常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 しょっぱいマネージャー】第十五話 個人情報漏洩

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 次の日。
 都心から地下鉄で20分ほど離れた場所。
 山を切り開いた広大な土地に作られた空港には飛行機が定期的に離着陸している。
 その様子を間近で見ることが出来る場所に、5階建てのビルがポツンと建っている。
 藤澤は松永に連れられて、そのビルの3階に昇った。
 松永が終の棲家と言っていた『キャロット情報ブレーン』の担当者と会うためだ。
 面談場所である会議室に通される。
 ギイッとドアが開き、でっぷり太ったイガグリ頭の男が入って来た。
 黒いYシャツにタイシルクのペイズリー柄のスーツ。
 厳つい大黒様といった感じの顔。

「おお、松ちゃん。連れて来たか」
「はい。金子さん。彼が藤澤君です」

 松永に紹介された藤澤は一礼して自己紹介をした。

「彼は体力だけはあるんですよ」
「確かに。なかなか頑丈そうな奴やなあ」

 藤澤の頭からつま先を見てそう言った。
 藤澤は金子の塩辛いカスレ声と風貌に圧倒され小さく頷くのがやっとだった。

「彼の業務経歴書です」

 金子はそれを受け取ると、一瞥し机の上に放り出した。

「仕事は実地で覚えてもらうから過去は問わない」
「は、はい......」
「そんなに怖がらなくてもいい。ただ、規模の割に短納期の案件に入ってもらうから、多少の無茶はしてもらうよ。だけど、逃げるのだけは無しだからな」

 いきなり釘を刺された藤澤は何も言えなくなった。
 今度こそは逃げない。
 否、借金を背負わされた藤澤にもう逃げるという選択肢は無かった。
 それに、逃げるということは若葉を裏切ることになる。

「頑張ります」

 悲壮感を帯びた返事を返すのがやっとだった。

「いいねえ。じゃ、今から職場のみんなに紹介しよう」

 こうして藤澤はキャロット情報ブレーンに入社が決まった。
 試用期間は半年。


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 マッチングエンジン試作版の評判が悪い。
 池江からのメールを読んだ雄一は立ち上がった。

「組み込んで動かしてみたけど、遅いし使い物にならない」

 開発端末のディスプレイに顔を向けたまま池江はそう言った。
 ディスプレイには開発中のマッチング画面が表示されている。
 男女の会員IDを入れる項目が二つあり、右下に実行ボタンがあるだけの簡素なものだ。

「会員ID105002と252400と」

 池江はIDを打ち込んで実行ボタンを押した。
 なかなか結果は返ってこない。
 業界でよく言われる3秒ルールをはるかに越えている。
 雄一はだんだん不安になってきた。
 それから10分ほど待った。
 画面が一瞬チラつき、成婚率10%と出力された。
 池江はそれを指差し、こう言った。

「この二人は結婚したらしいぞ」

 開発用のデータベースには本番データの一部をインポートしている。
 つまり、本番データでテストをしていた。
 ディスク容量に制限があるので本番データの10分の1程の量だ。
 その中には、成婚して退会した会員のデータも含まれていた。
 池江は成婚した会員のIDを使ってマッチングエンジンのパフォーマンスと精度を雄一に示して見せたのだ。

「10分以上掛かってこの結果だなんて......」
「これが俺たちの待っていたものなのかな? これがプロジェクトの目玉なのかな?」
「いや......。今、代替サーバで動かしてるじゃないですか? 本来の開発サーバだともう少し性能が上がるかも......」
「パフォーマンスはそうだとしてもよ、この精度の低さはどう説明する?」

 雄一はここに来て、マッチングエンジンの学習不足を実感した。
 「まだ、だめ」と言っていた秋華の顔を思い出した。
 と、同時にベテラン相談員の寺山の顔も思い浮かんだ。
 来週のワーキンググループでこのことを説明すれば、彼女はしてやったりの顔でこう言うだろう。

