常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 しょっぱいマネージャー】第二十二話 人間のクズ

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 川田の憎悪に満ちた瞳の中に藤澤の姿が映り込んでいた。
 藤澤の憎悪に満ちた瞳にもまた、川田の姿が映り込んでいた。
 二人の間に張りつめた空気が漂う。

「ゴクリ」

 誰かの喉が鳴った。
 皆、見て見ぬふりをしながらも二人のやり取りが気になっているようだ。

「僕の好きなもの、だと? 笑わせんなよ」

 藤澤は鼻で笑った。

「お前が何を好きになるのかは勝手だよ。だがな、お相手の地下アイドルは、お前みてえな不潔な奴、大嫌いだろうよ」
「なっ......」
「まず、その油でべたついた頭髪とよ、肩に付いたフケを洗い落とせや」

 藤澤の腹からどす黒い瘴気が湧いて来る。
 相手を傷つけるだけの呪いの言葉が次々口から溢れ出て来る。

「マリちゃんはっ......握手会で僕のこと素敵って言ってくれたんだぞ」
「嘘に決まってるだろ、そんなもん」

 川田は拳を握り締め今にも殴り掛かって来そうだ。

「へっ、先輩。もういいよ。設計してくれなくても。お前が仕事中に動画見てたこと金子社長に言っておくからな」
「てめっ」
「ついでに、俺の仕事が進まないのもあんたのせいだって言っておくぜ」

 この際、開き直って出来ないのはこいつのせいにしてやれ。
 道連れだ。
 藤澤はそう思った。

「くふっ」

 川田がラグビーのタックルよろしく頭から突進して来た。
 みぞおちの辺りに頭頂部がめり込み、一瞬息が出来なくなる。
 不意を突かれた藤澤は押された勢いで、ドタドタと後退し柱に後頭部をぶつけた。

「なんだ、ケンカか?」

 周囲がやっとざわつきだした。
 藤澤は川田の無防備な背中にエルボーを数発食らわせた。
 「ぐふ、ぐふ」と喉を詰まらせたかの様な呼吸音が聞こえて来た。

「おおっ!」
「このぉ!」

 この騒動の近くにいた数名には、これが暴力を伴うケンカだと認識出来た。
 だが、遠目の者は何だか二人が揉み合っているようにしか見えなかった。
 現実の素人ケンカは、映画や漫画のように離れて殴り合うような、所謂派手なアクションは無い。
 無様に揉み合い掴み合うくらいが関の山だ。
 それでも生の暴力を目の当たりにした者は、恐れをなしていた。
 そんな二人に向かって、人をかき分けながらやってくる小柄な人物がいる。

「はいはい。やめやめ!」

 その男は、小さい体を活かして二人の間にスルリと割って入った。
「何があったか分かんねぇが、ここは仕事場だ! ケンカなら外でやんな!」

 威勢のいい啖呵だ。
 白髪交じりの角刈りで、見たとこ40代前半といった感じの男だった。

「酒井さん......」

 川田が男のことをそう呼んだ。
 突然の割り込みに、藤澤は熱が冷めていった。
 それは川田も同じようで深く息をついた後、丸顔をハンカチで拭いている。

「こんなとこ金子社長に見られたら、おめぇら面倒くせぇことになんぞっ! ここは俺の顔に免じて持ち場に戻ってくれや!」

 と言い放つと、人懐っこくニッコリと微笑み掛けて来た。
 タバコのヤニで真っ黄色になった歯が印象的だった。

「は、はい」

 藤澤は頷いた。
 藤澤は酒井とこの時が初対面だった。
 来た初日から今日まで、何故いなかったかは分からない。
 それにしても、藤澤は酒井という男にどことなく魅力を感じていた。
 誰もが死んだ魚のような眼をし、かつ誰もが誰にも関心を持っていないこの現場で、初めて人間らしい人間を見たような気がしたからだ。

 最終便が飛び立った。
 仕事が遅々として進まず、藤澤は自棄になり帰ることにした。
 23時過ぎで帰れれば御の字という職場で、22時に帰るのはとても早い。
 そんなことどうでもいいくらい仕事する気になれない。
 あんなに揉めては、今更頼み込んでも川田は会員コードの設計はやってくれないだろう。
 明後日の進捗会議で叱られるだろうが、奴の設計が遅れているためとか何とか言って責任を擦り付ければいい。
 そうしたところで、こなすべき物量が減ることは無く、先送りされるだけだが。

