常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 しょっぱいマネージャー】第二十八話 タフ・ネゴシエーション

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 翌日。

「なんでお前が?」

 会議室の扉を開けた金子は、そこにいた松永を見て、そう言った。

「金子さんこそ、どうしてここに?」
「安田に呼ばれたんだ。お前こそ一体......」
「私も安田さんに呼ばれました」

 二人は顔を見合わせた。

「ようこそ」

 その声に二人は入口の方を向いた。
 そこには後ろ手に扉を閉める桜子の姿があった。

「安田、どういうことだ?」

 金子は声を荒げた。
 彼は桜子から退職したいという相談を受けていた。
 今日、そのためにここ、会議室に来た。
 なのに来てみれば、呼んだ覚えもない松永がいる。
 金子が不審に思うのは当然だった。
 桜子はおもむろに口を開いた。

「まあ落ち着いて」
「何だと? 貴様......」
「まあまあ、金子社長、安田さんの話を聞きましょう」

 松永がなだめた。
 金子は不服そうに腕を組んでドカッと椅子に座った。
 それに倣うように松永も座る。
 それに向かい合う形で桜子も座った。

「私と金子社長、それぞれに嘘をついてここに集めた。その理由は?」

 昨日、桜子はスマホ越しに松永にこう告げて、今日、ここに呼び寄せた。

「この前の申し出、受けることにしました」

 と、可愛げのある声で。
 自分でもわざとらしい演技に吐き気がした。
 
「私と交渉をしてもらうために来ていただきました」

 桜子は、そう宣言をした。

「交渉? 意味が分からんな。お前と俺たちで一体何をやり取りするって言うんだ?」

 金子は腕を組み、受け付けないといった態で言葉を返した。

「これからあなた方が行っている不正を一つずつ挙げて行きます。そのどれもが外部に漏れた時、あなた方の首を絞めることばかりです」

 二人とも黙り込んだ。
 それぞれ何か考えているのだろう。

「あなた方のここでの態度次第によっては、私はそれを然るべき所に告発します」
「俺たちを脅しているのか?」
「思い当たることがやっぱりあるんですね。金子社長」

 金子はしまった、というような顔をした。

「金子社長は人がいいなぁ。私たちにそんなやましいことはありませんよ、ね」

 すかさず松永がフォローする。

「松永さん」
「何ですか?」

 松永はまるで自分は潔白だと言わんばかりの、余裕ある表情で応えた。

「あなたは非弁行為をしています」
「証拠は?」
「あります」

 桜子はICレコーダーを卓の上に置き、再生ボタンを押した。

<福島課長、安田さんは御社を辞めるにあたって有給の買い取りを申し出ています>
<そんなもの無理に決まってるだろ>
<何故、無理なんです? 有給消化は社員の当然の権利で御社はそれを行使させなかった。では、その責任をどう取るんです?>

 福島課長と松永のやり取りが小さいスピーカーから流れだした。
 シンとした会議室にその音声が響く。

「相手先で退職代行だけでなく有休消化や退職金などの交渉まで行う。そして依頼者から報酬まで貰う。これは弁護士資格を持たない松永さんが行うと法律違反になります」

 付け加えるように、卓の上に一枚の用紙を置く。
 そこには、桜子の活動に賛同した難民達の証言が載っていた。
 彼らが何社くらいたらい回しにされた挙句、幾らの借金を抱えキャロット情報ブレーンに来たのか。
 退職代行の際に、松永が辞める会社に対してどんな交渉をしたのか。
 量と質、それぞれを兼ね備えた証拠をここに揃えた。

「裁判所にでも訴えるのか?」
「さっきも言ったように、それは、あなた方の態度次第です」

 松永は金子の方を向いて「フッ」と笑った。
 それに応えるように金子も笑った。
 松永は桜子の方に向き直り、呆れたように口を開いた。

「安田さん、この前の話聞いてなかったんですか?」
「何の事でしょうか?」
「とぼけないでください。私とあなたはお互い秘密を握り合った仲じゃないですか? 今更、お互いの弱点を蒸し返してどうしようっていうんですか? 時間の無駄ですよ」

 用紙とレコーダーを桜子の方に押し戻して来た。
 桜子はそれを手に取り、

「松永さん。あなたが何故、非弁という危険な橋を渡っているのか最初は疑問でした。だけど、調べて行く内に分かりました」

 落ち着いた物腰でそう返した。
 松永の瞳の中に昏い影のようなものが差した。

「退職金にしても有給買取にしても、あなたにとってはそれが立派な資金源になるからです」

 代行を使って辞めた人間が少しでも多くの金を手にしてくれれば、それをログアウトの転職斡旋サービスと退職代行に回してくれる。
 そのために松永は非弁活動を行っていた。

