常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 しょっぱいマネージャー】第十八話 菊と桜

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 次の日の夜18時。
 雄一は早めに仕事を切り上げ、職場近くのコメダワラ珈琲店へ向かった。
 店内を見渡すと、奥の窓際席に周囲から抜きん出て目立っている銀髪が目に付いた。
 スズカは先に来ていた。
 周囲の視線を気にすることも無く、珈琲を啜っている。
 小さな顔に大きな瞳。
 額には大きな絆創膏が貼ってある。

「スズカ、お疲れ」
「うん」

 雄一は席に着き、珈琲を注文した。

「大丈夫?」

 絆創膏を指差し、そう訊いた。

「うん」
「結構血が出てたけど......」

 昨晩、雄一の折れたスティックが、丁度スタジオに入って来たスズカにぶつかったのだ。

「バッドタイミングだね」

 スズカは自嘲気味に笑った。
 傷は髪で隠れるから問題ないとフォローしてくれた。

「今日はよろしく頼むよ」

 そう言って封筒を差し出した。

「何これ?」
「気持ちだよ。俺の」
「いらないよ」
「いやいや、プロに仕事を頼むんだ。受け取ってくれよ」

 珈琲が運ばれて来た。
 卓を挟んで向かい合った二人の真ん中には封筒が置かれたままだ。

「珈琲代でいいよ」

 スズカはそう言うと、封筒を雄一の方に押し戻した。
 そして、

「仕事だなんて。水くさいな」

 窓の外を見ながらそう言った。

「あと......」

 視線を雄一に戻し、こう言った。

「その娘に興味があるから引き受けたんだよ」


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 店を出て隣のレンタカー屋に向かった。
 予約しておいたホロ付きの軽トラックを借り、スタジオに向かう。

「用意しといたよ」

 マスターがスタジオの入り口までレンタル用のドラムセットを持って来てくれていた。
 それを荷台に積みこんだ。
 雄一は運転席に座り、スズカは助手席に座った。
 その様を雄一は何ともシュールな絵面だと思った。
 デビュー出来た者と出来なかった者。
 かつて一緒に活動していた二人には追い付けないほどの差がついてしまった。
 確かに才能に対する嫉妬はある。
 だが、こうして今日だけは一緒に演奏出来る。
 その期待と不安の方が勝っていた。
 国道へ出てシロッコへ向かった。

「お疲れ様です」

 里野に案内された場所は二階にあるラウンジで、秋華の部屋から3メートルくらい離れている。
 彼女の部屋まで遮る物も無い。
 そして、これくらいの距離ならバンドの生音も振動も十分伝わるだろう。
 里野にドラムセットの搬入を手伝わせ設置まで行い、他のメンバーの到着を待った。

ブルルル

 ツヨシから電話だ。
 雄一は入り口まで行き、ツヨシを中へ案内した。
 音響設備が整っているスタジオやライブハウスと違い、コンクリート造りの社屋は音が拡散し割れたように聴こえる。
 そのことに戸惑いながらも、ドラムとベースで音を合わせた。
 しかも秋華に悟られてはならないので、極小の音で。
 その間、スズカは秋華が籠城している部屋のドアをじっと見ていた。

ブルルル

 リュウジから電話だ。

「着いたのか?」
<い、いや......それが......>

 急に抜けられない仕事が入ったらしい。

「何時くらいなら来れそうだ?」

 雄一は時計を見た。
 今、20時を回った。
 スズカは今日の22時の最終便で大都会に帰らなければならない。
 移動や搭乗手続きなどの時間を考えると、少なくともここを一時間前には送り出してやる必要がある。

<今日はもう無理だ>

 雄一はそのことに対してリュウジを責める気にはならなかった。
 何故なら、雄一も彼と同じ社会人でありプライベートは優先させ辛い立場だったからだ。
 ツヨシの方を見た。
 彼もギター抜きでの演奏を納得してくれるだろう。
 問題はスズカだ。
 スズカはメンタルが弱い上に気分屋だった。
 ちょっとした曲順の変更や、アドリブについていけないことがあると気分を害して歌わなくなる。
 今もそうなら、この事態にへそを曲げて帰るかもしれない。