「ほら、人間の方が優れてるじゃない」

 雄一は頭を抱えてしまった。

ブルルル

 胸ポケットのスマホが振動した。

「はい」
「あ、もしもし。里野です」
「ああ、どうも」
「池江さんからのメール見ました。すいません」

 確か、池江の苦情メールのCCには里野も入っていた。

「試作品ということもあるのでしょうが、性能も精度も非常に悪いようです」
「はい」
「秋華さんが言うように、学習が足りなかった。ひいては学習するためのデータが足りなかったということなのでしょう」
「理解していただき、ありがたいです」
「そこで相談なのですが」
「はい」
「秋華さんにプロジェクトルームで開発していただけるよう調整して下さい」

 三浦部長にも確認したが、個人情報は外部に持ち出し禁止だ。
 だが、プロジェクトルーム内に限りテスト目的なら個人情報が含まれる本番データは使用して良いという顧客との契約になっている。
 かくなる上は、秋華にここで開発をしてもらうしかない。

「それが、娘のことなんですが、もう開発はしたくないと言ってるんです......」
「え?」


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 職場に案内された藤澤は、その独特の雰囲気に圧倒された。
 まずメンバーたちの表情が無い。
 皆一様に疲れ切った様子で、目の前の仕事をこなすのがやっとという感じだった。
 机は5島ほどある。
 1島当たり、片側に5人ずつ、合わせて10人座っていた。
 隣同士の間隔は、お互いの肘と肘がぶつかるほどの近さだ。
 通路は、椅子を引けば後ろの人間の椅子の背もたれにぶつかるといった感じで人が通るのもやっとだ。
 経費節減のためか、蛍光灯は一つ飛ばしで設置されている。
 そのせいかフロアの暗い部分と明るい部分に差が出来ていて、全体的に暗い雰囲気に拍車をかけている。
 金子はメンバーを押しのけるようにズカズカ歩いている。
 後から付いて行く藤澤は、狭い空き空間に身を這わせるようにして歩いていた。
 
「わっ」

 何かにつまずいた。
 倒れたゴミ箱から派手にゴミが散らばった。
 カップ麺の容器や、飲みかけのペットボトルが転がった。

「おい! ゴミは定期的に給湯室に持って行っとけよ!」

 金子がフロアに響くほどの怒鳴り声を上げた。
 「はい」と誰かが小さく返事した。
 このフロアに漂うすえた臭いはこういった飲食物の残骸が発するものなのだろう。
 もしかしたら、彼ら彼女らは家にも帰れずここに住んでいるのかもしれない。
 そんな忌まわしい想像が浮かんだ。

「みんな君と同じ目標を持って頑張ってる仲間たちだ。すぐに仲良くなると思うよ」

 と、金子はにこやかにそう言うが、藤澤にはここにいる人たちとやっていけるか不安だった。
 その証拠に彼らは外部から入って来た藤澤に、全く興味を示さなかった。
 それは恐らく、プロジェクト業務での慢性疲労、食欲減退、それらが複合的に絡み合い目の前のことにしか反応しなくなったのだ。
 藤澤は思った。
 彼らも自分と同じように借金を背負わされてここに流れ着いた者たちなのだろうか、と。
 そう思うと、彼らの姿に近い将来の自分を否が応でも重ねてしまうのだった。

「ここは休憩室だよ」

 金子はフロアの端っこにある部屋の扉を開けた。
 椅子をつなげて寝ている者が何人かいた。

「疲れたらここで休んでもいいけど、あんまり長くならんようにな」

 休んでいるというよりも、倒れているという感じの人間ばかりだった。


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 定時後、シロッコの会議室で雄一は里野と向かい合っていた。