「それだけか?」
「死ね。この悪党」

 それは桜子の口を通して発せられた難民たちの思いだった。

「言いたいことを言えて、満足したか?」

 「これで終わり」とばかりに薄ら笑いを浮かべ、松永は立ち上がろうとした。

「まだ終わってません」
「あ?」
「言ったでしょ? 不正を一つずつ挙げるって」
「はぁ?」
「もう一つ」

 桜子は人差し指を突き立てた。
 卓の上に、3枚の紙が置かれた。
 それを見た金子の顔に狼狽の色が浮かんだ。

「これはっ......」

 彼は用紙を手に取り、上から舐めるように見始めた。

「どうやって、こんなものを手に入れた!?」
「目黒ソフトウエア工業に知り合いがいまして......名前は申し上げられませんが、その方から」

 続けて、こう言った。

「それはコピーなので破ったって無駄です」

 一枚は、鶴丸部長から手に入れた目黒ソフトウエア工業とキャロット情報ブレーンとの契約書。
 そこには社員一人当たりの単価と、残業代についてが書かれていた。
 もう一枚は、藤澤の給与明細。
 更にもう一枚は、藤澤の作業時間が載った月報。

「藤澤の給与明細と月報とから、一つの事実が浮き上がります。それは......キャロット情報ブレーンは社員に残業代を支払っていないという事実です。つまり、明らかな労働基準法違反です」

 金子の手がワナワナ震え、紙がクシャクシャと音が立てた。

「これをどうしようというんだ?」
「どうするもこうするも、態度次第と言ったでしょう?」
「それがお前の言う交渉というやつか?」
「交渉? もう、そんな甘いものじゃありません。あなた方は私が言うことを受け入れるしかないんですよ」

 金子が松永の方を、助けを求めるように見た。
 松永は桜子を睨みつけているが、その額にはじっとりと汗をかいていた。

「これを表に出さない条件、それは......」

 二拍ほど置き、こう告げた。

「ログアウト経由でここに来た人間の借金を、今すぐ帳消しにして下さい」

 桜子はダメ押しのように、金子、松永の目を順に見た。

「断ったら?」

 松永が乾いた唇から言葉を発した。

「労働基準監督署に、この2枚の紙が届きます」

 この事実が明るみになれば、労働基準法違反でキャロット情報ブレーンに労基の立ち入り調査が入るだろう。
 加えて、松永、金子の両名は横領の罪で起訴されても文句は言えない。

「そんな大金、今すぐ払えるわけないだろ」

 金子が声を荒げた。
 対象者は50人はいた。
 そのそれぞれが平均50万円の借金を抱えていた。
 それを帳消しにするということは、金子、松永がロイス金融にその借金を債務者の代わりに支払うということだった。

「じゃ、この紙を送付するまでです」
「ま、待ってくれ! 俺は松永の口車に乗せられて、ついやっただけだ!」

 指を差された松永は口をへの字に曲げ、金子を睨みつけた。
 その金子はそのイガグリ頭から汗を吹き出させながら、醜くゆがんだ顔で桜子の方まで近づいて行った。
 彼女の両手を握り締め、「話し合おう」と頭を下げ縋って来る。

「触るな! この女衒!」

 桜子はその手を思いきり振り払った。
 その勢いで金子は無様に尻もちを着いた。

「詐欺と卑劣で稼いだ金がそんなに惜しいか! 会社を潰して死ぬか、汚い金を吐き出して生き残るか、あと二日だけやるからよく考えろ!」

 そう言い残し、会議室の扉を荒々しく閉めた。

 二日後。

「結局、松永さんの方が多くロイス金融に支払ったんですね」
「まったく、金子には本当に嫌気が差したよ。自分のことを棚に上げ、私だけを悪者にするなんて」

 松永は呆れ顔で桜子にそう言った。
 二人はログアウトの会議室で向かい合っていた。
 金子と松永は桜子の提示した条件をのんだ。
 彼らはロイス金融に金を払い、藤澤をはじめとした難民たちの借金をチャラにした。

「安田さんを連れて来たのは確かに私だ。だからって私が多く支払うなんて不公平だ」

 と、口をとがらせ金子のことを愚痴っている。
 いつの間にか壁に掛けられていたラッセンが消えていた。
 金策のために消えたのか。
 仲間割れが始まっていた。
 今回の件で松永は金子を嫌い、金子も松永を嫌うようになっていた。
 ロイスはロイスで金さえ入れば、どこからでも構わないようだ。
 元々金だけで繋がっている連中だ。
 一度仲がほつれると、簡単にバラバラと崩れだす。

