常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 しょっぱいマネージャー】第二十三話 産まれる

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「借金して、ここに来たんだろ?」

 酒井は探るようにそう言った。

「はい」

 藤澤は嘘をつく理由もないので正直に答えた。

「俺もだよ」

 酒井はタバコに火を着け、深々とそれを吸った。
 そしてこう続けた。

「キャロットに来た奴らは、多かれ少なかれ借金を背負わされている。だが、それは自業自得でもある」
「......そうでしょうか?」
「あ?」
「これは自業自得じゃない。松永さんが持ってくる転職先はクズばかりだ。それを棚に上げてあの人は俺をたらい回しにし、遂には借金までさせてキャロットに放り込んだ。全部あの人と、その周りが悪いんだ」
「お前、どうしようもねぇ奴だな」
「は?」

 話が噛み合わず藤澤は苛立った。
 酒井は珈琲を啜ると藤澤を見据え、

「ここまで流れ着いたのは、ただ相手の言いなりになって何も考えてこなかったお前のせいだろうが」

 と、叱るように語気を強めた。
 図星だった藤澤は何も言い返せず、酒井を睨みつけるだけだった。

「ま、俺も偉そうに人のことは言えねえけどな。ついこの間までお前と同じように色んなことを周りのせいにしてたからさ」

 そう言って、黄色い歯をむき出しにしてニッコリとした。
 その笑顔に藤澤は先ほどの怒りも何処かに行ってしまった。

「すいません。恩を忘れるようなことを言ってしまって」
「いいってことよ」

 それから、酒井は自分の身の上話を始めた。
 今年42歳になること。
 大学を卒業する頃は超が付くほどの就職氷河期で、100社以上受けても内定がもらえなかったこと。
 その後、自暴自棄になり家に引きこもったこと。
 元々、体が弱く病気がちだったこともあり、それが引きこもりに拍車をかけたこと。
 やがて両親が他界し、40歳になってから働かざるを得なくなったこと。
 だが、この年で未経験を雇ってくれるところはブラック企業ばかりだったこと。
 月150時間の残業が数カ月続き、鬱状態になったがそれでも会社が辞めさせてくれなかったこと。

「そん時、初めて退職代行を使ったんだ」

 その後の流れは藤澤とほぼ同等だった。
 終の棲家と称されるキャロット情報ブレーンに入社したことで、酒井は一念発起して人生を変えることを誓った。
 こんな地の底まで来て、希望を持つ人間がいるということに藤澤は驚いた。
 そして自分はなんと卑屈で小さな人間かと思った。
 藤澤も自分のことを話した。
 お互いのことをさらけ出した二人は、旧知の仲のようになっていた。
 いつの間に頼んだのか、シロノワールが藤澤の前に置かれた。

「食べてくれよ」
「え? 俺だけでですか?」
「ああ。手術で胃半分取っちゃったからよ。もう重たいもんは食えねえんだよ」

 酒井は昨日病院を退院したそうだ。
 どおりで、藤澤が来た初日から居ない訳である。

「食いたいけど食えねえんだ。だから、美味しそうに食ってるとこ見せてくれよぉ」 

 と、年に似合わず猫撫で声でお願いしてきた。
 なんと愛嬌のある人だろうと思った。
 こんな人でも、時代が違えば新卒で就職出来なかったりする。
 それに比べて自分は病気一つない五体満足でかつ、就職売り手市場という時代に巡り合いながら、嫌になれば直ぐに転職と退職を繰り返している。
 何と贅沢で我がままで自分勝手なのだろうかと振り返った。
 藤澤はシロノワールを美味しそうに食べた。
 酒井はそれを満足そうに見ている。
 冷たいソフトクリームに温かいデニッシュを絡み合う。

「ゴホゴホ」
「大丈夫ですか?」
「あっ......ああ......」

 酒井はおしぼりに口を押し当て苦しそうだ。
 よろよろと立ち上がりトイレへと向かって行った。
 ふと見ると、おしぼりには微かに血がついていた。


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 会員コードの設計が完了したので、顧客レビューを行うことになった。
 藤澤、川田、そして「俺も関わったから」と酒井もついて来た。