「実は秋華を説得せずに私の独断で試作品を送付してしまいました。そのことが秋華にバレてしまい、へそを曲げてしまったんです」

 池江のメールを、里野はプリントアウトし机の上に置いたままにしていた。
 それを見た秋華が事情を問い詰め、親子関係に亀裂が入ってしまったそうだ。
 
「そうですか」
「申し訳ない」
「いえ、元はと言えば急かした俺も悪いんですよ。しかし困りましたね」

 開発室兼秋華の部屋は固くカギが閉ざされたままだ。
 雄一は里野にここではなく、プロジェクトルームで開発することの必要性を説いた。

「そうですね。大量の本番データが使えなかったから今回のような結果になってしまったのでしょう。本番データで事前検証出来れば性能に問題があることも分かっただろうし、何より精度も上げることが出来たでしょう」
「だから、契約については見直させてください」
「......はい、ですが」

 一呼吸置くと、里野はポツリとこう言った。

「あの娘は引きこもりなんですよ」


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 雄一は秋華の部屋のドアを叩いた。

「秋華さん、出て来てくれ! 一緒に仕事をしようじゃないか!」

 しかし、返事は無い。
 里野から秋華が高校を休学することになった事情も聞いた。
 学校での秋華はプログラミングに没頭するあまり周囲から浮いてしまったのだ。
 それでいて普通教科の成績も良く、情報系の資格も取りまくっていた。
 そのお陰で周囲が受験勉強に明け暮れているころ、情報系の国立大学に推薦で進学まで決まっていた。
 秋華の美しい容姿も、嫉妬の対象だった。
 一部の生徒が一方的に不公平を感じ始めた。
 秋華を排除する活動が目立ち始めた。
 だが、彼ら彼女らの嫌がらせに対して秋華は気にしなかった。
 むしろ、そんな愚かな人々を嘲笑うかのような態度をとった。
 それが、嫌がらせに尚、拍車をかけた。

「パソコンばっかしてて気持ちわりぃ」

 誰かのその一言が秋華に決心をさせたようだ。
 ある日、秋華だけが除け者にされているクラスのLINEグループに変化が起きた。
 一人のメンバーがクラスのメンバーを誹謗中傷し始めた。
 そして各メンバーの個人情報まで晒し出し、ネットにアップするとまで言い出した。
 秋華が誰かのアカウントをハッキングし、全員に復讐しようとしていたのだ。
 皆、それに感づいた時には、秋華は高校に来なくなっていた。

「秋華、私がしたことは謝る。仕事で困らせないでくれ」

 里野も訴えた。

「うるさい! あんたらは私のプライドを傷付けたんだ! 学校のやつらと同じ!」

 秋華はドア越しに反論して来た。

「それはすまないと思っている! だけど、このままじゃ何も進まない! 前を向いて外に出なきゃ!」

 不登校やいじめの苦労も無かった雄一には、彼女の様な境遇の人間に対して月並みな言葉しか出なかった。
 そのことに雄一は悔しさを覚えた。

「別に私は家でプログラミングがしたいから休んでるわけで。てか、あいつらなんか眼中にないし」

 多少落ち着いた声だが、何か諦めたかのようなトーンを帯びている。

「有馬さん、こうなったら別の担当者を探しましょうか?」
「そうですね。でも......彼女しか分からないこともあるし、何とか説得しましょう」

 雄一は開発が進まないのも困ったが、このまま彼女と会えなくなることを思うと不安になった。


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 プロジェクトルームに戻った雄一は、自席につくとため息をついた。
 既に時計の針は22時を過ぎており、最後まで残っていたメンバーも帰ろうとしていた。
 それを見送ると、雄一はふと思いついた。
 自然と体は動き、行動を起こしていた。
 まず、開発データベースにアクセスしデータポンプでデータを抜き取った。
 そのダンプサイズは10GByte。
 それをUSBで自身の端末に移動させた。
 zipに圧縮すること30分、3GByteまで小さく出来た。

「こんなに大きくて送れるかな......」

 雄一はメールに添付した開発データのサイズを気にした。
 添付するファイルサイズによっては、転送サイズ制限で弾き返される場合がある。
 だが、やってみないと分からないと思い手を動かす。
 メールのToに里野を指定し、本文にこう書いた。