「で、大事な話って?」
「はい......この前の申し出、受けようかと」

 桜子は長い黒髪の先をいじりながら、伏し目がちに恥じらいながらそう言った。

「ということは......」
「はい。付き合ってください。そして、一緒に会社を運営したいです」

 松永の不機嫌な顔がパァッと一気に明るくなった。

「そりゃ嬉しいね」

 笑顔で桜子の手を取った。
 その熱量を冷ますかのような、冷静な声で桜子はこう言った。

「先立って、一つ提案があります」
「何だ?」
「クーデターを起こしましょう」
「今......なんと?」
「金子社長をキャロット情報ブレーンから追い出し、松永さんが社長になるんです」

 松永はログアウトの社長でもあったが、キャロット情報ブレーンの株式を49%持つ取締役副社長という立場でもあった。
 対して金子はキャロット情報ブレーンの社長であり、こちらも同社の株式を49%所有していた。
 桜子は残り2%を持つ社員、近藤を味方につけ過半数の株式を持つことで株主総会を開き、金子社長を解任させることを提案した。

「今回の件で松永さんも金子社長の本性が良く分かったでしょう? あの人は社員からの評判も良くありません。現場にいる私だからそれは良く分かります」
「確かに、あの人のやり方は気に食わんところがある。今回のことも含めな。よし、反社の恐ろしさ思い知らせてやる」

 その日の午後。

<反社の恐ろしさ思い知らせてやる>

「松永が、クーデターを......」
「はい」

 卓の上に置かれたICレコーダーを挟んで、金子と桜子は向かい合っていた。
 スピーカーからは先ほどの松永と桜子のやり取りが流れている。
 それは、桜子にとって都合の良い形で編集された代物で、如何にも松永一人でクーデターを企てたようなストーリーになっていた。

「あいつ......」
「どうでしょう? この際、反社とは手を切るというのは?」

 桜子は金子に提案した。
 その内容は、株主総会を開き松永を副社長から解任し、キャロット情報ブレーンから追い出すというものだった。

「近藤さんも味方に付くと言っています」
「だが、ヤクザと手を切るのは難ごとだぞ。あとでどんな仕返しがあるか分らん」

 そうは言いながらも、金子は顎に手を当て満更でもないといった顔をしていた。
 彼は彼で反社と手を繋いでいることを恐れているのだろう。

「ご安心を。私が元居たステイヤーシステムの顧問弁護士を紹介いたします。彼は人権派の弁護士で反社や暴力から市民を守ることを使命として生きているような方です」
「それは、ありがたい」
「これだけ会社も大きくなったんです。いずれ上場することも考えておられるのなら今のうちに会社の身辺は綺麗にしておくことをお奨めします」

 創業時代から重宝された松永は、まさに諸刃の剣だった。
 彼がいたから原資である人を集めることも出来たし、資金だって蓄えることも出来た。
 だが、それは同時に反社とズブズブの関係を続けることも意味していた。
 キャロット情報ブレーンにとって次のステージに行くには、勇気を持って反社との付き合いを断つことだった。
 桜子はそこを強調した。

「その弁護士を紹介するにあたって一つ条件があります」
「何だ?」
「私を経営に参画させてください」

 金子はキョトンとした顔をした。

「君は不思議な奴だな。我々を脅したと思ったら、こうやって味方になってみたり......一体、何を目指しているんだ?」

 桜子は「それは」と間を置き、

「この業界を変えるためです」

 その日の19時。
 キャロット情報ブレーンが入居するビルの事務所で臨時株主総会が行われた。
 出席者は金子、近藤、松永、桜子。
 そして、桜子が金子に紹介した岩田弁護士も立会人として同席した。
 岩田は今年50になった弁護士歴25年の大ベテランで、刑事、民事双方に明るく、特に企業法務については本を出したりテレビでコメントを求められるほど得意としていた。

「では、キャロット情報ブレーンの臨時株主総会を始めます」

 金子がそう開会を宣言した。
 数分後、

「金子、お前の命(タマ)いつか取ったるからなぁ!」

 閉め切った事務所の扉を怒号が揺らした。
 それは、遂に松永が本性を現した瞬間でもあった。

 その後、桜子は約束通り副社長という地位に収まった。
 その際、松永が持っていた株式を全て金子を通して譲り受けた。
 文字通り、桜子は金子と並ぶ同社の筆頭株主であり重要な役員として振る舞うことになった。

「安田、随分早い展開だが、就任おめでとう」
「ありがとうございます」
「大したもんですなあ」

 触れ合った3つのワイングラスがカチンと鳴った。
 フランス料理店『マイフレンチ』にて、桜子は福島課長、岩田弁護士と向かい合っていた。
 今夜は彼女の労をねぎらうささやかな食事会だった。

