

「先週の進捗報告では、リアル、バッチ共に開発工程の進捗率は60%との報告を受けています。現在7月の最終週だが、一週間で残り40%完了することが出来ますか?」
「う......あ......」

 酒井は口を半開きにしたまま返事も出来ない。
 今日は挨拶だけで、まさか進捗の遅れまで追及されるとは思っていなかったのだろう。
 本当なら現時点で開発工程は終わり、次工程への準備なり積み残した課題の消化に入っていなければならない。
 だが、現実は金沢課長が指摘した通りの有様だった。

「鋭意、努力します」
「だからさ、具体的にどう巻き返すか訊いてるんですけど」
「徹夜や休出で何とか」
「あのさ、うちだって、もうそんなに残業代払えませんよ。開発工程は6月から7月まで引いてあった。その2ヶ月で進捗が60%っていう実績じゃ、残り一週間で40%完了なんて無理でしょ? それをどうリカバリするか考えて来たんですか?」
「は、はい」

 普段は弁の立つ酒井もタジタジだった。
 社長になったばかりだし、当然管理系の仕事もしたことが無い。
 彼は助けを求めるように桜子へ視線を向けた。
 桜子は彼を安心させるために、小さく頷いた。

「私から説明させてください」

 桜子は向かいに座る人売り二人を見渡した。
 先週の進捗会議で、水増ししていた進捗報告が遂にバレてしまった。
 昨日、そのことを開発リーダーの近藤に相談された。
 このタイミングで金沢課長が何らかの説明を求めてくることは予測済みだった。

「まず、進捗率についてですが、実は7月初旬の時点で既に60%でした。つまり、その時点では開発工程はオンスケどころか前倒しでした。ですが......」
「何故、そこから今日に至るまで1%も進んでないんですか?」
「話を最後まで聞いてください。金沢課長。ある日を境に進捗が止まった理由、それは......」

 ここで言葉を切り、強調するため人差し指を立てた。

「設計の不備が原因です」

 会議室がシンとなった。
 桜子の言葉に金沢課長は思い当たる節があるのか、顎に手を当て考え込んでいる。

「どういうことだ?」

 ことの成り行きを黙って見ていた中津部長が、固まっている金沢課長に声を掛けた。
 代わりに桜子が答えた。

「6月までは開発も順調でした。まぁ、順調と言っても残業と休出で何とか間に合わせていたというのが本当のところですが。7月に入り、開発も佳境に入ったところでそれがピタリと止まります」

 桜子の切れ長の目は厳しい光をたたえていた。

「設計が全く出来ていない箇所が次々と見つかり、開発が手詰まりになったのです。さて、そもそも何故、設計が不十分なまま開発工程に進んだのでしょうか?」

 疑問を投げ掛け周囲の反応を見てから、おもむろに口を開いた。

「顧客との不仲が原因です」

 それを聞いた中津部長は

「何だ、金沢。上手く付き合ってるって言ってたじゃないか?」
「いや、まぁ......」

 歯切れが悪い。
 元々、OGR.comの結婚情報サービス事業はシーバードに対抗するために、同社社長の鶴の一声で急に始められたものだった。
 その事業に配属された顧客側のメンバーは、他部署からの寄せ集めだった。
 当然、突然の人事異動に不満を持った者や、やる気のない者が大半を占めていた。
 同社のITインフラ全般を受注した目黒ソフトウエア工業は、そんな彼らに手を焼くことになる。
 当初からやはりと言うか、顧客担当者達はやる気が無かった。
 その証拠に、

「サービスを開始する上で必要な会員管理システムなどは、市販のパッケージをカスタマイズすることで安く早く仕上げるように」

 と、目黒ソフトウエア工業が出した提案書の内容をひっくり返すようなことを言ってのけた。
 だが、業務上特殊な部分が多いことや現場からの要望、何より目黒ソフトウエア工業が顧客担当達を飛び越えOGRの上層部へ話を付けたこともあり、提案書通りオンプレミスかつフルスクラッチで一から作ることに決まった。
 結婚情報サービス事業の担当者達のメンツは丸つぶれだった。
 そんなこともあり、目黒ソフトウエア工業の現場担当と顧客担当は関係が悪化した。
 その後も改善が無いままの状態がずるずると今の今まで、続いていたのだった。

「顧客へ仕様を訊きに行っても満足な回答が得られず、設計を固めたくても固められない。そんな状況で遅れは許されない。だから設計途中でも開発に着手した。そのツケが7月に入って進捗停止という形で表出した。当然のことです」

 設計と開発を同時並行で行うというイビツな進行になった時点から、このプロジェクトは失敗への道を突き進む運命にあった。
 これらの事情は、近藤や酒井、藤澤から聴き取りを行い知ったことだった。
 それを、桜子なりの解釈で今話している。

