常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 しょっぱいマネージャー】第十六話 人売りの夢

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<はい。里野です>

 深夜にも関わらず、里野が電話に出てくれたので雄一はホッとした。

「すいません。今しがたメールを出したんですが、間違えて送付したものなので破棄していただけないでしょうか?」
「え? メールですか?」

 数秒、マウスのホイールをギリギリ回す音が聞こえた。

「何も来てないですよ」
「え?」

 と同時に、メーラーの受信ランプが点灯した。
 雄一が先ほど送付したメールが警告マーク付きで返送されていた。

<添付ファイルのサイズが転送容量を超えています>

 そんなメッセージが添えられていた。

「助かった~」

 雄一は安堵のため息をついた。
 その後、証拠隠滅とばかりに件のメールを削除し缶コーヒーで一息入れた。
 落ち着いた雄一は思考を巡らせた。
 秋華はマッチングエンジンの精度を高めたいと思っている。
 だが、本番データを外部に持ち出すことは顧客との契約で禁止されている。

(やはり、来てもらうしかない)

 引きこもりだろうが何だろうが、プロジェクトルームに来て仕事してもらわなければ始まらない。
 しかし、今日の感じだと無理やり引っ張って連れて来ることは難しいし、雄一としてもそれが元で彼女に嫌われたくはなかった。
 別の観点で考えた。
 秋華は手で作ったわずかなテストデータでしか学習をさせていない。
 恐らく大した量ではないだろう。
 それに比べて、本番データは100GByteある。
 実際、AIの学習というのはどれくらいの時間が掛かるものなのだろうか。
 先ほど、教師データとして本番データの一部を送付しようとして失敗したが、無事に届けば秋華はシロッコのサーバにそのデータを投入し、マッチングエンジンに学習をさせただろう。
 雄一はコーヒーを飲み干すと、里野にもう一度電話を掛けた。


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 次の日、朝9時から雄一はシロッコを訪問した。

「ここが我が社のサーバルームです」

 案内された部屋は空調が十分効いた6畳くらいの部屋だった。
 外観からサーバというよりも、高性能なパソコンといった感じのマシンが10台ほど置かれている。
 プロジェクトルームにある開発環境の縮小版と言ったところか。

「テストデータはこのくらいです」

 里野は端末からデータベースサーバにアクセスし、データを見せてくれた。
 データは本番の100分の1にも満たない量だった。
 特に会員データは手組みのため、実際のものと比べバリエーションが少なかった。

「これだけのデータを学習させるのにどれくらい時間が掛かるんですか?」
「うちのサーバだと、5時間くらいですね」
「そんなに?」

 雄一はAIの学習について良く知らないが、1GByte程度を読み込ませるのにそんなに時間が掛かるのかと驚いた。

「学習させるだけの時間ではなく、前、後処理の時間も含まれてるんですよ」
「一体どんなことをしてるんですか?」
「データベースにあるデータをそのまま学習させることは出来ないんです。そのままだと重複したデータや表記のゆれ、画像データも縦横比がバラバラだったりする。そういうデータって人間が分析する上でも判別が難しかったりしますよね。AIも同じです。判別しやすいようにクレンジングという処理をしたりアノテーションというタグ付け処理が必要なんです。これは運用後も必要な作業になります」

 雄一はAIが直接データベースのデータを読み込んで学習をするのかと思っていたのだが、そうではなかった。
 それを裏付けるかのように、テストデータは重複データや表記のゆれたデータなど本番を想定したものが仕込まれていた。
 
「私が見たところ、ここにあるデータはせいぜい本番データの100分の1くらいの量です。と言うことは、本番データ全てを学習させるのに5時間×100で500時間掛かる。単純に20日以上掛かりますよ」
「はい」
「単純に時間とデータ量が比例した場合を想定しましたが、あるデータ量を境に指数関数的に時間が掛かることだって想定されますよ」