「まったく、安田さんはITだけでなく、こういった企業内の取引も得意なんですね」

 真っ白になった髪をピタッと七三分けにした岩田は桜子を褒め称えた。
 彼は白いYシャツに黒の蝶ネクタイ、黒のスラックスといういでたちで、いかにも知性ある紳士然としていた。

「いえいえ、先生のご助力もあったればこそです」
「ははは。私は何もしておりません」

 そう謙遜する岩田のグラスに、福島課長はワインを注ぎながらこう言った。

「先生にはこれからキャロット情報ブレーン買収について、助けてもらわなければならないことが沢山あります」
「了解しております。東海社長には世話になりましたからな。これくらいのことは。して、今日、彼は?」
「東海は論文発表のため海外に出ています」
「そりゃ残念だ。久しぶりに一緒に飲めると思ったのに......」

 桜子は東海社長の豊かな人脈に感心しつつ、次のアクションを考えていた。

「安田」
「あ、はい」

 福島課長に呼び掛けられて我に返った。

(次は金子を追い落とす)

つづく


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Comment(8)

コメント

桜子さんが一番

「天職斡旋サービス⇒転職斡旋サービス」でしょうか?
やっぱり桜子さんはイイね。

VBA使い

汗を「吹」き出させながら


数分後
→速っ


松永を懲りずに油断させる、桜子さんのギャップ、【小説 データベース道は一日にしてならずだよ!】 痛い目見ろ!編 の最後のシーンを思い出しましたw


ついでに、その記事で発見
「お前は今、技術者として一番言っちゃいけないことを言ったんだぞ!『」』

foo

一気に状況が動いてきた!

桜子姐さんの松永へ対するフィニッシュブローは、連環の計と美人計のワンツーパンチってとこか。
ただ、これだと松永をKOまでは持ち込めず、判定勝ちで勝ったような状況だし、まだもう一波乱くらいはあるかもしれないな。

> 反社の恐ろしさ思い知らせてやる
松永自身がゲロったってことは、結局松永の正体は反社でほぼ確定、ってことか。
以前から「でも本当に松永が反社だとしたら、会社は取引先や従業員etcと結ぶであろう、暴力団排除条項はどうクリアしたのか?」が気になってたが、そのわけも今回で謎が解けた。

>  だが、それは同時に反社とズブズブの関係を続けることも意味していた。
会社自体が最初から反社とズブズブなら、そもそも暴力団排除条項なんて他者/他社に求めないし、求められたら虚偽の申告(「私達は反社と関係ありません」にチェック)で相手方を騙してきたってとこなんだろう。

> 「ご安心を。私が元居たステイヤーシステムの顧問弁護士を紹介いたします。彼は人権派の弁護士で反社や暴力から市民を守ることを使命として生きているような方です」
桜子姐さん自身が、実は弁護士バッジを隠し持っていた……なんてオチが来るんじゃないかと思っていたが、さすがにそれはなかったか。
(現代の日本の法律では、一応弁護士は兼業も可能とのことなので、エンジニア兼弁護士はありえないわけではないらしい)

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントと校正ありがとうございます。


>やっぱり桜子さんはイイね。
リアルにいたらどうなんでしょうね。
周りは振り回されっぱなしでしょう。笑

湯二

VBA使いさん。


コメントと校正ありがとうございます。


>痛い目見ろ!編
随分昔の話まで覚えていただきありがとうございます。


>数分後
ジャンプの打ち切り漫画みたいに展開が唐突。


>技術者として
2016年の記事かあ。
3年前はこんなに長く書いてるつもりなかったんだけどなあ。。。

湯二

fooさん。


コメントありがとうございます。


>連環の計と美人計
KOEIの三国志みたいですね。
一人美人局みたいな。


>一波乱
あるよ~。


>正体は反社
遂に地金が出たかって感じですね。
色々考えて書いてるようで、結構行き当たりばったりで辻褄合わせてますよ。
暴力団排除条項なんて、今知りました。
勉強します。


>弁護士バッジを隠し持っていた
弁護士の資格まで持ち出すと、それこそ話がITからそれる(今でも十分それてる)ので、他のキャラに持たせました。
でもエンジニア弁護士の小説なんかあっても面白そうですよね。
ITの訴訟問題って多いですからね。


VBA使い

すみません、
「お前は今、技術者として一番言っちゃいけないことを言ったんだぞ!」」
の最後のカッコが1個余計に付いている、という事を言いたかったんです。。

湯二

VBA使いさん。


あ、このセリフ、第三話と第六話に出てて、
第六話の方でしたね。
修正しました。
ありがとうございます。

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