 夜の街をさまよう。
 早く帰って若葉の手料理を食し疲れを癒せばいいものを、まっすぐ帰る気にはなれなかった。
 自分はなんでこんな目にあっているのかと思うと、惨めで暗い気持ちになってくる。
 そもそも、ステイヤーシステムの有馬という男の態度がパワハラ的だったことが原因なのだ。
 奴の顔を見たくないがために、ログアウトの松永に退職代行を依頼した。
 その松永は優良な転職先を斡旋すると言ってくれた。
 その為に、多額の金を払い込んだ。
 コストに見合った転職先を期待した。 
 しかし、松永が持ってくる物件はクズばかりだった。
 そのクズの中で何度も辛酸を舐めさせられ退職代行と転職を繰り返した。
 それは自分のせいじゃない。
 松永のせいだ。
 仕舞には借金を背負わされ、今の現場に送り込まれた。

(こうなったのは全て俺のせいじゃない)

 そう思うことで、何とか自分を保とうとした。
 ショーウインドウに映る彼の顔は荒んでいた。

「モツレバ煮込みと、オムライス、牛皿、コーンコロッケ、ヒジキ炒飯、おでん、醤油ラーメン、あとビール」

 定食屋に入り、メニューを片っ端から注文する。
 やけ食いでもして、憂さを晴らさなきゃやってられない。
 店員のおばちゃんが怪訝そうな顔で注文を取る。

「あんた、そういうのやめときな。自分が惨めになるよ」
「うるせえ! 俺は客だぞ! 黙って注文持ってこい!」

 食ってやるという意気込みに水を差された藤澤は苛立った。
 興覚めした藤澤はコップの水を一気飲みすると店を後にした。

 繁華街を歩いていると、どうにも下半身がうずいてきた。
 若葉の妊娠が分かってからというもの、ご無沙汰で持て余し気味だった。
 仕事帰りの解放感とヤケクソな気分が混ざり合い「何もかも忘れたい」そんな気分になっていた。
 財布を見ると一万円が入っていた。
 この金は今の藤澤の一か月分の小遣いに相当するが、自暴自棄になっていた心境では、それを今晩中に使ってしまわないことには収まりがつかなくなっていた。
 だが、その手の店で満足に遊ぶには一万円では足りない。
 思案顔でほっつき歩いていると一件のキャバクラを見つけた。

「お客さん、今日は10周年記念で30分5000円ポッキリですよ」

 水色のハッピを着て看板を手にした従業員に声を掛けられる。

「マジすか?」
「マジっす。マジっす」

 ハッピの男は愛想笑いを浮かべ何度も頷いた。
 『エガオヲミセテ』というその店に入る。
 5000円でキャバ嬢を口説き、残りの5000円で安宿にでもしけこめば何とかなる。
 そう思っていた。
 だが、甘かった。
 5000円は入場料みたいなもので、最低でもワンドリンク頼まなければならなかった。
 相手をしてくれる嬢の酒と自身の酒の代金に、一番安いウーロン茶でも1000円は掛かる。

「あン。もっと高い酒が飲みたいな」

 嬢に嫌みを言われながら、藤澤はそれでも元を取らねばと本気モードの口説きを連発した。
 だが、相手も百戦錬磨のプロなのでそこはのらりくらりとかわしながら制限時間の30分までやり過ごそうという腹積もり。

「お客さん。ほんと困りますよぉ。ここはそういうお店じゃないんで」
「うるせぃ! 俺はなけなしの金でここに来てんだ」

 藤澤は自分の容姿には自信があった。
 学生のころからモテていて、言い寄ってくる女は沢山いた。
 学年一のマドンナだった若葉からも告白されて、それを受けて立ったことで今に至る。
 そんな自分が、プロとはいえ軽くあしらわれていることに苛立った。

「やり目的なら、ナンパなり、ふーぞく行ったらどうですか?」
「ああ!?」

 気づいたら路地裏の生ごみに頭から突っ込んでいた。
 左頬が腫れている。
 思い出した。
 キャバクラのボーイに狼藉を咎められた。
 反論したらこの有様だ。
 財布には有り金一切残っていない。
 仕方なく、片っぽしかない靴で歩いて帰宅する。


