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【小説 しょっぱいマネージャー】第二十九話 人間の幸せ

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 すえた臭いのするOGR.comのプロジェクトルームに、ズカズカとスーツ姿の男3人が乗り込んで来た。
 メンバー達は「何事か」と思いはしただろうが、彼らに見覚えがないので一瞥しただけで、自分の仕事に戻った。
 桜子だけは「遂に来たか」と思った。
 彼らはメンバー達に挨拶することも無く、職場をまっすぐ通り抜けると会議室に入って行った。
 確か、会議室にはその3人に名指しされた金子がいるはずだ。

「安田さん」

 心配そうな顔で藤澤、酒井が声を掛けて来た。

「大丈夫。これが最後の仕上げです」

 彼らを安心させる言葉を掛けた時、桜子のスマホが振動した。
 『金子』とディスプレイされている。

「お世話になっております。キャロット情報ブレーン副社長の安田桜子です」

 金子と向かい合って座る3人の男にそれぞれ名刺を差し出した。
 彼らは無表情でそれを受け取り、それぞれ名乗りながら自身の名刺を渡して来た。
 桜子の向かって正面に、目黒ソフトウエア工業のネットサービス事業部・中津部長。
 右隣に同社同課の金沢課長。
 左隣に同社本社統括本部の益田部長。
 普段なら、こんな場末の現場になど顔を出さない連中だ。
 そして、桜子の隣には金子が座っている。
 金子は元請けの総本山を前にして、デカい図体を縮こまらせ恐縮しきっている。

「今日は一体、どんなご用件で?」

 金子が愛想笑いを浮かべ、媚びるような声を出した。

「本日は、御社との契約について確認したいことがあるので伺いました」

 そんな媚を撥ねつける様な、益田部長の無機質な声が会議室に響いた。
 金子は両肩を跳ね上げ、ギクリとした顔になった。
 そして、桜子の方を向きボソリとこう言った。

「......貴様、チクったな」
「知りません」

 桜子はお偉いさんの方を見たままそう言った。

「弊社の社員からの告発です」

 二人のやり取りが聞こえたのか、益田部長はフォローした。
 そして、桜子が金子に見せたものと同じ3枚の紙を卓の上に置いた。
 契約書、そして藤澤の給与明細と月報。 

「弊社から残業代を受け取っておきながら、それを社員に支払っていないように見えますが」

 益田部長は金子を見据え、そう言った。
 金子の肩がまたもビクリと振動し、頭から汗が吹き出しそれが頬を伝い、でっぷりした二重顎から垂れ落ちる。

「弊社を騙してますよね?」
「そんな、騙すなんて......」
「騙してますよ。うちから払うつもりもない残業代をふんだくって、着服するのやめてくれませんか? 返して下さいよ」

 肥満した顔に幾つもの白い汗の筋が出来た。
 益田部長は桜子の方を見た。
 桜子も役員ということで金子と同類とみなされていた。

「私はそんな不正、知りません」

 桜子は毅然とした態度を取った。

「何言ってんの? あんた副社長でしょうが。そこにいる金子社長とグルになって、うちが払った残業代を溜め込んで私腹を肥やしたんでしょ?」

 益田部長とは違い、ざっくばらんな口調の中津部長はそう言った。

「そこにいるゲスと一緒にしないでください」
「あぁ?」
「私、まだ入社して一週間も経っていないんで。不正経理操作なんて知る由もありません」

 そう言うと、自分の採用通知書を見せた。
 入社年月日の欄には、一週間前の日付が書かれていた。

「......そんな人が、副社長?」
「はい。前の副社長が反社の人間だったので退任していただきました。穴が開いたそのポストに急遽、私が就きました」
「反社......?」

 物騒な単語に中津部長は眉をひそめた。

「詳しくは金子に聞いて下さい。私は入社したばかりなのでどんな付き合いがあったかは分かりません」
「なっ......」

 金子はこめかみに青筋を立て、桜子の方を向いた。

「金子さん! 私らの知らないとこで色々やってくれてたようだね。あんたは元うちの社員だからそのよしみで仕事を投げてやったのに、とんだ裏切りだよ。昨今、そういうことに世間がうるさいのは知ってるだろ? うちみたいな世に知れたところが間接的にでもそういうところと付き合いがあると知れたら株主とかステークホルダーにどう説明すればいいの? ......叩けばもっと埃が出るようだな。ちょっと詳しく話を聞かせてくれよ!」