「一日に会員登録が999人までなんて、少な過ぎるだろ? うちの商売をバカにしてんのか?」

 石橋課長は会員コード設計書を指差しながら、川田を罵った。
 川田はすっかり恐縮してしまっている。
 「僕の設計だから間違いない」と言っていた先ほどの自信に満ちた態度とは大違いだ。
 会員コード体系は『会員登録年月日+3桁の連番』だった。
 会員登録年月日は会員が入会した日である。
 そして、3桁の連番はその日に登録した順に振られるシーケンシャルな番号だった。
 その日、1番目に登録した人は001、2番目の人は002そして999番目の人は999。

「うちのサービスなら一日に会員一万人は入ってくるはずだ」

 石橋課長は自信ありげにそう言った。
 川田の設計では一日に新規会員を999人までしか受け付けられないのだった。
 同じ日に1000人目の会員を登録しようとすると、プライマリキーエラーで会員テーブルにデータを登録出来ない。
 藤澤が川田の設計を見た時、モヤモヤと感じていたことを石橋課長はズバリと指摘していた。

「すいません」
「すいませんじゃないよ。普通はシステムの要件としてそこはちゃんとヒアリングするよね。そこを独りよがりに設計されちゃ困るんだよ」
「では、一日に一万人以上を登録出来るように連番のところを5桁にします」
「だからぁ、そういうのがダメなんだって。あんたSEでしょ。客がそう言うから、そうしましたじゃなくて。あんたが頭使って設計して、こうですって提案しなさいよ。理に適ってたら採用するからさ」

 川田は何も言えず、泣き出しそうな顔になった。

「石橋課長。あなたの仰る通りです」

 突然、酒井が割り込んで来た。

「さすが、OGR.comのアダルト動画配信システムに携わっていただけのことはある」

 と、褒め言葉を並べ立てた。

「どうしてそれを?」と言いつつも、石橋課長は満更でもないといった嬉しげな表情を浮かべた。

「いやいや謙遜しなくても。OGR.comのエンジニアといえばこの人ありとまで言われたあなたが、どうしてこの部署に来たのか最初は不思議でした。だけど、今その謎が解けました。あなたは私たちの設計の不備を指摘しシステムを完璧なものにするためにここに配属されたのだと」

 酒井は愛嬌のある笑顔で、褒め殺しに近い言葉を並べ立てた。
 それに気分を良くした石橋課長は、自ら会員コードについての考えを述べ立てた。

「なるほど。確かに石橋課長の仰る通り。将来のことも見越して連番部分は8桁にしましょう」

 8桁にすれば1日に9999万人は登録出来る。
 ニッホン国の人口は1億人程度だ。
 このシステムに赤ん坊から老人まで、1日で全国民が登録する計算になる。
 そんなことを平気で言ってのける石橋課長のエンジニアとしての能力に、藤澤は思わず笑いだしそうになった。


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「あの人が自分から設計した様なもんだから、もう文句も言ってこないだろ」

 プロジェクトルームに戻る途中、酒井は川田に向かってそう言った。
 藤澤は先ほどの、酒井の弁舌に感心しきりだった。

「さ、藤澤、設計は完了した。戻って仕上げるぞ」
「はい」

 明日の進捗会議までに、会員登録画面を作成完了させなければならない。
 藤澤は完徹し作り上げた。


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 それからの藤澤は人が変わったかのように仕事をするようになった。
 それはもちろん酒井の影響だった。
 彼の立ち振る舞いを参考にすることで、自ら学んでいった。
 目指す人物が目の前にいるということは、それだけで大きなモチベーションとなった。
 だが、相変わらず仕様変更と次々に任される仕事の量に押し潰されそうになる。
 時には2、3日の泊まり込みもしながら、一つの希望に向かって藤澤は自分を奮い立たせていた。
 その希望とは他でもない、給料日だった。
 時は流れ、7月も中旬を過ぎたある日。
 ついに来た。
 給料日。

「今日、お土産買ってくるよ」

 前日から会社に宿泊した藤澤は、早朝、誇らしげに、スマホの向こう側にいる若葉にそのことを伝えた。
 藤澤にとって初めての月給だった。
 今までは給料日前に辞めていたので日割り計算での払い、もしくは無賃ということばかりだった。
 だが、今回は違う。
 きっちり一か月分だ。
 給料袋は一人ずつ会議室で、金子から渡される。
 藤澤は自分の番がいつ来るのかと、気が気で仕事も手がつかなかった。

