常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 しょっぱいマネージャー】第二十四話 インフラ必要論

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 藤澤はスマホを持ったまま腕をダラリとさせ、口を開いたままになった。
 その様子が目の前でタバコをふかす酒井にも異常な事態を連想させたのだろう。
 心配そうな顔でこう問い掛けて来た。

「どうしたんだ? 一体......」

 先ほどの息も絶え絶えな若葉の声を聞き、藤澤は茫然としていた。

「子供が......産まれるって......」
「良かったじゃねぇかっ!」

 酒井は破顔し、藤澤の肩を揺さぶった。

「いや......それがまだ、あいつ病院じゃなくて家にいるみたいで、それにあいつまだ予定日だって随分先なんですよっ......」

 若葉は今、妊娠半年を過ぎた辺りだったはずだ。
 今、産まれたとしたら早産になり母子ともに心配だ。
 藤澤はここ数カ月を振り返り、若葉と我が子に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 
(若葉がこんなことになったのは、俺のせいだ。俺の不規則で自堕落な生活のせいで、あいつはストレスが溜まって......)

 固まったままの藤澤の背中を酒井は平手打ちした。

「まずいじゃねぇかっ! 早く行ってやれ! 救急車は俺が呼んでおく!」

 そして、藤澤の住所を訊きながら救急車を手配してくれた。

「早く行け!」
「でも......」
「仕事なんか気にすんな! 俺がお前の分までやっておく!」

 藤澤は泣き出しそうになった。
 そして、先ほどまで酒井に酷い言葉を投げつけていたことを後悔した。

「ありがとうございます!」

 そう言いながら踵を返した時、

「ゴホゴホ!」

 激しい咳の声で振り返ると、酒井が吐血していた。

「酒井さん!」

 藤澤は駆け寄り、苦しそうに背を丸め咳き込む酒井の背中を撫でた。
 酒井は意識が朦朧としているのか瞼が半開きだった。
 それでも、血で真っ赤になった口元から掠れた声でこう言った。

「行け......」

 彼の震える指は出口を指差していた。

「けど......」

 恩人である酒井を取るか、愛する若葉と我が子を取るか、その間で藤澤の心は揺れ動いていた。

「いいから」
「酒井さん、なんで俺なんかを......いつも......」

 助けてくれるんですか?

 そう問おうとしたら、

「それはよぉ、何でも人のせいにするお前が......昔の俺みたいに見えたからだよぉ」 

 酒井はニッコリ笑った。
 いつものヤニで黄色い歯は赤く染まっていた。

「酒井さん......」
「藤澤、人は変われるんだぜ......」

 最後に振り絞るようにそう言った酒井は、ガクッと首を垂れ意識を失った。

「酒井さーん!」

 藤澤は自分の腕の中に酒井の小さい体を抱き、泣き叫んだ。
 思えば人のために涙を流したのはこれが初めてだった。

「え?」

 不意に、両肩に激痛が走った。
 両肩にはガッチリと女の細い指が五本ずつ食い込まれていた。
 抵抗する隙も与えられず、グルリと振り向かされる。
 その拍子に藤澤の両腕から酒井がずり落ち、床にペタリとうつ伏せに倒れた。

バシイ!

 左頬に衝撃を感じた。
 脳が揺れ足に来る。
 たまらず床に手を着き、何とか顔を上げた。
 そこには蛍光灯の明かりを背にし、シルエット状になった一人の女がいた。
 やがて、影が引き女の姿が露わになった。
 ストレートで黒い長い髪、それに合わせるような黒いタイトなスーツに身を包んでいる。
 その女は口を開いた。

「早く行け」


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 キーンコーンカーンコーン。
 一ヶ月前の思い出に浸っていた藤澤は、昼休みのチャイムで我に返った。
 あの時のビンタの主は桜子だった。
 ビンタの後、藤澤は腫れた頬をハンカチで押さえながら産婦人科へ向かった。
 体重500gで生まれて来た我が子は、新生児集中治療室で大事に寝かされていた。

(俺、頑張るからな!)

