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【小説 しょっぱいマネージャー】第二十五話 キニナルアイツ

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 藤澤はチーズバーガーセットを注文した。
 隣のカウンターでは桜子がエムドシェイクとビックエムドバーガーを注文していた。
 二人は職場から歩いて5分ほどの公園わきにあるエムドナルドに来ていた。
 二階の窓際席に二人並んで座る。

「安田さんからお昼誘ってくれるなんて、ありがたいっす」
「うむ」

 桜子は窓の外に視線を向けたまま頷いた。

「今日は君に伝えたいことがあって誘ったの」
「な、何すか? 改まって......」

 何を勘違いしているのか、藤澤は顔を赤らめた。
 桜子は藤澤に向き直り、おもむろに口を開いた。

「来月からステイヤーシステムに戻りなさい」

 窓から空港の滑走路が見える。
 離陸する機体と、着陸する機体、交互に行き交っている。
 藤澤は桜子の目をまっすぐ見てこう言った。

「分かりました」

 桜子はかねてより、藤澤をステイヤーシステムに連れ戻すためにキャロット情報ブレーンに入社したことを伝えていた。
 遂にその日が来たのだ。

「嬉しそうな顔じゃないね」
「え、そうですか?」
「作り笑いしなさんな」
「いやぁ......正直言うと、安田さんからもっと色々学びたかったから、今ここを抜けるのはちょっと残念だなってのが本音です」

 藤澤は恥ずかしそうにそう言った。

「ありがと。でも、君はこの一ヶ月で十分成長したから、次は有馬君をサポートしてあげて下さい」

 ずっと離陸待ちをしていた一機が、やっと飛び立った。
 あっという間に空高く舞い上がって行く。

「退職届書いたらちょうだい。金子社長には私から手渡しておく。あの人、今辞めるって言ったら烈火のごとく怒るだろうから」

 桜子が代行を申し出ると、藤澤は首を振った。

「辞める事くらい、自分でハッキリ言います」

 桜子としては、自分の右腕になるまでに成長した藤澤を手放すのは惜しかった。
 今の彼は借金からも解放され、ある意味自由の身となった。
 彼の意思を尊重するならば、このプロジェクトで仕事を続けさせてやるのが正しいことなのかもしれない。
 だが、桜子は雄一との約束を優先した。
 そして、自身はこのプロジェクトに残る。


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 約二週間前。

「初めてのPMでどうしていいか分からない部分が多かったのですが、周囲の人たちに助けていただき何とか各工程を消化出来ています」

 壇上に立つ雄一はそう言った。
 月一回の社内会議は、各常駐先に散らばっている社員の勤務状況を考慮し夜19時から行われる。
 ステイヤーシステムの事務所だと30名ほどの社員全員は入りきれないので、自社近くの会議室を借りている。
 その会では、社員は一人ずつ壇上で業務報告を行うことが恒例になっていた。

「今ではプロジェクトメンバーからも信頼され、『有馬さんがPMになってくれたお陰でプロジェクトが上手く行きそうだ』、と評価されています」

 雄一は得意げな表情で周囲を見渡した。

「さすが!」
「カッコいい!」

 各所から声援が上がった。
 それを冷やかしとも知らず、雄一は真に受けたようで満面の笑顔で続ける。

「ほんと、ぶっちゃけPMなんて楽勝ですよ! 俺に任せとけって感じです!」

 桜子は一番後ろの席でその演説を聴いていた。

「あいつ大丈夫か?」

 隣に座る福島課長が、半笑いを浮かべながら桜子の方を向いた。

「ちょっと調子に乗りすぎですね」

 桜子は冷ややかに応えた。
 つい数週間前までは「PMなんてどうでもいい」とか自暴自棄になり弱音を吐いていたくせに、ちょっと上手くいくと浮足立つ。
 確かに雄一自身の頑張りもあるが、プロジェクトが上手くいっているのは彼の実力というよりも、周りの助けによるところが多いような気がする。
 例えば、AIチームの秋華が仕事をするようになったのは桜子のお陰だ。
 プロジェクトマネージャー就任当時はメンバーとの衝突もあり、ある意味成長するチャンスに満ち溢れていた。
 だが今となっては、メンバーに恵まれて平坦な道が続いている。
 このままでは、雄一は奢り高ぶった自信過剰な人間になってしまう。