「藤澤、金子社長がお呼びだ」

 近藤にそう言われ、藤澤はいそいそと席を立った。
 会議室に入った藤澤は、そこにいたメンバーに驚いた。

「お久しぶりですね。藤澤さん」
 
 松永は爽やかな笑顔で挨拶した。
 約一カ月ぶりの再会で、彼の姿はだいぶ変わっていた。
 アルマーニのスーツをビシッと着込み、毛先が軽くカールした長めの髪は奇麗にセットしてある。
 腕にはロレックスが巻かれている。
 本業でかなり儲けているのだろうか。
 そう思うと、虫唾が走った。
 その横にはロイス金融の福永もいる。

「座れ。藤澤」

 嫌な予感がしつつも、金子に指示されるまま藤澤は三人に向かい合う形で着席した。

「お疲れさん」

 金子が差し出した給料袋を藤澤は恭しく手に取った。
 この場で破いて確認するのは失礼だろうか、そう思い開けるのを躊躇していると、

「これから説明するから、封を開けろ」

 一体何を説明するのか、そう訝しがりながらも藤澤は袋から明細を取り出した。

「え?」

 明細に目を通した藤澤は驚きの声を上げた。

 ◼支給
  基本給 15万円
  交通費 1万円
  -------------------
  総支給額 16万円

 ◼控除
  控除1(各種保険) 3万円
  控除2(債務返済) 8万円
  -------------------
  総控除額 11万円

 ◼差引総支給額(手取り)
  5万円(総支給額ー総控除額)

 藤澤の初任給は色々差し引かれた結果、手取り5万円だった。

「どういうことですか、こりゃあ......?」
「見ての通りだが」

 金子は冷たく応えた。

「控除2って......一体?」
「僕が答えるよ」

 軽い口調で福永が説明を引き取った。

「君は僕の会社からお金を80万円借りたよね。その利息が毎月8万円なんだよ」
「そんなに......」
「利息は、元本の一割を月イチで払ってもらう」

 福永はヘラヘラした顔から急に真顔になった。
 それが、余計に金融屋としての恐ろしさを感じさせた。
 ビッチリ文字が書かれた契約書には小さい字で確かにそう書いてある。
 確かによく読まなかった藤澤が悪いに決まっているが、あの時は切羽詰まっていて仕方なかった面もある。

「松永さあん」

 藤澤は泣きついた。
 だが、

「それは藤澤さんがロイスさんと交わした契約なので、私は関知しません」

 無表情でそう答えられた。
 「福永を紹介したのはあんたじゃないか」そう喉元まで出掛ったが、袖口から覗く刺青に尻込みしてしまい何も言えなかった。

「藤澤よ。お前も大人なら自分の不始末は自分で始末しろ。副業でバイトしてもいいし、手取りの金で資産運用でもすればよかろう」

 金子は仏頂面で慰めにもアドバイスにもならないことを言った。

「金子社長、待ってください。手取りの金は藤澤さんだけのものじゃない」

 と、福永が割り込んで来た。

「藤澤さん。あなたは利息だけ払えば良いと思ってませんか? それじゃ一生借金を返済出来ませんよ」

 諭すように言う福永の顔を見ながら、ようやく藤澤にも事態が更に最悪へと近づいていることが推察出来た。

「元本である80万円を少しづつでもいいから返済してください。その手取金から」

 僅かな手取りから、いくばくかの額を元本返済に充てると、藤澤の生活は成り立たなくなる。
 だが、元本を減らさなければ、ずっと利息を払い続けなければならない。
 藤澤は泣く泣く一万円を元本返済に充てた。

「良い選択です。これで来月は少し利息が減りますよ」

 と、福永はニッコリ顔だ。


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 差し出された缶コーヒーを受けとる気にすらならなかった。
 藤澤は一階の喫煙所兼休憩所で頭を抱えていた。
 向かいに立つ酒井はやれやれと言った感じで、差し出した缶コーヒーを藤澤の前に置いた。

「大丈夫かい?」

 いつもの愛嬌のある笑顔で語りかける。

「......やっと今日分かりましたよ。自分が騙されてるってことに」

 藤澤は卑屈な笑いを浮かべた。

「奴らは、始めから俺を食い物にするつもりだったんだ」

 甘い言葉で退職代行を促したり、天職先を紹介すると言ってブラック企業を紹介したり、挙げ句には多額の借金を背負わせその利息を無限に吸いとろうとするーーそれこそが奴らの本性だったのだ。