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「お疲れ様」

 木造でギシギシ音がする『水仙荘』に帰ると、柔らかな笑顔で若葉が出迎えてくれた。

「おう」

 不愛想にカバンを持たせる。
 時計の針は既に夜中一時を指していた。

「遅かったね」
「おお」
「靴......どうしたの?」
「無くした」
「無くしたって......」
「無くしたもんは無くしたんだよ!」

 若葉の顔を見た時から、再び得体のしれない腹立ちが沸き上がって来ていた。
 その理由は藤澤にも分からない。
 壁が薄いせいで、隣の部屋でカップルがイチャつく音と声が聞こえる。

「それに服も汚れてるし......」

 若葉はスーツをハンガーに掛けながら問い掛けて来るが無視した。

「なぁ、一万円くれよ」
「えっ? 昨日お小遣いあげたじゃない」
「会社の飲み会で使っちゃったんだよ」

 よくもまあ自分でも見え透いた嘘がつけるもんだなと、ある意味感心しながら若葉の顔を見る。
 心なしか彼女の顔は生活に疲れやつれているかのように見えた。

「3000円しか渡せないよ」
「少なねぇな。もっとあんだろ?」
「ないよ。本当は何に使ったの?」
「あ?」
「今の状況分かるよね? 私たちは福永さんにお金を返さないといけないんだよ。無駄遣い出来ないんだよ」

 若葉は言うだけ言うと、藤澤の反論を避けるようにサッサと茶の間の方へ退散した。

「待てよ」

 追いかけて茶の間に入ると、食卓にはいつもの缶詰とパックご飯が目に入った。
 その時、藤澤は自分の腹立ちの原因が分かった。
 
(今の状態になったのはこいつのせいでもある)

 藤澤は目の前の女を見てそう思った。
 元はと言えば、こいつが妊娠しなければ借金までして無理して仕事しなくてもいいのだ。
 と、まるで自分のことは棚上げし身勝手な怒りが込み上げて来た。
 若葉の小さな肩を掴むと、自分の方に無理やり振り向かせた。

バチン!

 思いっきり頬を張った。
 若葉は痙攣するかのようにその場に昏倒した。

「お前は遅くまで仕事した彼氏を労うことも知らんのか!」

 藤澤の怒声にビビったのか、隣室のカップルの声が止んだ。
 踵を返しドタドタとシャワー室へ向かう。

「ごめんなさい!」

 その声に振り返ると三つ指ついて土下座する若葉の姿があった。

「夜遅くまで仕事して私たちを養ってくれているあなたに、私は酷いことを言いました。許してください」

 顔を上げた若葉の顔は涙で泣き濡れていた。
 むしろこの場合は罵ってくれる方がまだ気が楽だったかもしれない。
 その姿に思わず彼女を抱きしめたくなったと同時に、物凄いプレッシャーを感じた。

 翌日、重苦しい気分のまま藤澤は職場に向かった。
 挨拶をしても当然誰も返してこない。
 皆、疲れ切っているのだ。
 恐らく徹夜したのであろうか、昨日と同じ服装かつ脂でテカテカした肌を蛍光灯に光らせて仕事している者が数名いる。
 そんな中、川田はテンション高く仕事している。
 藤澤は自身の端末を起動し、メールをチェックした。
 川田から添付ファイルと共にメールが来ていた。
 受信日時は今日の夜中3時。
 内容は、以下の通りだった。

<会員コードの設計が完了したので、設計書を送付します>

 Excelの添付ファイルを開いた。
 そこには会員コードの体系と採番方式が書かれていた。
 コード体系はシンプルなものだった。
 会員登録年月日+3桁の連番だった。
 前半の会員登録年月日は会員がシステムに登録された日だ。
 つまりシステム日付であり、それをYYYYMMDD形式である。
 例えば2100年5月1日に会員になれば21000501となる。
 後半は、その日の登録順だ。
 1番に登録された会員は001とゼロ埋めされた3桁の連番が振られる。
 つまり、同日(2100年5月1日)に3人が登録された場合、21000501001、21000501002、21000501003と振られる。
 日付が変われば、また001から振り直しになる。
 連番にはORACLEのシーケンスオブジェクトを使用すると明記してある。
 読んでなるほどと思ったが、何か引っ掛かるものがある。
 それが何なのかは勉強と経験が不足している藤澤では、すぐに言葉に表せなかった。
 が、ともかく一歩前進したことで昨日の憂鬱な気分が晴れて来た。