 既に酒井によって決心させられていた藤澤は、我が子の顔を見たことでその思いをより強くした。
 そして藤澤は、若葉がいる病室へ向かった。

「藤澤君」
「は、はい」

 桜子の声で我に返った。
 また、過去に浸っていた。

「ちょっと、お昼行かない?」


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「あと一ヶ月......」

 絶句したようだ。
 谷中は口を開けたまま固まってしまった。
 雄一は会議室に各チームのリーダーを呼び出した。
 そして、三浦部長のように悪い知らせを二つ告げた。

「どうでしょうか?」
「どうでしょうかも何も......それはプロジェクトとして決まったことなんですよね」

 気を取り直した様に谷中は話し出した。

「バッチチームとしては本番環境構築に遅れが無いことが大前提です。あとは重大なバグ、そして無理な顧客からの要望が無ければ......残業や休出で何とか対応することは可能です」
「そうですか! ありがとうございます」
「けど、有馬さん。インフラチームが抜けるのに本番環境の構築をスケジュール通りに行うことは可能なんですか?」

 痛いところを突かれた。
 本番用のサーバは8月に予定通りデータセンターに搬入される。
 現地に赴き、OS、ミドルウエアのインストールからパラメータ設定、ネットワーク設定、データベースの構築などは、インフラチームのタスクだ。
 そのインフラチームといえば田原率いるハロンテクノロジーの面々だが、彼らは今月を最後にプロジェクトを去ろうとしている。
 残ったメンバーで対応するにしても無理があった。
 彼らは業務や開発を中心とした者ばかりで、インフラ作業の経験者はいなかったのだ。
 雄一にしても多少はORACLEの知識はあったが、それでも専門家レベルとまでは言えなかった。
 どこかから専門家を雇うしかない。
 それは結果的に「今のメンバーをフル活用して」という三浦部長の考えとは異なるが、やはりインフラチームがいないとこのタイトなスケジュールを守ることは難しい。

「一度、田原さんと話してみたらどうですか?」

 谷中はそう提案した。
 今日を含め田原チームの契約が終わるまであと3日ある。
 その間に説得を試みるというのは有りかもしれない。

「分かりました」


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「そのスケジュールじゃ無理だ」

 取り付く島もなかった。
 池江は口をへの字に曲げ、じっと雄一を見据えている。
 主に画面系を担当するリアルチームの場合、パフォーマンスや操作性など多くの要望や問題が出てくる可能性があった。

「顧客にこんなスケジュールじゃ無理だって伝えるのが、PMの仕事なんじゃないのかい?」

 全くごもっともな意見だった。
 しかし、上層部で決定した事項は二度と覆らないことは雄一も池江も分かっていた。

「まったく、シーバードから契約を破るなんて、違約金を相当貰わないとやってられないぜ」

 池江は冗談っぽく笑うと、すぐ真顔になり、

「そうは言っても俺たちはプロだ。やれと言われた仕事はやる。だが、それには大前提がある......」

 池江は、谷中と異口同音にインフラチームが必要だと訴えた。


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「ふぅん」

 目の前にいる秋華は、アイスカフェオレ片手に気のない返事をした。
 他のリーダーは会議室で面会したが、秋華だけはお茶に誘う形で話すことにした。
 そこには雄一の下心があった。

「どうかな?」
「そうね......」

 秋華はカフェオレを一口啜ると、こう言った。

「こんな時、あの黒装束の人なら何って言うのかな?」
「黒装束って......」

 桜子のことだ。
 秋華は目を輝かせていた。
 それは目の前にいる雄一に対してではなく、その向こう側にいる桜子の方に思いを馳せているかのようだ。
 部屋から出て来たあの夜、秋華は桜子によって仕事に目覚めさせられたのだろう。

「全ては顧客のために」

 桜子の言葉が、雄一を通して発せられた。

「カッコいい」

 うっとりとした表情を浮かべる秋華を見て、雄一は桜子に嫉妬を覚えた。


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 雄一は各リーダーの意見をまとめ、三浦部長に説明した。

「スケジュールを死守するには、田原率いるインフラチームが必要」

 これが結論だった。
 三浦部長もそれに納得し、田原を説得するために雄一は動き出した。
 そして、次の日。

「田原さん」

 端末に向かう田原は、雄一の言葉に振り返った。

「ちょっといいですか?」
「何ですか?」
「引継ぎのことで」

 田原は周りのメンバーにいくつか指示を出した後、雄一の後について会議室に向かった。


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「三浦部長から聞きました。このプロジェクトを抜けるということを」