 中津部長は拳で卓をドンドンした。
 正味一時間、こってり絞られた金子は力が抜けたような表情をしていた。

「......さて、今後このプロジェクトをどうするか、ですよね」

 プロジェクトマネージャーを務める金沢課長が初めて口を開いた。
 目黒ソフトウエア工業組の中で一番、大人しそうだ。 

「反社と付き合ってたり着服したり、こんな会社に仕事させるわけにはいかんだろ?」

 中津部長の発言は目黒ソフトウエア工業との契約解除を暗示していた。

「コンプライアンス的にも、そう思います」

 益田部長も頷いた。
 意見がまとまり掛けたが、金沢課長は渋い顔をしてこう言った。

「ちょっと待ってください。カットオーバーが差し迫ったこの時期に、開発会社を変えるなんてスケジュール的にあり得ないですよ」
「いつだっけ?」
「10月1日です」

 あと2か月ちょっとしかない。

「ああ、シーバードより先にリリースしろって言われてたね」
「そうです。スケジュール厳守です」
「でも、こんな詐欺社長が率いる会社じゃ無理だぞ。役員共にどう話せばいいんだ」

 中津部長は金子を顎でしゃくりながら、そう言った。
 その時、

ガチャリ。

 ドアノブが回転し扉が開く。
 スーツ姿の二人の男が入って来た。
 身分証を提示し、辺りを見渡しこう言った。

「労働基準監督署の者です。金子さんがここにいると聞いたんですが? どなたですか?」

 桜子は無言で金子を指差した。

「残業代未払いの件について、ヒアリングさせてください」

 労基署の職員は無表情でそう告げた。
 周囲の者があっけに取られている間、金子は職員に促され連行されて行った。
 キャロット情報ブレーンの社内で査察を受けることだろう。
 労基署が突然現れ、風のように去って行った。
 会議室は水を打ったようになった。
 そこに、桜子は一言、

「金子には退任してもらいます」

 続けてこう言った。

「それだけで不正の責任が免れるとは思っていませんが、これで会社としても反社と手を切り、膿を出し切ったことになるはずです。加えて......」

 桜子は人差し指を立てた。

「新しい社長を立て、社名を変え、新会社としてスタートします」

 その日のうちにキャロット情報ブレーンの社内にて、臨時株主総会が開催された。
 金子、桜子、近藤、社員代表として酒井と藤澤、立会人として岩田弁護士が出席した。
 全出席者にプリントアウトした議案事項が配られた。

  ・第一号議案 金子代表取締役社長の解任
  ・第二号議案 新代表取締役社長の選任
  ・第三号議案 会社名の変更

「では、第一号議案から行きます」

 桜子は声高らかに宣言した。
 金子の解任は過半数の株を所有する桜子と近藤の賛成により成立した。
 すでに諦めているのか、金子は何も反論してこなかった。

「では、第二号議案、新代表取締役社長の選任について」

 誰もが桜子が自身を指名し社長になると思っていた。
 だが、意外にも桜子は

「酒井さん、お願いします」
「お、俺?」

 酒井は自分の顔を指差したまま固まった。

「来たばかりの私より、ほとんどの社員に慕われているあなたが社長にふさわしい」
「お、俺は経営なんてしたこともねえ」
「知識や、やり方は私が教えます」
「で、でも......」
「技術や知識は身に着けられますが、メンバーから信頼を得ることは容易ではありません。あなたにはそれが出来ます」
「こんな、俺でも......か?」
「はい」

 酒井は感動の涙を目元にため、震える声でこう言った。

「こんな引きこもりだった人間でも、社長になれるんだなあ......」
「あなたの生き方が正しかった。それだけです」

 桜子は彼の手を取った。

「一緒にこの業界を変えて行きましょう」

 その様子を藤澤が羨望の眼差しで見つめている。
 金子以外の者が二人を称える様に拍手した。

「最後に、第三号議案」

 新社名は『ユニコーン・ペガサス株式会社』に決定した。
 いつか評価額が1250億円以上のユニコーン企業になってほしいとの願い、その後、ペガサスのように羽ばたいてほしいとの願い、その二つをミックスした名前だった。