「なあ、スズカ」
「ん」
「リュウジが仕事で来れなくなった。ギター無しでもやれるか?」
「うん」

 ちょっと戸惑った様子だったが、笑顔で応えてくれた。
 雄一は安堵した。
 イレズミ事件で歌い切った時から、彼女は昔と違うのだ。
 彼女は成長していた。
 だから今回の一夜限りの再結成にも応えてくれたのだろう。
 雄一も社会や仕事に揉まれて成長したが、スズカも芸能界の中で色々あったということなのだろう。
 見た目の派手さと華やかさとは裏腹に苦労が多いということか。

ブルルル

<ユーイチ。この際だ。あのギタリストを召喚しろ。こんな時でもないと一緒にプレイ出来ないだろ? 俺は悔しいけど>

 リュウジからそんなメールが来ていた。
 あのギタリスト--
 グラサンにマスクの黒装束。
 雄一はあの日のプレイを思い出し、鳥肌が立った。


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<助けてください>

 雄一からそんなメールが届いた。
 桜子はもう弾くまいと決め、クローゼットにしまい込んだフェンダーのストラトキャスターを引っ張り出した。
 埃を拭い弦を張り直す。
 ピカピカになったギターを仏壇の前に供えるように置いた。
 遺影に手を合わせる。
 桜子にそっくりの女がセーラー服で額に収まっている。

(菊代お姉ちゃん......)

 鏡の前に立ち、黒装束に着替えマスクとサングラスを着けた。


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 時計の針は20時40分を指した。

「もう待ってられないな」

 雄一は吹っ切るようにそう言うと、ドラムセットの前に座った。
 スズカも自分の立ち位置にスタンバイする。
 ハイハットでフォーカウントを取ろうとした時、

ブルルル

 胸ポケットのスマホが振動して、すぐに切れた。
 ディスプレイには公衆電話と表示されている。
 雄一は立ち上がり、走り出した。
 シロッコの社屋から外に出ると潮の香りがした。
 海沿いにある建物のすぐ横に、街灯に照らされた電話ボックスがある。
 そこから黒装束を来た長い黒髪の女が出て来た。

「安田さん......来てくれたんですね。ありがとうございます!」

 だがその女は雄一のお礼に返答しなかった。
 雄一は何とかしてその表情を読み取ろうとグラサンの下に隠された瞳を窺おうとしたが、街灯の無い暗い場所では無理だった。

「......そうですね。あなたはギタリスト・菊代でしたね。今日はよろしくお願いします」

 今は秘密を詮索している時間はない。
 雄一は彼女をそう呼ぶことにした。
 ギタリストである彼女を知るきっかけになった動画のタイトル。
 『イングヴェイ弾いてみた』
 その動画の投稿者名がギタリスト・菊代だからだ。


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 秋華は部屋から飛び出して来た。
 頬を紅潮させた彼女は、目の前にいるスズカを見ると声を震わせ「ファンです!」と叫んでいた。
 雄一はそんな彼女の姿にドキドキした。
 自分と接する時とは真逆の態度。
 普段のツンケンした態度との落差を感じ、「これがツンデレというやつか」などと合点していた。
 スズカは秋華の頭を撫でると、こう言った。

「私も引きこもりだったからね」

 そう言い、こう続けた。

「学校休んで、ギター弾いて歌ったり好きなことばっかりやってた。だから、あんたも大丈夫」

 秋華はその言葉に勇気づけられたかのように大きく頷いた。
 雄一はその姿を見て彼女の心が変わったことを確信した。

「秋華さん、一緒に仕事しましょう」
「ヤダ」
「え?」
「それとこれとはベツ」

 憧れの人にメッセージソングまで提供してもらった挙句、励ましの言葉まで受けている。
 普通ならここで、

「プロジェクトルームで仕事する。プロジェクトが終わったら学校にも行く」

 と宣言してもおかしくないはずだ。
 第一、これじゃスズカに失礼だろう。
 気まずい雰囲気が空間を覆う。
 秋華は口を引き結び、何も語らなくなった。
 だが、その普通じゃない頑固なところに雄一はどことなく惹かれていた。
 その時、黒い影が雄一の横を通り過ぎると一直線に秋華の方に向かって行った。

バシイ!

