常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 しょっぱいマネージャー】第二十一話 奴隷船 キャロット号

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 藤澤は一ヶ月前を思い出していた。


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 藤澤の目の前には顧客である石橋課長の仏頂面があった。
 藤澤は顧客であるOGR.comが入居している空港側のビルに来ていた。

「ですから、会員コードが自動採番なのか、手動で画面から入力するのか、どちらなのか教えてください」
「ああ?」

 石橋課長はディスプレイの方を向いたまま、面倒くさそうに応えた。

「この部分を決めていただかなければ、会員登録画面を作ることが出来ないのですよ」
「あんたさあ」

 石橋課長はギギッと椅子にもたれ、横顔を向けて来た。

「うちの仕事を全て理解した上で提案書を作って、この案件を取ったんでしょ?」
「それは......」
「それを今更、システムの仕様を私らに訊くのっておかしくね? 提案したあんたらが一番詳しいはずでしょ?」

 石橋課長はそう言うと、議論は終わりましたとばかりにディスプレイに向き直り自分の作業を再開した。

(くっ......)

 提案書を作り仕事を取ったのは目黒ソフトウエア工業だ。
 藤澤が属するキャロット情報ブレーンはその下請けに過ぎない。
 やってもいないことに対して文句を言われ腹が立って来た。

「俺は提案には関わっていません」

 そんな言葉がつい口から飛び出しそうになったが、寸でのところで抑え込んだ。
 藤澤はキャロット情報ブレーンから目黒ソフトウエア工業に派遣されていた。
 だが、目黒ソフトウエア工業の社員と名乗っている以上、それが元請けだろうが下請けだろうが、顧客には関係ないのだ。

「では......自動か手動かは後回しにするとして、せめてコード体系を決めていただけませんか? それが無いとデータベース設計も出来ません」
「そんなのそっちの都合でしょうが」
「そんな......」
「これからやろうとしている事業にそんなものある訳ないじゃない。そこは専門家のあんたたちが効率の良いコード体系とやらを考えて提案してくださいよ」

 全くもって非協力的な顧客だと思った。
 顧客であるOGR.comはライバル関係にあるシーバードに勝つために、急いで結婚情報サービス事業を立ち上げた。
 石橋課長はこの事業を扱う部署に急に飛ばされたのだそうだ。
 突き出た腹。
 白縁メガネが膨らんだ顔にめり込んでいる。
 汗っかきで二重顎の溝に汗がたまっている。
 よっぽど今の仕事が嫌なのか、その憂さ晴らしに文句が言えない立場の藤澤をぞんざいに扱う。
 藤澤はそれでも歯を食いしばって食い下がる。

「ですが、会員番号はそちらのコード体系に倣うと設計書に書いてあるので......」
「設計書を作ったのはあなたたちだ。そのことを訊かれても我々はそんな設計書なんて見たことも無いし、合意した覚えもない」

 取り付く島が無かった。
 当初、近藤からは目黒ソフトウエア工業による要件定義、基本設計、そして詳細設計まで完了していると聞いていた。
 配属3日目、藤澤が担当する画面を設計した目黒ソフトウエア工業の浜中から設計書を手渡された。
 いざ開発に取り掛かろうと設計書を見てみると、設計が中途半端なままのものが幾つか含まれていた。
 そのことを浜中に指摘すると、

「え? 設計なんてまだ完了してないよ」
「え?」
「顧客は新事業の準備を進めている途中で、これからまだまだ要望が出てくるんだから」
「それじゃ......開発なんて出来ませんよ」
「出来るよ~」

 浜中はバカにしたような声で設計書を指差した。

「とりあえず設計出来てるところから作って行ってよ。こことか、あそことかさ」

 よく見てみると、設計書のフッターにバージョン15と書かれている。
 浜中の言ったように顧客からの要望は日々出て来ていて、その度に設計書は更新されていたのだ。
 近藤と浜中の言っていることは異なっていた。
 何のことは無い、元請けと下請けで伝言が上手く伝わっていなかっただけなのだ。
 藤澤はこの現場に漂う疲弊感と徒労感の正体が何となく分かって来た。
 情報伝達が上手く出来ていない、いわゆるコミュニケーション不足だ。
 過大な残業を強いられている現実は、多くの手戻りという無駄が原因だったのだ。
 それを裏付けるかのように、せっかく作った機能が翌日は不要になったり、急に作らなければならない機能を要求されたりと、三歩進んで二歩下がれば御の字という日々が続いた。
 そのことを、キャロット情報ブレーンの社長である金子に相談した。