 雄一はホワイトボードに右上がりのグラフを書いて見せた。

「結合テストは来月から始まります。あと1週間しかありません」

 雄一はあえて里野に対してキツイ態度をとった。
 里野は黙ったまま頷いた。

「現行システムの本番データは現在も変化しています。AIの精度を維持するには再学習が必要だと聞いています。定期的に変更分を取り込んだ再学習の時間まで考慮すると、10月のカットオーバーまでにマッチングエンジンを運用に乗せることが出来ません」

 里野は深く頷いた。
 そして、雄一の言いたいことを感じ取ったようにこう言った。
 
「分かってます。学習時間が掛かるのはうちのマシンスペックも影響しているんだと思います」

 プロジェクトルームに行けば高スペックな開発サーバもある。
 いずれは、数千万円単位のAI用本番サーバも搬入される。
 それらで開発出来ることはエンジニア冥利に尽きるのではないか、雄一はそう思った。

「秋華さんにその辺りを説明して、説得させるしかないんですよ」

 二人は螺旋階段を上り、彼女の部屋へ向かった。


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「藤澤さんはキャロット情報ブレーンというIT企業にいます」

 角田社長は強張った表情でそう言った。
 福島課長、桜子はステイヤーシステムの会議室で角田社長と向かい合っていた。

「聞いたことない会社だな」

 福島課長がポツリとそう言った。

「松永が用意した転職先リストにもありませんでした」

 桜子は同意するように言った。

「去年設立された新しい会社です」

 角田社長の表情は強張ったままだ。
 見かねた福島課長が

「ま、社長。お茶でもどうぞ」
「ありがとうございます」
「今聞いた情報は他言いたしません。安心してください。それよりもコスモ商事の仕事はどうですか?」
「え、ええ。お陰様で、チーム単位として派遣出来たことで社員も活き活きと仕事してます」
「それは何より」

 角田社長はアイスブレークで気持ちが落ち着いたのか、表情が先ほどよりも柔らかくなっていた。
 桜子は知っていた。
 福島課長はコスモ商事の仕事を紹介すると言っておきながら、間にステイヤーシステムをしっかり噛ませていた。
 つまり、ステイヤーシステムはコスモ商事から直請けの形で仕事を受けながら、実際はYSホットラインサービスの社員が派遣されて働いていた。
 角田社長からは一人当たり、5万円を中抜きしていた。
 YSホットラインサービスから9人派遣させているから、月にすると何もせずに45万円がステイヤーシステムの懐に入る計算になる。

(ちゃっかりしてるわ)

 福島課長の横顔を見ながらそう思った。
 桜子のログアウト撲滅活動には多額の経費が掛かる。
 それを補うためにやっていると福島課長はもっともらしいことを言っているが、実は角田社長に勝手な動きをさせないためにこうしているのだろう。
 お互いが同じ仕事を握り合うことで、ステイヤーシステムは利益を得、かつ角田社長の裏切りを防ぐことが出来る。
 桜子が忌み嫌う多重請負構造がここにも生まれた。
 今回、それに加担しているようで気が滅入った。
 やはり毒を以て毒を制すしかないのか。

「そのキャロット情報ブレーンというのはどんな会社なんですか?」
「金子という男が作った会社です。金子というのは過去に人売りで有名な目黒ソフトウエア工業の社員でした」

 桜子は鶴丸課長のスケベに緩んだ顔を思い出し、虫唾が走った。

「金子は数年前に目黒ソフトウエア工業辞めて、いくつかの会社を興しては潰した後、やはり人売りだと一念発起して作ったのがキャロット情報ブレーンです」

 桜子はタブレットで該社のホームページを開いた。
 設立は去年の8月。
 社員数52名。
 まだ1年も経っていない会社の社員数としては多い方だ。

「安価で高品質なシステムを提供し、社会に貢献する企業であり続けること」

 企業理念にそう書かれている。
 実績が掛かれたページには、企業や自治体に納品したシステムの名称が20ほど記載されている。

「中小SIerとしては急成長している会社に見えますね。しかし、短期間でよくこれだけ人を集めることが出来ましたね」

 福島課長が率直な感想を述べた。
 しかも、社員の平均年齢は28.5歳と比較的若い。

「松永がこの会社に人を送り込んでいる」
「その通り」

 桜子の推察に、角田社長は応えた。

「実はこの会社は金子と松永が共同出資して作った会社なんです」
「なるほど。当然、この会社の人が増え、仕事が増えて、利益が上がれば株主である松永にも多くの配当金が入るということですね」