 肉を打つ音が鳴り響いた。

「何すんだよ!」

 右頬を突然ビンタされた秋華は、ツインテールを振り乱し怒りに燃えた瞳を黒装束の女に向けた。
 直後、秋華は時間差で足に来たのかぐらつき掛けた。
 そこを、

ビシイ!

 今度は左頬だ。
 雄一はその往復ビンタを見て確信した。
 黒装束の女はやはり桜子だと。
 どういう理由か知らないが、本人は違うと言い張るだろう。
 だが、こうして雄一が困った時には駆けつけてくれるし、何よりこの腕を鞭のように使ったスイングするような動き......。

「いててて! やめろ!」

 周囲が唖然とする中、黒装束は秋華の右耳をグッと摘み、会議室まで引きずって行った。
 バタンと扉が大きな音を立てて閉まる。

「引き受けた仕事は最後までやるのがプライドってもんだろ!」

 明らかに桜子のものであろう怒声が扉越しに、皆の耳朶を打った。


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 ドラムセットを積んだ軽トラックは、空港へと向かった。
 雄一は時計を見た。
 21時30分。
 何とか22時の最終便に間に合いそうだ。
 空港の駐車場に車を停める。

「今日はありがとう」

 雄一はスズカに頭を下げた。

「見送らせてくれ」

 そう言う雄一に、彼女は微かに首を振った。

「......マネージャーとか待ってるから。いい」
「分かった」
「あの娘、出て来て良かったね」

 そう言い残すとスズカは踵を返し、「じゃね」空港へ向かった。
 彼女の姿が暗闇に溶け込み掛ける。
 このままお別れかと思った時、彼女は銀髪をなびかせ振り返った。

「あの人と演奏出来て良かったね」

 スズカの横顔はどこか寂しげだった。
 あの人とは、グラサン、マスクに黒装束のギタリスト--
 桜子のことだ。
 全く素晴らしいプレイだった。
 この暑い中、黒装束で街の中を歩いて来て恥ずかしくなかったのだろうか。
 そんな疑問などどうでもいいと思わせるほどの演奏だった。
 難解なセクレタリアトの曲を初見で弾けたことにも驚いたが、ただコピーするだけでなく独自の解釈でアレンジを加えていたことにも驚いた。
 一体どんな練習をしてどんな音楽を聴けば、そんなハードで抒情的な音作りが出来るのか。
 彼女がクラシカルなフレーズを弾く姿に、リッチーブラックモアを見た。
 ジミヘンみたいに背中で弾き出した時は言葉も出なかった。
 要は、色んなものをリスペクトしていてそれが自然に溢れ出ていたという感じだった。
 秋華は、スズカの歌はもちろん、桜子のギターにも感動したのだろう。
 だが結局、音楽の力だけでは秋華は改心しなかった。
 桜子のビンタと言葉で、ようやく改心した。
 二人は同じエンジニアだ。
 やはり根っこのところで分かり合えるのは、同族だからなのか。
 雄一は飛行機が飛び立つのを見送った。
 車に戻ろうと踵を返すと、

「あ」

 雄一と目があった男は固まったまま動かない。
 否、突然、知った顔を見つけて驚きのあまり動きたくても動けない様子だ。
 街灯に照らされているので顔がハッキリと分かる。
 藤澤だ。
 目の前に藤澤がいる。
 その顔は疲れているのかやつれていて、無精ひげが目立っている。