 田原は無言で頷いた。

「一言も私に相談が無かったのは非常に残念ですが、田原さんがそう決めたのなら仕方ありません」

 雄一は無念さを言葉に込めた。
 田原は無表情だった。
 彼のメガネグラスがキラリと光っただけだった。

「......でも、現状は『はい。そうですね』といったシンプルな話ではないんです。今、あなたに去られる訳にはいきません。あなたが必要なんです。どんな理由があるか知りませんが、考え直していただけないでしょうか」

 プロジェクトマネージャーになってからというもの、何度こうして頭を下げて来ただろうか。
 そして、これからも頭を下げ続けるのだろう。
 プロジェクトの一番上という立場ながら、実は全然偉くもなんともない。
 むしろ、顧客とメンバーの板挟みになり、その調整のためにこうやって頭を下げて回っている。
 何と因果な立場だろうかと、雄一は思った。

「頭を上げてください」

 深々と頭を下げる雄一に田原は声を掛けた。
 それでも雄一は頭を上げない。
 田原は仕方なさそうに腕を組み、諭すようにこう言った。

「情に訴えかけても無駄ですよ」
「ですよね」

 雄一はおもむろに頭を上げた。
 その顔にはニヤリとした笑顔が張り付いている。
 やはりこの男に義理人情は通じない。
 ならば、もう一つのやり方を試すまでだった。

「では、論理的に訴えさせていただきます」
「どうぞ」
「まず、本番環境の構築。これは残されたメンバーでは出来ない」

 田原は首を傾げた。

「開発環境の手順書を元に、誰でも出来ると思いますが」
「そりゃ田原さんなら出来ると思いますよ。ですが、誰でもなんてまず無理ですね。ましてやインフラなどやったことも無い残されたメンバーでは、檜の棒一本で魔王に立ち向かうようなもんだ」

 雄一の説得は熱を帯びて行った。

「まずご存じの通り、本番環境は開発環境と同じ構成ではありません。例えば、構築しなければならないサーバの台数から異なる。それにディスク、ネットワーク、データベースもその構成は異なる」

 田原は頷くことも無く、黙して聞いている。

「どうしても残されたメンバーだけで構築するしかないのであれば、インフラチームが作った各種設計書を元に本番環境の構築手順書を作る必要があります。が、これが難しい。インフラの前提知識が無いメンバーがミドルやサーバの設計書を読んでも全然分からないから手順が出来ない。そんな状況でいつになったら本番環境が出来るのやら......時間が無限にあるプロジェクトなら別ですがね」

 そこまで言うと、雄一は田原の表情を窺った。
 だが、相変わらずの無表情だ。

「次に、システムテストについてです。このテストでは主に性能と障害発生時の挙動を確認します」

 雄一は今日、田原と話すために一夜漬けでインフラチームが作った設計書を読み漁った。
 その大半は理解出来なかった。
 それでも構わなかった。
 雄一としては、そこからインフラの作業範囲やWBS、そしてマイルストーンさえ掴めれば良かった。
 後はそれらを元にプロジェクトマネージャーとして、インフラチームがいなくなった場合のリスクを説明出来れば説得可能なはずだ。

「システムテストもインフラチームの力が無ければ遂行は難しい。このテストでは本番環境を使用し疑似的に障害を発生させ、その時の挙動を確認します。そして、用意した復旧手順が有効かどうかを試します。ですが、先にも言ったように構築もままならないメンバーでは障害復旧手順なんて用意出来る訳がありません。そして性能に問題があった場合、問題の切り分け、ボトルネックの特定はやはりインフラの専門家が必要だ」

 まくしたてるように言い切った。
 田原は頷き、口を開いた。

「なるほど。言いたいことは良く分かりました。ならば、新しくインフラメンバーを探して雇えばいいでしょう?」
「そんなに簡単に見つかりません。それに、環境を知ってもらうのに時間が掛かる。だからこうしてお願いしてるんです」
「残念だが、もう決めたことだ。それに私たちは契約的には今月で一区切りだ。降りても問題はない」