「福島課長、社長は?」
「今日は抜けられない会合があって無理だって」
「じゃ、課長。後で時間いいですか?」
 
 壇上ではまだ雄一が得意満面に演説を続けていた。

 その日の21時。
 会議終わりのステイヤーシステムの事務所にて。

「非常に迷いましたが、キャロット情報ブレーンに入社することに決めました」

 桜子は向かいに座る福島課長にそう宣言した。

「......そうか」

 タイキソフトウエアでのこと--
 つまり、DFプロジェクトの二の舞にならないか。
 それが二人の間での共通の懸念事項だった。
 キャロット情報ブレーンの現場は、まさにDFプロジェクトでの修羅場に似ている。

「大丈夫です。あの時の様なことにはなりません」
「ほんとに?」

 桜子は大きく頷いた。
 福島課長は身を乗り出した。

「お前のことだから、何か考えがあるようだな」
「はい。あの時は私がコントロールされる側にいました。だから無限とも思える仕事量、無駄とも思える作業......これらを避ける事が出来ませんでした。ですが、今度は私がコントロールする側になるつもりです。仕事のやり方やプロジェクトの進め方、その他諸々を掌握すればそういったことは避けられます」
「それって、お前自身がPMになるってことか?」
「その通り」

 桜子はカバンからクリップで閉じられた紙束を取り出した。
 卓の上にそれを置く。

「読んでください」

 その厚さは3cmほどで、文字や図がびっしり書かれている。

「これは......」
「私がまとめたプロジェクトマネジメントに関するレポートです」

 福島課長はそれを手に取った。
 パラパラと数ページ目を通しただけでこう言った。

「すごいな......」
「私はこれまでエンジニアとして生きて来て、様々な現場で様々なプロジェクトに接して来ました。そこから学んだ教訓、それらを集約したものです」

 そこには市販の書籍では書けないようなことが載っていた。
 紙面には、まさに現場の生の声が刻まれている。
 成功も失敗も何もかも......

「キャロット情報ブレーンのプロジェクトで、これを実践したいと思っています」

 このレポートを書き下ろした瞬間から、桜子はここに書かれていることをいつか実践したいと思っていた。
 退廃したキャロットのプロジェクトはまさしく、実践の場としてうってつけだった。
 実践した結果はデータとして記録すること。
 そのデータは、このIT業界を変えるための重要な足掛かりとなるだろう。
 福島課長はしばしレポートを眺め、それを卓の上に置いた。

「分かった。だが......有馬の足を引っ張ることにならないか?」
「どういうことでしょうか?」
「角田社長から聞いたが、キャロット情報ブレーンも結婚情報サービスのプロジェクトを手掛けている。そこにお前が行くということは色んな意味で有馬と競合することになるぞ」
「分かってます」

 OGR.comはシーバードのシステムリニューアルに先駆けて結婚情報サービスを展開すると発表していた。
 つまり桜子の動き方次第では、雄一のプロジェクトが影響を受けることを意味していた。

「ククク......」

 福島課長は押し殺した様な笑い声をあげた。
 そして、桜子の目を見据えこう続けた。

「俺が思うに......安田よ。お前の本当の目的は有馬なんじゃないのか?」

 桜子は応えなかった。

「奴の伸び切った鼻を折る。ひいては奴を成長させるために、お前は奴の敵として立ちはだかろうとしている。そうだろ?」
「ご想像にお任せします」

 桜子は無表情でそう言った。
 確かにその通り。

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「俺があんたの活躍出来る場所を作る」
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 雄一のその言葉を聴いた時から、もう一度、エンジニアになることに決めた。
 雄一はマネージメント、自分はエンジニアリングを極める。
 そんな未来図を描いているが、今の彼ではそれは難しい。
 ならば、逆境を与えて成長させるまでだった。