 桜子の頭の中で、松永の絵画が完成しつつある。
 原資である「人」は自身の退職代行サービスから調達すればいい。
 しかも、紹介料や代行料と言った名目で収入も得られる。
 自分とその周りだけが儲かる身勝手な集金システムだった。
 良く出来ているとは思うが、ほころびはある。
 そこをつけば、この世の悪を一つ葬り去ることが出来る。
 それは同時に、桜子自身が辛酸を舐めさせられた人身売買システムの崩壊につながる。

「安田。どうする?」

 福島課長が問い掛けた。

「どうするって?」
「この先、藤澤を追うのはいいが、府中屋そして、自分自身のことも考えろよ」

 桜子は福島課長がタイキソフトウエアでの二の舞を恐れているのだと思った。
 彼女自身がエンジニアを辞め、この業界を変えようと決心したきっかけになった出来事。
 思い出したくもないが、それが今の彼女の行動原理になっていた。
 だが、ここから先は本当の地獄が待っているだろう。
 桜子は口を閉ざしたまま、卓の一点を見つめていた。


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 秋華の部屋の前で雄一と里野は声を枯らして説得を続けていた。

「一緒に働くメンバーは学校のやつらとは違うんだ! 君がパソコンで仕事をして成果を出せば出すほど、君を信頼してくれるんだ!」

 しかし、その扉は固く閉ざされたまま開く気配は無かった。

「やはり、対面で話し合わないと伝わらないんですよ」

 雄一はペットボトルの水を一口飲み、そう言った。

「私もそう思います」

 里野も同意した。
 だが、秋華は相当な頑固者のようで部屋から一歩も出てこない。
 里野によると、彼女の部屋には専用の冷蔵庫があり、食料は一週間分はあるとの見立てだった。
 あと、生理的、衛生的な面については、秋華の部屋は元々従業員向けの仮眠スペースだったらしくトイレ・シャワー付きとのこと。
 少なくとも、当面籠城は可能とのことだった。
 それでもいずれは出てくるのかもしれないが、それまで開発が滞るのはスケジュール上問題がある。
 何としても一日、二日中には連れ出さねばならない。

「秋華! お父さんが悪かった! 好きなものを買ってやるから出て来てくれ!」

 雄一は、秋華が好き勝手行動するのは、この親父が甘やかすせいもあるのではないかと思った。
 里野は秋華に過保護過ぎる。
 彼女に代わって説明をしようとするのもそうだし、会議に出席させない契約にしたのもそうだ。
 もう少し、自分の娘を信用すればいいのにと思う。

 突然、地鳴りのような音がした。

 秋華の部屋から爆音が鳴り響いてくる。
 恐らくコンポからCDを大音量で流しているのだろう。
 複雑な激しいギターリフを、重低音のベースとツーバス16連打が支える。
 全ての説得の言葉を受け付けることを拒否するように音の壁が構築されていく。
 思わず聴き入ってしまった雄一は、ふと思った。

(どこかで聴いたことがある)

 ふと、ミュージックステーショナリーでのモリタさんの困り顔が思い浮かんだ。
 イレズミ事件だ。
 あの時に流れた曲、何だったっけ?
 約30秒のイントロの後、女性ボーカルの歌が入って来た。
 雄一たちとかつて活動していた仲間の歌声だ。
 あの頃は粗削りだったが、今は洗練されている。

(セクレタリアトだ)