「藤澤......」

 雄一は次に何を言おうか躊躇した。
 そうこうしているうちに、藤澤は雄一の横を早足に通り過ぎて行った。
 時間にして数秒のことだが雄一にとってはえらく長いものに感じられた。
 追いかけようかと思ったが、止めた。
 スーツでカバンを持っているということは仕事の帰りだろう。
 空港しかないこの閑散とした場所に職場があるのか。
 桜子が言っていた退職代行業者から、転職先を斡旋されたのだろうか。
 それにしても、桜子は藤澤を取り戻すと言っていたがどうなったのか。
 不意に、昨日のことを思い出した。
 藤澤のことを訊いた時の、彼女らしくない歯切れの悪さ。
 何か心配事があるのだろうか。
 それはそれとしても雄一としては、出来ることなら彼に戻って来てほしい。
 が、代行を立ててまで自分と会うことを拒否して来た藤澤だ。
 今更自分のところに戻って来る訳がないとも思っていた。
 それに、過程はどうあれ藤澤が自分に泣きつくことも無くこの場を去ったということは、今の職場に満足しているということか。
 それにしても随分遅い帰りだ。


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 藤澤は、まさかこんなところで雄一に出会うとは思わなかった。
 空港に併設されている地下鉄へ向かう途中、何度も後ろを振り返る。
 今の自分の過酷な現状を振り返ればため息しか出ない。
 あれほど嫌っていた雄一がいるステイヤーシステムに戻りたいとさえ思うようになっていた。
 そうまで悩んでいても、雄一とコミュニケーションを取らなかった。
 男としてのプライドや意地が自分を踏みとどまらせたのだ。
 雄一に相談しようと一瞬でも思った自分を恥ずかしいと思いながらも、後悔の念がとめどなく湧いて来る。
 今の職場や仕事から逃げ出したい。 
 何度も後ろを振り返った。
 だが、雄一は来ない。

つづく

Comment(8)

コメント

VBA使い

苦労が多「い」ということか。


このままお別れかと思「っ」た時


おお、怒って帰ってしまうかと思いきや、引き受けてくれた!
雄一がスティックを折るほど打ち込んでたのに感心したんかな?


今更ですが、OGR.com って何の略?
湯二さんのことやから、Oracle Grid Real だったりして。

foo

桜子と秋華のキャッキャウフフな絡みを期待していたけどやっぱり最後は闘魂注入キャットファイトなノリだったでござるの巻。

それにしても、ギターの演奏まで高レベルできてしまうとは、さすが桜子のスーパー総務の名は伊達じゃないぜ。

nanasi

あれ、藤澤さん以外と早いお帰りじゃないですか。
もしくはシャワーだけ浴びて会社に戻るのかな?

湯二

VBA使いさん。


コメントと校正ありがとうございます。


>スティックを折る
折ることで頑張ってますよアピールをしたのかな。
私はスティックを折ったことはありませんね。
力の入る具合とか上達具合で人それぞれなのでしょうが、折れる人は折れるようです。
私の場合、削れて来たなと思ったら取り換えてますね。


>OGR.com
名前については、競馬関係からつけてますね。
OGRは馬の冠名のオグリからです。

湯二

fooさん。


コメントありがとうございます。

>キャッキャウフフ
百合的な展開は、成人指定を受けてここに載せれなくなるので出来ません。


>キャットファイト
ゾクリとくる単語です。


>スーパー総務
総務だから何でもできる子!
便利なキャラです。

湯二

nanasiさん。


コメントありがとうございます。


確かに、22:00前に帰宅してますね。
最近はこの時間でも十分遅いって言われますけど、昔は早いって言われてましたね。
その日は、藤澤もまだ仕事をなめていて帰ったということで。。。

桜子さんが一番

藤沢君、、、自暴自棄になって・・・なんてやめてよぉ。ここも桜子さんが助けてくれるからしばらく我慢しろー。

湯二

桜子さんが一番さん。
コメントありがとうございます。


飛行機に乗って高跳び!?
何て展開も!

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