「何だかんだで、お前、あいつのことすっごい気にしてるよな」

 福島課長はからかうように笑った。
 桜子は反射的に耳が熱くなった。

「課長、それセクハラです」

 昏い瞳で指摘すると、「すまん、すまん」と福島課長はペコペコ頭を下げた。

「それにしても......まず最初は、試用期間になるわけだろ。すぐにPMなどなれるのか? だいたい元請けの目黒ソフトウエアが黙っちゃいない」

 プロジェクトマネージャーは元請けである目黒ソフトウエアの社員が担っていた。
 桜子の言っていることは、その座を奪うということだ。

「方法はあります」
「どうやって?」

 返事を急かす福島課長に、桜子は落ち着いた様子で答えた。

 そして、次の日。

「では、行きましょうか」

 松永に促され、桜子は席を立った。
 ログアウトを出て地下鉄に乗る。
 車内で揺られている間、松永は馴れ馴れしく話し掛けてくる。

「彼氏いるんでしょ?」
「そんな、いませんよ」
「いやいや、謙遜しなくても。安田さんみたいな美人なら、それこそイケメン共が言い寄って来るでしょ?」

 とか何とか、キツイ香水の匂いをさせながら、車内が揺れるのをいいことに肩なんかを触って来る。
 殴りつけたい衝動に幾度となく駆られるが、今はぐっと堪える。
 終点である空港まで辿り着いた。
 空港のロビーは平日の昼間だというのに多くの人が行き交っている。
 桜子は出張でしかこの空港を利用したことは無い。
 キャリーバッグ片手に搭乗口に並ぶ人々を見ていると、いつか落ち着いたらナニワにでも旅行したいと思った。
 空港を通り抜け、表に出る。
 高い空と空港を作るために切り崩された山々が広がっていた。
 それらは桜子の目にひどく人工的なものに映った。
 そんな大地にポツンとそびえ立つ5階建てのビル。

「こんな華奢な娘で大丈夫か?」

 でっぷり太ったイガグリ頭の男、キャロット情報ブレーンの社長である金子はそう言った。
 桜子の頭からつま先まで舐めるように見る。
 ハッキリ言って気持ち悪いが、ここでもぐっと堪えた。

「じゃ、近藤。案内してやってくれ」

 開発リーダーである近藤に連れられて会議室から作業場所に移動した。
 すえた臭いに思わず口と鼻を抑える。
 恐らく何日も帰っていないのであろう、着古したよれよれのワイシャツが汗染みで茶色くなっている者がいる。
 フロアの真ん中辺りまで来た時、

「ここ、君の席ね」

 案内された席には、誰かが置いて行ったと思われる鉛筆立てやメモ帳が残されていた。
 椅子にはジャケットが掛けられたままだ。

「間違いでは?」
「いや、ここに座ってた奴は昨日逃げたから」

 とのことで、戻ってこない主人の備品そして端末は桜子が引き続き使うことになった。
 その端末には既に開発環境が一式構築されていたので、一から環境構築する手間は省けた。
 逃げた者の作業を引き継ぐ形で、桜子は作業を始めた。
 どうやらマスタ系の画面が担当だったらしい前任者は、度重なる仕様変更に苦しんでいたようだ。
 メールボックスには顧客担当者である石橋課長と幾度となくやり合った形跡が残っている。
 とりあえず、桜子は現時点で確定している設計書とプログラムを突き合わせ出来ている部分と出来ていない部分を整理することにした。
 その作業を行いながら、それとなく周りを観察する。

 居た。

 割と端正な顔立ちが周囲から目立って見える。
 桜子から2島程離れた窓際に座っている男。
 桜子は彼の顔を覚えていた。
 あれが藤澤だ。
 彼がステイヤーシステムの面接を受けに来た日、たまたま桜子は事務所にいてその様子を見ていた。
 その時の彼の顔はやる気に満ちていた。
 今はどうだろう。
 隣にいる角刈りの白髪頭の男と一生懸命何か話している。
 角田社長の話によると藤澤はここに来て二週間は経っているとのことだが、仕事にもだいぶ慣れて来ているのだろうか。
 割と活き活き働いているのが意外だった。
 桜子は彼の様子を横目に作業を続けた。
 いつ、彼に声を掛けようか。
 そのタイミングを窺う。
 藤澤が近藤に呼ばれ席を立ち、会議室に吸い込まれていった。
 30分後、先ほどの活き活きとした様子はどこへやら。
 青ざめた顔、ふらついた足取りで出て来た。
 そのまま自分の席に戻らず、フロアから出て行った。
 桜子は何があったのかと、会議室のドアを凝視した。
 立ち上がり、彼の後を追おうとする。
 と同時に、藤澤の隣にいた白髪頭も立ち上がり、彼の後を追うようにフロアから出て行った。