「金沢、顧客と会話してるか?」
「はい......。石橋課長とは定期的に」
「何を話しているんだ? 俺には設計が止まって開発が進んでいないように思えるんだが」

 中津部長の問いに金沢課長は何も返せずにいた。

「中津部長。金沢課長は顧客とコミュニケーションなんて取ってませんよ」

 代わりに桜子が答えた。

「御社の設計担当メンバーは顧客とのヒアリングを全て、弊社の社員に丸投げしています」

 面倒な顧客対応は全て、藤澤、酒井、川田、他、開発メンバーが行っていた。
 現に藤澤は、目黒ソフトウエア工業の浜中が担当する設計部分を石橋課長に訊きに行っている。

「そんな話、初めて聞くぞ! どういう管理してんだお前!」

 中津部長が声を荒げた。

「開発担当が顧客に直接仕様を訊きに行った方が、伝言ゲームにもならず正確に仕様をプログラミングに落とし込むことが出来る。そう思ったので」

 と、金沢課長は苦し紛れに弁解した。

「違うわ!」

 バン!
 桜子が卓を手の平で叩く音が響いた。

「あなたたちが顧客と関わりたくないから、私たちに丸投げしてるだけでしょ!」

 桜の花びらの様な小さな唇から、追い込むような言葉が次々と出てくる。
 皆、そのギャップに圧倒され誰もが桜子の小さな白磁の様な顔を見たまま、黙り込んだ。

「でも、それはいいんです」

 一転、桜子は穏やかな表情で両手を広げ、全てを受け入れるかのようなポーズをとった。

「あなた方から顧客に対して、ちゃんと協力するように働き掛けて下さい。例えば、石橋課長にこう伝えて下さい。『私たちが仕様を訊きに来た時、無下にあしらわないで下さい。同じシステムを創造する仲間として協力願います』と」
「それは、君らが直接言えばいいだろ?」
「末端の私たちが言っても効果ありません」

 顧客と関われば嫌な思いをするからという理由で、私たちにばかり押し付けないで欲しい。

「......そうやって、いつまで顧客から逃げるおつもりですか? あなた方は何のためにいるんですか? 人を右から左に動かすだけですか? いつの間にか弊社の社員が全て作り上げることを期待しているんですか? 今話して分かったでしょう? 遅れてる本当の原因はあなた方なんです。そして、全てを丸投げしたあなた方の唯一残された仕事といえば、顧客との調整という名のご機嫌取りだけなのです」

 数秒の沈黙の後、金沢課長の方を見やり中津部長が口を開いた。

「分かった。PMとしての役割を果たせていなかった。そのことは謝る。そこまで言われたら我々も動くしかない」
「ありがとうございます」

 桜子は頭を下げた。

「幸い、本番環境構築工程と開発工程は双方アクセスするサーバもネットワークも異なるので、この二工程は同時並行で行って問題ありません。従って本番環境構築工程の一週間は開発に充てることが出来ます」

 これで開発工程はあと二週間確保できた。
 その期間で40%の遅れを取り戻す。

「......ですが、それでも、今の状況では10月1日の運用開始は厳しいかと思います」
「なに?」
「まず、開発メンバー全員の責任分界が曖昧です。チーム分けが曖昧で不要な仕事を抱え込むメンバーがいたり、反対にやるべき仕事を他のメンバーに押し付けたりするメンバーがいます」

 桜子は自分がこのプロジェクトに来てから感じたことを述べた。
 それらはプロジェクトとしてのリスクであり、早急に対策を取らなければならないことばかりだった。

「特にインフラチームが不在なのは問題です」

 本番環境を構築し、性能測定、障害シミュレーションを行う上で優れたインフラ担当者が必要だった。
 だが、今のメンバーの中にそれが出来る人物はいなかった。

「そこで提案があります」

 桜子は、役職が一番偉い中津部長に狙いを定めこう言った。

「私をPMにして下さい」

 プロジェクトマネージャーになればチーム編成、プロジェクト管理、など自分で全て計画を立てることが出来る。

「だが、既に金沢がいる」

 中津部長はそう言ったが、桜子の提案には満更でもないという顔をしていた。
 だが、目黒ソフトウエア工業でもない桜子がプロジェクトマネージャーになるのは難しいのだろう。

「呼び名にはこだわっていません。何ならPMOでもいいし金沢さんの下に位置するサブPMという立場でも構いません。要は、あなた方は予算と顧客のご機嫌取りだけをしていて下さればそれで結構です。実際のプロジェクト運営は私が担当しますので」

 目の前の元請け2人は苦笑した。
 
「他にも案件を抱えてらっしゃるとお見受けします。どうぞ、自身の手は汚さず、末端の人間の手をどう汚すか。そのことだけに専念して下さい」

 そして、人身売買タワーを沢山建てて下さい。
 口から出そうになった皮肉を何とか呑み込んだ。

 こうしてプロジェクトマネージャー桜子が誕生した。

つづく


登場人物などの各種設定

Comment(4)

コメント

桜子さんが一番

>目の前の男の顔が浮かんだ。
くやしい~、今回は勝手に有馬君と桜子さんを取り合う妄想で暴走しましたw
だけど、フォーク突き立てられるのはやだなーw

foo

>  人間が死んだ。
>  それも自分のせいで。
>  今日一日、ずっと上の空だった。
>  仕事中、キーボードに手を置いても何も湧き上がってこない。

やはり人の生き死にまで関わってくると、桜子も持ち前の鋼鉄メンタルっぷりを発揮とはいかなく……

> (反社だろうがヤクザだろうが、かかって来なさい! 私がいつでも相手になってやる!)

……なっているということはなかったか。さすがは桜子姐さん。

一方で、今回でまた IT ものの作風には戻ってきたものの、果たして松永は金子の暗殺(?)だけで息を潜めたまま終わるだろうか。
次回以降の展開が楽しみ。

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


>くやしい~
ベタベタな展開ですいません。
読者が一番の恋人です。


>フォーク
愛情表現がへたくそです。

湯二

fooさん。


コメントありがとうございます。

>鋼鉄メンタルっぷりを発揮とはいかなく
からの……みたいな。
ある意味単純。


>今回でまた IT ものの作風
一応、このサイト、エンジニア向けのサイトなものでして。。。
近代麻雀に、麻雀やらない漫画が載ってたみたいな感じでしたから。
物語も折り返し何で、そろそろエンジニアらしいことしようかと思ってます。


>次回以降の展開が楽しみ。
次回、『XXXは〇〇〇!』
お楽しみに!

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