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 夜22時、窓際の席である藤澤は外を見た。
 飛行機の最終便が飛び立ったのを確認すると、藤澤は帰り支度を始めた。
 だが、周りを見渡しても一向に誰も帰る気配が無い。
 無言の同調圧力を感じた藤澤の手は、自然とゆっくりと動く。
 初日は面談と紹介だけで済み、早く帰れた。
 本格的に働き始めた今日、周りを気にし過ぎて体と頭が芯から疲れた。
 やったことといえば、手順書通りに開発環境を作ったことだけだった。
 それだけでも、朝からこんな時間まで掛かってしまった。
 それには理由がある。
 インストールメディアが無いのは朝飯前だった。
 手順書の不備からの環境構築のやり直し。
 大量のテストデータのインポート待ち。などなど。
 一体、自分が何のシステムに携わっているのかも知らされないまま、それらの作業を誰に訊くことも無く一人続けていた。
 誰かに話し掛けられる雰囲気ではなかったのだ。
 皆、黙々と自身の仕事に取り組んでいて、会話すらなかった。
 否、疲れ切って無駄と思われることをしたくないだけなのだろう。

「お疲れさまでした」

 ボソリとそう言い、席を立つ。
 フロアの扉に手を掛けようとした時、

「おいおい、ちょっと待てよ」

 近藤という開発リーダーが呼び止めて来た。

「え?」
「これからプロジェクトについて説明があるんだよ」

つづく

Comment(10)

コメント

匿名

この業界に限らずだけどやっぱり一番の癌は多重請けでの中抜きだと思う
実際に払った費用の半分以上が中抜きだけで消えていくなんてこともザラだし

VBA使い

す、数千万もかかるんですか? AI用だけで!?

桜子さんが一番

今後の桜子さんと秋華ちゃんのやりとりが楽しみです。

匿名

ブレーカ落として水止めて、堪らず出てきたところにビンタ一発…とか

湯二

匿名(2019/09/17 12:30)さん。


コメントありがとうございます。


中間で抜かれることによって本来得られるはずだった報酬が減らされているという現実はつらいですよね。
実際に、努力して間を取っ払うことで従業員の給料を上げることが出来たなんて話も聞きます。
いろんな問題があるのでしょうが、口伝が多くなり作り間違えや手戻りで、やる気がなくなるのが一番問題だと思います。

湯二

VBA使いさん。


コメントありがとうございます。


ここら辺の相場がよくわかんないです。
自分がかかわったプロジェクトのデータベースサーバだとその辺りの値段でした。
AIで使うサーバはどうなんでしょうか。。。

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。

>やりとり
今のところ接点が無いので、そこをどう作るのか考えてます。
ただ、お互いエンジニアリングが好きということで共通点はあると思います。

湯二

匿名(2019/09/17 19:19)さん。


コメントありがとうございます。


>ブレーカ落として水止めて

いいアイディアです。
もしかしたら採用するかもしれません。

foo

とは言っても、仮にも大事なデータやプログラムが入ったコンピュータへの電力供給をブレーカーでいきなり落とすのは、危険な行為のような気はするが。
今んとこ、秋華のコンピュータに何らかのフェイルセーフが仕込んである、なんて描写は劇中になかったはずだし、最悪の場合秋華のコンピュータ内のプログラムが電力切断で破壊されて、取り返しのつかない結果になりそうな……。

やはりここは北風と太陽作戦で、日本神話にちなんで桜子にセクシーダンスをおd(data corrupted!

湯二

fooさん。


コメントありがとうございます。


色々想像していただきありがとうございます。
私の頭の中では思いつかないようなことばかりです。
今は、登場人物が、こいつならこうするよねってことばかり考えてます。
結局、それが一番納得のいく展開なのだと思います。


>セクシーダンス
だから、いきなりこれが出ると、たぶん、何で?(笑)ってなるでしょう。
いつか自費出版でも出来たら挿絵付きでやりたいですね。

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