 一階の休憩所兼喫煙所の窓から藤澤と白髪頭が何事か話しているのが丸見えだ。
 桜子はドア越しに二人のやり取りに耳をそばだてた。
 藤澤がこの白髪頭の人物を怒鳴りつけている。
 それは一方的な藤澤の八つ当たりのようにも聞こえた。

「女衒どもが!」

 藤澤の怒声が桜子の耳に響いた。
 桜子の最も忌み嫌う人身売買。
 藤澤の場合は、退職代行と天職斡旋という甘い言葉でその弱みに付け込み、ズブズブとブラック企業という沼に引きず込まれていった。
 それは藤澤だけじゃない。
 あのフロアにいたほとんどの人間がそれに該当する。
 奴らは毒牙にかけられた人間から金という名の甘い蜜を搾れるだけ搾り取る。
 つまり彼らは騙されていたのだ。
 そして桜子は騙されたふりをしてここに来た。

(ログアウトとその仲間たちを潰す)

 桜子は決意を新たにした。
 そして、藤澤を取り込むのはこのタイミングだろうとドアノブに手を掛けようとした時、彼はスマホを耳に当てた。
 緊迫した表情で、スマホの向こう側の相手と話している。
 それを白髪頭が心配そうに見ている。
 やがて、スマホを持った手をだらりと下げ、うなだれる。
 どうやら藤澤の彼女が自宅で産気づいたらしい。

「早く行け!」

 白髪頭に怒鳴られ、藤澤は我に返ったようだ。
 藤澤がドアに向かおうとした時、白髪頭が吐血した。
 白髪頭を胸に抱き「サカイさーん」と泣き叫ぶ藤澤。
 まさに浪花節。

(藤澤、甘ったれたセンチメンタリズムなら、いらないよ。サカイさんの望みは、お前が今すぐ妻の元に行くこと)

 桜子は扉を開けた。

 その日の夜。
 19時に仕事を切り上げ、桜子はサカイが入院している病院に向かった。
 周囲はまだ残っていたが、そんなの気にしない。
 病室の壁には「酒井大」と書かれたネームプレートが掲げられていた。
 扉を開け入る。
 酒井は穏やかな顔で眠っていた。
 看護婦が言うには、元々身体が弱いうえに仕事での無理がたたったのだろうとのこと。
 命に別状はないらしい。

「......藤澤」

 寝言か。
 そう言えば、酒井と藤澤はさっき本音でぶつかり合ってた。
 酒井は寝ながら笑ったり泣いたりしている。
 その様子が可笑しくて、桜子は笑いを堪えるのが精いっぱいだった。
 二人で楽しく仕事してる夢でも見ているのだろうか。
 こんな地の底みたいな職場でも救いはあるんだ。

「ん......」

 目を覚ました。
 酒井はゆっくりと瞼を開き、桜子を確認した。
 
「姉ちゃん。さっきは、ありがとう」
「どういたしまして」

つづく

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Comment(4)

コメント

桜子さんが一番

桜子さん、ナニワへ出張フラグあざっーす。w

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


個人的にも行ってみたい。
取材と称してタコヤキ、お好み焼き、食べたいですね。

桜子さんが一番

関西、とくに大阪では粉もんになりますよねーw
最近はたこ焼き居酒屋がマイブームです。

湯二

桜子さんが一番さん。


たこ焼き居酒屋、いいですね。
若いころ、宗右衛門町のぼったくりバーで二万円取られたのはいい思い出です。
通天閣とか道頓堀とか行ってみたい。

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