「まずは、経営に不慣れな酒井社長を助けるために、ユニコーン・ペガサスはステイヤーシステムの子会社としてスタートを切るというのはどうでしょうか?」

 岩田の助言だった。
 ステイヤーシステムは退任した金子の株を買い取った。
 次いで、近藤と交渉し彼の持つ2%の株もステイヤーシステムが買い取った。 
 そして、桜子は自身が持っている49%の株式を酒井に渡した。
 ステイヤーシステムはユニコーン・ペガサス株式会社を子会社化することに成功した。

 翌日の夜19時。 

「桜子ちゃんにとって運が良かったのは、私という味方がいたということ。もう一つはOGR.comの案件がX派閥の仕事だったということだ」

 鶴丸部長は得意げにそう言った。
 X派閥は鶴丸部長が属するY派閥と対立している。

「今、X派閥の連中は、外注の選定過程について上層部から厳しく追及されている」
「キャロット情報ブレーンのことですね」
「うむ。反社と付き合いがあり、残業代を横領するような企業をパートナーとして選ぶなんて、うちとしても大きな失態だからな。X派閥の上の方は責任を取らされるだろう」

 鶴丸部長は「ガハハハッ」と大笑いした。
 桜子はその様子に顔をしかめた。
 二人は、駅そばにある切手ビルのビアホール『銀玉ライオン』の窓際席で向かい合っていた。
 今日のさし飲みは、鶴丸部長からの誘いだった。
 キャロット情報ブレーンの不正を鶴丸部長にリークし、それを政治の道具に使ってもらった。
 桜子は松永を追い出したタイミングで、鶴丸部長にキャロット情報ブレーンの不正を目黒ソフトウエア工業の上層部に告発するように働き掛けたのだ。
 桜子は同時に労基署にも告発した。
 つまり金子との約束は守りつつ、彼の不正を鶴丸部長を通して、白日の下に晒すことが出来た。
 金子と松永が着服していた未払いの残業代も、社員全員に支払われることだろう。
 おまけにユニコーン・ペガサスを手に入れることも出来た。
 社員数50人。
 ステイヤーシステムの30人と合わせると、グループで総勢80人になった。
 数は力だ。
 桜子はそう思う。
 これで約3倍近い人数になった。
 売り上げ、収益も、倍増する。
 金と力があれば世の中を変えられる。
 自分の目標に一歩近づいた気がした。

「今回は、私のお陰みたいなもんでしょう」

 鶴丸部長は恩着せがましくそう言った。

「ですね」

 桜子は冷ややかに応えた。

「どや、来月あたりナニワ旅行」
「すいません。プロジェクトのカットオーバーが10月なんです。あと2か月待ってください」
「なんや、残念やなあ。邪魔したろか、そのプロジェクト。どうせX派閥の仕事やしなあ」

 鶴丸部長の鼻先に、フォークの尖った先端が突き付けられていた。
 冷汗が顔を伝う。

「我が社の仕事を、邪魔したら許しません」

 桜子の真剣な目に「すまん、すまん」と、鶴丸部長は苦笑交じりに謝った。

 次の日の朝。
 桜子は自宅でパジャマ姿のままニッケイ新聞を開いた。
 ある記事で一気に眠気が飛んだ。

  7月X日 午後23時10分ごろ、腐海埠頭の路上付近で「車が海に沈んでいる」とパトロール中の警察官から通報があった。
  海中から引き上げた黒い軽自動車から、口を塞がれ手足を縛られた男性一名が発見された。
  心肺停止の状態で救急搬送され、搬送先で死亡が確認された。
  地方都市地方署によると、遺体はキャロット情報ブレーン元社長の金子好太郎さん(48)である可能性が高い。

 警察では金子が反社との付き合いもあり、何かのトラブルで殺害されたのではとの見方をしているようだ。
 物事に動じない桜子も、流石にこれには背筋に寒いものが走った。

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「金子、お前の命(タマ)いつか取ったるからなぁ!」
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 これはきっと松永の報復に違いない。
 桜子は自分がパジャマであることも忘れ、外に飛び出した。

 周囲の視線で、自分が薄ピンク色の長袖長ズボンのパジャマ姿であることを気付かされた。
 恥ずかしいが、一刻を争う。
 そのまま走る。
 松永を、止めなきゃ。
 止めなきゃ。
 酒井や藤澤、皆にどんな危害が加えられるか分かったもんじゃない。
 桜子は自分の身の危険も顧みず、敵地に乗り込んで行った。
 まさか死人が出るなんて。

(私のせいだ)
 
 ログアウトの事務所はもぬけの殻だった。
 応接セットも、パーティションも、什器類も、そして壁に掛けられていた絵も全て無くなっていた。
 松永も落とし前を付けさせられるために、連れ去られたのだろうか。
 何とも後味の悪い結末だった。
 桜子が皆のため、この業界のため、そう思ってやって来たことで死人が出た。
 そして、この後、反社の復讐が待っているかもしれない。

(結局、私のやってることって......)