<里野さんへ

 お疲れ様です、有馬です。
 開発に使用しているデータを送付します。
 とは言っても、本番データの一部です。
 ですので、個人情報を含んでいます。
 取り扱いにはご注意ください。
 これで、秋華さんの機嫌が良くなればいいのですが。。。。

 よろしくお願いいたします。>

 この時の雄一は一種の熱病に浮かされたような状態だった。
 仕事のためというよりも秋華のためという思いが先行した、自分勝手なプロジェクトに対する背信行為だった。
 だが、雄一は迷わず送信ボタンを押した。

「あ!」

 やっと我に返った雄一は取り返しのつかないことに気付いた。
 外部持ち出ししてはならない個人情報をメールで送ってしまった。
 これがバレてはクビだ。
 キャンセルしたいがもう送信トレイに入ってしまっている。
 
「終わった......」

 雄一は頭を抱えた。
 出来れば数秒前の送信ボタンを押す状態に戻りたいとさえ思った。

(俺は......なんて、しょっぱい奴なんだ......)

 後悔の思いがとめどなく溢れた。
 全ては秋華の機嫌を取るための行いだった。
 公私混同しプロジェクトの規約を違反してしまった。
 福島課長にもこのことは伝わるだろう。
 そして、桜子にも。
 彼女の落胆した表情が瞼の裏に浮かんだ。

つづく

Comment(12)

コメント

桜子さんが一番

今週は悩ましい回でしたね。。。

VBA使い

そんな忌まわしい想像が思い浮かんだ。
→「思い」は冗長かな?(頭痛が痛い、みたく)


「送信トレイ」ならまだ間に合う! LANを引っこ抜くんだ!!(メーラーがOutlookの場合)


マッチングエンジンのパフォーマンスは、もしかしたら田原さんが何か仕込んだかも?(考えすぎか)


桜子さんが秋華さんを説得するに100ペリカ

さすがに

容量オーバーでメールサーバに弾かれるに10000ウォン

匿名

容量オーバーに救われる

送信ログからバレる

ログアウト

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


登場人物皆がピンチになる谷底の回でした。
高くジャンプするための溜めみたいなもんかな!?

湯二

VBA使いさん。


コメントありがとうございます。

二重表現みたいになってるの、書いててなかなか気づかないんですよね。
頭痛が痛いと同じような間違いは恥ずかしいので直しました。


>メーラーがOutlookの場合
なんか、あまり有名じゃないグループウエアを使ってるっていう設定がぼんやり頭の中にあります。


>田原さんが何か仕込んだ
まだ仲間になってないですもんね。


>100ペリカ
安い。。。

湯二

さすがにさん。


コメントありがとうございます。

色々予想ありがとうございます。
私は1ジンバブエドルにしときます。

湯二

匿名さん。


コメントありがとうございます。


今後の予測ですね。
面白いと思いました。
大喜利みたいになってきてます。
面白いと思ったものは、ストーリー化するかもしれません。

別の匿名

しかしながら雄一氏…女性に弱すぎる……
きっと彼はそういう学習はしないのでしょうね…(遠い目

湯二

別の匿名さん。


コメントありがとうございます。

シリーズごとにゲストの女性に惚れて振られるっていう展開にしていく形がいいですね。
男はつらいよの寅さんみたいなパターンで。

foo

実は雄一の独走を見越していた桜子が、メール送信機能に何か仕込んでいて間一髪個人情報漏洩を免れるに 255 バイト。

桜子と秋華が出会って意気投合したら、双方ともに技術力も高いし、エンジニア的な意味で無双プレイを見せてくれそうだ。青年誌のノリだけじゃなく、今度は「ふたりはプ〇キュア」なノリもちょっと期待できるかもしれない。

湯二

fooさん。


シナリオありがとうございます。
セキュリティが緩い職場でない限り、どうやって仕込んだか考えるのが難しそうですね~。


>「ふたりはプ〇キュア」

付録付きで『おともだち』で連載とかそんな感じですかね。
付録はボール紙で作ったパソコンとか。
しかし、書いてる私が思いつかないことを皆、良く思い付きますね。
すごいな。

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