 雄一は唇を噛み締めた。

「じゃ、本番環境の構築手順、復旧手順その他もろもろを作ってから、ここを去ってください」
「この短期間では無理です」
「......それが仕事人としてのプライドですか? 残されたメンバーのことも考えてください」
「申し訳ありませんが、我々は準委任契約です。労働力の提供を求められているのであって、成果物の納品までは求められていません」

 反論しようとする雄一を制するように、「そもそも--」と田原は前置きしこう続けた。

「メンバーがプロジェクトの途中で抜ける。これは頻度としては低いかもしれないが、立派なリスクです。有馬さんはそのリスクをちゃんと想定出来ていましたか?」
「は?」
「プロジェクト管理の基本であるリスク分析のことを言ってるんです」

 本来なら、情報処理試験やPMPなどの資格を取得し、PMBOK片手に先輩プロジェクトマネージャーの薫陶を受けながら成長するのが王道なのだろう。
 だが、雄一の目の前にはそんな舗装された道はどこにも無かった。
 なぜなら、ほんの二か月前、雄一はいきなりプロジェクトマネージャーに任命されたからだ。
 それからは、正に現場に体当たりすることで傷つきながらプロジェクト管理というものを学んで来た。
 当然、雄一にはアカデミックなプロジェクト管理の知識など無く、田原の口から飛び出したリスク分析という言葉も初めて聞くものだった。

「プロジェクトを開始する前にどんなリスクがあるか想定し、発生確率と影響度を定義してランク付けする。そしてそのリスクを常に監視し起きた場合の対処を検討しておく。知ってましたか?」
「は、はぁ......」
「それが出来ていないから、こんな付け焼刃な説得をすることになる」

 これでは生徒と先生のようだ。
 無知な雄一を田原は鼻で笑うようにあしらった。

「私が抜けることはリスクなんでしょ? それに備えていなかったPMってどうなんでしょうね? 私はそんなPMの元で働きたくない」

 そう言うと田原は、話は終わったとばかりに立ち上がった。
 論破された雄一は、それでも怒りをぶちまけるのを堪えた。
 深呼吸し冷静になろうとする。

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「そんなPMの元で働きたくない」
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 元々、田原は雄一がPMになることを否定していた。
 そして今の言葉から、彼はずっとPM雄一を今も否定していたことが分かった。

(もしかして)

 雄一が思いついたことを確認しようと口を開いた時、田原が先に言葉を発した。

「どうしても私に留まって欲しいなら、一つ条件があります」
「俺がPMから外れればいいんですよね」

 雄一が先にそれに応えた。

つづく

登場人物などの各種設定

Comment(6)

コメント

桜子さんが一番

桜子さん、きましたねー。全力ビンタw
個人的に、昔ヤングジャンプで連載していたTAMATAの主人公に見えてきました。

foo

> 「こんな時、あの黒装束の人なら何って言うのかな?」
> 「黒装束って......」
>
>  桜子のことだ。
>  秋華は目を輝かせていた。
>  それは目の前にいる雄一に対してではなく、その向こう側にいる桜子の方に思いを馳せているかのようだ。

秋華をここまで変える(それとも惚れさせる?)とは、さすがだぜ桜子姐さん。
この二人が本格的にツーマンセルを組んで動き出すシーンに一気に期待が高まる。

VBA使い

一つ条件「が」あります


私も、酒井さんを最初怪しんでました。
正直スマンカッタorz
登場人物一覧に、是非入れてあげてください

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


>TAMATA
知らない漫画だから画像検索してみたけど、なるほど。
見開き使って殴ったりしてるシーンは、私が頭の中で思い浮かべてるものに近いですね。
それにしてもこの漫画のヒロインは居乳ですね。
私の頭の中の桜子は貧……

湯二

fooさん。


コメントありがとうございます。


>ツーマンセルを組んで動き出すシーン
そうやってお題を出されると、嬉しいやら、それをどこに入れるやら悩ましいわけです。
やるとしたら、やっぱなんかのシステムが障害起こした時ですかね~。

湯二

VBA使いさん。

コメントと校正ありがとうございます。


>酒井さんを最初怪しんでました

ホントはこの人物もグルにして藤澤をもっとどん底に陥れようと思ったけど、カッコよく言うと話が進まなくなるからやめた。カッコ悪く言うとそこまでネタが思いつかなかった。です。


>登場人物一覧
全然更新していない一覧も更新しておきます。

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