 人を幸せにするんだろうか。

つづく

Comment(8)

コメント

VBA使い

メンバー達は「何事か『」と』思いはしただろうが


彼らに見覚え「が」ないので一瞥しただけで


弊社から残業代を受け取って「お」きながら


まだまだ雄一の再登場はなさそうですね。

桜子さんが一番

うわー、パジャマ姿の桜子さんピンチやー。助けなアカンなー・・・すいません。妄想が暴走しました。m(__)m

foo

こういう形で「一波乱」が起きるとは、もはや波乱どころか津波のような大騒ぎだな。

>  次の日の朝。
>  桜子は自宅でパジャマ姿のままニッケイ新聞を開いた。
>  ある記事で一気に眠気が飛んだ。

情報収集方法が意外とアナログな桜子だが、それにしても金子が追い出されてからタマを取られるまでわずか2日とは、恐ろしく手際が良い。これは偶然なのか、はたまた狙い澄ましてこのタイミングだったのか。

一つ言えるとすれば、金子はやって来た労基の監督官に逮捕してもらえなかった(もしくは逮捕状の発行が間に合わなかった)のが運の尽きだったな、ってとこか。
先に留置所に入ってれば、さすがにこんな目には遭わずに済んだだろうし……。
(※労働基準監督官は、労働基準法関連の事件限定なら、犯罪者を逮捕することもできる。詳しくは労働基準法102条を参照)

湯二

VBA使いさん。


コメントと校正ありがとうございます。


実は25話からここまで、桜子が過去を思い出してる話なんですよね。
そう考えると長い振り返りで、話は前に進んでない。。。


>>雄一の再登場

来週登場します。
まだ過去の話だけど。

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


>パジャマ姿
こういう場面で、ラノベだと青少年が喜びそうな挿絵が入るんでしょうな。
個人的にはフリース地のフードにウサギ耳がついてるやつがいいですね。


>妄想
書いてる間中、ずっと妄想してます。

湯二

fooさん。


コメントありがとうございます。


>津波
展開を派手にしようとしたらこんな感じになりました。


>情報収集方法が意外とアナログ
株価もチェックしてます。


>狙い澄ましてこのタイミング
松永か松永の組に関連するヒットマンにやられた説。


>先に留置所に入ってれば、さすがにこんな目には遭わずに済んだだろうし
確かに、公権力に守ってもらえるかもしれませんね。
でも、娑婆からの指令を受けた留置所にいるヤクザが、金子の命を狙ったかもしれませんね。
もう想像だけで、書くことはないのですが。。。。


>労働基準法102条
お詳しいですね。
書くにあたってちょっと勉強したけど、まだまだです。
知識が浅いから間違いが多くて。

名無し

初めてコメントします。
毎週楽しく読ませてもらってます。

VBA使いさんへの返信を見て、そういえばそうだったっけと思い25話を確認したんですが気になったことあったので質問させてください。

25話の現在軸で桜子が藤澤に戻るように言い、藤澤は金子社長に自分で伝えると言いました。
そこから過去編が始まり、今回1週間で桜子が会社をぶっ壊し金子を社長から退けしかも亡くなっているのが分かったのですが、矛盾しちゃってないでしょうか。

藤澤は金子が社長出なくなったことに気づいてないのか、とも思いましたが臨時株主総会に出席してたので。。

湯二

名無しさん。


コメントありがとうございます。


>過去編
次の話で終わります。


>矛盾しちゃって
矛盾してます!
死んだ人間に退職願を出すなんて、代行業者でも無理ですね。
登場人物の時系列を整理すると、25話の数日前に金子は死んでます(29話で)。
これ異世界の話なんで。
とか、言い訳せずに25話を修正しました。
なんだか、これはこれで初めて25話を読む人にとっては含みのある書き方になったかな。

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