「よっ!」
「あ、酒井さん。おはようございます」
「おっ、あのやろお、設計したみてぇだな」

 酒井はタバコ臭い息を吐きながら、件の川田メールを指差した。

「しかし、あれだけ揉めたのによく設計してくれたなって思いますよ」
「あいつ徹夜してやってくれたみたいだぜ。後で礼を言っとけよ」

 メールの受信日時を見れば、それは分かった。
 朝のあの高いテンションは徹夜明けで一仕事終えたからだろうか。

「川田さん、ありがとうございます」
「おお」

 頭を下げる藤澤に、川田は昨日と打って変わった明るい声で応えた。

「昨日の晩、神が降りて来てね。一気に仕上げちゃったよ」

 上機嫌でまるで昨日のことなど気にしていないかのようだ。

「あの......設計してくれたのは嬉しいんですが、ちょっと......」
「ちょっと、何だよ?」
「いえ、整理して出直してきます」

 藤澤の歯切れの悪さを跳ね返すように

「僕の設計だから間違いない」

 と胸を張った。
 そんな彼は相変わらず地下アイドルの動画を観ている。
 机には昨日は見当たらなかったCDの束が置かれている。
 全て同じジャケットのようで、例の地下アイドルが写っている。

「あ、そうだ」

 川田はその一枚を手に取り、こう言った。

「酒井さんにお礼言っとけよ」

 昼休み。
 職場近くのコメダワラ珈琲店で藤澤と酒井は向かい合っていた。

「ここは喫煙席があるのがいいね」

 口から煙をモウモウと吐きながら酒井は珈琲を啜った。
 灰皿は吸い殻でいっぱいだ。

「川田さんの件、ありがとうございます」
「気にすんな。プレゼントで気分良くしてやっただけだ。そんなんで仕事してくれるんなら楽なもんだよ」

 あのCDの束は酒井からのものだった。
 CDには1枚ずつ握手券が入っている。
 10枚はあったから川田は都合10回、例の地下アイドルと握手出来るという訳だ。
 まさに、彼にとっては神が降りて来たということか。
 酒井は頭を下げ続ける藤澤など気にすることもなく、次のタバコに火をつける。
 タバコを吸わない藤澤は時折咳込みながら、昼飯に珈琲とフィッシュフライバーガーを食していた。

「酒井さん、珈琲だけでいいんですか?」
「おお、俺はタールとニコチン、そしてカフェインがあれば大丈夫よ」
「でも、それだけじゃお礼にならないですよ。何か頼んでください」

 そう言ってメニューを差し出すが、

「借金持ちのお前さんに、奢られるわけにはいかねぇよ」

 一瞬、沈黙が流れた。

「どうしてそれを?」

つづく


登場人物などの各種設定

■お知らせ

来週10/22(火)は「即位礼正殿の儀」により祭日です。

この連載は10/23(水)にずらします。

Comment(10)

コメント

桜子さんが一番

藤澤君!!アカンで嫁さん叩いたら。

VBA使い

ふーぞく行ったらどうですか?
→平仮名なのは仕様?


藤澤くん、由紀乃に切られた時の雄一より荒れてますね


コード体系の連番部、日が変わったらまた001からになるのかな?

匿名

もう藤澤クン助けなくていいんじゃないかな(ゲス顔)

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。

何でも周りのせいにするクズ、そんな思いでタイトルを付けました。

湯二

VBA使いさん。

コメントありがとうございます。


>平仮名

わざとひらがなですね。
その方が飲み屋のトークっぽくて軽い感じがするので。


>雄一より荒れて
先輩と後輩で同じ店に入って同じことしてますね。
ある意味きずなが深いのかもしれません。


>コード体系の連番部、日が変わったらまた001
そうです。
その辺本文に追記しますた。


匿名

1.日付が変わるたびにシーケンスリセットはシーケンスの意味ない
2.採番体系が分かりやすすぎて、容易に推測可能
3.チェックディジットがほしい
…ってな所でしょうかね、違和感の正体。

湯二

2019/10/15 14:22匿名さん。


コメントありがとうございます。

藤澤くんもクズですが、彼の職場周りの人間もクズです。
私も助けたくないですが、お話上仕方ないので助けます。

湯二

2019/10/15 18:46匿名さん。


推察ありがとうございます。

私も思い付きませんでした。
なるほどな推察です。
確かにシーケンスは毎日作り直さないといけないですね。
シーケンスを削除する処理の間に、会員登録されたらどうなるか、とか。。。
答えは次の話で。

kaz

1日999件までしか登録できませんね。

湯二

kazさん


コメントありがとうございます。


いい線です。
次の話で答え合わせです。
正解した方には、100年後に自費出版したこの小説を送りつけます。

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