「なら藤澤よ。お前が直接やり取りしろ」

 腕を組んで眉間にしわを寄せた大黒様はそう言った。
 藤澤は彼の言っている意味が分からなかった。
 翌日、藤澤は顧客先に同行させられた。

「今日から私の代わりに会員管理系画面の設計担当になった藤澤です」

 浜中は石橋課長に向かって藤澤のことをそう紹介した。
 突然のぶっこみに藤澤は唖然とした。
 そして、浜中の顔はどこか清々しい印象を藤澤に与えた。
 顧客先からの帰り道、藤澤は抗議した。

「顧客と話して設計を詰めるって......それSE仕事でしょ? 俺はPGですよ」
「直接訊きに行った方が話も早いし、分からないこともその場ですぐ訊けるだろ? それに、お前以外にも直接客に話を聞きに行ってるPGはいる」
「俺はPGとして雇われたんです。話が違う!」
「お前なあっ!」

 浜中の顔が凄んだ。
 藤澤はビクリとなった。

「何でもやるのがお前の役割なんだよ!」

 思い出すだけでも苛立ってくる。
 ふと我に返ると、相変わらず石橋課長の不機嫌顔が目の前にある。

「それでは、今日出た問題点については持ち帰らせていただきます」

 藤澤はそう挨拶し、その場を離れた。

「まったく、目黒ソフトウエアは何も知らない新人を寄越して仕事になると思ってんのかよ」

 扉に手を掛けた時、石橋課長の陰口が耳に届いた。
 グッと怒りを堪え外に出る。
 プロジェクトルームに戻るなり、金子に相談した。
 浜中のことや、不本意ながら顧客との折衝を任されていることを。
 それを聞いた金子はこう応えた。

「お前は準委任契約だからな」

 なるほど、と思った。
 こういった契約形態の場合、請負契約と異なり成果物は求められないが、契約時間内では何でもやらされる。
 それこそ今の藤澤のようにプログラミングだけかと思っていれば、設計までやらされる羽目になる。

「浜中さんはお前に期待してるんだぞ。それを裏切っちゃならねえ。成長のチャンスだと思ってがんばれ」

 と、もっともらしい励ましを受けるが、それはとても空々しかった。
 恐らく浜中は金子に相談したのだろう。
 嫌な顧客を体よく藤澤に押し付けたかったのだ。
 金子はその采配で元請けから評価される。
 だが、やったことも無い仕事を振られ、挙句、嫌みな顧客を丸投げされた俺の気持ちはどうなる?
 憤りで目の前が真っ暗になった。
 それでも何とか自席に戻る。
 自分の担当しているプログラムの修正に取り掛かる。
 Eclipseを起動しJavaのプログラムをソース管理ツールからチェックアウトする。

「あれ?」

 昨日入れた修正がゴッソリ消えている。
 何度も見直してみるが、やはり苦労してコーディングした部分は見当たらなかった。
 2日前の状態に戻っている。
 もしやと思い、チェックイン、チェックアウトの履歴を追ってみた。
 すると、自分のマシンとは異なるマシンからチェックイン、チェックアウトされた履歴がある。

「川田さん」

 川田は仕事中だというのにポテチをむさぼり食いながら、ディスプレイに向かってインターネットをしていた。
 何日も洗っていないであろう黒い髪がペッタリと丸い顔に張り付いている。
 ちらりと見えた画面には、地下アイドルと思われる女の子が暗いステージで踊っている動画が流れていた。