「女衒どもが!」

 藤澤の怒りが部屋に響いた。
 だか、その怒りを「奴ら」に向けるほどの勇気は無かった。
 それどころか、

「あんたも、知ってたんなら教えてくれよ! 希望とか人のせいにするなとか綺麗事並べて、俺はここから逃げ損なっちまったじゃねえかよ!」

 酒井に八つ当たりしていた。

「すまねえ。だがな、いづれ分かることだし、藤澤、お前はこの一ヶ月ですげえ成長したんだぞ。ここからが頑張りどころだ。同じ境遇の仲間たちと助け合ってやっていこうぜ」
「うるせえ。もう騙されねえぞ。あんたも奴らの手先だろ? 上手いこと言って俺をこの泥沼に引き込もうって魂胆だろ!」

 自分は最低だ。
 藤澤はそう思った。
 だか、言葉は止まらなかった。
 まるで、今日一日で、水を引き灌漑し耕した畑にやっと実った作物を、さあ収穫というタイミングで根こそぎ泥棒に盗まれた気分だ。
 ただ、ただ、怒りの矛先が欲しかった。

「藤澤......」

 酒井の目が悲しそうに潤んでいた。

ブルルル

 胸ポケットのスマホが振動した。
 ディスプレイに若葉と表示されている。
 昼間に電話なんて珍しい。

「どうした?」
<ハー......ハー......>

 息が苦しそうだ。

「どうした?」
<義ちゃん......>
「なんだ?」
<助けて......>
「え?」
<産まれるう......っ>

つづく

登場人物などの各種設定

Comment(8)

コメント

桜子さんが一番

今回はキツイ回でしたね。

匿名

「利息は、元本の一割を月イチで払ってもらう」
利息制限法違反…。手口も悪質なので、弁護士挟めば不法原因給付で元金すら返さなくて良くなるかも。

匿名

ニッホン国の利息が年間どこまで許されてるか不明なものの、契約書と給与明細という動かぬ証拠を渡してしまうのは抜けてるとかそういう次元ではないような。
それも持って駆け込まれたら一瞬で終わるだろうに。

foo

> 「君は僕の会社からお金を80万円借りたよね。その利息が毎月8万円なんだよ」
> 「そんなに......」
> 「利息は、元本の一割を月イチで払ってもらう」

他のみんなも触れてるが、つまり年利 120% という余裕の違法利率設定。
利息制限法第 1 条 2 号より、この場合 MAX でも年利 18% が合法的上限となるはずだが、その 7 倍弱か。

おそらく松永達は、「藤澤に弁護士に駆け込むなんて知恵が回るはずはないし、仮にその知恵があっても弁護士を付けられる財力はあるまい(自分達が絞り取っているから)」、と足元を見て、あえてこんな暴利行為を行ってると推理してみよう。
(法テラスによる弁護士費用立て替えetcなんて、なおのこと藤澤は知らないだろうし)

となると、やはり過払い金回収は、やるとしたら桜子姐さんが頼みの綱か……?

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


陰鬱な回が続いておりますが、もうしばらくお付き合い下さい。

湯二

匿名2019/10/23 09:54さん。

コメントありがとうございます。


年率で言うと120%ですか。
1年間利息を払い続ければ、96万円で余裕で元本越えますな。
日本には利息制限法というのがあり100万円未満の借金の場合、年率18%なんですと。
ニッホンだとどうですかね。
ロイスは闇金なので法外なわけで、確かに弁護士に相談すれば無しにはできますね。

湯二

匿名2019/10/23 09:56さん。

コメントありがとうございます。


>契約書と給与明細という動かぬ証拠
要は貸してる方は藤澤、その他の難民を甘く見ているというか嘗めているということです。
どうせこいつらは、弁護士に相談する頭も回らないと。
それに、この職場にいる限りいつでも金子と松永の監視の目が光ってるわけで、弁護士のところに行こうものなら、どんな制裁があるかそれを怯えてなにも出来んわけです。

湯二

fooさん。

コメントありがとうございます。


>利息制限法第 1 条 2 号
話を作る前に調べはしました。
ただ、闇金なのでもう漫画みたいに法外でやりたい放題にしました。

>「藤澤に弁護士に駆け込むなんて知恵が回るはずはないし、仮にその知恵があっても弁護士を付けられる財力はあるまい(自分達が絞り取っているから)」

その通りです。
彼らは職場に軟禁されているから、弁護士に相談に行こうものなら制裁を受けやすい立場にいます。
無知な者は鈍するのです。


>桜子姐
次話で登場します。
全てを取り返す、そんな展開になるはずです。

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