「あ?」

 休憩を邪魔されたのが余程腹が立ったのか、川田はわざとらしくノッソリと振り返った。

「俺のプログラムを壊したでしょ?」
「何だよ急に。人聞きの悪いこと言うなよ」

 食い終わったポテチの袋を折りたたみながら適当な感じで答えて来た。

「証拠がある。あなたが俺のプログラムをチェックイン、チェックアウトした履歴が残ってるんですよ」

 印刷した画面のスクリーンショットを見せた。

「チェックアウトはしたよ。だが、壊したってどういうことだよ?」
「知らばっくれないでください」

 藤澤は詰め寄った。

「そんなに怒るなよ」

 一瞬、ビビったようなそぶりを見せた川田はこう続けた。

「君の画面は僕の画面と連携するだろ」

 川田は定期的に藤澤のプログラムを自分の端末にチェックアウトしていた。
 それを使って自分の画面との連携を確認しているとのこと。

「恐らく......何かの手違いで古い方のプログラムをチェックインしたのかもな」

 事情は分かった。
 だが、川田は自らの失態を謝りもせずディスプレイに向き直り、先ほどの地下アイドルの方に釘付けになった。
 藤澤はその態度に腹が立った。

「そもそもチェックイン、チェックアウトする必要ないのでは?」
「え?」
「普通にチェックアウトしなくても、ソースを自端末に落とすことは出来ますよ。そんなことも知らないんですか?」

 藤澤は川田の端末で、それをやって見せた。
 と同時に、自分より年上の経験者でありながら、こんなことも知らないなんて同じ会社の社員ながら情けなく感じた。

「ちゃんと勉強してくださいよ」

 嫌みを言うことで、ちょっとした優越感に浸れた。
 後輩に下に見られたことを不快に感じたのか、川田はこう言い返して来た。

「僕は......設計担当でここに来たんだ。プログラムなんて良く知らないのにいきなり作れって言われたんだ。無理もないだろ」
「ふん」

 藤澤は思った。
 あんただけじゃない。
 それなら俺だってやったことも無い設計を無理やり押し付けられたんだ。
 最後に、邪魔だと言わんばかりに地下アイドルが踊っている動画を×ボタンで閉じた。

「あっ! てめぇっ!」

 川田が声を上げた。

「仕事中にこんなもの観てて、社会人としてダメですよね?」

 藤澤は馬鹿にするようにそう言った。
 先ほど、自分も顧客から馬鹿にされ苛立っていた。
 憂さ晴らしの代わりに、その八つ当たりをこの男にしてしまった。
 藤澤は踵を返し自席に戻った。
 川田の射るような視線を背中に感じながら。

「はぁ~」

 机の上に両肘をつき手を組んだ。
 その上に額を乗せた。
 眼底の奥から唇の端にかけて鈍くピクピクと痛みが走る。
 ストレスからくる頭痛だろうか。
 それにしても、石橋課長から丸投げされた会員コードの体系はどうすればいいのだろうか。
 会員登録画面は明後日までに作成完了というスケジュールを組まれている。
 だが、これが決まらなければ会員登録画面を仕上げることは出来ない。
 藁にもすがる思いで、メンバー全員が参照できるNASにアクセスした。
 何か情報が無いか設計書や要件定義書を漁る。
 その中からコード設計書というExcelファイルを見つけた。
 「これだ」と思い開く。
 目次には会員コード、商品コード、趣味コード、性別コード、交際ステータスコードなどシステムに関するコードが列挙されていた。
 藤澤は会員コードの部分を開いた。
 そこにはこう書かれていた。

「採番方式、コード体系については設計中」

 この一文のみだった。
 藤澤は落胆した。
 そして担当者のところを見てもっと落胆した。

「設計担当:川田尊」

「うぐ......」

 先ほど関係が最悪になった先輩に、頭を下げて訊きに行かなければならないとは。
 藤澤は己の愚かさと、その巡りあわせを恨まずにはいられなかった。

「知るかよ。そんなこと」
「そこをお願いします」

 藤澤はつむじに川田の冷酷な視線を感じた。
 先ほど自分を馬鹿にした相手が、ノコノコ頭を下げにやって来た。
 川田にすればそんなところだろう。

「僕はいくつも設計しなければならないものを抱えていてね。それを終わらせてから会員コードの設計に取り掛かるってスケジュールを立ててるんだ」
「そんな......それじゃ俺が作る会員登録画面が作れないじゃないですか?」
「だから知るかよそんなこと。それぞれのメンバーが一人幾つの仕事を持ってると思ってんだよ。やれるところから取り掛かれよ」

 このプロジェクトには、全体を見渡してスケジュールを立てることが出来る人間はいなかった。
 そのため、こうした効率の悪いタスクの割り振りになっていたのだった。
 元請けの目黒ソフトウエア工業は実作業をキャロット情報ブレーンに丸投げするだけだった。
 そして、お世辞にも技術力が高いとは言えないキャロット情報ブレーンの面々は大量のタスクを捌くことが出来ず同じ場所をグルグル這いずるのがやっとだった。
 だがカットオーバーは確実に迫っている。

「会員登録画面は明後日までに作らないといけないんです。お願いします」

 元請けである目黒ソフトウエア工業の仕事はただ一つ。
 顧客であるOGR.comに良い報告をし、無事システムを納品することだけだった。
 そのために、キャロット情報ブレーンのメンバーを奴隷のように酷使しかつ、少しの遅れも許さない。
 各メンバーのスケジュール監視には全力で厳しく当たっていた。
 藤澤はここに来て数日の間にそのことを肌身に痛いほど感じていた。

「そんなに会員コードの設計を優先してやってほしいなら......さっきのこと謝れよ」
「え?」
「君さ、僕の好きなものを馬鹿にしただろ?」

 川田は油でべたついた髪をいじりながら、細い目で藤澤を睨みつけた。
 こいつの好きなもの--恐らくそれはあの地下アイドルのことだろう。
 藤澤はそれを無下に「こんなもの」と切り捨てた。
 そのことを根に持っているのだ。

「すいませんでしたぁ......」

 藤澤は脳裏に若葉の笑顔と、生まれてくる我が子の姿を思い浮かべた。
 逃げない。
 逃げない。
 屈辱にも耐えて見せる。

「誠意が見えないな。お前、土下座しろ」

 こんなに険悪な雰囲気の二人に誰も声を掛けて来ない。
 ここの職場の奴らは他人のことに関心が持てないほど、目の前のことしか見えなくなっているのか。
 これだけ罵られてもまだ仕事をしなければならないのか。
 もうこんな場所は嫌だ。
 逃げたい。
 逃げられないけど、逃げたい。

「おいって」

 頭を軽く小突かれた。
 藤澤は狂わなければやっていけない、そう思った。

「川田、殺すぞお前」

つづく


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Comment(9)

コメント

桜子さんが一番

藤澤君!なんで桜子さんに相談せーへんねや。

匿名

> 桜子さんが一番 さん

そりゃお前さん、桜子さんがまだこの現場におらへんからや

桜子さんが一番

最初に、一カ月前を思い出していた。って書いてありましたね。。。すいません。

名無し

フィ…フィクション…です…よね…

foo

悟k……じゃなかった桜子姐さーん!!!! はやくきてくれー!!!!

>  こういった契約形態の場合、請負契約と異なり成果物は求められないが、契約時間内では何でもやらされる。

本当に「何でもやらされる」はずはないとは思うが、この調子だと藤澤の準委任契約書にはマジで「何でもやること」とか書いてありそうな予感。
いや、そもそも契約書が出ているだろうと期待すること自体がすでに間違ってるか……?

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。

桜子は一ヶ月前にはいません。
二週間たったころに登場予定です。
過去と現在が交互に出て来るので注意して読んでください^^

湯二

匿名さん。


コメントありがとうございます。


関西弁でのフォローありがとうございます。

湯二

名無しさん。

コメントありがとうございます。

フィクションとノンフィクションが織り交ぜてあります。
自分が体験したことと、聞いたことも織り交ざっています。
主に前半が実際にあったことで、後半はフィクション強めです。

湯二

fooさん。

コメントありがとうございます。


>悟k

藤澤が死んだら来ます。
その後、ドラゴンボー〇で何度もよみがえらせます。


>何でもやる

労働力の提供なんで、所謂SESっちゅうやつですね。
客先常駐で、指示系統も本来のものと異なってたりして。
そりゃ一か所の現場で作業すればセキュリティも効率もいいかもしれませんが、グレイっちゃグレイですね。
何でもやらされるのはいいけど、責任分界はしっかりしてもらいたいです。


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